報告書8
報告書8
正月中はロウランドのテレビ番組を複数見る機会を得た。テレビは見ない方針であったが、ストライキ期間中は何日か自宅待機を要請され「テレビもロウランド重要な風俗」と思い返したのだ。感想を書き散らす。
無尽蔵なチャンネル、検閲の入らない無節操な内容、ニュースでさえバラエティ番組に見えるエンターテイメント性に、多用な芸能人と芸人化したアナウンサー及びアイドル。これらが、ロウランドのテレビ番組の特色である。
内容はロウランドの全ての現象がそうであるように、石の多い玉石混交で、くだらないもの、おもしろく見れるもの、こちらには意味不明なもの、たくさんある。視聴者はそれらから選んで見る。
まあまあおもしろく見れるものはクイズ番組と動物の番組である。クイズは雑学、中~高校生程度の(数学を除く)学問、時事、著名人の名当てなどが主で、視聴者は画面から流れるクイズを解き、正答と自らの解答をつき合わせて一喜一憂する喜びと、テレビの解答者の面白おかしい答えに対し「こんな問題も出来ないのか」と見下す欲求を、満足させる。
動物番組はペットと動物園にいるもの、いわゆるアニマルを主に扱う。内容は彼ら動物がいかにかわいらしいか、あるいはどれほど愉快か、に重点を置いている。動物たちは絶妙なカメラアングルによって捉えられ、コメンテーターの感嘆に支えられつつ、さも動物の気持ちを代弁しているかのようなナレーターの声があてられる。明らかに嫌がっているのに恥ずかしがっているとナレーションされるネコなんぞを見ると、シュールな面白みが沸き起こる。
おもしろいわけではないが、何も考えられずに見られるものに食べ物の番組がある。食べ物は調理法を扱うものと、町に繰り出しておいしいものを漁る番組の二種類があって、にぎやかしにつけておくにはちょうど良い。このような番組なら見ながらでも、「アイホンの最新型の充電器を至急ハイマートに送れ、前回本体しか届けられなかったから、充電が切れて起動評価試験ができない」、といった書類を処理することが出来るわけだ。
ちなみに「食べ物と動物」は、ロウランドにおいては高視聴率を取れるとされる題材である。
くだらないものにバラエティ、特にお笑い番組がある。これはくだらないだけでなく不快で、有害な場面さえある。
例えば司会者一人に対してコメンテーターが複数いて、会話の掛け合いによって進行する番組があったとしよう。このとき、若く、売り出し中の、はっきり言って美醜の点で難のある芸能人は、若手芸人のレッテルのもとにいじめられる傾向がある。また周りには見学に来た観客(主に若い女性)がいるのだが、そいつらが男のコメンテーターが自身の浮気に関する告白をしたとき明らかに非難がましい声を出すのに、女性のコメンテーターがほとんど同じ内容を主張したときには黙認するのである。
もう一つ女性の外野に関して言っておくと、「かわいい」という言葉を連発することである。彼女らは醜いものにも美しいものにも「かわいい」とはやしたて、醜いものを不当に高め、美しいものを「かわいい」に押し留める。こう言えば、少し劣った顔つきであると自覚している自分たちがもっとも居心地がいい環境を形作ることを、本能的に知っているのだ。
演出にも不快な面がある。制作者側が笑えると信じた場面で、視聴者の笑いを無理に誘うために笑い声の効果音を挿入したり、その場面のおもしろいセリフを改めて文字にして画面に貼り付けたりするのだ。画面にセリフを貼り付ける工夫については、極めて効果的に発揮されている場面もあるにはあるが、笑い声を「ぶっこむ」のはよくない。見え透いた狙いだし、押し付けがましい。声質がまた最低で、テレビ局に出入りする中で、もっとも下賎な者の声をサンプリングして加工したとしか思えない品のない笑い声なのだ。
これらの現象は、夜のバラエティ番組でよく見られるが、昼間の番組も低劣度では肩を並べる。
平日の昼の番組というのは、率直に言えば教養度の高くない主婦層が視聴者の中心なのだが、見るに耐え難いところがたくさんある。
まず出演者なのだが、男の貧弱さは群を抜いている。まるでエロビデオ屋でアルバイトをする中年の中から、もっとも覇気のない男をピックアップして出演させているみたいだ。女の出演者ははるかにましであるが、それでも、ファッションとか美容とかの分野の、ごくごく瑣末な知識で自信を膨らませているような人間たちである。
そんな人々が形作る番組の内容は、案の定ファッションや美容、食べ物が多い。ファッション業界が恣意的に決めている流行を追い、効果の定かでない美容やダイエットに時間をつぶし、そして明日には忘れ去られる料理や美食に現を抜かす。そしてことあるごとに視聴者=主婦の「仕事が大変だと」、共感を示すことによって媚を売る。本当に大変な人は、テレビを見る余裕なんぞない。
