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術士上田の私的報告書  作者: 上田 祐司
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報告書6

 報告書6


 そういえば大学での一日について書いていなかったので、記しておこう。

 一限目は九時十分から始まる。大学は好きな講義を任意に取れるシステムなので、朝早くから机にかじりつくか布団にこもるかも自由に選べるはずなのだが、重要な講義がしばしばこの時間に当てられているため早起きを強いられることが多い。一つの講義あたり、時間は九十分である。一限、二限が午前中の授業となる。

 昼食は、味と値段の見合った学生食堂でとっても、教室に自前の食料を持ち込んでも、あるいは外食でも、いずれでもよい。

 二限と三限に主要な科目は集中している。必修科目の英語と外国語は、だいたいこの時間帯だ。外国語だが必修でない漢文やラテン語、以前触れた文化財保護の講義もここだ。

 四限にはなぜか選択できる科目がぐっと減る。今のところ、この時間帯に出席する講義は取っていない。

 進級に必要ではないものの個人的に興味のある講義はなぜか五限に集中している。だいたい若い講師のものだ。たぶん彼らは、早起きが要らず、さりとて遅くまで学校に残る必要もない二限、三限という良い時間帯を、老教授たちに取られてしまうのだろう。

 十八時に五限も終わり、その日は終業となる。事務一般を担当する学生課、学務課の受付も閉じられる。あまり勉学に熱心でない大学なのか、学内の図書館も二十時には閉まってしまう。


 私の一日の生活を具体的に述べる。ロウランド人にも触れるので、退屈はさせないだろう。

 朝は八時に拠点のアパートを出て、一〇〇円+税ショップで消費期限間近のため値引きされたパンを調達したのち、大学に向かう。通学手段は自転車である。多くの学生は電車で来るので、駅前を通るとそれらと会う。何人かの知り合いに挨拶し、時には自転車を降りてしゃべりながら徒歩で向かう。

 その日は朝から夕方まで講義が詰まっている日で、一限目は心理学の講義である。バウムテストと呼ばれる、A4サイズの紙に樹の絵を自由に描いて、精神を分析する方法を実際に体験する。若い女性の講師に、「キミ(の樹の絵)、なんだかあんまりよくないね。あ、でも、想像力は豊かそう!」と、微妙に不安な判定をなされる。

 二限はドイツ語である。小テストをやり、やり終わったその瞬間に丸暗記したいくつかの単語を忘れる。講師が夏休みのドイツ土産にバウムクーヘンを買ってきて配ったので、朝のバウムテストの不吉な結果が思い出される。

 昼休み開始後すぐに、携帯へふらぐから電話がかかる。面倒だと思ったが、彼は出るまでずっと鳴らし続けるので、バッテリー残量への配慮から応じる。現在地を知らせると、すぐに彼はやってきた。この一連の動作はほぼ毎日繰り返される。彼に他に友はいないのか?

 その日の昼はコンビニの新商品であった「カレースパゲッティ」なるものを食べる。

 三限目は宗教文化史の講義で、(えんの)小角(おづの)というその筋で有名な行者の活躍について聞く。講義終了後、同じ講義を受けていて、初めの一〇分以外熟睡していたふらぐからノートを貸すよう要請される。渡すと、ぺらぺらとめくって「上田くんのノートは一人飲み込みでわかりにくい」と言ってのける。

 四限目にあたる時間は図書館で過ごす。図書館は数年前に新造されたばかりの二階建てで、大きな一枚ガラスをふんだんに使う採光を重視した設計だ。ブルーレイ(CDと同じ形をした、映像を記録できる情報媒体)を再生できるプレーヤーも設置してある。本を読んだりレポートを書いたりする以外の機能も充実させたいようだ。

 中はややうす暗い照明で、一階には座席と貸し出し受付と新着図書の棚が、地下一階にはマイナーなためあまり貸し出されない大量の専門書がある。二階は会議スペースで、学生はあまり使わない。

 ロウランド人の群れが、図書館の中にわざわざ携帯ゲーム機を持ちよって、無線による通信プレイをして遊んでいる(さすがに音は出さないが)。

 地下をうろついていると、なぜかヨーロッパの要塞の歴史について描かれた絵本があったので、それを眺めて過ごす。

 五限は日本近代史の概説である。担当の準教授(助教授のこと)は、痩せてはいないが肥満というのはちょっとかわいそうな体型で、十人中十人が塾の講師だと思う声音と口調をしている。講義の内容より、「この大学の給料を他の大学の同僚に話したら、そっと居酒屋の勘定を払ってくれた」という小話が印象に残った。

 講義終了後、彼と話す。盛り上がり、明治維新→近代軍の創設→ゼロ戦へと話題がかわるが、「ゼロ戦って、あの座薬に翼つけたみたいな飛行機?」と返答され言葉につまる。「そうか、ゼロ戦は座薬に翼をつけたみたいな飛行機に見えるんだ」教室を出て妙に感心した。

 図書館で本を借りて、十九時には拠点の下宿へと戻る。アパートは築40年の、この近辺で最古参に入る建物で、いつもどこかの電灯が切れかかっているか切れている。玄関の鍵は二つもあるものの、どちらも掛け金の部分がバカになっているので、その気になればマイナスドライバー一本で突破できる。

 ちょうど来ていた同志石綿(この拠点の合鍵を持っている)と議論し、「オムカレーはオムライスを先に作るのではなく、カレーを先に煮込んでその間にオムライスを作れば、オムライスが冷めなくて都合がよい」という結論に達する。

 その日はレトルトのハヤシライスで夕飯を済ませる。

 さて、夜からが本来の仕事である。ファックスで送りつけられた大量の、ただ事務屋が仕事をしているという事実を作るために案出されたような書類を整理し、必要なら記入し、大部分は廃棄する。正規の報告書に掲載する文を制作し、半ば趣味でこれも書いて、ああ、そういえば石綿とテレビを買いに行かなきゃ、と週末の予定を思い出して、十一時すぎには就寝すべく寝袋に潜る。

 このロウランドの空気に馴染めているだろうか? この先自分はちゃんとやっていけるのだろうか? と寝床の中で不安になり、日付が替わるまで眠れない日々もある。




 こちらで見かけた、風変わりな料理について紹介する。


 ・カレースパゲティ

 コンビニで見かけたものである。文字通り、ゆでたスパゲッティにカレーがかけてある。味は、ロウランドの表現を使えば「コレジャナイ感」たっぷりであった。個人的には、やはりカレーはライスで食べたい。まずいわけではないのだが。


 ・マーボーカレー

 人気ビデオゲーム「テイルズシリーズ」の劇中の料理が原型となって、発売された食品である。名前のごとくマーボーにカレー粉を溶かし込んだ味をしている。やや甘辛調か。なおゲーム中では食すとHP(敵の攻撃を受けて死亡するまでの体力を数値化したもの)とTP(術技を発動するときにコストとして支払われるポイント)が最大値まで回復する効果があるのだが、もちろん実際はそんな滋養強壮には至らない。

 しかし、世界が変わってもカレーの好きな国民だ。


 ・お揚げさんピザ

 大学生の間で手頃な料理として親しまれている油揚げの調理法である。作り方は油揚げの上にピザソースとチーズその他任意の食材を乗せ、オーブンかトースターで焼く、ただそれだけである。ピザソースの代わりにしょうゆと刻みネギを塗りたくって「和風」とする事も可能だ。

