報告書4
報告書4
公募制予備自衛官の制度は我々の郷土防衛隊の制度に酷似している。
民間から希望者を募り、一定の年度内に決められた日数(現時点で二年間で50日)の訓練を課すのだ。
例によって組織の誰かが試験と適性検査をパスしてくれていたので、なんだか実感の沸かないまま駐屯地に出頭する。
場所は滋賀県の大津である。
最初の訓練が行なわれたのは七月の中ごろである。
この訓練に参加する任務の目標は、ロウランドの戦闘員の指揮と練度を見極めること、及び若年層が多いと思われる訓練参加者の資質を調べ、ハイマートの若者と比較調査することである。
ロウランドの軍事情勢については、我々の関心の高いものである。
バスから降りてすぐ、道路をはさんで向かい側に営門が見える。あらかじめ郵送されていた手帳と出頭書を詰め所で示す。
門番が銃を持っていないのがすごいと思った。
中へと入る。いくつか並んだ隊舎の横の、アスファルトの道路を歩く。各隊舎の前には、植え込みと懸垂用の鉄棒が見える。日曜日で、みんな遊びに行っているのだろう、自主トレのジョギングをする人間以外、人影はほとんどない。
指定された隊舎の前に来る。「歓迎」の横断幕と、「予備自衛官補A課程 訓練参加受付」の看板が掲げられている。
入り口をくぐると、暇をもてあましているのだろう、「ふん、ふん」と練習用のラバー銃をなぎなたの様にふるっている隊員が一人いた。
自分の訓練生時代の教官とまったく同じ顔をしていたため、大変驚いた。
「緊張しなくてもいいよ、キミ」よく聞き覚えのある、しかし聞いたことのないやさしい声で受付をしてくれる。「誰でも始めは慣れないものだ」右胸の名札を見て確信する。
ロウランドでハイマートの知り合いと会う可能性については、事前講習でもよく論じられていた。
出会った場合の対策としてもっとも奨励されているのは「知らぬ存ぜぬを通せ」である。
なぜなら彼らは、我々の知る人物では決してないからである。
そして彼らも、まさか目の前の人物が平行世界から来ているとは思わないからだ。
この術士の訓練の賜物としての平常心は、この文を書いている今も引きずって、思い出がたくさんあるはずなのに、うまく思いを書けないでいるほどだ。
とにかくこちらは言いつけどおり、初めての駐屯地で不慣れなためぎこちない学生を、演じられたと思う。彼も私のことを知らないようで(知っていたらいろいろ困る)、普通に出頭書を預かり、参加予定者の名簿に何かを書き込んでいた。
一階で迷彩服その他の装備(鉄防、弾帯、半長靴など)を受け取った後、説明された二階へと上がる。一階の階段のところに受付があるのだが、教官となるべく顔を合わせないようにしたのは言うまでもない。
これから五日間寝泊まりをする居室は一〇畳ほどで、二段ベッドが九個ある。既に来ていた、自分と同じように落ち着かないでいる訓練生たちに挨拶をした。やはり、同い年ぐらいの人間が多い。
まもなく訓練生たちは集められ、医務室で健康診断をする。食堂で昼食をはさみ、午後には大きめの教場に移動した。そこで、並べられた会議テーブルを片付けるよう命じられる。新隊員初めての任務? なわけだ。
中がすっきりしたところで、入隊の式典が行なわれる。
大隊長があいさつをし、中隊長があいさつをする。内容は訓練に真剣に励むことや怪我事故が無いよう留意することなど、あたりさわりのない内容だ。
その後は居室に戻って、自分の迷彩服二着に名札を縫いつける作業を命じられる。この服をこれからずっと訓練中に着用するのだから、大切に扱えと言われる。
極めてあたりまえのことだが、この戦闘服は安全安心の防刃仕様なので、縫い針を通すのに多大な苦労をする。一本ダメにした。
十七時半ごろに夕食をとった後、居室横の公共スペースで、営内班長の一人からベッドメイキング、靴の磨き方、制服へのアイロンのかけ方を習う。アイロンは、廊下の公共スペースに常備してある。
「汚いと、腕立て伏せしながらやり直しさせるからな」
小柄な班長はこう言って立ち去った。私は、布団に毛布を包んで小綺麗に見せる独特のベッドメイキングにある程度慣れていたため、同じ居室の人から重宝される。みんなのベッドの布団を敷いて回った。一応言っておくが、居室一つが一個分隊にあたる。
二十二時には消灯し、強制的に就寝を余儀なくされる。むろん大学生ぐらいの男で、この時間で眠れるものはほとんどおらず、寝返りの音がしばらく聞こえる。
二日目の訓練の様子をメモに取ったのでそれを写す。訓練は、一回につき五日間泊り込みで、一日のあたり六時から十七時である。就寝は毎回二十二時となる。
〇六〇〇時 起床。隊舎の前にて班員がそろっているか、当直による朝の点呼。訓練生の数は九個分隊で、男女合わせて一〇〇人ほど。教官は五人。
〇六三〇時 朝食。魚の切り身と味噌汁に白ごはん。質素な旅館の定食のような食事。
〇七三〇時 基本教練。敬礼、整列、右向け右、左向け左、をやる。その後小隊長による朝礼。
〇九〇〇時 引き続き敬礼、整列。レパートリーに「回れ右」と行進が追加された。
一二〇〇時 昼食。ハヤシライスとサラダ。
一二五〇時 引き続き敬礼、整列、行進の練習。みんな驚くほどマジメだが、さすがに飽きが出てくる。
一四〇〇時 宿泊している隊舎前に集められ、いよいよ銃の引き渡しが行なわれる。小隊長が朝礼台に登り、順番ずつやってくる一人ひとりに「銃!」と言って手渡していく。緊張する瞬間。
のち、小銃の分解整備と結合の訓練。ばらす、組む、を繰り返す。
一六〇〇時 予備自衛官の制度についての座学。
一七〇〇時 終礼。明日の訓練の連絡事項。後は班ごとに夕食、風呂、明日の準備。
二一〇〇時 泊まっている部屋とその周囲の掃除。のち、夜の点呼。
二二〇〇時 就寝。
小噺をちょっと。
・基本教練の、分隊での行進をやっている最中だ。教官の一人に、「あんた、自衛官を二年ほど勤めて変な癖がついたような行進をするな」と言われた。赤面ものである。
・銃を引き渡されるとき、見慣れない形をしていたので、「まさかロウランドの新型小銃?」と心ときめいたが、なんのことはない、古い六四式小銃であった。
六四式とは、西暦1964年に正式採用されたもので、私はもちろん、教官よりも年を取っている。渡されたのは近代化改修の施されていないオリジナルのタイプで、私は試料室でしか見たことがない。