もう一つ特筆しておきたいのは、このようなことがまかり通る番組に出演する、特に若い芸能人の職場環境は極めてよくないことだ。
ロウランドの芸能界はある種の麻薬的な誘因性があって、若い人材を次々と集め、テレビの前に送り出す。そして人間を湯水のごとく消費する。少しでも愉快だったり、見目麗しかったりすると、はやし立てられ、持ち上げられ、そして飽きられて捨てられる。人間が人間を慰み者にする組織的な体制が形作られている。
もちろん消費させられる側にも問題がある。自分の「中の上」程度の魅力を「上の中」と過大評価をし、それを目立たないまでも鼻にかけ、その鼻っ柱を「飽きられる」という行為で折られるのだ。無尽蔵にいるお笑い芸人のほとんども質が低く、ただの単語を面白おかしく発音しただけで笑いを取ろうとしたり、さもおもしろい見世物になるかのように裸になって、醜い体型か貧弱な筋肉をさらけ出したりする。
そしてこのような単純なことをしていればお金がもらえると思ってしまい、多くの若者が働くのを嫌がって芸能人を目指す。
意味不明なものの一つにモノマネ番組がある。これは人気のある有名芸能人の動作や口癖を、格が劣るかモノマネ専門に特化した他の芸能人が真似て楽しませるものである。ロウランドでは年末や番組の改編期(四月と九月頃に起こる、振るわない番組の打ち切りと新番組への移行を集中的に行なう時期)に特別番組として催されることが多い。
この番組の妙味がわからないのは全面的にこちらの知識不足が原因なのだが、いわゆる原典(ロウランドにおいては「元ネタ」という言い方がされるが)を知らないことに起因する。こちらは流行りの芸能人、一昔前の名優、歌手、それらをまったく知らないので、画面を見ていても、わけのわからんやつが、よく知らない人の歌を、そこそこうまく歌っているに過ぎないのだ。
それ以外に判然としないものにドラマとアニメがある。いや、セリフがわからないというわけではない。連中はまがりなりにも日本語をしゃべっている。ただ、なんというか、「文脈」が違う。こちらが「お約束」を知らないとの表現も出来るだろう。例を出すと、題名は忘れたがふらぐに借りたアニメで、主人公の女が「サイクロン!」と掃除機をふるうと、隣の男が「ジョーカー!」と妨害するのがあった。それを十秒ほど繰り返すのだ。どうも何かのパロディのようなのだが、それ以上は推測できない。
ともかくも、ロウランドのテレビ番組は数だけなら揃っていて、もう少し見極める必要がある。
しかしテレビにも、思わぬ効果がある。それはテレビから直接与えられるのではなく、テレビがきっかけとなって、自分たちがアクションを起こす原因になるのだ。
私が住む兵庫県のとある神社では毎年一月、福男を決める神事がある。詳しくルールを言うと、脚力に自慢の男たちが神社の門から出発して境内を爆走し、もっとも速く本殿に到着した者に福が訪れるというものだ。ヒイラギにちょん切ったイワシの頭を刺す俗信と似たようなものと思われるが、テレビで生中継がなされ、見ているとなかなか手に汗にぎる。
その爆走する男達の群れに、見知った顔を見つけてしまったのだ。
I班長である。
I班長は群れの前列から二~三番目というなかなかの好ポジションにいたようだ(なお、誰が先頭になるかは抽選で決められる)。スタートの合図が切られ、絶対に日頃は運動をしていない男たちがどてどてと走り出す。何人かはさっそく転倒する。
残念ながらI班長は、先頭にはなれなかった。各コースに設置されたカメラはぶっちぎりのトップである若い男を追う。彼はそのまま走りぬき、本殿のところの神主? に受け止められる。I班長は四位で、かろうじてカメラのはじっこにとらえられる位置だった。
「お知り合いですか?」私の顔の表情に関しては抜群の観察力を身につけ始めている儀人が聞いてきた。
「うん。軍務でみっちりとな。と言っても、お世話になったのはハイマートでのあの人で、この人のことはよく知らないんだ」
「それでも、そういう人がいるのはいいことだと思います。ボクはボクの持っていないものを持っている人に関心があります」
「そうか」
「よければ、ロウランドでのこの人のことを、調べてみましょうか?」
「いや、そうまでして知りたいと思わないが・・・ どうやって調べるんだ」
「もちろん、インターネットで」
この神社の名前とIという名字を打ち込んで、検索をかける。I班長は個性豊かであらせられるが、それでも一私人にすぎないので「ひっかかる」ことはないだろうと思っていたが、なんと奇跡的に彼の写真が見つかった。ネットに無数にある地方ニュースのうちの一つで、去年の福男の神事で惜しくも3位になったI班長がインタビューに答えている記事だ。いわく「(走行中に)相手をどついていいんだったら、僕が一位になってましたよ!」何を言っているんだこの人は?
