10.
私がポトフのお皿を空にすると、それを待ちわびていたかのように、次々と男衆がやってきた。
「お嬢、うちの飯も食ってやってくだせえ」
もちろん手には自慢の奥さんの手料理である。
パンにスープにサラダに煮物に……とあっという間にフルコースの出来上がりだ。
それにしても頭領であった彼だけでなく、他の男達もみなお嫁さんを取るなりなんなりして幸せに暮らしているようで何よりだ。
それだけで胸がいっぱいになるのに、次から次へと料理を差し出されるものだからお腹も満たされていく。
私の手が止まらないのって絶対お腹が空き過ぎていたからじゃない。どれも愛情たっぷりで美味しいもの。
以前会った時は細かった腕がみんな揃って筋肉のついたたくましい腕になった理由がよくわかる。
やはり人間はよく食べてよく動くのが一番なのだ。
「どれも美味しかったわ……ごちそうさま。それじゃあこれ以上お邪魔するわけにはいかないし、そろそろお暇するわ」
十分満たされたお腹を撫でて立ち上がる。すると元頭領の男は私の前に立ちふさがるようにして手を出した。
「あの、お嬢。今日はもう遅いですし、よければ泊まっていってはくれませんか? そろそろ兄貴がこちらへ到着する予定なので……会っていってはいただけませんか?」
確かに次第に空は暗んで、今にでも夜を迎え入れようとしている。
だがこの家は男とその妻、そして子ども2人の4人世帯である。
この村の中でも大きめの家ではあるものの、来客は想定していないのだろうその家に、急遽泊まってしまうのは気が引ける。
「ええ、私は構わないけど……お邪魔じゃないかしら?」
そう聞くと、まるで予想していたかのように素早く切り返す。
「兄貴が帰ってくる予定なので、兄貴の部屋は綺麗にしてます。なのでそちらを使ってください!」
「いいの?」
「ええ」
それは冒険で疲れた兄を労うために綺麗にしていたではないのだろうか。
そう思いつつも、ここまで言わせておいて断るのも申し訳ない気がしてありがたく使わせてもらうことにした。
「ではこちらへ」
そう案内されて、踏み込んだその部屋は男性の部屋とは思えないほどに綺麗に整頓されていた。
男性の部屋っていうと、ミラリオとかスチュアートとかの部屋が比較対照に入るんだけど、あの子達はそもそも所持品が年々増えていくわりには捨てるってことをしなかったからな……。
さすがにお古で与えた防具なり筋トレ器具だったりは壊れた時点で捨てて欲しかった。新しいの買ってあげても、私からもらったものだからって全部大切にとってあったのだ。
そんな部屋とこの部屋は真逆で、極端に物が少ない。
大きな家具はベッドと机のみ。
この部屋だけというよりも、おそらくは他の部屋も初めはそうだったのだろう。
昔の彼らはまず初めに必要最低限の物を残して他は換金してしまった、というのが簡単に予想できる。
そしてリビングにあった家具はある程度生活が落ち着いてから買い足したものなのだろう、
きっとこの部屋の住人はそうするよりも早くこの家を去っていったーーもう何年も前の姿ではあるが、彼ならきっとそうしたに違いない。
主が何年も不在のこの部屋を私が使っちゃっていいのかしらと思わないでもないが、ここは現在の家主のお言葉に甘えてベッドに潜らせてもらうことにした。
久々の布団を首もとまであげると、満腹と共に押し寄せていた睡魔は私を包み込んでいった。
「ふぁああっわ、よく寝たわ」
窓から流れ込む光を受けた身体を大きくのばす。
昔はあまり気にならなかったのだが、屋根がないところで1人夜を過ごすというのは思いの外ストレスになっているらしい。
窓の外を見れば、すでに村人の多くは畑の世話をしている。これでも一応は客人だからと起こさずにいてくれたのだろう。そのおかげで起きたばかりだというのに眠気が一切やってこない。
