第二章 玄夢
暗い森の中で、ゆっくりと歩を進める。
頼りになるのは、空に瞬く無数の星たち。
しばらくすると、小さな川に出くわした。
三島源太郎は、水の中を覗き込む。
川面に映るのは、疲れ、やつれた男の顔……ではなかった。
子供でもなく、大人にもなりきれていない、幼さの残る顔。
ただひたすらに夢を追いかけて頃の姿。
忘れかけていた甘酸っぱさが、胸の中を駆ける。
視線を感じ、源太郎は森の奥に目をやった。
闇の中で、きらりと蠢く二つの光。
源太郎は、何度も息をのむ。
光はじわじわと、源太郎の方に近づいてくる。
呼吸が荒くなり、肌が粟立つ。
瞬間、光は、源太郎に襲い掛かってきた……
「うわああああああ……!!」
「はあ、はあ、はあ、はあ……」
源太郎は目を覚ました。
仄かな光と、暗闇の調和。
幾度も、幾度も、息を吸い、そして吐く。
上下左右に、無造作に眼球を動かす。
そこは、森の中ではなかった。
夢だ。
いつもの夢。
子供の頃からずっと見続けている。
身体が、汗にまみれている。
悪夢ともいえるし、そうでないともいえる。
あの森に訪れた記憶はないのだが、夢の後は、いつも懐かしい気分になる。
源太郎はベッドから這い出ると、洗面所へ向かった。
生ぬるい水を口に含むと、身体と心に沁みとおってゆく。
鏡の中には、少しくたびれた男。顎のラインに沿って生えるひげのせいで、年齢よりも老けて見える。いや、職業柄、そう見えるようにしている。
ただの無精ひげではない、という言い訳。
一息、二息吐き出すと、専用回線に入電があった。
スピーカーから、聞きなれた声が流れ落ちる。
「三島先生、おはようございます」助手兼秘書の中田朋美だ。
「豊島区池袋で、殺人と推定される事件が発生しました」
やはり。あの夢の後には、必ず事件が発生する。
「座標を教えてくれ」
「かしこまりました。端末に送信致します。では、現場で」
源太郎は護身用の銃をショルダーホルスターに収めると、仕事用のブラックスーツに袖を通す。
池袋なら、ビッグスクーターの方がいい。
ここ渋谷のマンションからなら、現場までは30分もあれば行ける。
源太郎はジュラルミンケースと愛車の鍵を手に、マンションの部屋をくぐり出た。