 我が下宿に備品としてトースターが設置されたら、作ってみたい一品である。


 ・チョコエッグ

 料理からは逸脱するが、ぜひ紹介しておきたいのでこの場を借りて記入する。

 外見は、小ぶりの卵に模して作られたチョコレートに見え、事実そうなのだが、割るとプラスチックの円柱状の物体が現れる。この円柱はおもちゃ屋の軒先にあるガシャポンのカプセルと同じ原理でかみ合っており、中央から着脱が可能だ。中からはプラスチックの組み立て式模型が出てくる。グリコのおまけを小型のガシャポンに包んで、更に卵形のチョコレートで封印したと言ったらわかりやすいか。模型の内容はゲームやアニメのキャラクターなどだ。主にお菓子売り場の小児向け玩具コーナーに置いてあるが、これらのおまけの完成度は高い。特に(現在販売はされていないが)動物シリーズは精巧を極める。私はこのおまけの製造会社に、子ども向けの玩具で日銭なんぞ稼がず、博物館のミュージアムモデルを提供して経済という名の大海原に船出する事を勧めたい(註1)。同じくかつて販売されていた航空機も、敵機識別の教材として使えそうな出来である。もはやチョコがおまけだ。

 値段は一個178円であり、これがチョコレートの値段としては高いと思うか、一リッターのハイオクとほぼ同じ値段で安いと思うかは、買う個人によるだろう。




 我らが下宿には家具も家電もほとんどないにもかかわらず、上層部より最新型のテレビを買うよう命令がなされた。ロウランドの文化、風俗の一翼を担うテレビ番組を見ることによって、より深く原住民について理解するのだ。異世界理解は結構だが、それより早く拠点に炊飯器を導入して欲しい。アパートは古く汚く小さいとはいえ、組織公認の拠点なのだ。それともこちらがいよいよ堪えかねて自腹を切るのを、今か今かと待っているのか?

 再開発の進む大阪梅田に同志石綿とテレビを買いに行った。JR大阪駅と阪急線の梅田駅に挟まれた最高の立地に、政府のビルのような立派な電気屋がそびえている。店の前の横断歩道は休日なため大変な人混みで、無防備にそぞろ歩くその姿は、この中にテロリストがいて手榴弾を投げ込んだらどうなるだろう、という警戒を思わず抱かせる。

 あまりにも魅力的な商品がたくさんあったので、私は大変興奮した。思わず我を忘れて、その日は売り場に密かに泊まってじっくり検分しようと考えたほどだ。

 案内役の石綿にあとで各売り場を巡る約束をさせ、テレビを見に向かう。売り場は3階である。

 ロウランドのテレビはみんな平べったい。ぺらぺらしているのさえある。「ブラウン管の極端な小型化に成功したのか?」と聞くと、「いえ、液晶です」との同志の返答。

「液晶って、戦車の装甲板に貼り付けて光学迷彩を映し出すあれか?」

「ええ、まあ」

「ああ」と納得。「そういえば、アイホンも板チョコみたいに薄いから、テレビなんぞ朝飯前にぺらぺらにできるわけか」

 私はテレビの性能にまったく詳しくないが、それでも高性能に見える品々が豊富に並んでいる。画像は美しく、細部の工作精度も高く、そしてリモコンにはわけのわからないボタンがいっぱいついている。ロウランド人は、これを使いこなしているのだろうか? だとしたら彼らは侮れない人種である。もちろん、テレビに直接チャンネル切り替えスイッチの付いたものや、ダイヤル式のものは一切見られない。

 ところが、画面が二重に映って壊れているとしか思えない展示品を、しかも複数見つけた。

「これは3Dテレビです。専用のメガネをかけて見ると、画面が飛び出して見えるのです」

 同志が愉快な形をした色眼鏡を差し出した。

「視力に影響は――」

「ないですよ」

 使用の印象は、はっきり言って期待した迫力ではなかった。スキーヤーの映像だったのだが、なんだか名状しがたくぼやけている。目が慣れていないせいかもしれない

「しかし画面を立体的にしてなんになるんだ? おっぱいとかがさわれたりするのか?」

「さわれません。が、破壊されたターミネーターの破片が、顔に向かって飛んできます」

「それは――心臓に悪そうだ」


 ここで、各売り場で見つけためずらしい家電製品について紹介したい。


 ・食器洗い乾燥機

 これは食パンを入れる箱を大型にしたような形状をしており、投入した食器を自動で洗ってくれる機械である。我々の方でも軍の食堂やよほど大きなレストランなどでは見かけるが、ロウランドでは一般家庭に普及している。洗剤を細かい粒にし、ミスト状にして洗い、水を勢いよく放出して全てを洗い流す。機械の仕事だが洗い残しはない。しかも手で洗うより「水が節約できる」との謳い文句だ。一台あたり5万~6万円。


 ・ホームベーカリー

 自宅で手軽にパンを焼きたい! というニッチな執念が具現化した家電である。炊飯器のような形のこの器機に、小麦粉、ドライイースト、その他パンに必要な材料を捏ねて投入し、四時間ほど加熱すると、ふたの中からふっくらパンが顔を覗かせる仕掛けだ。また、小麦粉の代わりに米粉を使う「ゴパン」なる商品も発明されており、値段は3万前後もするが、大変なヒット商品である。

 そうまでしてパンが喰いたいか、と思わないでもない。


 ・米を洗ってくれる炊飯器

 お釜の中に米を入れると、上蓋に付いたアームが回転し、米を「ほどよい加減」で洗ってくれる機能が追加されたハイテク炊飯器である。どうもロウランド人は、米を洗う手間さえ厭うようだ。ただ、人間の手で洗うと米が傷み、栄養分も流出するから、このアーム式の方がいいという、店員の売り文句を紹介しておくのも公正だろう。どのみち瑣末なことを気にする点には替わらなかったわけだ。一台7万円ほど。

 アームの回転運動が見たいから、スケルトンモデルを製造してくれるのなら、自腹を切って下宿に導入するだろう。


 ・掃除ロボ

 これが始めて動いているときの衝撃は、筆舌に尽くしがたい。売り場の一番いい場所で初めて見た時は「対人地雷が動いている!」と戦慄したが、石綿からこれはロボットで、床を掃除しているのだと聞いたとき、その健気さと技術力、そして「ういんういん」と奏でる起動音に感動した。

 各種センサーを搭載し、家主が不在のときに自走して床を掃除してくれる恐るべき掃除機である。形と大きさは対人地雷に似ていて、動きはカブトガニを思わせる。コンセントに連結された充電器より発進、センサーを駆使して吸い残しがないよう隅々まで部屋を機動し、終わるとまた充電器に帰還する。すばらしい技術だ。ルンバと呼ばれる機種が草分け的存在。


 ・投影式のキーボード

 キーボードといっても楽器のことではない。パソコンに用いられる文字入力端末をこちらでは「キーボード」と称する。普通、入力端末はパソコンのスクリーンに有線で接続されるが、これは無線技術を駆使し、机などにキーボードの画像を投影し、それを叩けばどこでも文字入力が可能というシロモノだ。スマートホンなど、携帯性に優れるがそれゆえに操作性の乏しい機器を援護する目的で開発されたとのこと。