「しかし、意外に見つかるものなんだな」
「もしかしたら、上田一般もどこかにさらされているかもしれませんね」
そんなことになっていたら、私は本部から叱責を受けるし叱責じゃすまないかもしれない。
なお、「さらされている」というのは、ロウランドのネット用語の一つで、電子上に自身の言動が暴露される現象のことだ。この言葉はしばしば、恥ずかしい言動の公開による社会的抹殺の意味も含まれる。
「いえ、上田一般ではなく、ロウランドでの上田・・・さんのことです」
呼び方に一瞬迷った儀人が、素早く言葉を補足する。「この世界のあなたはもしかしたら、有名人かもしれませんよ?」
上田という名字は、あまりにもありふれている。だから私はとりあえず「上田 男」で検索をかけるよう指示した。それでも膨大な数が「ヒット」した。
まずページの最上部に出てきたのは、コメディアンの上田である。
写真を見るに、おそらく彼は、若い頃はそこそこの男前だったのだろう。しかし長年の芸能活動で終始笑顔でいることを強いられ、その痕跡が目じりと口元にくっきりと刻まれていた。もちろん私ではない。
もう一人は日本科学技術大学の教授で、どうやらオカルトや怪奇現象を科学的に解明する研究をしているようだ。迷信深いロウランドでも、このような人がいるとは頼もしい限りだ。多芸であり、著作を何作かものにし、討論番組に参加し、「トリック」というテレビドラマにも出演しているようだ。個人のブログも運営している。
あとはアイドル歌手、小説家、翻訳家、声優(声専門の俳優のこと)などが出てくるが、全て空振りに終わった。みんな年上で、私ではありえない。
「上田 男 大阪」で検索をかけても、結果は同じだった。コメディアン上田の大阪での活動が紹介され、小説家上田の関西を舞台にした作品が表示される。
それにしても、偉大な作家である上田秋成がホームページ一覧のかなり下位に押し込められているところを見るに、やはりロウランドの価値基準は偉大さより新しさに重きを置くようだ。
「I班長を引き続き調べてみましょうか?」儀人が提案する。「ハイマートであなたと彼が知り合いなら、ロウランドでもロウランドのあなたと彼は知り合いである可能性がありえます」
まもなく、I班長のフェイスブックに行き当たった。フェイスブックは、前に説明したかもしれないが、いわゆる電子上の日記で、原則として誰でも見られる構造をしている。I班長のそれは徹頭徹尾、駐屯地の居酒屋および駐屯地の外にある居酒屋の話題で、誰が読みたいのかは見当がつかない。
なお、I班長とフェイスブックの名誉のために言っておくが、フェイスブックの利用者は他のソーシャルコミュニケーションツールの利用者に比べたら「高等」と言われている。民度の序列で言うとフェイスブック>ミクシィ>ライン>>>>ツイッターとなる。特にツイッターの低レベル度は、ロウランドの文明人のほぼ一致した評価である。
「手がかりとなるものはありますか?」儀人が訊ねる。
「あんたはどう思う?」
「儀人に人間社会に関する判断はつきません。ただ従うだけです」
「俺の付き人になるなら、それじゃダメだ」このような内容のことは常々言っている
「判断しろという命令なら、そうします。I班長のフェイスブックには、有益な情報はないように思われます」
フェイスブックの便利なところは、その利用者の「友達」一覧が名前と簡単なプロフィールつきでずらっと表示されるところだ。その友達の名前が書かれたところにクリックすれば、その友達のページに「とぶ」ことができる仕組みだ。
「・・・俺はいないな」
「上田という名の友達はいませんね」
儀人がこちらを向いた。「前々から聞こうと身構えていましたが、どうしてあなたはあなたを探しているんですか?」
身構えていたのか。「自分殺しの慣習は、あんたも知っているだろう?」
「はい、存じ上げております。しかし、絶対に殺さなければいけないという規則ではありません」
「殺さないと、ロウランドでの行動にいろいろ制約が出るし、何より殺せないまま一年たったら、ハイマートに強制送還されてしまう可能性が高くなる」
「そうまでして、ロウランドにいたい理由は?」
「人生経験のためだ」
ヤツはこちらの顔を無表情に見ている。
人生経験! 異世界ロウランドに行く理由が単なる人生経験とは、少し無理があったか!
「あの・・・」小さな口を開いた。「儀人が仕えている管理者にウソをつかれた可能性が高い場合、どのように対応したらいいですか?」
「それを俺に聞くか」
「教えてくれる人が、あなたしかいません」
「とりあえずだまされたフリをしておけ。いずれ機会があれば、真実を知ることもある」
「わかりました。だまされておきます」
ところで、と儀人の少女は前置きをした。
「フェイスブック内でも、『上田 男』と検索をしないで、よろしいのでしょうか?」
そこからは、とんとん拍子に話が進んだ。
フェイスブックでも、やはり上田姓ははびこっている。しかし決定的なものを見つけたのだ。
言い忘れていたが、フェイスブックでは自分が撮影した写真も公開することができ、事実、ほとんどの利用者はその機能を活用している。膨大な数の上田さんはこれまた無数の写真を掲示していたのだが、その中で非常に気になる写真がのったページに行きあたったのだ。
その上田はフェイスブック上では「S-ueda」と名乗っていた。ネット上においては必ずしも本名を使う必要がなく、ペンネームのようなものを使ってもよい。卑近な例では「ふらぐ」も、ネット上でのあだ名のようなものだ。
電子的な日記帳の役割もあるフェイスブックは、ページの上部に最新の記事が掲載され、下にスクロール(ページの移動)するほど、古い記事に行き当たる。
そこには、私と石綿がポケモンセンターでロウランド上田を見失った日に撮られた、ポケモンセンターの商品の写真が、あったのだ。
梅田のポケセン行ってきた。いろいろ買った。
とのコメント付きだ。
更にページを下っていくと、阪急梅田駅の線路がずらりと並んだ列車ホーム、「空中庭園」と呼ばれる大阪の観光スポット、そしてガラス張りのJR大阪駅の写真が出てくる。この人物が大阪かその近郊に住んでいることは確実だろう。
そしてプロフィール欄にあった本人の写真が、思いを確信へと近づける。正面から顔を撮られるのがはずかしかったのか、なぜか後頭部の写真だったのだが、その後頭部には見覚えがあったのだ。
私が見失った私の後頭部と瓜二つである。
そして、このフェイスブックから、「S-ueda」の言動が、芋づる式に発掘される。
私はすでにロウランドの同回生から、このようなソーシャルメディアは互いに「リンク」と呼ばれる方法でつながっていることを情報として得ていた。どこが「リンク先」へと行けるボタンかわからないものの、とにかく目ぼしいところへクリックを繰り返していると、やがて「S-ueda」のブログが表示された。そこにも日記風の記事と写真がある。彼はフェイスブックに飽き足らず、ブログも運営しているらしい。
その調子で、三つ目のブログ、ツイッター、アマゾンで買った商品のレビューまでをも発見し、ブログではメールアドレスまで見つけてしまった。ブログにもそれぞれ、無数の写真が掲載されている。
写真、というのが、肝である。
ロウランドの携帯電話のカメラはGPSと連動しており、どこで撮られた写真であるかを電子的なデータとして記録される。つまり写真に、その写真が撮られた緯度と経度、そして地名がデータとして登録可能されるのだ。
この機能を知ったとき、私はロウランド人の機知を絶賛した。これなら、「この写真いつどこで撮ったっけ?」とわずらわしく思い返す必要もなく、また思い出せずに残念がる必要もない。いわば写真のデータを呼び水として、記憶を蘇らせることができるのだ。すばらしい!
