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術士上田の私的報告書  作者: 上田 祐司
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報告書5

 報告書5


 引き続き夏休みである。パソコンの話の続きを少々する。

 インターネットが開通したパソコンを所持したからと言って、仕事の効率が向上したわけではない。私は実際に見聞きしたことを扱うので、出所不明の情報に頼るということはしない。

 ただ儀人が、私が外出している間に調べ物をすると申し出てくれた。私の知識の向上に貢献したいのだそうだ。

 こちらとしても、この社会について知っておくのは悪いことではない。話題の時事について調べ、報告してくれるよう頼んだ。パソコンが届いて次の日のことだ。

 その日の夜、大阪梅田にある派遣会社の登録説明会から帰ると、さっそく話を聞くことにする。

 実は言うと、ちょっと楽しみであった。自分が管理を任された儀人が、いよいよ本格的に仕事をして、その成果を見せてくれるのだ。

「まずは、岐阜県の『のうりん』のポスターについてです」儀人はパソコンのスリープモードを立ち上げつつ言った。

 おそらく農林についてのポスターだろう。聞くところによるとロウランドの農業は、異常気象、人手不足、スーツを着た大地主による搾取によって、疲弊状態にあるという。それを改善する、あるいは悪化させるポスターに違いない。

 パソコン画面に映し出されたのは、巨乳でピンクの髪でアニメ絵の女の子の、ポスターであった。

「・・・これは?」

「のうりんのポスターです。賛否両論があります」

 そういえば、大学の地域再生学の講義で聞いたことがある。ロウランドでは新しい客層の獲得のため、米や缶詰めのパッケージに可愛らしいアニメ調のイラストをプリントして、売り出すことがあるという。このポスターは、その百番煎じぐらいのものだろう。

 巨乳は嫌いではないので興味はあったが、初めて仕事をした儀人から聞く報告としては、ふさわしくないように思えた。

「それは、あとでいいや。他には?」

「はい、次は連合軍が運用する新型機『フリーダム』についての報告です」

 軍事については、術士としての義務以上に、個人的にも関心がある。連合軍と言っているが、フリーダムなんて名前をつけるのは、アメリカ軍に違いない。

「一機で二十六機の敵機を撃墜したそうです」

 それは素晴らしい。敵機の性能にもよるが、交換比率1:26とは、絶対に悪い数字ではない。「画像はあるか?」

 パソコン画面には、トリコロール調のカラーをして、羽根のような器具がいっぱいつけたロボットが映っていた。

「ガンダムじゃないか!」アニメは無知に等しいが、ガンダムぐらいは知っている。

「おまえはいったい、どこのサイトを参考にしたんだ?」

「一通り確認して、アクセス件数の多いサイトです」

 私も確認する。「2チャンネル」「ニコニコ」「NAVERまとめ」「ふたば」などのホームページ名が上位に並んでおり、たしかに儀人の判断は正しいように思われた。

 なんということだ。この世界では、娯楽が現実を凌駕しているというのか?

「あの、ボクの手段に問題が?」儀人が静々と聞いてくる。

「いや、とりあえず食事にしよう。今日はシーチキンが安かった」

 私は言った。


 娯楽が現実を越えていると思しき面は、他にもある。

 インターネット上にはウィキペディアという百科事典が存在している。単語を登録し、その単語の意味や情報を、有志たちが文章としてどんどん書き込んでいく形で作成されている。

 この辞典を初めて知ったのは、大学の知人がその編集作業をしていたからだ。人が死ぬエロゲーが大好きな彼は、その好物に反して健全な文章を書いていた。

 ところが、分野がやたら偏っているのである。百科事典と銘打つ限りは、文字通り百を越える分野があると思うのだが、見たところテレビアニメの記述ばかりである。

 原作者、監督、制作会社はもちろんのこと、登場キャラクター、作画監督、一話ごとのタイトルまで、まるで知識の空間恐怖症のように網羅してある。

 初め私はこのホームページを、アニメ関係者の便宜のために作られているのだと思った。例えばある監督が別の監督の作品を見て、その映像にほれ込み、この百科事典で名前と所属会社を調べ、共同制作のオファーを出す。そのような目的で作られているのだと考えた。

 それがあやまりだと気づくのは、宗教文化史の講義での、レポートの返却時のことだ。

 普段は温厚な女性講師が、「ウィキペディアを丸写ししたものは不合格にしましたから」と厳かに告げたのだ。

 テーマは「物部守屋と蘇我馬子」で、分量は2000文字以上3000文字以内であった。

 調べてみると、確かに辞典には「物部守屋」も「蘇我馬子」もある。

 確かに項目としては存在している。が、記事量は相当マイナーなアニメより遥かに劣っている。

 もちろん人の感性は、古代ではなく現代に向かう。だが奇妙と言えば奇妙である。

 果たして日本の仏教の伝来よりも、一発屋が外国の外注で作ったマイナー作品の方が、情報として優れているだろうか? 日本の万民が利用する辞典に、長い記述をするべきだろうか? 彼らは関心の順番を、間違えているのではないか?