手で髪をとかして、簡単に身だしなみを整えてドアを開く。するとそこはすでに私の分の朝食が並んでいた。
「おはようございます、お嬢!」
すでに席についている男はまさに一仕事終えてきましたとばかりにタオルを首に巻いている。
おそらく彼らの食事はもう少し早い時間だったのだろう。
それを私がぐーすか寝ていたものだからこの時間まで待ってくれたということだろう。
本当に申し訳ない。
「ぐっすり寝ちゃってごめんなさい。いまさらだけど何か手伝えることってないかしら?」
「いえ、そんなお嬢のお手を患わせることなんて……「スレン、大変だ!」
とんでもないと横に手をパタパタと振る男の言葉を遮ったのは、バンと勢いよく玄関のドアを開いた男だった。
パッと見ただけでその男が誰なのかは簡単に見当がつく。
目の前に座っている男に筋肉を付けて、顎に髭を蓄えたその姿はまさに兄弟そのものである。
なるほど冒険者らしい風貌ね……なんて納得している場合ではなかった。
息を切らしてやってきた義兄に奥さんはコップ一杯の水を差し出す。それを男は「悪いな」と短く礼を述べてから一気に飲み干した。
「兄貴、そんなに血相を変えてどうしたんだ!?」
少しは落ち着いた兄に早速何事かと男、スレンという名らしい、が切り出す。すると兄の方は一つ大きく息を吸い込んでから口を開いた。
「橋が壊れているから王都側から森を通ってやってきたと言うのに、ビルドウルフが1匹もいないんだ!」
「そんなわけが……」
何のことやらさっぱり分からない私1人を置き去りに男性陣二人と奥さんは神妙な面もちを浮かべる。
「ここらへんでビルドウルフに敵う魔物はいない。だからといってギルドの討伐依頼を俺以外が受けた様子もない。となると、予想できるのは……」
「……っ、村の住人を一カ所にまとめよう。今はまだ昼とはいえ、やつらがここを襲ってこないとも限らない!」
早速と家を後にしようとする三人に私はとある疑問を投げかけることにした。
「ねぇ。そのビルドウルフって何匹いたの?」
「4匹です。小さな群れをなして行動する魔物でこの村が襲われたらひとたまりもありません」
4匹ね。
それなら私が倒したのが全部だったというわけか。
「私が倒したわ」
「は?」
「一応死骸はアイテムボックスに保存してあるのだけど……ギルドに討伐報告で必要っていうのだったら渡すわよ? ご飯を食べさせてくれた恩と泊めてもらった恩があるし」
いやまさか討伐依頼がでているとは思わなかった。
確かにあの森にいるのは不思議な魔物だったし、人間に危害を加えるっているなら依頼を出すなりなんなりしないと生活に困るわよね!
食事の場で出すのもあれだしと、男の隣を通り抜けて外へと出る。
そして早速アイテムボックスから保存しておいた4匹の死骸を地面に出して見せる。
「……まさかこれはお嬢1人で?」
「ええ、もちろん。命を狙ってくるものに容赦なんてしないわ」
いやぁ、それにしてもお腹が空いたからって食べないで良かったわ!
私の勘、ぐっじょぶである。
よかった、よかったと安心している私の隣では男たちがわなわなと震えている。
1人は信じられないものを見たというように大きく目を見開いて、もう1人はキラキラという瞳を私へと向けている。
「ビルドウルフってA級の魔物だぞ? 俺だって王都で道具をいろいろと取りそろえないと勝てないほどだったのに……」
「さすがお嬢! 兄貴、やっぱりお嬢はすごいな!」
「越えるべき壁はまだまだ高いというわけか……」
ブツブツとつぶやく兄に対して、弟の方は私を手放しに賞賛してみせる。
そんなにすごいことなのかしらね?
だとしたらきっとすごいのは私じゃなくて、あの銃を作ってくれたミラリオの方だと思うんだけど……それでも褒められるのは悪い気分じゃないわね!
「ぐうううう」
兄弟久々の再会シーンだというのに、空気を読まずに大きく声をあげた私のお腹によって、再び家の中へと戻ることとなった。