しかしこのすばらしさが、「S-ueda」の命取りになる。
そのデータはサイトを見る他者にも閲覧可能で、写真をクリックすれば何県何市で何時に撮られた写真か表示される。ようは、読者にもその写真がどこで撮られたか情報を知らせ、その場所の雰囲気を伝える便宜のためだ。自分が行った場所に関して、他者と想いを共感したいとの意図もあるだろう。
発掘されたブログには、「自宅近くで撮った」といった意味のコメントが付記されている写真が複数見つかっており、この写真の記録をたどれば、彼の住所を細かく特定できるはずだ。
私は儀人に、私のいなくなる5日間の間に、写真を調べて住所を特定しておくよう指示した。
さて次の日からは、いよいよ自衛隊での実弾射撃演習が始まる5日間となる。
初日は簡単な健康診断と、射撃の注意点及び射撃場での統制事項の説明を受ける。この統制事項は、前回の訓練からくり返し教えられている。
次の日には、ただでさえ寒い滋賀県から、琵琶湖に沿って更に北上する。
私は移動に使う73式トラックの荷台のイスが、板を渡しただけの尻に優しくない構造であることを重々承知していたので、登山ショップで買った折りたたみ式のクッションを持ち込んでいた。
「お、いいもの持ってるな」I班長に見つかった! 「ちょっと貸してくれよ」
いちおうI班長の名誉のために言っておくと、射撃場についたときにちゃんと返してもらえた。ただ3時間ほどの道中、クッションを使えず尻を痛めた。
あたりは雪がちらつき、返してもらったクッションからほのかに湯気が立っているほど寒かった。周りは自販機一つ見当たらないとんでもない田舎で、おそらく町民の数よりイノシシの数の方が多いだろう。
流れ弾が人畜に危害を加える心配のないド田舎の、さらにコンクリ製の屋内射撃場にて、射撃が開始される。
まずは銃の点検もかねて、一〇メートル先の的を撃つ。もちろんこれは誰にでも当たる距離である。
続いて三〇〇メートル先の人型の的を狙う。
銃をもった五人が横一列に並び、横には監督役の班長がそれぞれつく。「撃て」の合図で各個に撃ち始める。
うす暗い場内で、五つの銃口からの光りがぱっぱっとともる。逃げ場のない音が響いて耳に当たる。いくつかの銃弾が、三〇〇メートルより手前の地面に着弾し土煙が舞う。
この距離では、初めてではなかなかあたりにくい。
私の番になった。銃を持ち、「伏せ撃ち」の号令で伏せる。六四式は七.六二ミリと大きめの弾丸を使うわりには、軽くてグリップが握りやすい銃である。個人的には、もう少し引き金が近いと撃ちやすいのだが。
暗い屋内射撃場では、狙いがいまひとつつけにくい。もっとも雨の日の野外よりはマシだが。
「構え!」号令で安全装置をはずす。「撃て!」
淡々と、リズムよく射撃した。
命中の結果は、ちょっと言わないでおこう。慣れない銃で撃つと、全然あたらないものだ!
射撃を終えた他の隊員の様子を、ちょっと書いておこう。
何人かは緊張し、何人かは意識が昂揚しているようだった。
ロウランドの日本国では、銃は必要以上に恐れられ、敬遠されている。優れたモデルガンを製造する企業はたくさんあることから、銃を求める需要は確実にあるのだが、平和主義の弊害からか、単なる道具も忌避される傾向にある。
そのため射撃場から出て、実弾の緊張から開放されると、多くの訓練生はしっかりしているとは言えない状態に陥った。
必要以上に固まっている人がいると思えば、ほうける一歩手前の状態の人もいる。そうかと思うと、やたら感想や命中結果をしゃべりまくる人もいる。これは銃に対する知識は持っていたものの、実銃を扱う機会には恵まれなかった、ガンマニアやFPS(銃で人を撃つビデオゲーム)ファンが多い。
堂々としていたのは、ライフル射撃部に所属している大学生と、アメリカに長い間住んでいたため拳銃の所有免許を持っている人だけであった。
私個人の感想を言うなら、彼らの様子には、銃に対する無知を容認する社会の害があらわれていると思う。
物事を不必要に恐れ、気後れし、いざ扱えたとなると必要以上に気負いする。右の端から左の端へ心が揺れ動き、真ん中でとどまることがない。これは物事全般にたいするロウランド人の気質を表している。
ひるがえって我々の世界を思い返してみると、実際に戦争が起こったとき、多くの若者が銃について基礎知識から学ばねばならず、他の訓練に手が回らない結果となり、無数が死に至った。だからこういうのを見ると、忸怩たる思いがする。
「よっしゃ、さっさと帰隊して銃の手入れするぞ!」
I班長が大声で言った。
その後の三日間も、射撃訓練にあてられ、今回の訓練を終える。
拠点に戻ると、玄関で出迎えたヤットサンが「緊急です」と封筒をわたしてきた。なお、家に帰る時は必ず電話を入れてから帰宅している。
「その前に家にあがらせてくれ」
「いえ、その場で確認させてほしいと、石綿一般からおおせつかっています」
中は出頭命令書だった。
ロウランド派遣隊日本方面隊関西本部への呼び出しだ。
命令書を受け取った私は、そのまま家に上がることなく、最寄り駅にとってかえした。
関西本部は奈良県にある。奈良県はロウランドにおいても田舎だから、人に見られる可能性が低くなるわけだ。