 すごいと思うが、スマホを持っていないので、あまり関係がない。


 ・布団レスコタツ

 文字通り布団がないコタツである。原理は、従来の送風機式ではなく、熱を反射板で直接足へ届けるというものらしい。そのため暖かい空気を遮断する布団がいらないとの理屈だ。ダイニングテーブルなどの足の高い机にも取り付けられる。


 ・スマホ

 前にも少し紹介したが携帯電話の一形態で、スマートホンの略称である。これはゲームボーイを極端に圧縮したような平べったい形状で、実質的に電話機能を搭載した小型のパソコンと評した方が正しい。市場には常時六〇種類ほど出回っており、防水、防塵、耐ショックなどの機能が付加された機種を、各人がニーズに合わせて選ぶことが出来る。


 驚くなかれ、今どきの携帯電話はゲームができる。

 これは以前に少し触れた「アプリ」と呼ばれるサービスである。

 アプリは強いて言うなら「ツールソフト」といったもので、そのサービスを提供する会社に有料、あるいは無料で登録し、様々なツールを提供される。種類は地図、天気予報、時刻表など実用的なものから、ゲームや音楽、ネット専門のテレビの視聴、果てはカメラ機能で手のひらを撮影して手相を解析するサービスや、撮った人の写真をハゲ頭に合成するくだらないものまで無数にある。特にゲームが一番人気なようで、経済新聞にそのゲーム会社の売り上げの増減が記事として出るほどである。

 初めてロウランドに来たとき、衆人が電車内や道端で一所懸命に携帯電話をいじっていたので、何を熱心に連絡しているのだろう? この世界でも不審人物の密告制度が奨励されているのか? と、いぶかしんだものだが、なんのことはない、彼らは遊んでいたのである。


 結局テレビについては、私より遥かに文明機器について知見のある石綿が、適当に見繕ったのを購入する運びとなった。後日、配達で届けられる。




 さて、テレビであるが、一騒動あったので、記しておく。

 その日はテレビの搬入があるので、早めに帰ってきていた。昼の一時半で、二時から二時半の間に、電気屋がくる予定であった。

 昼食としてパックに入ったチキンライスを電子レンジで温めていると、どんどんとノックの音がした。搬入に立ち会い、テレビの製造番号を登録する防諜部の平岡かと思ってのぞき穴から見ると、スーツ姿の知らない男である。業者だと思ってあけた。

 ロウランドでも名高い、NHKの請負人であった。

「電波状況の調査をやっておりまして、この家には電波の登録がなされていませんので――」というようなことを、男は申し訳なさそうに言ったあと、本題を切り出す「テレビがあるのでしたら、受信料をお支払いいただきたいのですが」

「テレビを持っていない」私は正直に答えた。

「小型テレビもですか? お持ちの携帯にワンセグ(テレビ電波の受信機能)がついているでしょう」

「あんな小さなものでも、料金を取るんですか?」

「NHKの考えでは、テレビ電波を受信できる端末は、全て受信料をお受けする対象となっております」

「携帯はワンセグがついていないタイプです」

「え、そうゆう携帯をお使いなのですか?」

 手持ちの中折れ式携帯電話を見せる。必要最低限の機能しかない、私好みの機械である。

「そこにパソコンがあるようですが、テレビの受信機能は?」

 もし受信機能があるなら、わざわざテレビを買ったりはしない。

 しかし、これは困ったことになった。今は持っていないが、遅くとも三十分後にはテレビを持つ予定だ。私は本部から命令がないかぎり、NHKも含めてテレビを見ないつもりだが(せっかくロウランドに来ているのに、テレビで時間を浪費するのはもったいない)、この請負人の話しぶりから、テレビさえ持っていれば料金を徴収できるシステムのようだ。

 正直に言うべきか? それとも黙っておくべきか? 使わないものの料金を取られるのは、バカらしいといえばバカらしい。

 考えを反芻している間に、時間は刻々迫ってくる。この請負人とテレビの搬入が鉢合わせしたら、気まずいことこの上ない。ならば、先に正直に言ってしまうべきか。

 玄関から、明らかにそれとわかるトラックが着いた。決心もつく。

「パソコンにもテレビの受信機能はないです。すいませんが、二時には人が来る予定なので・・・ 」

「そうですか、お邪魔しました」

「どうも」

 私は彼を黙って見送った。数分後、青いインクでテレビが描かれたダンボールを抱えた業者と、平岡がやってきた。


 下宿に訪れるロウランド人について書く。


 ・宗教の勧誘

 大きめの鼻と、ややたれさがった目じりを持つ、痩せ型の男である。キリスト教系の団体に所属しており、毎月一回、大学の講義が早めに終わる水曜日を狙い済まして、やってくる。そして毎月発行のパンフレットをくれるのだ。

「聖書を読んだことありますか?」初対面の日、こう聞いてきた。

「大学で旧約聖書の講義をとっていて、創世記から出エジプト記まで読みました」本当はハイマートで、新旧の聖書を頭から端まで読んだことがあるのだが、黙っておいた。

「ははあ、女性を差別する宗教だと、お思いかもしれませんが――」女性の「じょ」の字も言っていないのに、唐突に弁明した。どこかでそんなことを言われるか聞くかして傷ついたので、自分からカミングアウトするクセがついているのだろう。

「大学ではなにを勉強されていますか?」

 哲学と答える。

「聖書に興味はありますか?」

 多少は、と言っておいた。

「ちょうどマタイ伝がありますが、読んでみますか?」

「聖書は読んだことがあります」と断わった。

 彼は私に対して「脈あり」と考えたようだ。近くにある教会のチラシ(表に英会話を教えると書いてある)を渡し、興味があったら来てみてください、と誘った。こうして毎月の訪問が始まる。

 術士は原則無宗教でなければならないので、私を勧誘するのは無駄骨だと、会うたびに言いたくなる。


 ・新聞の勧誘

 夏休み中のことである。あまりにも熱いので、玄関を少しだけ開けてすきま風を楽しみつつ、本を読んでいた。防諜上の理由からあまりほめられたことではないのだが、うちわだけではエルニーニョ現象には立ち向かえない。

 突然、ノックもなしにドアが開かれて、スーツ姿の男が姿をあらわす。四角い顔にメガネをかけ、がっしりした図体で、その目つきから卑しい仕事をしていると察せられた。

「服を着るので少し待ってください」こちらはタンクトップにパンツの、人前には出られない格好だった。短パンをはく間、彼はずっと見ていた。

「フリーターか?」彼は問う。

「いや、学生です」

 彼は暑いなと、月並みの世間話をした後、さっそく新聞を取るよう要求してくる。私は断わった。多くの術士同様、ロウランドの新聞をあまり高く評価していなかったし、大学の図書館に行けばタダで読めるものを、なぜわざわざ買わねばならないのだ。

 彼は非常に粘る。新聞ぐらい読んでなきゃダメだとか、ネットの情報より活字のほうが頭に入りやすいとか、お決まりの勧誘文句を言い、ついでに外国の悪口を言って、こちらの愛国心をささやかにあおろうとした。これらが通用しないとなると、彼は契約した場合の特典に触れ、ビール一箱と洗剤一箱、どちらが欲しいかチラシ片手に聞いてくる。