 ロウランドではしばしば、趣味と実利が逆転する。


 ところで、前に書いた仏教の伝来について〆ておこう。

 仏教の普及を阻止しようと力を振う物部守屋には、ライバルがいた。

 その変な名前のおかげで抜群の知名度がある、蘇我馬子である。

 馬子は仏教推進派であった。彼は病に臥せっていたのだが、仏像を拝んだところ症状が軽くなったことのある人間だった。言うまでもなく仏像を拝んで病が治ることはないので、今で言うところの偽薬効果であるが、彼は「今」の人ではなかった。

 ちょうどその頃、都を中心に疫病が流行っていた。守屋はこの原因を「外来の神を祭ったからだ」と非難する。馬子は馬子で病気の原因を「仏像が廃棄された祟り」と占い師から聞いており、ゆずらない。ついに天皇の葬式のとき、お互いが公然と嘲弄しあう。

 ついに軍事的な衝突によって決着をつけることになる。

 主戦場は現在の奈良県から南大阪の地域である。兵力の数は伝わっていないが、おそらく互いに5,000~7,000人と言ったところだろう。

 物部氏は軍人の家系で、守屋自身も勇将だったため、はじめ有利に戦いを展開する。馬子自身は神頼みをし、四天王の像を作り、勝てば仏法を広めると誓う。

 結局勝敗は、守屋自身の性格が仇となって決まる。勇ましくも前線で木に登って指揮を取っている最中、弓で射落とされ殺されたのだ。

 これにより物部氏は都より放逐される。馬子は物部氏の領地と奴隷を奪い、自分と不仲になった天皇をも殺し、ついに推古天皇を即位させることに成功する。女帝である、というその事実のために、記憶されている人間である。

 同時に長い間同盟関係にあった厩戸皇子(聖徳太子)を、摂政に仕立てる。十七条の憲法、冠位十二階が制定される。

 馬子はいかなる官位も有しない、憲法を越えた影の指導者として采配を振るい、日本に仏教が根付くことになった。




 自分探しの続報について書く。

 大阪の派遣会社に登録し、各地に派遣される中で、出来る限り手がかりを得ようとつとめる。昼過ぎに終わる仕事も多く、帰りに馬子が建立した四天王寺に寄ったりもした。

 残念なことに、自分の情報は手に入らなかった。が、興味深いアルバイトをいくつか体験する事ができた。紹介する。

 なお、仕事を斡旋してもらう方法だが、メールにていくつかの仕事が紹介され、その中から第三希望まで選んで返信するというやり方である。


 1.プロレス会場の設営

 大阪には「大阪プロレス」というものがあるのだが、その会場設営を行なった。場所は難波にある市民体育館だ。

 設営手順を説明すると、まず体育館の床が傷つかないようにマットを敷き、その後、観客席を組んでいく。

 木の板を柱の土台として等間隔に敷き、鉄製の支柱を組む。支柱同士ははめ込み式で、組み立てに特殊な技術はいらない。

 ジャングルジムのように組んだ鉄製の支柱に、客席の床となる木の板をのせていく。この板は一畳ほどの大きさで、二人一組で持つ。これをどんどん、階段状に組み上げる。

 平行して、競技リングの組み立ても似たような手順で行なわれる。これは専門の業者が担当している。

 木の板を置いた階段に転落防止用の手すりをつければ、完成だ。高さは二・五メートルほどで、幅は一〇メートルぐらいだ。これを三つ建てれば、会場は完成となる。

 作業時間はおおよそ4時間。全部で30人ほどの労働者でこれを達成する。自給は900円。


 2.馬券の搬入

 前に伝えた仕事である。自分も受注する事ができた。もう一人の自分に会えるかと期待大だったが、それは叶わなかった。

 業務内容は、ダンボール詰めされた馬券をトラックから奥の倉庫まで搬入するだけである。4トン車にほぼ満載された量を、台車を使い小まめに運び出していく。施設は通路が入り組んでおり、何度か迷いかけた。