山奥の、元々は企業の保養所だったという本部には、ピリリとする緊張感が漂っていた。玄関で合流した平岡から、すでに、高等統帥部よりアントニー・フレッチャー次席術士と術士衣谷次席術士相当官が派遣されていると聞かされる。フレッチャー殿のほうはアメリカに展開している派遣隊の一人で、理論指導者称号を持っている。
言うまでもなく、今回のストライキを「解消」させるためだ。
かつて宴会場として使われていたのであろう20畳ほどの和室にて会食の場が設けられ、それぞれが座椅子に座る。メンバーはストライキに参加している相術士、準相術士、軍人、軍属などで、五人ほど学者や学士、経済関係の専門家がいる。
ふもとのロウランド人のレストランに作らせた料理が運ばれて、まずは軽く食事が始まる。しかしまもなく、すぐに立ちっぱなしの会食形式の方がいろいろな人に近寄ってのひそひそ話には便利だと気づかれて、複数の円卓が持ち込まれた。利便性は向上したが、和室にはミスマッチである。
「会合開始」の定時きっかりに、衣谷次席術士相当官が演壇へと上る。場は静かになる。
「ストライキは大衆的であり、術士にふさわしくない。早急に中止されたい」部屋中に広がる声だ。「皆様はどう思われるか? このまま春まで続けて、いよいよ春闘としゃれ込むおつもりか?」
「たしかに僕らロウランド派遣隊の貢献については、本邦では取りこぼされている感があり――」意外にもフレッチャー次席が、我々全員が思っていることを代弁した。「あなたがたの現地での自活については、いま少し配慮すべき点もないではないと思われます」
これを機に我が同僚たちも口を開く。
「そもそも、平行世界への調査と工作という、人類の歴史史上さん然と輝くこと間違いなしの事業をしているのに、評価と援護があまりにも少ない」
「秘密作戦であるゆえ、評価と援護がおおっぴらに出来ないという事情は把握しているが、予算をこっそり渡すぐらい、いくらでも出来るだろうに――」
「我々は異界との生存競争に従事しているのだから、通常の法律は適応されるべきではない」
このような、日頃思ってはいるが口に出す機会のない意見が交わされる。
「本邦は今回の出来事に大変憂えています」フレッチャーが引き取る。「このままでは最悪ロウランド人に気取られ、僕らの生存戦略が破綻をきたすのではないかと恐れているのです」
「一体誰が憂えるというのですか」同僚の一人八十島が言った。「知られていない存在を心配する輩はいない」
その後もやりとりは続く。
「上田一般」同志石綿が小声をかけてきた。「楽しんでいますか?」
「この状況で何を楽しめと?」
「こんなのは、まあ、ゲームのようなものです」ここであくびをしたのが、印象的だった。「いかに自分たちに利益を誘導しつつ着陸させるかっていう、頭の体操」
「責任を問われるかもしれないのにか」
「それすら娯楽ですよ」彼は会食中ずっと、キウイフルーツの乗ったクラッカーばかりを口に運んでいて、ここでも「娯楽」の発音がもごもごとなった。「実際、術士団は人手不足です。革命直後の混乱期みたいに、むやみに銃殺を発揮はしませんよ」
しばらくすると、会話がそれぞれのひそひそ話に移行する。
思うに、こうゆう「他の人に聞かせられない話、ないし聞かせたくない話」が、組織の動脈硬化の原因だと思う。
思い返せば、我々の組織が革命を起こして十数年。当初救国の意志に燃え、疲弊した議会制を打倒した意気は年々弱まり、ロウランドに派遣されるという名誉を帯びた人間でさえ、新たな方向を模索すべき時期にきているのかもしれない。
「なぜ二、三人で集まって、小声で話すのですか?」ずっと正面で立ちっぱなしの衣谷が声を荒げた。彼がここに来てあそこに立っている理由の一つは、そのきれいなバリトンボイスのおかげだと思う。
「私はストライキ当事者たちの総意を聞きたいのです!」
「そりゃ、さっきフレッチャー次席が代弁してくれましたよ」平岡が声を出す。「俺らは金がない。だから税金は取られたくない。この中の何人かは、同僚に合わせて仕方なくストライキに参加してますけど、その思いは同じですよ」
「なるほど」衣谷次席相当が勿体をつけたように言う。「しかし事態が長引くようなら、本邦としても採らざるを得ない手段がある。それはお分かりですね?」
「ミスター衣谷。そうゆう脅しは、依怙地な相手にするものですよ」
フレッチャーが言った。「しかし、本邦がストライキなど容認しない組織であることは、諸賢もご存知のはずです」
「それと同じぐらい、俺らが組織に仕えていることも、ご存知のはずだぜ」平岡は、我々の想いの代弁を進んで買ってくれている。・・・言うまでもないことだが、これは危険でもある。
「あなた方は未開なロウランドに赴任したという自負があるでしょう」衣谷。「しかし、本邦は、あなたがたの忠誠心を疑っているのですよ」
「なんだと」平岡が小声で素早くつぶやく。他はしんと黙る。
今まで我々に同情的な言葉を発していたフレッチャー次席は、口をゆるいU字にしたまま表情を変えない。
「あなたがた関西の派遣隊員は、ここ二年間、同士石綿を除いて自分殺しを達成していない。これは組織への忠誠心より、自己愛が超越した、恥ずべき結果ではないのか?」
誰も何も言わない。
この自分殺しの慣習は、慣習を重視する我々の組織的体質とあいまって、派遣隊員の日常に無視できない「後ろ暗さ」を発揮しているし、今も違う意味での効果を発揮しつつある。