「(一ヶ月の)無料定期購読に契約して、これをいただいたあと、契約を解除すればいいんだから」

「それは、不誠実だからできない」

 これがうわさの拡張員というヤツだな、と観察する。

 新聞はインテリが作ってヤクザが売る。ハイマートにもある言い回しを、実際に体験していた。

 彼はこの特典を君が受け取らないからといって、俺のものになるわけではないと、おそらく法律上の問題への弁明をうってから、なおも新聞を強制してくる。使い捨ての領収書みたいな契約書に、彼自身が書き込んで、あとは私が名前を書くだけの状態にする。気に入らなかったのは、二つ選べる新聞のうち、経済新聞ではない普通の新聞の名前のところに丸印を入れたところだ。最近の大学生は、経済新聞なんぞ理解できないと思っているのが見え透いていた。派遣隊員としては、どちらかといえば経済新聞の方が、ありがたいのだが。

 初めは日本人らしくやんわりと断わっていたこちらも、しつこいので「いらん。大学でタダで読める」と言う。あちらは「そうじゃないでしょ!」と怒る。仮にも客に注文を取りにきた人間から、発せられるとは思えない言葉だ。

 おそらく彼はこの恫喝によって、何軒かの契約に成功したのだろう。日本人がもしももっと勇敢ならば、こんなやり口ははびこらないのに。私は民族の弱点の尻拭いをしている感覚に襲われた。やりとりは二時間を越え、殺意さえ沸く。

 派遣隊員は正当な理由さえあれば原住民を殺傷していいのだが、新聞の勧誘の不快さは殺傷の理由になるかと、本気で考える。

 背後からゴソゴソと音がする。儀人には安全のため、ロウランド人が来たときには隠れているよう指導しているのだが、おそらく私と男のやり取りに不安を抱いて、防諜部に通報しているのかもしれない。

 防諜部の隊員が来たら、男は殺されてしまう可能性もある。

 ここで私は、いっそのこと契約して、クーリングオフの勉強でもしておこうかと思いついた。クーリングオフの制度自体はロウランドにもあって、定められた期日以内なら代金の請求をされることなく商品を返品できる。たしか、新聞の定期購読などのサービスも、取り消しにできたはずだ。

 そう思い立つと、果然やる気が出て、意気揚々と名前を書いた。彼は少し虚をつかれた後、満足気にうなずいて、もし大学が嫌になったら、この番号にかけてこいと、「お試し」で渡してきた新聞の欄外に携帯の番号を書く。いわく、エアコン付きテレビ付きの部屋に安く住めて、自分と同じように稼ぐことができるのだという。私が彼の名刺を要求すると、少し間を置いて「今は切らしている」と返答する。たぶん、名刺で身分を特定されるとかえって不都合な、社会の底辺の職種なのだろう。

 クーリングオフ自体は、はがき一枚で済んだ。所定の様式にそって文を書き、名前と日付を記入するだけの、簡単な手間だった。どうも、同じような悩みを抱えている人がロウランドでは多数いるらしく、インターネットでその様式について詳しくのっていた。

 ネット上のアドバイスに従い、契約書に書いてあった新聞の小売店に電話をかける。はがきを送ったと連絡するためだ。

 出てきた気の優しそうなおばちゃんは、『まさか、無理やり契約させられたんですか?』と危惧した。これもネットで見た情報なのだが、配達をする小売店と拡張団は、まったくの別組織らしい。たちの悪い拡張団をつかまされて、迷惑する小売店も多いと聞く。

「いえ、少し強引だっただけです」私はウソをついた。クーリングオフのやりかたも身についたので、これ以上係わり合いになるのが、めんどうくさかったのだ。「では、はがきの受理を、お願いします」


 ロウランドでの来客は、商業主義に動かされている人が多い。




 我が家の一ヶ月の収支について書いておこうと思う。とゆうのも派遣部隊ごとの予算については正規の報告書で出ているが、調査隊員一人ひとりの収支については知られていないだろうからだ。

 おそらくロウランドの、一人暮らしをする大学生も、似たような生活を送っているはずだから、参考にしてくれれば幸いだ。


 夏休みであった八月、私の支出は167,091円であった。内訳を以下に記す。


 家賃23,000

 家賃滞納分46,000

 光熱費3,369

 交通費20,610

 食費26,430

 酒代3,837

 通信費8,430

 日用品8,515

 書籍8,162

 その他18,738


 項目を簡単に説明する。

 家賃は共益費を含んでいる。

 光熱費はほとんど使わないため安めだと思う。料理を作らず、電気はつけず、トイレは大学で済ませる生活が益となっている。通信費は主に携帯代とパソコンのネット代だ。

 交通費が高めなのは、自分探しで大阪に足しげく通っているせいだ。

 日用品は、食器、洗剤、台所用品、衣服の他、バタフライナイフの費用も含んでいる。

 書籍費がちょっと高めなのは、ヤットサン用の図鑑は結構値が張るためで、また自分自身も、本は借りるより買って手元に置くのが好きなせいもある。


 では、収入の説明に移る。

 収入は162,121円であった。


 派遣会社収入25,159

 アマゾン収入66,960

 自衛隊収入35,550

 投資信託差益3,960

 風邪対策切り崩し20,000

 前月現金繰越8,506

 電子マネー繰越1,986


 ・派遣会社

 所属する派遣会社は、働いた当日にお金が受け取れる。

 上に記した25,159円は、主にイベント会場の設営や百貨店の棚卸しに派遣されることで得られたものである。

 ただ、この収入のうち少なくない額が立て替えた交通費の支給も含んでいるため、実際の手取りはもっと少ない。


 ・アマゾン収入

 読んで字のごとく。週二日~三日勤めたら、これぐらいになる。これも交通費を含む支給額だ。


 ・自衛隊収入

 予備自衛官補としての訓練にも日当がつく。一日7900円で、五日間訓練すれば39,500円。ところが実際の手取りは35,550。これは一割税金が取られるからだ。

 つまり、自衛隊の給料は税金から出ているのに、その給料に税金をかけるという意味のわからない仕様になっているのだ。

 もし我々がロウランドの支配をにぎることになったら、戦士の取り分をちょろまかすようなことはやめさせなくてはならないだろう。


 ・投資信託差益

 7月初めから、ヤットサンが投資信託を開始した。

 初月は1,200円ほどの利益を上げて、二ヶ月目で3,960円となった。3倍とは優秀であり、このまま毎月倍々に増えるのでは? と期待したが、ヤットサンによればこのぐらい額がしばらくは続くそうだ。


 ・風邪対策切り崩し

 滞納していた家賃も払い終えたし、いいかげんヤットサンのお金に手をつけるのをやめなくては。


 ・前月繰越ぜんげつくりこし

 やはり大事なのは、出費を控えて次の月に回すと言うことだ。


 ・電子マネー繰越

 電子マネーとは、通貨と交換して得られる想像上の貨幣のことで、通常はキャッシュカードのようなカードにデータとして記憶される。この想像上の貨幣の利点は、使用する事で使用額の百分の一、もしくは二百分の一がキャッシュバックされることだ。ロウランドでは、イヌが描かれていて「わおん」と鳴くカードや、キリンさんが描かれていて「ぴゅるるん」鳴るカードが有名。




