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ナガツキデート

平岡俊ひらおかしゅんは夢見る受験生!

 元旦の昼に眠り、夢の中でマニとデートする。

初めて目にする惑星ナガツキの赤い空に、俊は驚きを隠しきれなかった。

 ナガツキデート


 紅白歌合戦も笑っちゃいけない24時も見ることなく自室にこもって勉強をした。

 元旦の昼間に爆睡するために、今から徹夜だ。

 地球の午後2時が惑星ナガツキの朝9時になるらしい。つまり……マニにしてみれば、いつも夜の9時にお風呂に入っているわけだ。生活のリズムが規則正しくて……ありがたい。

 参考書を机に置いて見ながらマニのことを考えている。勉強なんて頭に入るはずもない。

 無駄に起きているだけだった。


 途中、何度も眠気に襲われたが、爆音でマキシマムの曲を聞いたり、昔のマンガを読んだり、エロ動画を見たり……何とか耐えきった。


「あけましておめでとう」

「あけましておめでとう。今年もよろしくって……もしかして寝てないの?」

 目にクマを育てて新年の挨拶をする僕を見て母は驚いていた。

「ちょっと勉強し過ぎたかな……へへへ」

「一年の計は元旦にありって言うけど、――勉強し過ぎて寝不足になったらいけないわ」

 テーブルにはお節のつまった重箱と雑煮が置いてあり、父は朝から飲んでいた。

「勉強してたか怪しいもんだがな。それより早く座ってちょっと飲もう」

 小さな杯にとっくりから湯気の上がるお酒を注ぐ。未成年の受験生に朝から飲ます気か?

「どうせ寝るんだろ。だったら一杯飲んだらすーっと寝れてまた夜も頑張れるじゃないか。ほらほら」

 仕方なく杯を受け取って飲むと、むせ返った。

「ゴッホ、ゴッホ、か~舌がしびれる~」

「お、いけるねえ。ほらほらもう一杯」

 寝不足で空腹、ほんの少しの日本酒でも酔ってしまうのではないだろうか。

「あなた……あんまり受験生に飲ませないのよ。それより雑煮に餅は何個入れる? 一個? 二個?」

「一個でいいよ」

 腹は減っているのだが、そんなに食欲がない。お節の数の子とイクラと牛肉ゴボウ巻きだけをつまんだ。

 雑煮を食べ終わると、ふらふらと部屋に戻った。

 まだ昼まで少し時間はあったが、もう限界だった。

「今日はもう起こさないからしっかり寝なさい」

 母のその言葉が最高の子守歌だった。

 一瞬で眠りについた――。


 もちろんだが、スマホの電源は長押ししてシャットダウンしておいた――。


『おはよう!』

 寝てすぐに起こされる!