「派遣隊員のみなさんはご存じないでしょうけど」フレッチャーが言った。「本邦があなたがたの『総入れ替え』を、検討しているのは事実です。そして入れ替えられた人間を、どこの戦線に送るかという検討も、行なわれています」
「いよいよぬるま湯とおさらばするわけだ」衣谷が薄ら笑いを浮かべた。
派遣隊員の中には、ロウランド勤務を「命の洗濯」と考えているものも多い。平和なロウランドは、勇敢に戦ったことへの「褒章」の意味合いもあるのだ。
それが取り上げられる。それも、侮辱を加えられた上で。
税金を納めるより、耐え難い条件だ。
派遣隊員の全員が、さりげなくお互いを見合う。フレッチャーは顔を変えずに、我々の出方をうかがっている。我々に同情的な男かと思ったが、そうではないようだ。
私は考える。本邦の高等統帥部は、武人であろうとしている組織だ。それが、曲がりなりにも機能していた面のある議会制民主主義を打倒する上において、必要なアイデンティティだったからだ。
我々派遣隊員が統帥部に見せつけ、共感さえ得る手段。それは自己愛を超越し、武人であることを示すことだ。
「まあいいでしょう。明日もまだある」衣谷が、本国所属の優越感をにじませて言う。「『時間はいつも、数の多い方に味方に働く』テネルファウトの言葉です。ご存知でしょう? 明日には新たな決定が、本邦より通達があるかもしれませんね」
「同士衣谷」私は声を上げた。それまでまったく発言していなかったので、注目が集まる。「我々がこれまで『自分殺し』を成し遂げられなかったのは、その機会に恵まれなかったからです。やろうと思えばできます」
そして、一番奥に控えていた、日本方面隊関西支部長代理を務める浜口さんに向き直る。
「私は自分を見つけました」言うべきことは決まっている。自分殺しが始まった時点から、何人もの術士が口に出した言葉だ。「刀をください」
これが、自分殺しの意思表示だ。
「よく見つけましたね」今回の問題評議会、筆頭評議員代表の石綿が言った。この男は結局、会食では一度も発言しなかった。「どうやって見つけたんです?」
「『上田』って打って、片端からネットの世界を探し回った」
「それはそれは・・・ 芸人と声優に邪魔されて大変だったでしょう?」
「造作もないことだ」
「期待していいのか?」そう聞く平岡を、私は答える。
「ブログを突き止めた。うちの儀人がそこから現住所を洗い出している。ちょうど五日前からだな」
「そりゃ、見つけたも同然だな」
「早く会って確認したいよ」
「いつ殺すんだ?」
「機を見計らって、すぐにでもするつもりさ」
「応援するぜ。俺だけじゃなく、派遣隊員全員でだ」
翌日には、改めて衣谷とフレッチャーの二人から、本邦の意思を汲み取る。本邦は忠誠心を示すことを望んでいるらしいとの、手ごたえを得る。
「本邦はあなたがたに対する最終的な結論を、三月十一日に下す予定です」フレッチャーが言う。「殺すのなら、それまでにやることですね」
ほぼ一ヶ月後だ。大丈夫だ、充分時間はある。
午後からは私のために「刀を授ける」儀式が執り行われる。出席できる人間全員が集まる。衣谷とフレッチャーもいる。二人とも、私に挑むような敬意の視線を向けている。
この日が来たときのため、私はすでに派遣前の事前訓練で儀式の予行演習を行なっていた。その演習どおり、赤じゅうたんの上を歩き、前に進み出る。演壇には浜口さんが静かに立っている。
浜口さんは、私が持っている偽装社会保険証の扶養者として登録されている人だ。つまり浜口さんと私は、ロウランドにおいては義理の親子になる。
「君が『刀をください』と言うのなら、私も言わざるを得ないだろう」彼は小声で言う。両刃の、暗殺用日本刀が下賜される。そして大声になる「必殺を期待する」。
「勝利を我らに!」と、男たちの声が唱和される。
最悪なことが判明した。
ヤツの住処が、まだ判明していなかったのだ。
ブログに掲載されている写真はことごとく住所情報が記録されておらず、あてがまったくはずれてしまった。まさかロウランドの上田は、私のような暗殺者を警戒して住所を記録しなかったのだろうか? そんなことはないとは思うが。おそらくは単に、個人情報の流出を警戒しているのだろう。ブログの自己紹介や文章にも住所を公表していない。
ヤットサンは出来る限りの手を尽くしてくれたのだが、残念ながら必要な情報は皆無といって差し支えなかった。
ロウランドの私が「阪急梅田駅ってハガレンに出てきそう」とつぶやいたこととか、ダウンロードしたアプリを「使いやすくて使いにくい」と評したこととかなど、瑣末でどうでもいい情報がパソコンにたまってメモリを圧迫していた。
「しかし、殺害の期限まではまだ余裕があるのでしょう?」
この一週間、役に立たない情報を集めて、ついでに「使いやすくて使いにくい」アプリソフトたちの知識も会得したヤットサンが取り繕うように言う。
「期限の三月十一日まで、ちょうど一ヶ月と一日あります」
「一ヶ月は短いようでいて、ものすごく短い。あっという間だ」
「あなたが言うのなら、そうかもしれませんね」ヤットサンが声色を変えた。
「まるで機械みたいな声だな」
「しぇりーの真似です」
「え・・・?」儀人が何かの真似をする? 人間みたいに?