 電子マネーについて、もう少し詳しく説明しようと思う。

 初めてこれを勧めてきた相手は、ふらぐであった。

 この電子マネーは、主にコンビニで運用されているのだが、彼はそのコンビニのアルバイターであった。

「発行手数料三〇〇円かかるけど、買い物のたびにポイントがつくから、お徳だよ」

 当初、私はこの「得」という言葉に胡散臭さを覚えた。

 勧められたカードは二〇〇円の支払いにつき、一円として使える1ポイントがつくのだが、手数料を取り返すには六〇〇〇〇円もコンビニで買い物をしなければならないことを見抜いたのだ。コンビニは基本的に商品を定価で販売するため、弁当以外の物は買い控える。六〇〇〇〇の額をコンビニに落とすほど、ロウランドで勤務はしないだろうと考えていたため、このイヌのカードに食指が動かなかったのだ。

 だがまもなく、このカードが駅前のスーパーでも使えることが判明する。このスーパーはかつて独立企業だったものの、生存競争に敗れ財閥の関連グループに下った中堅どころで、そのときこの電子カードのシステムも押しつけられたのだった。

 この押しつけは、現場の人間には大変だっただろうが消費者にとってはありがたい側面があった。一番の魅力は、商品によっては期間限定で「+20ポイント」などと購入特典がつくことだ。つまりそれが四〇〇円の商品なら、2ポイント+20ポイントが付き、実質22円のキャッシュバックとなる。

 私は小金の計算が得意な儀人と相談し、彼女は素早くキャッシュバックの利益を試算する。結果、二ヶ月以内には手数料の元が取れると結論したため、導入に踏み切った。

 では、カードの導入から使い方までを、簡単に説明したいと思う。


 ・導入

 導入は簡単である。

 コンビニやスーパーのカウンターにて、普通に売られている。売り値は300円である。

 店員に購入の旨を伝えると、住所氏名年齢電話番号を書く紙を渡される。この個人情報はカードの固有番号とともに登録され、落としたり、悪用されたりしたときに、しかるべき対応ができるようになっている。

 紙の記入が終わると、購入に移る。カードの代金とともに、カードに「チャージ」する金額を支払う。

 一〇〇〇円チャージすれば、一〇〇〇円分のポイントがカードに記憶され、次から現金の代わりにこのポイントを支払うことができるわけだ。


 ・使い方

 使い方も簡単である。

 レジでの会計の際、カードを使う旨を伝える。店員はレジを操作してカードの支払いができるよう設定を変える。レジには小さなヘリポートのようなものが取り付けられており、そこにカードタッチをする。「わおん」もしくは「びゅるるん」と鳴れば、払い込みが成功した証しだ。あとはレシートを受け取るだけだ。


 ・注意点

 注意点をいくつか。

 一つは、カード内の残高が足りない場合のことだ。

「ペコン」と間抜けな音がして、ヘリポートも赤く点滅する。私と店員だけでなく、周りの人間にも金欠を高らかに宣言する。

 足りない分は現金で払うことができるのだが、店員がその操作に習熟していないとまごつくのだ。後ろに人が並んでいたりすると、ますます店員はあわてる。ようは私に、現金不足による恥ずかしさと他の客の気まずい視線のダブルパンチを食らわせるわけだ。

 もう一つは、光熱費の支払いにポイントがつかないことである。

 駅前スーパーのサービスカウンターで「(カードでの)お支払いはできますが、ポイントはつきませんよ」と言われたときのショックは、初めての一〇〇円ショップで実は消費税がかかるとわかったときに等しい。

 その直前にサイフのお札を全てカードに投入していたため、現金で払うことはできない。かといってポイントもつかないのに、カードで支払うのはもったいない気がする。この後に食料の買い出しも控えているのだ。しかし今から金を取りに二〇分かけて自宅に戻るのはめんどうくさいし、日々の現金の管理を任せた融通の利かない儀人が、私の生活費を守るべく私にたてつくだろう。

 このように、電子マネーの運用には、やはり人間がかかわるだけあっていくつか制約がある。


 電子マネーの話のついでに、ネット口座と投資信託の話の続きをしておこう。

 証券会社に身分証明書を送り、晴れて上田祐司が不審人物でないと認められれば、私宛に「ログインID」と「パスワード」が記入された書類が郵送されてくる。この二つが、ホームページにて自分の口座を管理するページを開くための「鍵」となる。

 余談だが、この郵送でのやりとりの時、身分証明書として郵送した保険証のコピーが私の現住所と違っており「証明書不備」で返送され、追加の証拠として送った水道代の領収書も「上田裕司」と誤字を起こしていたため再度手元に返ってくるというトラブルがあった。

 書類が届いたら、信託会社のホームページにアクセスし、ログイン画面へと行く部分をクリックする。画面にIDとパスワードを打ち込む検索窓が出てくるので、そこに連絡された番号を打ち込む。認証されれば、無事に上田祐司専用のページが表示される。

 このページで、株を買ったり売ったりと、いろいろな取引を行なうことができるのだ。

 そもそも投資信託とは、投資家(私など)から集めた資金を、証券会社が運用し利益を上げ、その利益を私に還元するシステムだ。

 だから私が、投資する金額や大まかな銘柄などを決めなければならない。

 決めるのは、主に三つである。


 ・投資先

 ・月々の積立額

 ・分配金のコース


 投資先は、投資する会社及びコースである。口座を開設した会社が運営するものを選んでもいいし、それ以外でもよい。私は各種コースを比較検討すると請け負う儀人に、手数料が安く、小額を扱う顧客でも邪険にしないコースを選んでくれるよう頼む。すると、初心者向けのコースを二つほどピックアップしてくれた。うち一つを選択する。

 続いて、月々の積立金の額と引き落とし日を設定する。光熱費の自動引き落としのようなもので、この金額が信託会社に託す「元金」となる。私は月々五〇〇〇円の積み立て、引き落とし日は25日と設定した。なお、毎月25日は多くのロウランドの企業が給料の支払日に設定している日である。

 そして分配金のコースを選択する。これは、預けた毎月五〇〇〇円で証券会社が利益を出したとき、その利益をどうしますか? と聞かれているのである。私はその差益を更に投資すると選択した。もちろん投資に回さず、差益を受け取る選択でもよい。

 ロウランド人のインターネットでの宣伝によると、この三つを決めれば、あとはほったらしにしておいても「プロ」が元手をちゃくちゃくと増やしてくれるという。十年もこの世界にいるつもりはないが、少なくとも二年は駐留するつもりなので、ちょっとした贅沢に使えればいいなと思う。


 しかし、そうは問屋が卸さないのが、ロウランド人であり、ロウランドという世界である。

 私に立ちふさがったのは、ロウランドの複雑怪奇にして不合理の壁だ。

 問題は単純であった。口座に現金の振込みができないのだ。




 まず、今回に先立って、口座を二つ作ったことを説明しておく。

 証券会社の口座と、銀行の口座である。

 なぜ二つ作る羽目になったのかは私にもよくわからない。もともと信託会社の口座だけ作るつもりで手続していたのだが、なぜか証券会社の系列企業が運営するネット銀行の口座を作るページに飛ばされて、この口座を作っておいたほうがいろいろ連携できてお徳ですよとも書いてあったので、開設をしたのだ。すでに組織より託された普通銀行の口座をもっていたから、不要だったのだが。