これほど古い銃がまだたくさんあるということは、よほど大事に扱っているのだろう。しかし個人的な意見では、乱暴に扱ってさっさと壊して、新しいものを買ってもらったほうがいい。
物を大切にすればするほど損をするわけだから、因果な組織だ。
ロウランドの人物について「もっと書け」との要望なので、訓練で会った人々について描写する。
・I班長
彼は新兵時代の教官にあたるお人である。体を鍛えることに無上の喜びを感じ、この体は他者のものも含む。マラソンをやっても競輪をやっても競泳をやっても二位~三位に入り、それらを合わせたトライアスロンをすれば一位になる体型をしている。ハイマートでの記憶から厳しい人だとの印象があったが、実はそうでもないことがこの世界にきてわかった。
整列、行進、方向転換の訓練を彼の元で受けているとき、「キミ、まるで練習してきたみたいになかなか筋がいいね」と褒められた。うれしかったが、まあ、としか答えられなかった。
ちなみに彼の頭の中での流行語は、どこかの映画から仕入れてきた「万博万歳」であり、これがギャグとしても通用すると考えているようだ。
・下のベッドのKさん
寝泊りする居室にて下のベッドにいた(つまり私の相方である)彼は、大抵の生活能力に欠いていた。部隊内は知っての通り集団生活で、洗濯、清掃、装備の手入れ、全て自分でしなければならないが、彼はやらないでお茶を濁す名人だった。
服は洗濯せず、靴は磨かず、ベッドの周りは私物で占拠されほとんど片づく事はない。たまにきれいに見えるのは嘘で、一皮むけばベッドの下やすき間からアイテムが発掘される。女性の恥ずかしい絵の描かれたタオルを常用し、隙あらばこれを首に巻きたがる。これも「傷む」という理由で洗濯せず、服ともども除菌作用のあるスプレーで済ませる。自分のものと他人のものの区別がつかず、しばしば人の服を着ている。明らかにロウランドで軽視され、我々では強く認識されている発達障害の一つである。
かような問題児であるが、無邪気であり、世話を焼かねばならないと思わせる不思議なオーラを放っており、煩わしささえほとんど感じさせない。
ここで、この世界の戦力について書く。どうせ正式の報告書で熱っぽく語られているだろうから、あくまで実際に見たり聞いたりしたことを列記するに留めたい。
訓練に参加した雰囲気は大変よい。戦時下の殺伐感が皆無だからだ。おそらく我々の多くがこのような部隊で義務兵役を過ごしたかったと思うことだろう。士気も練度も高く、教官の方々はみんな世話好きである。
彼らは我々から見て、一世代、あるいは二世代旧い型の兵器が現役だ。こちらがことごとく狙撃銃と軽機関銃に改良した六四式小銃を、オリジナルのまま使用している。主力武器は八九式小銃とミニミ銃であり、後継の銃は試作さえされていないようだ。
火器は極めて厳密に運用されている。薬室に弾を装填しての移動は原則として禁じられており、銃の安全点検は執拗を極める。部品をなくしてもすぐに買ってもらえないようで、激しい訓練のときは失せやすい部品にビニールテープを貼って固定する。訓練生にはかなりの姿勢練習を施してからでないと、空包射撃すらさせない。いきなり実弾を渡し、とりあえず撃たせてみる我々とは大違いである。
部隊あたりの迫撃砲の門数は少なく、対戦車攻撃能力が付与されていない。ロケット弾ほどの重要な火器は予算不足のせいで限定的にしか配備されておらず、歩兵の火力は旧式の無反動砲、小銃擲弾、そして手榴弾に頼っている。
訓練は、市街戦が無視されているわけではないが、野戦が重視されている。専門のロボットやガルスキメラ(註1)がないため、歩哨はいまだ人間の仕事だ。徒手格闘訓練には短い時間しか割かれていない。銃剣術は我々と同じく大好きである。
匍匐前進は進む姿勢の高さによって五種類も教えられ、人員をいかに死なさないようにするかの配慮が感じられる。
価格の安い軽装甲車を大量に配備して機動力を向上させようという発想は我々と同じだ。
市民が寄付金や献金をし、戦車や掃海艇を購入して国家予算の負担を減らす習慣はない。
売店に、実弾と実銃が売っていないことは驚いた。代わりに(では絶対ないが)迷彩服着用の自衛隊限定キューピー人形(及びウルトラマン)のストラップが売られている。ともかくも、銃を買う必要のない社会は好ましい。
なお自衛隊では、対人地雷、クラスター爆弾、劣化ウラン弾、擲弾筒、ゲルリッヒ砲、軍用鳩、犬爆弾をまったく使用していない。
さて、夏休みである。例によって「大学生らしく遊びに行け」という理不尽な命令が出たので、奈良県の大台ケ原にハイキングに行って来た。ここも接収されず、国定公園のままになっている。
電車を二時間以上乗り、改札機のない駅を降りる。そこからバスで一時間半ほど揺られると、原生林の広がる自然公園に着く。歩道は整備されている。森の中へ。
いくつかの小さな沢を横切ると、まもなく展望台がある。天気が良いと富士山が見える、と案内板に紹介されていた。天気は良かったが大阪の生駒山しか見えなかった。更に進む道中では、そこかしこで、人に慣れているものの決して距離を詰めない鹿の親子を見かける。
しばらく起伏した道を歩くと、その鹿に食われて木々が枯れ、草丈も低くなった草原に出る。
ハイカーは中年と老人が多い。ようは健康ランドの客層である。この世界では山歩きは老人の趣味だと思われている節がある。人々は、若く体力的に優れた人生の一時期に最も非活動的で、年を追うごとに活動的になる傾向がある。壮年期になってからスポーツに目覚め、見事にはまったという人が実に多い。若い感性はテレビやゲーム、数年後には忘れ去られる書物に向けられる。そして、こうゆう分析を言われると、非難されていると感じ取ってしまい、不機嫌になる。
大蛇嵓という絶景スポットにでる。崖から森を一望し、遠くに小さな滝がある風景だ。初めて携帯電話のカメラ機能を使う。ズーム機能もピントの合わせ方もよくわからなかったので、不完全な写真になる。
下りの多い道を進み、眼下に清流を望む。川の中央にある大きな岩の上で、持ち込んだお湯を使ってカップめんを作った。釣り橋を渡って階段と緩やかな坂を登ると、バスのある駐車場に戻ってきた。所要時間は三時間ほどである。公衆トイレに清掃資金を募る募金箱が置いてあったので、使わなかったが寄付をする。
ロウランドの人々の余暇の過ごし方について書く。