「真似って、その、どこからか取り入れた声を、模倣しているのか?」
「はい。しぇりーはロウランドの、原始的な人工知能です。ボクは彼女のことが、とても気になります」
私は少し考えた。これは、正規の報告書に書いたら、ちょっとした話題になることだろう。
しかし、彼女がこうゆうのに「真似」にかまけるのは良くないとも思った。
「あんたはもっと、別のものごとに時間を割いたほうがいい。人より長くは生きられないのだから」
「あなたが言うのなら、そうかもしれませんね」今度は普通の声で言った。
「あなたはボクの『耐用年数』を気づかってくれる、珍しい人間ですね」
もう一度、儀人が集めた情報を洗いなおす。この作業が甲斐なく終わると、息抜きでロウランド一般の情報を集めることにする。
二月にある行事の、ロウランドでの解釈を説明しておきたい。
節分のような、古くから続く行事はほとんど我々と同じである。豆をまき、邪気を祓い、年齢と同数の豆を食べる。ただロウランド人は経済的な要求から、これに付属物を加えている。
ロウランドでは節分の日に海苔巻きを食べると縁起があるとされている。これは恵方巻と呼ばれ、易の思想に基づいたその年の恵方の方角に向かって、黙ってこの海苔巻きを食べ切ると良い一年になるという迷信である。手元にある資料用に買った恵方巻を見てみると、具は厚焼き玉子、かにカマボコ、かんぴょう、きゅうり、レタスなどで、まあ、普通のサラダ巻である。
この恵方巻はもともと関西の一地方で行なわれていた風習にすぎなかった。海苔問屋の息子が、海苔の消費を伸ばすためにこの奇習を全国に広めたという話が伝わっている。ちなみに「細くて長いもの」なら何を食べても良いと拡大解釈されており、海苔巻きでなくスイスロールを長くしたような菓子パンも節分にあわせて流通している。
腕ぐらいの太さの海苔巻きを、無口を意識してほお張るのはなかなか大変であった。
バレンタインデーは我々の方では廃れて久しいので、一応説明しておく。
バレンタインはヴァレンタインとも表記され、毎年二月十四日に行なわれる、重要度において恵方巻を遥かに上回るイベントである。これは日本においては、女子が意中の男子にチョコレートを送る俗習で、同時に恋の告白も併用されることが多い。いや、告白こそがメインで、チョコの贈答は告白の機会とその成功率を付与するためのアイテムに過ぎないと言えるか。
バレンタインはキリスト教の聖人の名を冠しているものの、女の欲と商業主義にまみれた恥ずべきイベントである。
菓子会社が商業的な意図からこの聖なる日を、チョコを贈呈する日に仕立て上げたときは、まだ無害でつつましいイベントに留まっていた。当時は人心が謙虚で、チョコレートを食べる機会も少なく、男女の交流のダシとしては意義があった。特に口下手な女子にとって、愛を獲得する有効なきっかけとなったことだろう。
ただ時が立ち、肥大化と形骸化が進むにつれ、浅ましさと欲得づくが目立つようになってきた。
これらは義理チョコ、友チョコ、ご褒美チョコ、という形で現れる。義理は恋愛対象ではないものの、チョコをあげるべきと判断された異性に対して贈呈されるもので、友は友人に、そしてご褒美は自分自身に対して渡される。
この自分自身、というのが本質である。
結局このイベントは、チョコを渡す→貰った方は喜ばなければならない→自分の贈り物が感謝された→自分が満足、という、自分の存在への価値を無意識に満たす、自己愛の産物に他ならない。異性に送る以外に「自分へのご褒美チョコ」などという一見まゆをひそめる新奇な風習がすぐに受け入れられたのはこの麻薬のためだ。ご褒美の贈与→つまり自分はがんばった(褒美を与えるに値する人間だ)、という、自己愛を満足させる図式には、大して差はないのだから。
その証拠に、例えば「ご褒美お歳暮」などというものが発明されたら、似たような滑稽に身を漬かっている彼女らは首をかしげるに違いない。これは(少々煩わしく、形骸化した面があるものの)、やはり正真正銘、お世話になった人への「贈り物」だからである。
しかも彼女らときたら、ちょうど一ヵ月後に来る、ホワイトデー(贈与に対する返礼の日)を見越して、「(値段的に)倍返しだからね」などとずけずけと言ったりするのだ。
そして感受性はあるが言葉の足りないロウランド人は、不満の表し方をよくわからなくて、「チョコ会社の陰謀にのるな」などと言っているが、これは浅い批判である。結局、女の身勝手を直接掣肘するほどの能力がないから、チョコ会社という安全な相手を非難しているに過ぎない。
ついでに付け足しておけば、このイベントはチョコに差して関心のない女性にも「義理でもチョコを配った方がよいのでは?」、「送らないと女性としてまずいのでは?」と要らぬ煩悶や葛藤を起こさせる。
普通の善男善女を、女の勝手につき合わせてはいけない。
大変めんどうくさいことなのだが、免許を取り直す必要に迫られた。とゆうのも組織より与えられたのがただの大学生の身分であり、ハイマートで取得していた運転免許は「ないもの」とされていたのだ。
しかも、ストライキによって本国からの支援が断たれた今、数少ない人員に様々な技能を使えるように訓練しておく必要が生じた。
したがって最寄りのドライビングスクールに申し込みに行く。
即金で入学料、授業料を払い、その週の内に入学した。
料金は28万円である。
ちなみにこの7分の1の額しか「今回の問題評議会」から援助されなかった(彼ら自身が免許を取るよう命じたのに)。
ストライキが終わり本国との関係が回復したら、ちゃんと経費で落とせるだろうか?