 鏡に笑顔一杯のマニが映っている。

 これでは寝不足は解消されない。しんどい――と思ったが、夢の中で寝不足の感覚はなかった。

『寝てるのに寝不足なんて可笑しいこと言うね』

「ああ、何かいつもよりよく聞こえるし、鮮明に見えてる気がする」

 マニといつも以上に通じている。

『こっちの時計で今8時。今日は俊が起きるまでデートするんだからね』

 テンションが凄く高い。お手柔らかに頼みたい。


 マニは動きやすい格好だった。派手なスパッツとでも言ったらいいのだろうか。レースクイーンが着ているような柄だ。

『可愛い?』

 鏡の前でかかとを軸に器用に一回転してみせる。

「え、ああ、可愛い。地球でもぜんぜんありだな」


 「階段」っていうものは宇宙共通の上下移動手段みたいだ。……ただ、一段一段が妙にでかい。正方形の板を無理やり組み合わせて作ってある。

「正方形が多い文化なんだね」

『俊の星はどうなのか知らないけど、同じ大きさだと色々な用途に使えるでしょ。資源の有効活用よ』

 なるほど。同じもので壁も床もテーブルも作れるってわけだ。

 ただ……デザインやセンスにはこだわれない。地球の方が芸術には富んでいると思う。

『ナガツキだって芸術に力を入れていた時代はあったのよ。でも、限りある資源を大切にしないといけない時代がいずれくるのよ』

 地球もそうなるのかなあ。


 ――温暖化や環境汚染問題。省エネにも取り組んでいる。

 でもその進化の先に四角い文化に結びつくような気はしないなあ……。


 四角い玄関扉を前に座ると、マニは靴を履いた。裸足で飛び出る訳にはいかないのだろう。

『じゃ、開けるよ。惑星ナガツキにようこそ』

 思いっきり扉の外に期待を膨らます。玄関の扉が勢いよく開けられると――、


 ――僕は息を飲んだ。

「た、太陽が、デカイ!」


 空の半分くらいを占めているのではないだろうか。今にも落ちてきそうな恐怖!

 真っ赤に染まり、直視しても――眩しくない……?

 表面が燃え盛る炎のようにゆらめいているのまでもが見える。

 目を覚ましてしまいそうだ――!

 空の色も夕焼けのように赤い。まだ朝だというのにだ!


『驚くのはいいけど、だったら地球の空は何色なのよ』

 ナガツキの空に恐怖を感じたのが伝わってしまった、少し怒っている。

「いや、――ごめん。地球の空は青いから、ついビックリしてしまった」

『ええ? 青い! その方が怖いじゃない。全然落ち着かないわ!』

「いや、赤の方が落ち着かないって!」

 マニがたまらず笑いだした。

『そんなに違うものなのね。俊が人間って言うから、てっきり空の色くらいは同じだと思ってたのに』

「ああ、驚きの連続だ。そりゃそうさ、……違う星だもん」

『こんな偶然。あるのね』

「奇跡て言うんだ」

 大きな太陽にもだんだん慣れてきた。

『太陽じゃないよ。私達は恒星と呼んでいるの』

「マニの星の恒星――、丸くないんだね」

 真円を描いていない。右上のほうが黒ずんで丸い大きなアザみたいなのがある。

『私が生まれた時から少し変わったかしら。ちょっと黒い所が大きくなってるの』

 太陽よりも年数が経っているのだろう。

 マニは軽いステップで階段を降りると、視線が空から街へと変わった。


 四角い大きなブロックを組み合わせて作られたようなビルの高さは、雲にまで到達するほどの高さだ。それも一つや二つではなく、縦横無尽に建っている。

 計算されていないようで計算された建築技術なのだろうか。芸術的ではないのに、土地の有効利用とは程遠い。

 白や薄い灰色でできている建物なのに、都市らしい息苦しさを感じない。空間を広々と使っているからだろう。

 うちのマンションの鉄筋コンクリートとは強度が比較にならないほど強いのだろう。

「……あー、悔しい。負けた! 地球の今の技術じゃこんなに縦や横に細長いビルは建てられない!」

『まいった? ナガツキの方が進んでるでしょ』

 完敗だ。でも、映画で見るような未来の風景とは何か違う。文化の違いだと思うが、何かが……。それがわからずもどかしい。

『じゃあ今日は海まで行くからね』

「海もあるんだ」

 ? まさか、海も……?