彼らはだいたいの場合、余暇を無為に過ごす。この世界では週休二日制が実施されているが厳密ではなく、休日は少ないのに、それを有効活用しようという気概は低い。「何かしようと思っていたら、その日一日が終わる」のである。サラリーマンは野球や競馬の観戦か、パチンコか、あるいは終日寝て過ごす。活動的な者はゴルフに向かうが、それは会社の接待かそのための練習という、実質的に仕事である。趣味の概念は乏しい。
主婦層にはほぼ毎日余暇がある。そのほとんどは、テレビのワイドショーの、芸能人の誰と誰が破局したといった類いのどうでもいい情報の収集か、知能も感性も似たり寄ったりのご近所と集まってだべることに費やされる。彼女らにとって人の噂は糧であり、悪口は最高の快楽である。家事は、優秀な家電製品によってかなり簡略化されているにもかかわらず面倒くさがる。いや、面倒がるだけでなくさも重労働のように吹聴する。こうやって、家事に従事する自分の価値を高めるのだ。我々の世界で半ば家計への義務となっている家庭菜園や手芸は、必要性を感じないためか熱心でない。
子どもらはテレビゲームのため家にこもる。我々の世界より治安がいいのにかかわらず、外で遊ぶことは少ない。遊び場所がないわけではない。おそらく対人関係のわずらわしさと、外出したときに生じる服の汚れやちょっとしたケガで文句を言う母親との相乗効果によって、外で遊びにくい生活環境が形作られているからだろう。たまに外に出ている子でも、わざわざ携帯ゲーム機を持ち寄って遊んでいる。
たまに家族で行楽に出かけるときは、多くは遊園地である。ここで一時の、さして人格形成には貢献しない快楽に身をゆだねる。季節が合えば、花見や紅葉見物に出かけることもある。ただし草花を愛でる感性はない。豊かな世界なのに科学館、博物館は驚くほど整備されていない。ただ水族館だけは、数と種類がそろっている。
一泊以上する旅行は盛んではない。出費が躊躇されるのだろう。行くとすれば奮発して海外に出かける。ハワイなどの、日本人がたくさんいて伊豆辺りに行くのとさして代わり映えのない観光地に出かけるのだ。
若い男女のデートの行き先は、その二人の趣味や知的水準にもよるが、だいたい映画館やショッピング、遊園地など、我々と大差ない。必然的に知的に劣った方のレベルに合わせてデートは実行されるから、受け身で享楽的な施設へ足が向く。我々の方では費用は男持ちが多いが、ロウランドでは男女の割り勘がたびたびある。彼ら彼女らは終日、こうすれば互いの魅力が増すと信じているように顔面を見つめあい、非常に多くの時間を湯水のごとく使用する。心理学的思考が徹底されていないため、多くの場合互いに父母の面影を無意識に手探りしているに過ぎないのに気づかない。社会的ダーウィニズム(註2)が普及しておらず、デートが種の存続の発露であるという目的意識も欠如している。ごく少数の例外を除いて、デートはただ愉快さのみが求められる。
余暇を有効に活用しているのは定年を迎えたお年寄りである。有効、というのはやや語弊があるか。彼等はヒマだから腰を上げるに近い。また諸々の趣味に老化防止の効果を期待しているのかもしれない。情報過多なこの世界では、あらゆる食物が健康に良く、全ての趣味がボケ防止に繋がる、と紹介されつくす。
彼らは日帰り、長期を問わず旅行をする。豊富だが有限である余生を鑑みて、世界一周を一念発起する者もいる。スポーツは、釣り、ゲートボール、ペタング(我々のぺタヤードの原型)が主流だ。老いてなお社会に貢献する意欲を持ち、ボランティアや軽労働に従事するお歴々もある。彼等は一生懸命、違法駐輪の自転車に違反シールを張って、路上に自転車を止められない環境を作り、我々の生活を不便なものにする。
余暇について書いたので仕事についても書いておく。直接見たか、聞いた事で、興味深いことを事例としてあげる。
同志石綿からの話である。彼の部下の準相は、任務で家電量販店にアルバイト勤務をしており、ロウランドでどのような商品が流通しているのか調べている。
その店の契約社員がある日、LED電球を大量に売るノルマを店長に課せられた。青色発光ダイオードが民間に流通している事実は興味深いが、この話で大事なのは電球が絶対にたくさんは売れない商品だということだ。彼が販売を命じられたちょうどそのとき、近隣の家庭の電球が一斉に切れるなどという需要発生はまず起こりえない。彼は値を下げて売ることを求めたが許可が下りず、厳しい催促に日々突き上げられ、正社員でない立場ゆえ反論も許されないまま、ついに目標を達成することが出来ず、自分で十数個の電球を買う羽目になったのだという。
我々の世界では、術士に告訴できる残忍な仕打ちである。
もう一つ不合理な話を書いておく。ある支援工作員は、普段は弁当の宅配をしているのだが、そこの店舗は市内の人口増を理由に、前年比150パーセントの顧客増加の目標を立てた。
ところが彼がインターネットで調べてみると、その業者が配達している市の人口増加率は0.5パーセントにすぎず、しかもその0.5パーセントの少なくない数は、新しく市内に出来た大学の新入生で占められていたのだ。無論学生は、配達料を余分に払ってまで弁当を宅配してもらう贅沢はしない。彼はこの目標が困難であることを訴えたが、「潜在的な顧客を開拓する、すでに上が目標を決めている」、の一点で退けられたそうだ。彼らの目標が無理なのは、素人目でも明らかなのにもかかわらず、である。
彼らロウランド人は、発達したインターネットを少し漁れば出てくる情報を生かさず、さして見栄えもよくない非現実的な数字を打ち出して、実際に現場で働く者の士気を下げる。
では、実体験を話そう。私がいかにしてアマゾンの倉庫に勤務するようになったかを説明する。
どこの自治体でもそうだが、自治会誌を発行して、頼みもしないのに人の家のポストに投げ入れていく悪習がある。私はこういったものにも目を通すようにしているのだが、求人の欄に「アマゾン」の募集がかかっていたのだ。なんでも繁忙期で、夏休み限定で人手を欲しているという。
そろそろヤットサンの風邪対策費用に手をつけるのをやめなくてはと考えていたところだったので、応募する事にする。
さて、アルバイトをするのに必要なものはなんであろうか? 履歴書だろうか、それとも面接官を納得させるだけの、ウソにまみれた志望動機だろうか?