 3人の労働者がそれぞれ一〇往復ぐらいしたら、トラックは空になる。もう一台トラックを処理したら、その日はお役ご免となる。

 時給は900円、その日限りの大学生の同僚と「楽な仕事だった」と言い合う。


 3.(まぐさ)の袋詰め

「ペットフードの袋詰め」という作業内容に興味を覚えたため応募した。これはレアバイト(めずらしいバイトの意味)だと思った。

 小雨の中、最寄り駅に10人ほどと集合し、歩いていく。公営団地などがある、古い住宅街の一画に、その工場はあった。

 ロッカーにて白衣が貸し出され、マスクと手袋がもらえた。親切に作業手順を教えてもらい、なかなか良い雰囲気であった。

 作業は「チモシー」の、袋詰めだという。

 チモシーとは秣のことである。ロウランド人は日本古来の表現を使わず、カタカナ語ばかり使いたがる。初めはてっきり、競走馬や騎馬警察用のものだと思っていたが、どうもウサギ用らしい。ロウランドではウサギを、食用ではなく愛玩用として飼育する。

 しかし気に入らなかったのは、秣を袋詰めする機械である。

 ガコン、ガコンという作動音とともに、なぜかディズニーランドの「エレクトリカルパレード」の電子音が流れるのだ。

 屋根についている(とい)のような部分に秣をセットして、「ぷしゅー」と圧縮空気で送り出して袋に詰めるのだが、その合い間ごとに「テンテレテンテン、テレレレ、テレレレ」と流す。この機械は数台あるので、あちこちから音が響き、それが他の機械の作動音と、秣のもうもうたるほこりの中なんともミスマッチで、無関心から苛立ち、そして敵意に発展する。

 社員の人にあの音はなんだと聞いても「さあ、眠気覚ましじゃね?」と言う始末。

「止め方? わかんねえなぁ」

 テンテレの音の中、秣が靴の中や服の中に侵入してちくちくする。ほこりのせいで眼もしょぼしょぼし、マスクをしているのに口の中に変なざらつき感がある。

 ほこりのせいか鼻水が止まらず、鼻をかむと黒いものが混じっていた。どうも細かいもろもろが、マスクで防ぎきれていないらしい。

 しかもなお不味いことに、儀人がアレルギー症状を起こした。

 家に帰ると、儀人は私にこびりついた青臭いにおいを敏感に察知し、くしゃみが止まらなくなったのだ。普通なら我慢させて慣れさせるところだが、なにぶん人よりも病弱な面があるため、無理はさせられない。

 時給は900円と悪くなかったし、もらった手袋の分は働こうと次の日も現場に入るつもりだったから、残念である。




 さて、もちろん派遣会社と平行して、アマゾンでのバイトも行なっている。世界最大の通販であるこの会社の倉庫を紹介する事は、意義あることだろうと思う。

 お世話になっている倉庫(FCと呼称される)は、今年になってできたばかりの流通センターである。

 取扱商品は幅広く、家電、日用雑貨、本、CD、おもちゃ、食料品から、スポーツ用品、釣りざお、洗剤もある。精密機器を除く、たいていの商品は取り扱っているそうだ。

 ただ、初めてここの倉庫を見たとき、「素人が管理しているのか?」と思った。

 整理整頓のなされていない押入れより悲惨な状況が、うず高い棚の端から端まで広がっていたからだ。これと比較できるものは、爆撃を受けた軍需品倉庫ぐらいのものだろう。その辺の器用そうな主婦を連れてきて整理整頓させた方が、マシな結果になることまちがいなしであった。

 あとで聞くと、やむを得ない事情があった。

 このFCは、日に一万件近い商品を出荷していた。これはつまり、一万件近い商品の入荷が毎日あることを示す。

 この入荷作業は、片手で間に合う数のフォークリフトと、あとは全て人力で行なわれていた。

 日夜一万件のアイテムを出して、一万件のアイテムを入れる。注文数の増加を見越して入荷量を増やすと、棚はあふれ、商品はめちゃくちゃになる。おかげさまで注文数も伸びると、入荷部隊は「もう無理」と適当に商品を通路に積み始めた。これが障害物となり、ますます作業がはかどらなくなる。ついに出荷が期日に間に合わない商品も出てくる。

