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1.

「オーフィリア。君の叔父君の、クロニスタ=フラットマンの不正が発覚した」

「えっ……」

 

 私は思わず耳を疑った。

 もう10年近くザガン王子の婚約者として共に時間を過ごして来て、彼が私に嘘をつくことなどないと知りながら、その言葉が事実であるとすんなり飲み込むことなどできなかった。

 

 

 ザガン王子から手紙が送られてくるのはおよそ数カ月ぶりのことだった。その間はずっと私からの一方的な手紙が王城に送られていくだけ。

 だから王子から『手紙を読み終わったらすぐに王城まで来て欲しい』とだけ書かれた手紙を受け取った時には思わず目を大きく見開いた。

 頭も身体も動きを止めること数分、何かを思い出したかのように私は廊下を早足で歩いて使用人を探していた。

 

「誰かいないの?」

 焦りをふんだんに含んだその声に、手紙を持ってきた使用人はすぐに引き返して、要件を聞くと素早く準備を開始した。

 そして去っていった彼の代わりに何着ものドレスを携えて部屋へと入って来た使用人に着替えを手伝わせる。

 こんな時まで身だしなみを整え、『淑女』にならなければいけないことをもどかしく思いながら、淑女に仕上がった私は馬車に乗り込んだ。

 馬車に乗り込んでからは人目がないのをいいことに、そんなことをしても意味はないと分かっていながら「急いでちょうだい」と御者をしきりに焦らせた。

 

 王城に到着してからは王子の部屋までの距離がいつも以上に遠いような気がしてならず、公爵令嬢という立場でありながら大股で婚約者であるザガン王子の部屋へと踏み込んだ。

 

 そして扉が完全に閉じたことを確認した直後にザガン王子が吐いた言葉がそれである。


「それは……それは本当のことかしら?」

「ああ、本当だ」

 

 その言葉に私の身体は私の意思を無視し、代わりに重力に従うようにへたり込んだ。


「やっと、やっとなのね……!」

「ああ中々尻尾を掴ませてはくれなかったが……もう逃がすつもりなどない」

 

 彼の頼もしい言葉に思わず頬は緩んでいく。

 けれどそれも仕方のないことなのだ。

 

 私の両親が故意に起こされた事故により亡くなってから5年もの間、私はずっとこの時を待ちわびていたのだから。

 

 両親を殺したのは叔父であると知っていながら、あの男の元で暮らし続けるのは苦痛でしかなかった。

 利用されるわけにはいかないと、私が見つけ出した使用人達のほぼ全員に暇を出してしまったのも、この5年間を辛く過ごす要因の一つだ。


 だが実の兄である私のお父様を簡単に殺してしまうような叔父なら彼らを奴隷のように使いかねないと分かっていながら、寂しいからなんて理由で私の手元に置き続けるなんてことは出来なかった。


「さすがはアッサドラ王国の腹黒王子ね!」

「それ、褒めてないだろう……」

 ザガン王子は燃え盛るような真っ赤な目を細めながら、呆れたよとわざとらしくポーズをとって見せる。


 もう10年も付き合っているのだ。

 私も王子も互いのことはだいたいのことは知っているし、相手を認めている。


「褒めてるわよ。あなたを認めているから私は簡単にこの地位を捨てられるし、それにあの子達を託せる」

「任せてくれ。絶対にメリアンヌは幸せにする」

 

 一気に真面目なものへと変わったそれはまごうことなき本物で、私の大切な者達を託すなら彼以外の適任などいないと安心させてくれる。

 使用人の中には屋敷から逃がしたくとも、簡単に他の場所に移ることができなかった者達がいた。大きな才を持つがゆえに中々環境に適応できない者達である。

 

 光の加護を持つメリアンヌは中でも特別だ。

 加護が発現する前、たまたま市井の村で彼女を見つけて、フラットマン屋敷で保護した。もう8年も前の話である。

 お父様もまだ健在で、彼女はフラットマンのメイドとして屋敷におこうと決めていた。

 メリアンヌ自身もそのことを了承していたし、何より彼女と同じとはいかずとも似たような境遇の者達が集まる当家の屋敷は彼女を笑顔にさせていった。

 

 けれど叔父が当主になってから屋敷は変わった。

 彼は権力と金にしか興味がない男なのだ。

 出来ることなら血のつながりが一切ないことの証明書をどこかで発行したいくらいには私はあの男が嫌いなのだ。

 そんな彼にバレないよう、メリアンヌを信頼できる公爵家の養子にするのは骨が折れた。


 

 全ては叔父によって腐り切ってしまったフラットマンを終わらせるため。


 