一日目。入学説明会と適性検査(空間把握、知能、性格などを調べる)が終わったら、別の教室にある据え置き式の模擬運転装置に乗り、シミュレーションを行なう。アクセルの踏み方、ブレーキのかけ方、指示器の出し方など、懇切丁寧だ。
次の日にはさっそく実車の運転である。もちろん人畜に危害を加えないよう、教習所の外には出してもらえない。所内のコースをぐるぐる回るのだ。
こちらはわざと初心者ドライバーを演じようかと思ったが、不可能そうだったので、素晴らしいハンドルさばきを見せ、「キミ、筋がいいね」と褒めてもらおうと本気で運転する。
運転後「もっとカーブの練習をするように」と注意を受けた。
そういえば私はペーパードライバーであった。
ロウランドではわりとオートマ車が普及している。我々の方では、アクセルを踏んでいなくても動き出すオートマ車の性癖が嫌われて、マニュアル車の多いことは周知の事実である。そしてロウランド車は安全上の配慮から、ブレーキを踏みっぱなしにしないとチェンジレバーをP(停止のこと)からD(巡航のこと)に切り替えることが出来ない(註1)。
ロウランドで好まれるのは、小型で低燃費、しかし居住空間の広い車である。
軍事上の統制ではなく、燃費と排気ガスへの配慮から、ガソリンと電気を併用したハイブリット車が主流だ。ただLPガス車はあまり見かけない。完全な実用に耐える電気自動車はまだ少ない。そしてロウランドの車は、木炭チップでは走らない。
教習所内で気になる装置を二つ見かけたので記す。
一つは教習原簿(どのような科目を修了したか記録する通知簿のようなもの)を取り出す機械である。クリアファイルの並んだ本棚と呼べる形をしており、あらかじめ配布されている磁気カードを挿入すると、ウイーンという音と共にファイルの懸架の明かりが行ったり来たりして、自分の原簿が指でつまんで取り出せる位置までせりあがってくる。「まるで特殊高等警察が、要注意人物のファイルを取り出すときのマシーンみたい」という私の感想を伝えれば伝わるか。
ちなみに実車運転の予約も、この磁気カードを用いた端末にて行なう。
もう一つの装置は初めて見たときの様子を描写することによって紹介したい。
ロウランドのトイレは大変清潔で、本を読むのに適している。この日は休憩スペースがいっぱいだったため、大便器の方のドアを開けた。
そしたらなんと、閉じていた便座が私の許可なく、音も立てずに勝手に上がったのである。
思わず固まった。
「ポルターガイスト現象か?」と本気で心配になる。便器を撫で回し、こんこんとたたいて、黒い半透明のレンズが埋め込まれていることを発見する。
種明かしをすると、便器に赤外線センサーを仕込んでおり、人影が接近すると電気の力で勝手にフタが上がるのだ。
座ってみると、さらにすごい機能も明らかになる。便座がヒーターで熱せられて温かいのだ。まるでパイロットの電熱服である。
なんだここは、図書館より居心地がいいかもしれないぞ? とにかく落ち着いて、本を読み始める。術士たるもの、常に冷静でなければならない。
便器の側面に「ビデ」と書かれたボタンを発見する。お尻のイラストに、クジラの潮吹きのようなものが描かれた、理解に苦しむデザインである。立ち上がって、念のため持ち歩いているバタフライナイフに手をかけ、ボタンを押した。
便器の奥、暗がりから水が吹き出た。思わず腰を引き、噴水のような水をよける。不意打ちに心臓が高鳴る。
「ああ、これがうわさの」と一拍考えて合点した。まさかこれほどの威力とは、思わなかったのだ。
ロウランドのトイレにはお尻を洗浄する機能がある。どうゆうものかというと、ボタンを押すと、奥から槍みたいなノズルが伸びてきて、水を吹きかけてくれるのである。ノズルの威力は強力で、尻にさえぎられていないと、水が扉まで到達して掛けていたコートを濡らすほどである(ついでに自分にも少しかかった)。
このウォシュレットと呼ばれる洗浄の機能に、原住民は快感を覚えているようだ。芸能人の中には携帯式のものをマネージャーに持たせている者があると聞く。
なお、教習所のハイテク便器について付け加えておくと、水を流すのにコックのような原始的なものは存在せず、赤外線センサーに手をかざして水が流れる仕組みだ。
一応予定では、6月までには免許を取ってしまう予定だが、ストライキの件もあるから、どうなるかはわからない。
2月26日 政党政治抵抗記念日
天白相術団 筆頭相術士 河井出良太郎様
「今回の問題評議会」筆頭評議員 上田祐司
追伸 銃がまだ届かないのだが、送ってくれただろうか?
追伸2 ガソリンの輸送に関してだが、運搬方法について詳細を知らせて欲しい。
追伸3 君が並々ならぬ関心を示しているお掃除ロボだが、これはバラバラに分解してハイマートに送ることになると思う。現物を手に入れ次第、おって報告する。
(註1)ハイマートの日本では、カタカナ語を日本語に置き換える試みが積極的に行われているらしい。