必要なものはもちろん、ロウランド現地調査本部の許可である。我々調査員は、無許可で就労することを許されていない。
「事後承諾でいいですよ」と同志。「ようは仕事についてから、『この会社のこの職種、この時給で契約しました。許可願います、と書類で提出すればいいのです。・・・まあ、二つ目を就労する場合は、めんどくさい審査が必要ですけどね」
ちなみに上の文は、この前書いた報告書の文をコピー&ペーストして、改変したものだ。コピー&ペーストとは、文章を範囲選択して違う場所に写すことだ。勉強になっただろう?
それはともかく、近所の公民館で行なわれる面接へと参加する。履歴書を提出し、「どこでこの求人を知ったか?」等のアンケートを記入する。
面接官は浜口さんのように、愉快な顔をした男で、希望者五人をいっぺんに座らせて、一人で面接を行なうと言う荒業を行なった。
「それでは、順番に質問していきますね」彼は言った。「今までの人生で一番感動したことを教えてください」
意味がわからない。倉庫で働く労働者を選抜するのに、この質問が必要とは考えられない。
右から順に、解答していくよう求める。
トップバッターになった主婦も、明らかに混乱していた。「えー」とか「あー」とか、日本人によく見られる戸惑いを見せて、結局自分が結婚したときのことを話した。本人にとっては大事でも、他人にとってはあまり聞く必要を感じない、典型的な話だ。
私も、完璧だったとは言いがたい。
20年も生きていれば、感動する事の一つや二つはある。ただ残念なことにみんな戦争関係で、ロウランド人に公表するには差しさわりがありすぎるのだ。
結局、「谷戸さん」という親戚の女の子が、私が以前作るのに失敗したオムカレーを作ってくれようとして、「タマゴを割る」という基本動作ができず大失敗をしたことを話した。おもしろくもなく、感動もしない。こんなところでヤットサンごときの力を借りねばならないとは、ほんのり屈辱も感じる。
次の質問は、「人生で一番大変だったこと」である。隣にいる元システムエンジニアの男から回答するよう求められた。
それは、システムエンジニアがいかに大変な職業であるかという告白だった。
いわく、長時間の労働、夜中に呼び出される不条理、無知な顧客の無理難題、専門知識を得れば得るほど増えるノルマ、そして知識を得たばっかりに感じる、自分の無力さ。システムエンジニアには絶対にならないでおこう、また息子がそれになろうとしたら是が非でも止めよう、と、そこにいた人間に決意させるには充分な、淡々とした語り口だった。
しかし、倉庫アルバイトの面接で必要な発言だろうか?