 私はお父様とお母様、そしてご先祖様が大事に守って来たそれを切り捨てることにしたのだ――それが私の貴族としての公爵令嬢としての役目であると信じて。

 

 

 そのために私はこの国の王子であるザガン王子の力さえも利用した。

 

 私は傲慢で狡猾な、物語に出てくるような悪役になった。

 

「当たり前でしょ。そのために動いて来たんだから。それで……オーフィリア=フラットマンの終幕はいつ演じればいいのかしら?」

「今週末のアールドマイド教授の講義の後の講堂でいいんじゃないか?」

「そうね。それで……ザガン王子。あなた、シナリオはちゃんと頭に入ってるの?」

「一言一句、君の考えた台詞が入っているさ。君の門出に無様な姿など見せられまい」

「あら、からかってあげたかったのに」


 手を当ててふふふとご令嬢らしく笑って見せる。

 床にへたりこんでいて気品などあったものではないが、この男相手にそんなことは気にしなくてもいいだろう。


「そんなことしたら彼らに睨まれる。皆、君について行きたいと言ってたぞ?」

「無理よ、分かってるでしょう? あの子達、目立つもの。カッコよくて、可愛くて、スキル持ちで、優秀な、私が見つけ出した最高の子達よ?」

 

 私が探し出した彼らは、メリアンヌもスチュアートもミラリオもケイネスも、どこへ出しても恥ずかしくないどころか自慢になるような子達ばかりだ。

 彼らは皆、長い間慣れない環境下での生活を続けてきた。

 溢れんばかりのその才を使いこなせず、周りから奇異な目を向けられ、傷つけられ……だからこそ、環境に合わないのなら環境を変えてしまえばいいとその手を引っ張り上げた私を慕っているのだ。

 影を潜めていた顔なんて今はどこにもない。自信に満ち溢れたその顔は各地に旅立って行った後も、新聞で目にする機会は多い。

 様々な場所で活躍出来ているようで何よりである。まぁ元々素質があったわけだから、認められて当然ではあるが。

 

 私はただ彼らが埋まっていくことがもったいないと思って手を引いただけなのに、何とも義理堅い子達だ。

 いや、彼らだけではない。

 国中に散っていった元フラットマン家の使用人達は皆、義理固い性格なのだ。

 

「何かあった時にはぜひとも我らを頼ってください」――なんて簡単に口にしてしまうほどには。

 

 彼らはもう私の近くにはいないけれど、その言葉は今もまだ私の中にしっかりと残っている。


「さぁ演じましょう? オーフィリア=フラットマンの終幕を」


 最後の幕が閉じれば私はもう、オーフィリア=フラットマン公爵令嬢には戻れない。

 それが分かっていながら私はオーフィリア=フラットマンの終幕のシナリオを描いた。

 だがそれはあくまでオーフィリア=フラットマンの終わりである。


 幕が閉じればただのオーフィリアの日常が始まる。


 公爵令嬢という邪魔なレッテルは地位とともにかなぐり捨てて、代わりに銃も魔法も拳も振るい放題の生活がやってくるのだ!

 

 そう思うとついつい笑みがこみ上げてくる。

 

「楽しそうだな、オーフィリア」

「ええ、もちろん。あなただって私に王子妃なんて務まるとは思っていなかったでしょう?」

「ああ。君を知っている者からすれば、オーフィリア=フラットマンがこの5年間まともに公爵令嬢をしていたことの方が驚きだ」

「何よそれ……。私は由緒正しきフラットマン公爵家の令嬢よ?」

「私の知っている君以外の公爵令嬢はドレスの下に銃なんて仕込まないんだが?」

「自衛意識が欠如しているわよね。馬車に賊でも乗り込んだ時はどうするのかしら?」

「……君なら素手でもどうにかできそうだな」

「ええ。今は叔父の目があるから中々入手できなくて仕方なく拳で語り合うことにしているけど、火力があった方が楽で、何より優雅に倒せるわよ?」

 

 だから心配するなと笑って見せる。

 ザガン王子はそれに呆れたように笑って返した。

 

「じゃあまた週末に会いましょう?」

「ああ」

 私は一切武装していないドレスを翻して婚約者様で親友でもあるザガン王子の部屋を後にする。

 幼少期から何度も通ったその部屋にもう二度と足を踏み入れることがないことに寂しさを感じながら。けれどその一方で退屈だった5年間に終止符を打てることに、新しい刺激を得られることに心は弾んでいた。

 

「とりあえず貴金属と屋敷が差し押さえられる前にお金と武器は最終確認しとかなくっちゃ!」


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