 それで、その後あらためて信託会社の口座も作った。この口座が、月々の五〇〇〇円の積立金をためる口座であり、その運用益を振り込んでくれる口座だ。

 その後話を進めてみると、どうも信託会社の口座への振り込みはそのネット銀行の口座からするのだという。ところが、ネット銀行の口座は作ったばかりなので、残高はゼロだ。

 当然私は、そのネット銀行の口座にお金を振り込むべく行動を開始した。

 ところが、地図で調べてみても、その銀行の支店がまったくないのだ。口座を作ったのは「楽天銀行」という銀行なのだが、手元の地図にはのっていないし、実際に見たこともない。

 そういえば携帯電話で地図が見られるのだったと思い出し、電子地図を開いてみるも、やはり楽天銀行はない。「楽天」で検索をかけると、東京にある本社が表示された。東京まで現金を振り込みに行くわけには行かない。

 大きい演算機を積んでいる方が性能がいいだろうとパソコンの地図で調べると、楽天をあらわす「R」マークがたくさん表示された。なんだ、こんなにあるのじゃないかとひとつひとつクリックしてみるも、なぜかコンビニと郵便局のデータばかりが表示される。謎だ。

 やむなく、大元である証券会社のカスタマーセンター(お客様相談窓口のしゃれた言い方)に電話する。「投資信託の積立金を入金をしたい。楽天銀行の口座は開設済みだ」と伝える。存外丁寧な口調で応対する女性の受付は、やはり丁寧な口調で「楽天銀行」に電話するよう電話番号を教えてくれた。

 改めて電話をすると、衝撃の事実が判明する。


 楽天銀行は、店舗を運用していない。


 この事実を聞いたとき、私はこの会社がいわゆる名前だけの架空の存在で、人々からお金だけ集めてドロンするねずみ講的な商売かと一瞬勘ぐった。しかしそれではコマーシャルをしている結婚支援サイトや実際に試合している野球チームの説明がつかない。

 ではどこから入金をすればいいかと問うと、他の銀行からしてくれと言う。他の銀行からすると手数料が取られるのではないかと聞くと、「銀行にもよりますが」と前置きしつつも、100円~200円ぐらいかかると思われると答える。私は自分の金を扱うのに手数料なんて取られたくないから、手数料を無料にするにはどうすればいいかと聞く。すると、いまひとつ判然としないインターネット上のサービスを言った後、今度もまた違う銀行から入金せよと言う。

 埒が明かないので、小切手か小額為替を東京の本社に送るから対応してくれと言えば、「そのようなサービスは承っていない」と言う。店舗を持っておらず、小切手や為替を扱わない銀行なんぞ聞いたことがない。

 結局、すでに届いていた楽天のキャッシュカード(そのキャッシュカードには、ちゃんと支店番号が印字されているのだから謎が深まる)を近所の他の銀行のATMにつっこんで、お金を振り込んだ。もちろん手数料がかかる(註2)。それから家に戻り、パソコンからネット銀行のアプリを起動し、操作をして証券会社の口座へと入金する。二度手間である。

 投資信託の運用を開始したばかりの時点では、大した利益を得られない。その小額の利益のために手数料を払い、家と銀行を往復せねばならないのは納得がいかない。

 もしも我々がロウランドに進出して統治することになった暁には、このような架空の現金のやりとりは廃止して、金本位制を導入したいと思う。




 ハイロウ間の食糧の変質について知見を経たので、書いておく。

 ハイロウ間において食糧の移送は、品質が変化して有害になるかもしれないとの危惧から禁止されているが、実はその禁を犯して「乾パン」と「ツナ缶」をそれぞれ二つずつハイマートから持ち込んでみた。食べて人体実験してみるためだ。まずはロウランドへの赴任直後、持ち込んだそれぞれをすぐに食べてみたのだが、どちらも味に変化は感じられなかった。そして六ヶ月たった日に、改めてとっておいた方を食べてみた。やはりこれも異常はなかった。

 結論として、乾パンとツナ缶は、異世界から異世界に運んでも品質は劣化しない。

 もし機会があれば、次は生ものに挑戦したいと思う。




 この世界において大変不快なのは、男でも誕生日を祝わねばならないことである。先日も大学で知り合いに「オレ来週誕生日やねん」と、催促としか思えない挨拶をされた。おまえは天皇さんかとツッコみたい。知っての通り我々の方で誕生日とは、若い女と子どもになされるイベントだ。

 そしてこの世界では、祝う価値のない男ほど「祝ってオーラ」を出してくるようだ。ふらぐのメールを紹介する。


 件名:オレの誕生日祝う?

 本文:ふぃ~~~す!(これが彼独自のメールの挨拶である)ふらぐだよ。

 俺の誕生日に、○○さん(共通の知人)の内定祝いか、就職祝いを兼ねて祝うというか、こっちがたぶん主役に躍り出る内容で祝うよ~♪


 ・・・で、プレゼントを用意して、なるべく○○さんのためになりそうなもの。


 とくに、上田くんとヨウムは絶対!



 それじゃ俺の誕生日に俺の家に十一時に集合~~~。。。(「。」の数は原文ママ)


 断っておくと、こちらは彼の誕生日を今でも知らない。そもそも家の場所もわからないのだ。

 誕生日というのは厄介な行事だ。本当に祝いたいと思う人は少ないのに、全人類のほとんどに備わっている。しかも祝わないと後ろめたい。

 彼らは取るに足らない友情と、お互いが祝い祝われて自分が特別だと高めあうじゃれあいのために、ケーキが食えるというただ一つの報酬で一日を浪費するのだ。

 だいたい、その人が本当に喜ぶプレゼントを選ぶのは容易ではない。喜ぶものは常に他の人のプレゼントと被る可能性があるし、さりとて奇抜なものを持参するといらないものになる恐れがある。

 祝いに酔えない人間には苦痛な一日だ。


 それでも、ロウランド人のお誕生日会には一定の感心があった。

 ただ私もヨウムも大阪南部にある彼の実家にわざわざ足を向けることを拒否したため、大阪梅田の「カラオケ」で、集まることにする。

「○○さんは?」私は集合場所でふらぐに声をかける。

「え? 誘ってないよ」彼は言った。

「カラオケ」という場所に、私は足を運んだことはない。ただ名前は知っている。事前講習で、調査員同士の重要ではないがさりとて現地人に聞かれるのは好ましくない会合に使用するには、うってつけの場所だと教えられたからだ。

 大阪駅から南に歩くと、お初天神通り商店街というものが広がっている。江戸時代、近松門左衛門の『曽根崎心中』の舞台になった、由緒ある場所だ。

 現在ではそこには、ゲームセンターやファストフード店、おそらく本物のドイツ大使館よりドイツ文化の宣伝に貢献しているニューミュンヘン大使館などがあるが、カラオケ店もあった。ふらぐの行きつけの店らしい。