次は私である。少し窮したあげく、「ボーイスカウトでの活動」と答えた。
「へえ、どんな活動をしました?」しまった、食いついてきた。
「行進をします」私は言った。彼はうなずいて、話を続けるよううながす。「活動場所まで来たら、しばらくは待機です。その間に仲間が、えー、いろいろ準備をします・・・ それからホフク・・・ じゃなくて、身をかがめて前進します、相手に見つからないためです。そして、突撃して、相手を倒します。一通り片付けると、横たわる相手の横で鬨の声をあげて盛り上がります、全部を含めて大変でした」
「え、スポーツ?」善良な彼は、当然聞いてくる。
「まあ、外国人とのレクリエーションみたいなものです」
三日後、合格したという電話連絡が来た。なぜ受かったのか今でもわからない。
『今のお気持ちはどうですか?』電話口の女性が聞いてくる。
この質問には面食らった。「お気持ちはどうですか」って、野球のヒーローインタビューじゃあるまいし。
「え、まあ、うれしいです。短い間ですけどよろしくお願いしますって感じです」
ロウランド人に戸惑わされるとは、屈辱である。
それから、事前説明会が行なわれると日時と、入社する日付が連絡される。
事前説明会は、同じ公民館で行なわれる。
内容はアマゾンがいかに素晴らしい企業であるか、顧客を大事にし、世界一の品揃えを目指し、従業員のことを重視しているかということである。説明はホワイトスクリーンに、パソコンとつながった映写機で画像を映し出させて行なわれた。画像のところどころにダンボールを組み合わせた人形(強いて言うなら、ジブリアニメのもののけ姫のこだまに近い)をアクセントとして登場させる。キリスト教国であるアメリカ資本の企業が、日本のアニミズムっぽいものを採用するのは意外なように思われるが、そこは、現地の人がとっつきやすいようにしているのだろう。
説明会の最後にはアメニティグッズとして、ボールペンと付箋と「amazon」と書かれた布製の手提げ袋がもらえた。
さて、入社日である。興味深いので、引き続き詳しく書く。
自宅最寄り駅から電車で一駅移動すると、その界隈では一番大きな駅に出られる。そこから専用バスが出ている。バスはバス会社のものを借りて運用している。
30分ほど揺られると、物流センターに到着した。
入り口の警備は民間企業のわりに厳重である。
警備員の詰め所が敷地への入り口と建物への入り口、二箇所にある。建物の入り口には回転するバーのついた改札があって、専用のIDカードをタッチしないとくぐれない仕組みになっている。バーの先に、ゲート式の金属探知機も見えた。
すでに本日入社の人間が、バーの前で待たされている。元システムエンジニアに、あの主婦もいる。
やがて警備員がバーの脇の柵をあけ、我々を中に導きいれる。
内部は倉庫というより、事務所に近い。二階へと上がり、会議室へと通された。そこで勤務に当たっての注意事項を受ける。
この倉庫の中では走らないこと、作業場に飲食を持ち込まないこと、建物の出入りにはIDカードが必要なこと、その出入りのたびに手荷物検査を受けねばならないことなどだ。
なおロウランドでは、活動開始直前の説明一般をオリエンテーションと呼び習わしている。大学入学時もオリエンテーションがあり、構内を巡りつつ説明を受けた。
さて午前のオリエンテーションが終わると昼食だが、ごちそうをしてくれることになっていた。
歓迎会も兼ねて、倉庫の代表者と食事をとるので、昼食は持参しないでもよいとのメールが携帯に二回も届いていた。
部屋にはすでに、近所のレストランから取り寄せたサラダ、オードブルが並んでいた。
我々新人は先に席に着く。案内役をしてくれた女性が、先に食事をしていてもよいと言ってくれた。まもなく、主任と思しき人物が二名入ってくる。うち一人は、我々の面接を担当したおもしろい顔をした男だ。
しばらくして倉庫の代表者が来た。あと数年したら初老の域に差し掛かる、白人の男だった。
「そのまま食事を続けてください」彼は完璧な日本語を話した。
主役が来たので、話は盛り上がる。それぞれ自己紹介をすることになり、この場にブラジル人、日系ブラジル人、ドミニカ人、台湾人、シンガポール人がいることが判明した。
センター長、というのが、倉庫の代表者の役職名だった。彼は自分がアメリカの東海岸の古い町の出身であること、最近このセンターに赴任したこと、健康のため自転車通勤しようとしたけど海風が強くて断念したことなどを話した。
午後からは実際に作業場に出ての実習である。安全靴と軍手が支給され、重い荷物の持ち方から始まり、カゴ台車の使い方、商品のピッキング方法(鍵あけではなく、棚から出荷のためピックアップする事)、倉庫独自のゴミの分別方法まで学ばされた。
たかだか一ヵ月半しか勤めない人間たちに、やけに厳重に教え込む。おそらく社内の規則でそうなっているのだろうが、早く働かせた方がいいと思う。まあ、ロウランドについて知りたい自分のような人間にとっては、よい機会なのだが。
次の出勤からいよいよ本格的に働き始めたのだが、これは仕事をある程度覚えてから記す。
さて、派遣隊員にとって、内戦で破壊されていない京都に行くのは最大の楽しみの一つである。
その名も高き比叡山、銀閣寺に清水寺、八坂神社に平安神宮。これら焼失していない建造物を直接見て、ハイマートに帰ったとき「京都に行ってきたで!」と同僚に自慢するのが、一種のステータスだ。
ところが問題がある。どうやって京都に行くか、である。
我々派遣隊員は、許可なく任務についている県の外に行くことは許されない。私の場合無断で兵庫から出れば厳罰だし、近畿圏より外に出れば銃殺もありうる。
この許可というのは、それなりの理由がなければ降りない。「観光で行きたい」は論外だし、「ロウランドの京都の調査」とゆう名目は、すでに多くの隊員がこころみてしまって通用しない。
ここで思わぬ助け舟が出た。ふらぐである。
「京都に行こうぜ」と誘ってきたのだ。この男は、特殊な趣味のオタクのため、こちらとはほとんど話が合わないのだが、なぜか頻繁に何かのイベントに誘ってくる。
さっそく申請書を提出する。いわく、「今回の機会は、現地人の京都の利用度把握に極めて有益であり――」「この誘いを断われば、現地人の不興を買い、今後の調査に支障が――」。許可は簡単に降りた。
