一月一日の夜
平岡俊は夢見る受験生!
マニとデートをした元旦の夜、また夢の中でマニと話をしていた。
マニが口にした「ノア計画」に、俊はハッと息を飲む。
一月一日の夜
スマホの電源を入れると、滞っていた年賀メッセージが勢いよく送られてきて読むのも嫌になる。
『今年は受験、頑張ろうね』
『大学合格して、卒業旅行に絶対行こうぜ』
気持ちが沈みきっていた。
大学受験が大事なのに、僕の思考は遠く宇宙の果て。夢の世界。
こんなことじゃ駄目だ。でも、何をやっても駄目だ、でも――、
僕にはどうしようもないじゃないか……。
頭を振って嫌な夢を追い出す。
自分の部屋を出てリビングへ行くと、朝と同じような体勢で親がテーブルで飲んでいた。
「よく寝れた?」
「……ああ」
熟睡なんて一秒たりともしてないのではないだろうか。
フラフラと椅子に座ると、母はお節と雑煮をテーブルに置いてくれた。
「一年の計は元旦にありだからな。今日はこれからしっかり勉強して、今年はなんとしても大学に合格するんだぞ」
小さい杯を僕の方へ出すが、今はそんなもの、欲しくはなかった。
「お父さん。言ってることとやってることが反対でしょ。未成年なんだから飲ましちゃダメよ」
「正月くらいいいだろ」
そう言いながらも杯を引っこめると、しぶしぶ自分で手酌酒を再開する。
お節と雑煮……寝不足のせいで味がほとんど分からなかった。
急にふとマニのことを思い出す。
今も大きな部屋で一人座っているのだろう。
僕が家族と御飯を食べているのに、マニはたった一人で……。
――しかも長くて10年。
じゃあ、短かったらどうするんだ――!
「ごちそうさま。もう食べられない」
「え? 汁だけしか飲んでないじゃないの」
立ち上がってまた部屋へと戻った。
喉の奥が熱くなり――とても食べられる気分じゃなかった。
2時頃に寝りについたのは、いつもの期待からではなかった。
色々考えさせられ――丁度その時間に眠りにつけたのだ。
昼間のデートで脳は完全に寝不足。いくらでも眠れるはずだったのだが……2時までは眠れなかった。
マニはいつものようにお風呂に入っていた。
『呆れるわ。俊って本当にお風呂が好きなのね』
話をはぐらかそうとしているようにしか聞こえない。この時間に来た僕も悪いのだが――。
「そんなことより、何とかしようとしないのか? ナガツキの人だって、宇宙にパネルを作る技術があるんだろ……例えば宇宙船で脱出するとか――!」
ハッと息を飲んだ。
あの怖ろしい夢が――、フラッシュバックで蘇る!
『宇宙船? ノア計画を知っているの?』
ノア計画?
髪の毛が逆立った!
僕の見た夢、宇宙船ノアが事故を起こす夢は地球の出来事じゃなかったんだ!
これから起こるかもしれない、――正夢になるかもしれない未来の夢だったんだ!
「それはダメだ、絶対に乗るな! 二度目の全出力で51個あるうちの一つ、――たしか、第8エンジンが燃焼器圧力振動で故障してしまうんだ!」
そして宇宙船は爆発し、十万人の命が一瞬で奪われる……だが、
――っ、言えない――!
乗らないでほしいが、乗らなければマニは……マニは……。
十年後には確実に恒星に飲み込まれてしまう――!
正夢になるなんて分からない。何の根拠もない。
最後に残された一握りの可能性なのかもしれない。それを僕の夢物語で決めるわけには――いかない。
ふふっと笑われた。
『乗れるわけないじゃない』
「え、どうして」
言葉を遮れないのが悔しい。全部マニが知ってしまう――。
――僕の気持ちも。ノアが事故を起こす夢のことも――。
「どうして乗れないのさ」
ナガツキの人口が何人いるのかは知らないが、全員が乗れるわけはないのだろう。
抽選に当たらなかったのかもしれない。……すなわちそれが告げるのは……。
『ノア計画は一年前に失敗したんだから。――あなたも見ていたのね』
「――! 一年前に……失敗していた?」
僕がノアの夢を見たのも、ちょうど一年くらい前だった。
『――ノア計画は私の両親が計画した、この星で最後の希望だった。私も乗ることはできたの。でもこの星にとどまったの』
「どうして!」
『私は運命を受け入れようと思ったの。――ううん。宇宙船に乗れない人もたくさんいたのよ。それなのに、ノア計画をした家族全員が乗るわけにはいかなかったのよ。私よりも年下の弟を少しでも家族と一緒にいさせてあげたかったから、私は乗らなかったの』
マニの家族は、その時に事故で――。
『失敗するとは思っていなかったけど、計画の時点でも一番近くの恒星へ行ける確率は低かったの。でもまさか、恒星とナガツキの重力圏内を脱出できなかっただなんて』
マニ――。
『一度目の全出力で重力圏外へ脱出するはずだったのに、恒星が計画の時よりも早く変形して膨張したから脱出できなかった。二度も全出力を行えば、航行するエネルギーも使い果たしてしまうから、二度目の全出力が成功したとしても、ノアは宇宙を漂流するだけになっていたかもしれないの』
ナガツキの人達も、生き抜くために必死だったんだ。
種を守るために、最後の賭けに出て――敗れた……。
だからもうなす術なく、滅びを受け入れようとしている……。
『乗らなかった分、長生きできてラッキーなのかなー』
軽い口調でマニがそう言う。でも、もう全てバレてしまっているんだ。
僕はマニの気持ちも、苦労してきたことも、恐らくは泣いて過ごした日々も気付いているんだ。
両親が計画したノア計画。
自分は乗れなかった宇宙船ノア。
ノア計画の失敗。
マニが……毎日を楽しく過ごせているハズなんて――ないじゃないか!
「星が滅ぶのに……怖くないのかよ!」
『全然。むしろ、星の最期を共にできるから光栄なのかも。あーあついあつい』
マニは立ちあがると体を拭きながら浴室を出た。
誰もいない殺風景なリビングには大きな鏡が置いてある。マニは鏡に全身が映るように近づいていくのを、僕はただただ見ているだけしかできなかった。
『私達は滅びゆく定めなの。それが偶然あなたとつながって、ここでこうして私と話をしてくれる喜び』
鏡の前で大きなバスタオルがすとんと落とされ、マニは一糸まとわぬ姿を見せた。
目に焼き付けておきたい。
例えこの目が二度と見えなくなってしまっても構わない!
マニの姿を絶対に消えないように目に焼きつけておきかった――。一生忘れられないように!
『俊は優しい! もう大好きを通り越して、愛している。だから……だから……たとえ私達のことが嫌いになっても――お風呂の時間だけでもいいの。私と――お話をして欲しい!』
鏡に映るマニが口元を押さえて、右目の辺りを触ると、すぐに真っ暗になっていく。
ううっと嗚咽を我慢する声がしだいに小さくなり、聞こえなくなっていく――。
――マニ!
……今日は、ありがとう……楽しかったよ……。
目が覚めると僕の顔は、
流した涙でビショビショに濡れていた。