 つまりこの倉庫は、日本人の物質的欲望の集中砲火を受け、陥落しかけたわけだ

 すったもんだのあげく、大幅な人事異動があったのが今年の六月。建て直しのため、もともと関東のFCに勤めていた白人のセンター長が送り込まれてくる。

 彼は「人手を増やす」という単純で効果的な方法を選択した。

 その人手のうちの一人が、私というわけだ。

 我々短期バイトの最初の仕事は、「ダンボールを組み立てて棚にセットする」だった。

 こうやって棚に仕切りを作れば、商品を見つけやすくなり、しかも商品同士がぶつかって壊れるリスクも減る。

 この作業の初日は、センター長が率先して加わった。彼がこの方法の発案者である可能性もあるが、たぶん、細かい作業が嫌いではないのだろう。


 この倉庫の概要について説明する。

 広さは一八〇〇平方メートルで、四階建てである。

 一階は中央に車道が通っており、搬入出のトラックが出入りする。車道は一歩通行であり、必ず東から西に抜けるよう徹底されている。これは事故を防ぐための工夫である。

 道路によって南北に分かれたブースには、主に大型の家電が保管されている。

 二階は事務所、詰め所、食堂がある。商品は本やCDなど、小型のものが多い。

 三階はおもちゃや中型の家電が置いてある。

 四階は三階と似た商品の他に、商品の出荷のためのカゴ台車がまとめて保管してある。

 一階から四階にかけて、大型の業務用エレベーターが二台、つらぬいている。商品の出荷はこのエレベーターの他に、同じく四階から一階まで続いているベルトコンベアによっても行なわれる。

 常時百名近い労働者が働いており、多くは一階と二階に配置されている。倉庫内は基本人力に頼っているが、棚の高い部分にある商品や重量物には、フォークリフトが用いられる。フォークリフトは一階にのみ配備されている。

 時給は一般の労働者で900円~1100円、フォークリフトの運転手は1000円~1200円である。その他に、繁忙期の出荷量に応じたボーナスが出る。

 この給与設定は他社のアルバイトに比べて高めである。高めの設定をする事によって、優秀な人員を集める意図があると思われる。このやり方は、他にユニクロや伊藤忠系列の企業が行なっている。

 概して、働く従業員の満足度は高めのように思える。私も、派遣のおかげでいくつかの職種を経験したが、総合的に見てここが一番良いように思う。ただ肉体労働を伴なうので、人によっては就労できないかもしれない。


 このように、アマゾンに対する私の満足度は高めだが、一つだけ不満な点がある。

 銃器が売っていない事である。

 機関銃、などとは言わないまでも、拳銃も売っていないのだ。ことごとくエアーガン、モデルガン、銃のようなライターで、火薬を使うものはまったく見当たらない。

 公平のために言っておくと、楽天にも売っていなかった。ほかのサイトも検索し、売値が高いので期待して見れば、無可動(むかどう)(じつ)(じゅう)という、本物は本物でも実弾発射能力を殺しているものだったりする。

 やはり日本に、銃を扱うような肝の据わった通販は存在しないようだ。

 ちなみに飛び出しナイフもなかったので、我が家の防衛力は危機に瀕している。


 我が家の休日の一日について記す。儀人についても話すので、退屈はさせないだろう。

 朝は6時に起床する。儀人も私に合わせて、同じタイミングで起きる。

 布団と寝袋をたたみ、朝食をとる。朝食はおつとめ品のパンか、コーンフレークが多い。儀人と暮らし始めた当初は、いろいろ食べ物に心を砕いたが、結局それほど気にする事はないと結論する。事実、食べ物でアレルギーは一度も起こしていない。

 それからは、報告書の作成や大学の予習、その他業務を行なう。儀人は図鑑を見たり、本をめくる練習をしたりしている。

 たまに窓から、内縁の夫の悪口を言う老婆や、タバコを吸う隣人の咳き込む声が聞こえてくる。

 昼は、パスタを二人分ゆがいて、一つの大皿でわけあう。この方法だと調理がラクで、洗い物も少なくなり、水道代の増加や皿の破損も防げる。

 午後からも引き続き、仕事を続ける。儀人も指先のトレーニングにいそしむ。最近の課題はプラモデルだ。

 仕事はだいたい十四時には片付ける。それからは趣味の読書をしたり、日用品の手入れをしたりする。その日はせっかく買ったバタフライナイフの、切れ味と可動部分に不満があったため、とぎ石でとぎ、叩いて直す作業をする。たまに宗教の勧誘や貴金属の買い取りをする人間が来て、私にロウランドの情報を教えつつ午後の時間を邪魔する。

 十五時半には間食をとる。だいたいビスケットやマーブルチョコが多い。戦時中部隊の食糧管理をやった経験から、賞味期限の近いものから食べ、保存用のものには手をつけないという習慣が身についている。