大阪に住んでいるふらぐは、京都に何度か行ったことがあるらしく、「案内してあげるわ」と請け負っていた。京都にはそんなにエロはないだろうから、この間の日本橋のようなことにはなるまい、との予想はまもなく裏切られる。
問題はエロがあるかないかではなく、案内人が人並みかそれ以下かの違いである。
京都の中心駅の一つである、阪急電車河原町駅に十一時に集合となった。観光なのに時間が昼前にずれ込んでいるのは「オレって朝は誰かに起こしてもらわないと起きれないんだよねー、誰か電話でコールして起こして」というふらぐの寝言を、誰も実行しようとしなかったからである。
メンバーは私、ヨウム、ふらぐの三人である。私は体力練成を兼ねて、近くの大文字山に登ってから向かうので、もしかしたら少し遅れるかもしれないと事前に伝える。これは杞憂であった。なんとか5分前に河原町駅改札でヨウムと合流する。ふらぐは普段より早めの30分遅れで着く。いつも一時間近く集合に遅れてくるのだ。
「いや~、やっぱ暑いわぁ。京都って夏に来るモンじゃないね」地下駅から地上に出たときの、ふらぐの第一声がそれだった。
駅周辺は商店や百貨店が集まっており、飲み屋街で有名な木屋町や、錦市場が隣接している。東に向かって歩けばすぐ八坂神社がある。
まず南東に移動して、清水寺へ向かう。清水の舞台というのは、もっと高いものだと思っていたが、意外に低かった。しかしやはり迫力はある。
続いて八坂神社の、朱色の立派な鳥居を見る。有名なわりには、境内はシンプルであった。しかしだからといって美観が損なわれるわけではない。
ここで問題が発生する。ふらぐが次にどこに行くか決めていなかったのである。
「いきあたりばったりの旅もいいかなと思って」との弁である。私は平安神宮に行きたいと言うが、「そこオレが行ったことがある。ってゆうか、清水も八坂も何度も見てるんだけど」とのたまう。
結局、「哲学の道」というところを通って銀閣寺に行くことになった。哲学の道は八坂神社の北東にあり、昔哲学者が歩いたとかで有名な小道である。
横に舗装されたせせらぎが流れ、ところどころで砂埃が舞い、小奇麗な植木が並ぶ道を歩く。
「ヨウム~さ~ん、疲れた、おんぶして」ふらぐが言う。
「は?」冷めた、当然の反応が返る。
「上田くんも、ここを歩けば哲学者になれるんじゃないの?」今度はこちらに話しかけてくる。
私は自分のやっている相術学が「既存のあらゆる思想を越える」との宣伝文句を信じているため、あいまいに笑って返した。
哲学の道から少し離れた食事処で、食事を取る。カツ丼だったが、あんまりおいしくなかった。たぶん、黙っていても観光客がひっきりなしにくるから、営業努力が鈍るのだろう。
銀閣寺は良かった。すさまじい数の外国人観光客と子ども会の集団がいなければ、なお良かった。
次はどこにいくかで、また話し合いになる。すぱっと決まってくれれば別に苦にならないのだが、ふらぐは冗漫でにぶい思考を持っているのに人を見下した態度をとるうえ、人の話をちゃんと聞く集中力がないため、数分しゃべると疲れる。
「京都御所はどうだ? ここからほぼ真西のはずだ」持ち込んだ地図を見つつ提案する。
「遠いから嫌だ」
「下鴨神社は? 森があって涼しいと思うが」
「炎天下の中、そこまで歩くの?」
以前自然地理学の教授が言っていた「本当に行きたい所は自分一人で行くべき」との言葉を、思い出した。
「じゃあ、京都はよく知らないから、どこでもいいぞ」
と言ったのだが、ふらぐはぶつぶつと、まるで私がまだ長距離を歩きたいと主張しているかのようにひとしきり盆地である京都の暑さを説明したあと、私をけん制する目的で「オレ、一個(年が)上なんだけど」としめくくった。一年浪人した不名誉を逆に利用したいとの願望がにじみ出ていた。今は同回生である上に、一年しか年が違わないので、この論法はおよそ説得力がなかった。人は、生きた年かさよりも、生きた間になにを身につけているかのほうが大事である。
ともかくも、私の内戦の激戦地を見てみようという思いはお流れになった。
「比叡山に行く」と彼は唐突に、指揮官のようなイントネーションを見せた。こんな風に今までまったく話に出てこなかった提案を言い切って、相手を煙に巻きつつ自分がイニシアティブを取っていると見せつける戦術を、彼はしばしばこころみた。
こちらとしても、焼け落ちていない延暦寺は見てみたかったので、特に反対はしない。
ただ内心では納得しかねる。距離的に御所に行くより遠いのである。
哲学の道を逆走し、もうしばらく歩き、山のふもとでケーブルカーを利用して延暦寺に着く。寺の中では破格の敷地と大きな建物を持つ、世界遺産である。
ふらぐが戦国時代をモチーフにした格闘ゲームと話題をからめて、「ヨウムの力を使えば、焼き討ちを再現できるに違いない!」と即席で考えた脳内ファンタジーを語っていた。ロウランドでも焼き討ちが再び起こるとすれば、それは個人の力ではなく、人々の主義主張の違いからだろう。
すでに日は暮れかかっていた。ふらぐはこのまま来た道とは逆、つまり琵琶湖側に降りて、JRの湖西線で帰ることを主張した。こちらも賛意を示す。ヨウムはいつもの受け身な性格と、おそらく地理感覚の欠如から、黙っていた。
琵琶湖側に降りるケーブル駅の待合室で、大変な問題に気づく。私は京都に行く許可はもらっていたが、滋賀県に行く許可はもらっていないのである。これは重大な、ハイマートに送還されるような違反ではないか? いや、滋賀県に行ったのではなく、単に「通過」したと解釈すれば、法的に抜け穴が・・・
やはり京都側から帰らないかと? と主張したくても、いったんは滋賀県側に降りることに同意してしまったし、もうがたんがたんと赤と緑色をしたケーブルカーも到着している。
森の中を進むケーブルカーの中では、やきもきしながらすごした。
滋賀県側の比良坂本駅から大阪、兵庫方面に帰る。無事拠点に戻った後、少し気が大きくなって、滋賀県に足を踏み入れたことは報告せずに済ませた。お咎めはなかった。当然といえば当然か。
報告がなければ、上は知ることがないと、改めて認識した。
八月からは、ロウランド赴任前から計画していたことを進める。
もう一人の自分探しである。