「機種がいいんだよ」と彼は意味不明なことを言った。

 言い忘れたが、カラオケとは、歌を歌う場所のことである。

 店構えは、料理を取り揃えていないハンバーガー屋と言ったところだ。三階建てで、一階のレジにて借りる部屋を注文する。

 びっくりしたことなのだが、どうも金を取るらしい。確かに商売として成り立たせるには、使用料を徴収するのはやむを得ないだろう。

 しかし、金を払って歌を歌うという神経が、私にはどうしても納得できなかった。三〇分の使用につき一〇〇円と、致命的に高い値段ではないが、安いとも思われない。ふらぐは意気揚々と階段を登っていく。

 私はせめて元は取ろうと、ドリンクを吐き出す機械から多めにジュースを頂戴する。コップが備え付けてあり、飲み放題なのだ。おそらく割高な使用料に対する店側の罪滅ぼしだろう。

 電話ボックスをでかくしたぐらいの、せせこましい部屋に、我々は詰め込まれる。壁際にソファーがあり、中央には机があって上にマイクが置いてある。ソファーの反対側では液晶テレビが、英語と日本語が混じった聞き苦しい歌を流している。

 これは困難な仕事だ、と感じ取る。

 私は歌をまったく歌えない。歌えるのは簡単なほうの「こいのぼり」とむずかしい方の「こいのぼり」、そして「君が代」だけだ。軍歌もいくつか歌えるが、ロウランドにはあるまい。

 先頭打者のふらぐがワープロのような端末から曲を選び、「ぴぴるぴるぴるぴぴぴぴー」と熱唱し始めると、戸惑いは困惑へと変わった。それはなんだ?

「復活の呪文だ」とヨウムは私の質問に答えた。

 次にヨウムが、わりとかっこいいとはわかる歌を歌う。ただ液晶テレビに変な衣装の特撮ヒーローが出ていたのが気になった。

「平成ライダーだ」と彼は言った。

 ワープロのような端末と、液晶テレビ、そしてその下にあるビデオデッキのようなカラオケマシーン本体は、それぞれ電子的につながっており、選曲にあわせてその曲にマッチした映像を流す仕組みだ。

 思い出したのだが、私はハイマートで、カラオケの機械を見たことがあった。オーディオコンポのような大きさで、旅館の大広間の一角をドンと占めていた。そこから考えると、ずいぶんカラオケは小さくなったなと感慨深くなる。

 そして私の番が来た。むずかしい方の「こいのぼり」を歌った。予想していたことだが、二人は唖然としていた。

 一巡したためふらぐが歌う。以前うちの儀人が見せた「フリーダム」がびゅんびゅん飛ぶ映像が出てくる歌を歌った。次のヨウムは、今度は違う形の仮面ライダーがショッカーの進化系らしきスーツの黒ずくめと戦う映像が流れる曲だ。

 簡単な方のこいのぼりを歌った。

「盛り下がるわー」とふらぐが言う。

「まあ、いいんじゃね。ある意味『なつめろ』だよね」ヨウムがわけのわからない助け舟を出す。

 次はいよいよ最後の砦「君が代」の番だ。しかしいくら私が無粋な男とは言え、ここで君が代が場違いなことぐらいはわかる。

 結局勧められるままに、端末でなんとか歌えそうな曲を捜すことにする。この端末には、幼児のホワイトボード型の知育玩具についているのとそっくりなペンが紐でくくりつけられており、画面をつついて操作できるようになっている。

 文章で操作方法を説明できるからと言って、実際に操作できるわけではない。私は紙の目録のようなものはないかと聞いた。あるにはあったが、それは分厚かった。

 電話帳に似た曲名一覧から、私が歌えそうな歌を探すのは不可能に近いものだった。

 時間はたち、私の歌う機会はどんどん飛ばされる。では素直に聞き手に徹するべきかというと、「巫女巫女ナース」だとか「お兄ちゃんどいてそいつ殺せない」だとか、まったく感性を疑う歌ばかりが流れてくる。

 映像も意味不明で、例えば緑の髪をしたCGグラフィック風の女がネギを持ってぐねぐね動いているとか、そんなのばかりだ。

 二度とカラオケには行かないでおこう、と硬く決意したとき、あることに気がついた。

 この曲名目録が分厚い理由の一つが、巻末に英語と中国語と韓国語の曲一覧ものっているせいでもあるのだが、その近くに「アニメのオープニング・エンディング」でカテゴライズされた部分があったのだ。

 ロウランドは、途中までハイマートとほぼ同じ歴史を歩んでいた。とゆうことは、私が小さいころに見たアニメの曲が、収録されている可能性があるのだ。

 はたして、目当ての曲は見つかった。それも、複数だった。

 その曲のほとんどは、私が小さいころ見たその時にでさえ、古い曲であった。河井出くんも覚えていると思うが、アニメが作られなくなり、テレビでは一昔前のアニメの再放送ばかりやっていた。私は端末で曲を登録した。うまくいった。

 歌は、好評ではないものの、さりとて不評でもなかった。

 ふらぐは「ふうん」と鼻を鳴らし、ヨウムは「ああ~こんなのあったね」とうなずいた。

 アニメのタイトルから選んだため、曲名を知らず、本来は誰が歌っているのかもわからなかったが、まあ、なんとか歌えた。歌詞に「歩き続けて、どこまでも行こう」とある曲だ。

 この曲を最後に潮時になり、我々はカラオケ屋から出ることになる。

 事件が帰り道で起こった。




 我らロウランド派遣隊の「もしも自分を見かけたら」マニュアルは、以下のようになっている。


1.遠くから見かけ、相手がこちらに気づいていない場合

 相手に見つからないように尾行し、居住地、生息範囲を特定し、のち速やかに本部に報告。後日、殺害、監禁など、しかるべき対策を実行する。


2.遠くから見かけ、互いに互いを気づいた場合

 他人のそら似を演じ、一度相手の視界より離脱した後、改めて尾行。手順1を繰り返す。離脱するとき、走ったり、急に方向転換したり、とにかく不自然な動きをしてはならない。相手が万が一距離を詰め、話しかけてきた時は、あらかじめ決めてある偽のプロフィールを活用し、あくまで他者であることを演じる。


3.近くで不意に鉢合わせしてしまった場合

 あくまで他人のそら似を演じる。が、もし状況が可能であるのなら、相手を速やかに捕獲、あるいは殺害する。近くでまじまじと顔を合わせたとき、他者だと言い張るのは困難であるからである。


 なお、もう一人の自分に対して、自分が平行世界の住人であることを告げた場合、二人ともに極刑をもって罰を与える。




 ロウランド版上田祐司が見かけたのは、大阪の堂島地区近辺だった。今まで耳つてにしか聞けなかったその人物を、実際に見たのだ。

 カラオケ屋を辞去したあと、どこに行くかとの話題になり、少し離れたところにある市立科学館に向かうことになった。「プラネタリウムでも見に行こうぜ」という話だった。

 平日とはいえ、日本第二位の都市である大阪の町はそれなりの人混みだ。暇な学生である我々三人は、足早にその中を進む。空は曇っていて、雨が降る直前のにおいが、都市の喧騒にまぎれていた。