 甘味は、儀人が見境を失くす数少ないものの一つで、いつも決めた量より多めに食べたがる。私の取り分をちょろまかしたり、保存用のものに手をつけたりすることも辞さない。頭が悪くないはずなのに、何度言ってもパッケージの「賞味期限」と「製造番号」の見分けがつかず、しばしば買ったばかり物の封を切る。とがめると「ボクが栄養を取り、魅力的な女性に変化するのは、あなたにとっても利益になります」と言い、「望むなら体で返します」とのたまう。「おまえにアルバイトは早い」とはぐらかす。

 夕方。夕立が降り、すっかり晴れ、涼しいのに濡れる心配がない日などは、目の前の川まで散歩する。水が蒸発するにおいが立ちこめる。水気を含んだ夕日を肌で感じる。流れの早い、少しにごった川の音を聞く。流れる雲の合間に、虹がかかっていたりする。 

 儀人は図鑑を持ってきている。ハンディタイプの鳥類図鑑で、開きたいページを一発で開けるほどに、手に馴染んでいる。ページを一枚一枚つまめない彼女には、その方が早いという点もある。

 鳥に関しては、すっかり儀人の方が達者に見分けられる。視力が1.8あるのも強みだ。

 彼女は人間に勝てる分野があるので得意になる。

 私は耳を済ませて、言った。

「今飛んでいるヘリコプター、なんて名前かわかるか? もちろん目視は禁止だ」

「それなら、判断がつきません」

「UH-1だ」

 儀人に目で見てよいと言い、あとで図鑑と見比べてみるように言う。彼女は目で見たものをかなり正確に覚えている。

「音で判断したのですね。すばらしい耳をお持ちです」

「たいしたことはない」あんな旧式の二枚プロペラのばたばたした音なんて、一度覚えてしまえば誰でもわかる。謙遜ではなく、本当にたいしたことないのだ。

 一〇〇円+税の店でその日の夕食を買うと、部屋に戻る。たまに階段や玄関で、同じアパートの人間と会う。例の二つ隣に住む男や、一階にいる今日の天気しか話題にできない男にあいさつする。彼らはうちの儀人に「かわいいね」と世辞を言う。可愛いように作ってあるのだからあたりまえである。

 私が買い物の荷物を持っているので、玄関を開けるのは彼女の役目になっている。当初ホテルのボーイのように、ドアを抑えて私を先に入室させるような形であったが、その習慣はやめさせた。お偉いさんのようにうやまわれるのは、好みではない。

 うす暗い室内を彼女が駆けていく。ダボダボの白いシャツが翻る。女の子の服はどういったものを買えばいいか皆目検討もつかないので、私の服を着せているのだが、まあ、悪くない姿だ。

 すぐに電気がぱっと点く。部屋の明かりをつけるのも彼女の役目だ。ぶかぶかの短パンから生えた白い足が、光を弾いて明るくなる。

 彼女が5年ほどしか生きないことを、残念に思うことがある。




 最後に追加で近況を記して、この報告書を終える。

 風邪をひくが、ひいたと思った瞬間に葛根湯を飲んで次の日には治す。来週に簿記3級の試験がある。2級の勉強をもともとしていたが、むずかしくて断念したのだ。

 来月には大学で文化祭が催されるのだが、テレビを買うというささいな公務で二日間とも行けそうにないのが残念だ。

 要望書を三枚も書いて、ようやく我が拠点たる下宿に電子レンジを買ってもらえた。これでようやく暖かい冷凍食品が食べられる。

 (ちょう)(きゅう)に我々の習慣どおり鍾馗(しょうき)(註1)を飾りたいのだが、人形がどこにも売ってないので、指先の練習も兼ねて儀人とともに鍾馗プロペラ戦闘機のプラモデルを作る。これは私が一・五から一〇まで作ったため無事完成したが、まちがって踏んで粉砕してしまい、おかげで儀人にしばらく「B29」というあだ名でからかわれる羽目になる。

 最近彼女が私をからかうことを学習し、成長を喜ぶべきなのだがうっとうしい。




 九月九日 重九

 オーブンとレンジの見分けがつかない同志、河井出良太郎様

 葛根湯万能論者上田より




追伸 君がゆるキャラのイラストの返礼に送ってくれた「メロブ」の苗なのだが、ロウランド側に配置された防疫官――つまりハイマートからロウランドに疫病を持ち込ませない――に見つかって、没収された。残念だ。


追伸その2 拳銃と弾を送ってくれ。




(註1)鍾馗(しょうき)は鬼に似た魔除けで、こちらの世界ではそれほど知られていないが、彼らの世界ではこいのぼりなみに飾るらしい。


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