時間に余裕のある夏休みにこそ、自分探しにはうってつけである。公務のハイキングと京都観光に邪魔されたが、いよいよこれにとりかかる。
その前に、簡単に我々術士に科された「自分殺し」について、のべておく。
この「通過儀礼」は慣習であって、明文化された法ではない。それどころかいつ頃から始まったかも定かではない。ロウランドの「発見」直後の公式文書に、すでに言及がなされているらしい。
この自分殺しは、ほぼ独力で成し遂げなければならない。世界のどこかにいる自分を見つけ、なにをしているのか調べ上げ、引導をわたす。これは修行と試練を兼ねた儀式なのだ。組織としてももちろん、当人と当人の鉢合わせを防ぐため「自分警報」などを発令して気を張るが、最終的な始末は自分自身でつけるのが名誉なこととされる。
自分殺しをした術士は、自己愛を究極の意味で超越した「単なる一人前」以上のものとされ、その後の栄達と便宜が約束される。事実、現在要職についている相士の多くが自分殺しの経験者だという。
私は出世にはさほど関心がないが、この先ロウランドで活動していくのには大いに興味がある。そのためにも、自分から自分の居場所を、奪いとらなければならない。
調査の手始めに、私がハイマートで住んでいた地域を調べてみる。ハイロウ間(ハイランド~ロウランド間)で地名に弱冠違いがあるものの、何箇所かの見当はつける。
電話帳片手にその地域の「上田」性に片っ端から電話をかける。「もしもし、河井出クリーニング店ですが、そちらに上田祐司さんはいらっしゃるでしょうか?」これは骨が折れる作業で、自分のありふれた名字にうらみをいだいた。しかも成果は上がらなかった。
前に説明した、防犯カメラの映像からあらかじめ登録された顔を見つけ出すシステムは、東京、名古屋、大阪の各駅にしか設置されておらず、自分発見に期待はできるが過信はできない状況である。
自分殺しは、早ければ早いほうが良い。ひとつの世界に二人が存在しているのは、お互いが鉢合わせするリスクが増えるのだし、そうなると私はハイマートに強制送還されるかもしれない。
目の前に、文字通り新たな世界が開けているのに、それをあきらめるのはバカらしいことだ。
電話が不首尾に終わったので、続いて同志石綿に相談する。すでに自分殺しを実行している先達に、どこで見つけ、どうやって殺し、どのようにロウランドの官憲の捜査を逃れているか、聞くつもりだった。
兵庫の三ノ宮にある居酒屋の、仕切りに囲われて個室のようになっているスペースで、彼は曖昧な笑みを浮かべて「人には言いたくない」と答えた。
「しかし、どうやって自分を見つけたかぐらいは、教えてくれていいでしょう」
「ある日、出会っちゃったんですよ。ロウランドにいる自分も自分なわけですから、自分が好みそうな場所に行くのです。それで、あとは、なし崩し的にことが運びます」
私は自分が好みそうな場所を考える。思い当たらなかった。
儀人についてまとめる。管理を任されて一ヶ月、いろいろエピソードがある。
儀人と会って二日目のことだ。突然相手が「あなたの身分確認をしなければならない」と言い出した。なんでも本来は、初めて会ったときに私が本物の上田一般術士か確認するために、しなければいけない作業だったらしい。
「あなたと会うのが喜びで、すっかり忘れていたのです」儀人は、少し顔がほころぶことを言ってくれた。
ところがすぐに、ヤツが見たいのは「術士の身分証明書」だということがわかった。異界であるロウランドの地で、そんな危ないものを所持しているわけがない。「ない」と断わると、「ではあなたを、身分詐称の疑いで告発しなければいけません」と言いやがる。今度はかなり丁寧に「ない」ことを説明するも、「ボクは確認するように教えられている」「見せないとあなたのことを防諜部に連絡する」と感情のない表情で依怙地になる。
結局、その防諜部の平岡と、石綿にご足労願い、ついでに浜口さんにも電話で身分証明をしてもらう。この正規術士三人の証言によって、ようやく妥協を引き出した。現在の身分証明書である学生証を見せれば、とりあえず本物の上田祐司であると納得してくれるという。
ヤツは例の悪癖で、初めて見た学生証を口に入れてベタベタにし、ほんのり歯型までつけやがった。抗議すると「あなた(の指)をなめても怒らなかったのに、どうしてですか?」とイライラする疑問を言い、そばにいた石綿と平岡に「儀人に何をさせているんだ?」と変な誤解を生じさせる。
私が密かに、「そこの階段から落ちて軽い捻挫でもして、本国に送還されないかな」と期待するようになった瞬間である。
足を踏み外して捻挫を期待するぐらいには、儀人はぶきっちょであった。
まず足の動作だが、歩く、走るぐらいしかできない。スキップや片足立ち、それに同じ側の手と足を(例えば右手と右足)を同時に出して歩く、ということができない。製造過程に問題があるのか、それともロールアウト後の教育の欠陥か、そこはわからない。
手先に関してもそうだ。小さなものをつまむ、本をめくる、タマゴを割る、爪きりでつめを切る、などが苦手で、食器の扱いもヘタクソだ。
その日はちょうど皿洗いを任せていた。昼の二時までに伝令に引き渡さねばならない書類があって、それにかかりきりになっていたのだ。
がしゃん、と右の耳に音が飛び込んできて、皿が割れたと知れた。食器の上に食器を落とした音だろうと見当づけて振り向くと、予想通りだった。
「ケガは?」
「大丈夫です」
水を出しっぱなしにした流しの中に、破片が飛び散っていた。二枚割れたうちの一枚は、この家に置いてあるもっとも大きな皿で、スーパーの叩き売りとはいえ一番値の張った商品でもある。
「ごめんなさい」
「いやいい、自分も年に一度ぐらいは皿を割る」
一刻も早く片付けたかったのだろう、破片を拾おうとすると「いた」と手を引っ込める。そのとき肘がコップに当たって落ち、床で砕ける。彼女は血の出る指を押さえつつ、震える目で床と流しを交互に見やる。
「マンガか!」と思わずつっこんだ。
不器用だが頭はかなりにいい。たわむれにマージャンを教えてみたが、五日ほどで私より強くなった。五日目の夜、トイトイ混一色の小三元をたたき出され、「もうおまえに教えることはない」と宣言するはめになった。もっとも二人打ちしかしたことがないから、四人打ちではどうなるかわからない。