 名前はわからないが、市バスが通る大通りを歩いていたときのことだ。

 道路を挟んで向こう側にある、地下への階段を降りていく、私らしき影を見た。

 人違いかもしれない。しかし、自分で自分を間違えることがあるだろうか? ちょうどバスが通って、凝視はできなかった。

「急用できた」私は言った。二人は当然「え?」と声を上げる。

「知り合いを見かけた」できるだけ、事実に則って説明する。「あいさつをしたい。だからここで、一旦別れよう」

「合流できそうなら、携帯に連絡して」ふらぐがぶっきらぼうに言った。

 大阪の地下街は、現地人でさえ道に迷う複雑な構造をしている。大阪人はそれを誇りにしている部分があるが、こんなのは美徳でもなんでもない。

 見失わないように移動するのは、結構大変であった。程よい人混み、程よい見通し、そして相手のせかせかした歩くスピード。何もかも日常と少しズレがあるような気がして、見つからず見失わずに距離を離して尾行するにはむずかしく感じた。

 相手はロウランドの日本人がしばしば着用する、薄い横線が入って背が高く見えるスーツを着ている。ちょっと髪を伸ばしている。後ろ姿が自分よりやや小型なのは、兵士として体を鍛えていないからだろう。

 やがて、相手は地上への階段を登った。もちろん追う。

 そこは、大阪の駅近辺に必要以上に数がある百貨店のうちの一つだった。ついこの間、派遣の搬入の仕事でおとずれたから知っている。

 エスカレーターで一つ一つの階を、丁寧に上がっていく。自分に運が向いてきている。もしエレベーターを使われたら、姿を見られずに尾行するのは困難だっただろう。

 相手がついた13階は、百貨店とは少し違った雰囲気だった。

 まず目についたのはガシャポンの機械で、それがずらりと並んでいる。店内の照明は白が基調で、子どもが多い。ファンシーグッズ売り場かもしれないが、その売り場はすでに下の階で見かけていた。

 見失った。しかし広い階ではない。すぐに見つかるだろう・・・

 そこで思わぬものと遭遇した。

「あなた、何してるんです?」石綿だった。

「ど・・・」同士と言いかけて、やめる。資本主義に染まったロウランドの大衆の中では、不自然な呼び方だ。

「石綿さん、俺を見かけませんでした?」

 彼はすぐに事態を察した。「いえ。あなたは確かにこの階に?」

「エスカレーターで追ってきた」

「あなたはエスカレーターを、僕はエレベーターを見張りましょう」

「恩に着る。相手はスーツを着ている」

 10分待った。20分待った。30分待ったとき、石綿が慎重にこの階をくまなく探した。

 私はいなくなっていた。

「おかしいですね。僕もあなたも、節穴ではないと思いますが・・・」

「非常階段を使ったのかもしれないな」

「ありえない話ではありませんけど・・・」

 ここは最上階なのだから、まさか一階まで降りることはないだろうが、すぐ下の階なら・・・

「下はインテリア売り場ですね。上はおしゃれなレストラン街。あなたのような貧しい学生が足を踏み入れる場所じゃありませんよ」

「だまれ。そもそもあんたは、こんなところで何をしてるんだ?」

「いろいろあるのですよ」

 術士の礼儀として、これ以上は聞くべきではないと思った。同志は性格がひねくれているうえ独特の高い声が災いしてうやまうことを忘れるが、それでも私の先任であり上級同僚に当たる。この施設に関して、なにか調査をしているのかもしれない。

「ここは妙な売り場だな」話題を売り場へと移す。「向こうにウニクロが見えるが・・・」

「ここはポケモンセンターですよ。ほら、任天堂の」

「任天堂って・・・ 花札とラブホテルの会社だろ」

「あなた、何にも知らないんですね」細い目を丸くする。「そんな名前してるくせに」

「名前は関係ないだろう」

「とにかく、ロウランドの上田祐司を見かけたと、本部に報告させていただきますからね。規則ですから」

 これが意味するところは、もちろん私にもわかっている。


 二時間後、二度目の「自分警報」が出された。私は速やかに拠点に戻った。そして儀人に、電子マネーの使い方を教えた。




 前にも書いたと思うが、組織は自分と自分が鉢合わせをし、ひいてはハイマートの存在がばれることを恐れている。石綿が「今まで勤勉に学生生活を送っていた人物を、いきなり休ませるのは人々の耳目を引く」と反論してくれたが、本部は事なかれ主義、というよりも有効な判断をする機関を置いていないがため、かたくなになる。

 外出禁止はひとまず一週間。もちろん延長もありうる。大学の講義に、遅れてしまう。

 事なかれ主義なものの、それでも組織は手を打ってくれた。

 現在我々が活動する大阪と兵庫県内の各市町村のデータベースに無断でアクセスし、改めて上田を含む派遣隊の構成員たちと同一人物が、同じ地域に在住していないか調べたのだ。なおこの行為はロウランド政府には無断だが、違法ではないと解釈されている。こちらはたしかに本物の役所員をハイマートから連れてきて、データを閲覧させてもらうのだからだ。

 ロウランドの政府がマイナンバーで国民を管理し始めて以来、こういった一括の調査はかえってやりやすくなっている。セキュリティさえ突破すれば、無数の情報を短期間で入手できるからだ。おそらくマイナンバーで恩恵をこうむっているのはロウランドの大衆でも政府でもなく、我々のような組織だろう。

 結果、「上田祐司」に該当する人間はいないと結論された。来週にはシャバの空気が吸えると決まる。

 しかし、組織のやり方に不満は残る。

 強い慣習圧力で「自分殺し」を奨励しながらも、その自分との接触を極端に恐れる。制限は加えるのに、協力はほとんどしてくれない。だいたい個人が独力で、自分を探し当てて殺すなんて無理だ。

 こういった不満は、他の派遣隊員からも出ていて、平岡のようななんだかんだ言って忠誠心の厚い防諜部の人間からも愚痴が出ている。防諜部はロウランド人とハイマート人の同僚、二つへの警戒を、少ない人数でこなしている。




 外出禁止中、儀人に、組織についてどう思うか聞いたことがある。

 アイツは「ボクを生み出した組織は創造主であって、それに逆らうなど考えたことがありません」と、儀人の見本のような答えを言った。

 なるほど。我々の組織が議会制民主主義を打倒し、宗教と女性の有権者を政治から遠ざけ、選挙に消えていた税金を遺伝科学の振興に使わなければ、女性型の儀人は生まれなかっただろう。彼女の言うことは、儀人らしく正確だ。

「これはあんたの知力を鍛えるための質問なのだが――」私は言う。「組織の規則と管理者の私、二つの意見が矛盾した場合、どちらを優先する」

「組織です」即答だった。「儀人はそのように教えられています。それは、組織の人間であるあなたも同じのはずです」

 素晴らしい。自分にはもったいない儀人だ。手に余りつつあるかもしれない。

 ただ、それだけにとどまらないのが、うちの儀人だ。

 次の儀人のセリフは、実は書くべきか迷ったのだが、書いておく。報告書の最後としては、とても考えさせられる余韻を残すと思ったからだ。

「ボクは、人間と同じように行動したいから、組織に従います」




 11月11日

 天白の河井出良太郎様

 山陽の上田祐司より



(註1)大阪の門真市にあるこの会社は、既に博物館に商品を卸している。


(註2)他行であってもネットバンクから楽天のネットバンクに振り込めば手数料はタダなのだが、上田はそのことに気づいていない。


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