知的好奇心が旺盛で、買い与えた図鑑は全て目を通している。安全上の問題からほとんど許可しないのだが、外に出かけたときは図鑑を持参し、実物と見比べている。特に植物と鳥類の繁殖方法に異様な興味を示し、私に聞いてくる。私はそれを大学で調べる。
料理は、本人は作る気まんまんだが、あらゆる食材及び調理器具の扱いに難があるため、完成品はまだない。
私と石綿がたわむれにオムカレーを作っている様子に、触発されたことがある。オムライスもカレーも作れないのに果敢に挑戦し、タマゴが割れずに敗退した。たとえタマゴが割れたとしても、ガスのつまみをひねって火をつける動作ができないので、タマネギが炒められず断念しただろうが。
しかし彼女はしきりに「作り方さえ調べられれば、失敗はしないのに」と言っていた。負け惜しみではなく、本気で言っていた。
「パソコンを与えてくれれば、あなたの生活に貢献します」と言ってきたこともある。聞くとこの儀人は、そもそもインターネットで調べ物をして管理者の業務を補助する訓練を、重点的に受けているそうだ。
お盆前に、念願のパソコンが届いた。
ウインドゥズのXPで、もちろんインターネットに耐えられる設計になっている。
ヤットサンは、いよいよ自分が活躍できそうなこともあってうれしそうだ。私としてもいいかげん、携帯の小さな画面とボタンで報告書を作成するのに嫌気がさしてきたところだった。
儀人とちょっとだけ感情を共有しつつ、箱を開ける。ラップトップタイプで、問題なく立ち上げる。もちろん、モデムもセットしインターネットにつないだ。
・・・問題はない。クラッシュしない。
「こうゆうときは、おめでとうございますって言うんですよね?」ヤットサンが後ろからモニターを覗き込む。
「そうだな」私は同意する。「ところで、こうゆうインターネットがつながったことを、インターネットが○○○○(なに)するという?」こうやって、語彙力を伸ばしてやるよう質問する程度には、儀人との関係も良好だ。「ヒントは、『か』で始まり『う』で終わる」
「・・・貫通?」
「惜しい」
さて、インターネットがつながった。まずやるべきことは、なんであろうか?
ニュースを確認し時事を知ることだろうか。それとも大学のレポートを完成させるための、知識の収拾だろうか?
やるべきこと、それはもちろん銃器の調達である。必要なのは知識ではない、武器である。
仮にも武人の端くれなわけだから、銃の一丁や二丁、手に入れておきたい。
さっそく今お世話になっている、アマゾンの通信販売のホームページにつなぐ。「ようこそゲストさん」と表示がなされ、膨大な商品のごく一部が表示される。
「さて、腕が鳴るな」本当に指を鳴らす。
「ご存知ですか、ロウランドの日本国においては、銃の所持は厳しく規制されています」儀人が助言する。
銃の所持が認められていないことは、もちろん知っている。おそらくおいそれとブツが手に入りにくいことも。
だからこそ、今日という休日をフル活用して、飛び道具を手に入れようとの魂胆なのだ。
「あんたこそ知っているか? このネット上には、一億近い商品がある」
クリックしてサイトに飛ぶ。とりあえず「日用品」のカテゴリーから捜索開始だ。
「これだけの数だ。きっと、目的のものはある」
昼食を惜しんで捜索し、夜中まで粘ったが、見つからなかった。エアーガン、モデルガンは嫌というほど見つかるのだが、やはり本物への道は長いようだ。途中まで付き合いで起きていた儀人も、寝息をたてている。
しかし、まだ希望はある。
明日アマゾン倉庫から帰ったら、楽天のサイトを探すつもりだ。
そう思っていた矢先、思わぬ情報が知らされる。
きっかけは繁忙期であった。
このアマゾン倉庫は直接雇用している労働者の他に、派遣会社からきている人間もいる。とくに繁忙期には増員を計る。
そのうち一人が「あれ、あんた、この間も会ったよね?」と私に言って来たのだ。
自分を知っている自分の知らないやつに会う、まずい瞬間だが、これはチャンスでもあった。「どこで会いましたっけ?」と探りにかかる。
「あ、人違いだわ」男はこちらの全身に一瞥をくわえて、そう結論する。なるほど、その答えは正しくもあるが、まちがいでもある。
「俺のそっくりさんとは、どこで会ったんです?」
「難波の馬券売り場だよ。ほら、オレって、大阪の方にも派遣されるだろ?」知らない。「そこで券の搬入があって、そこでいっしょになったんだよ」
「何ヶ月ぐらい前に?」
「いや、一昨日だよ」
私はその日は早退を申し出、しぶしぶながらも許可をもらう。すぐに電車に乗り、現地へ向かう。
大阪の難波に、競馬協会の馬券売り場がある。これは都会の真ん中で馬が走っているのではなく、どこかの競馬場の様子がモニターで中継され、それを見て盛り上がる施設だ。
そこで聞き込みを開始する。残念なことにその日は休みで、施設の中には入れなかったのだが、外にいる警備員と、施設の受付にいた警備員、そして掃除のおばちゃんに話を聞くことができた。またもや残念なことに、私に似た男の情報は手に入らなかったが、出入りしている人員がどこの会社から派遣されているかはわかった。
速やかにそこに電話をかけ、働きたいむねを伝える。大阪の梅田にあるその会社はちょうど、その日の夕方から登録説明会が開かれるらしく、私は参加を申し込んだ。
その会社は難波から、地下鉄一本で行ける位置にあった。
運が向いてきている、と車内で思わずメモを取る。
さて最後に、大事な相談だ。
前に物価の話をしたと思うが、この世界ではガソリンが異様に安いことを見落としていた。ハイオク1リッターあたり150円前後! である。
河井出くんよ。すぐに小型のタンクローリーを用意してくれ。こちらで買い、そちらに輸出すれば、何往復かだけであっという間に小金持ちになれる。二人で山分けだ。そして、余った利益で、内戦で破壊された故郷に橋をかけよう。
八月九日
同志・同僚・同級生 河井出良太郎様
愛郷者上田より
(註1)遺伝科学によって生み出された、小型の肉食恐竜に似た形をした生物兵器。
(註2)心理学的知識がないから、お互いエディプスコンプレックス、エレクトラコンプレックスを密かに抱いているのに気づかない、程度の意味だそうだ。