『もちろん赤いよ。空の色が映って真っ赤よ』

「真っ赤か……」

 夕焼けくらいと期待したい。血の池のように水まで赤かったらどうしようか。

『水は透明に決まってるでしょ』

「だよな……あれ?」

 マニのお風呂は乳白色だった。だからいいところが全然見えなかったのを思い出す。

『こらこら! デート中に野蛮な想像するな! ナガツキの女子にそんなこと言ったら、普通は口も聞いもらえないわよ!」

「あ、ごめん。マニが寛大で助かってるよ」

『まったくもう。夫婦でもないのにそんなことばかり考えてるなんて』

 ……また野蛮ねといいたいんだろうな。


 入り組んだ階段を降り、四角模様の道を歩き始めた時に気がついた。車や飛行機といった未来の乗り物がないんだ。

 空には鳥が飛んでいる。

 乗り物の文化は地球の方が進化しているかもしれない。頭に乗せれば飛べてしまう竹トンボがあるなら話は別だが。

「空は自由に飛べないの」

『――え? まさか俊は空を飛べるの?』

 さすがにマニも驚いている。

「飛べないんだけどね~。飛行機とかロケットとか大きな機械で飛ぶのさ」

『なーんだ。それならあったよ』

 あった? 過去形なのか。

『うん。昔はあった。たくさんの燃料を使って大きな飛行機が他の島まで行き来してたの。でも今はそれほど行き来する必要もないし、資源の無駄だからなくなったの』

「ふーん。じゃあ海外旅行とかは行かないんだ」

『島も少ないから行きたいとも思わないわ。それよりお腹空かない? 朝ご飯食べたいな』

 デートしている雰囲気は楽しいんだけど……、寝ながら食べられない!

 朝に餅一つは食べていた。

「マニが好きな物を食べて。食べものも興味あるから」

『じゃあ、食事ができるところへ行くね』

 ビルとビルの間に入り、また階段を上がったり下がったりする。エスカレーターやエレベーターがないので結構大変な暮らしなのかも知れない。

『エスカレーターやエレベーターってあまりよく知らないけど、へっちゃらだよ』

 綺麗な細い足をしているけど、マニは筋肉質なのかもしれないな。


 ――いや、違う。


 重力が違うのか!

 地球の半分くらいなのかもしれない。


『そんなわけないでしょ。人間は同じ重力じゃないといずれは絶滅するのよ。だから宇宙に出て他の星に着いても、百年以上世代交代しては生きていけないのよ』

「宇宙で生活できる人工衛生とか、スペースコロニーはなかったの?」

『数百年前に宇宙や他の惑星で暮らしていく大規模な実験があったの。それで他の惑星でも人間が繁殖できるか長い期間実験が続いた……。でも駄目だったの。重力、恒星からの光、水、条件がいくら同じでも、ナガツキにいないと繁殖できない。私達は長い年月をかけてそう進化してきたのよ。それこそ何万年もかけてゆっくりね。それをほんの数百年くらいで他の星で暮らせるように進化できるわけがないのよ』

「……そうなのか。じゃあ、地球人も宇宙や火星では生きていけても、永住はできないのかもしれないなあ」

『これって内緒よ。もしかしたら地球人は野蛮だからできるかもしれないし、自分達でそれを確かめないと意味がないんだから……』

 内緒って言ったって……一体誰に言うんだよ。

 NASAの知り合いなんて僕は持ち合わせてなどいない――。


 建物の間にあるファーストフード店のような店へと入った。

 店員と客。テーブルとイス。並んでいるのを見ると、なんか見慣れた風景のような錯覚に陥る。地球のお店と言われても納得してしまうくらいそっくりだ。

 ……まあ、テーブルやイスはやっぱり四角いんだけど……。

『あら、マニじゃない。今日はどうしたの?』

『ヘヘー。デートよ』

 店員の女性に自慢げに話す。彼氏の俊ですと挨拶できないくらいその女性も可愛かった。

『デートって今から? 誰と?』

『内緒。素敵な人よ』

 レジの所で四角いカップに入ったスープやサラダを四角いお盆に乗せてくれ、それを受け取る。

 ……お盆くらいは長方形の方が便利だろうに、ここの星の人は律儀に正方形にこだわりをもっている。

『また今度紹介してね』

『うーん、彼女がいても他の女子に可愛いって言うような野蛮人だからなあ~』

 おいおい、野蛮人とはあまり言わないでほしいぞ――。

『さっきは素敵な人って言ってたのに。どっちなのよ』

『チョイ野蛮っていうのかな? じゃあ、ありがとう』


 ……「チョイ悪」の間違いではないかと指摘したくなってしまう。


 支払の方法がどうなっているのか分からないが、お盆をもってテーブルについた。

 スープのほかは、緑色のサラダや豆か米みたいな主食。魚や肉はないようだ。朝食だからか? それともベジタリアン?

『肉や魚は食べないわ。別にそれが良い悪いじゃなくて、効率の問題ね。わざわざ大きくするのに時間と手間をかけるより、直ぐに育って食べられる物を食べるの』

 フォークのようなもので口にサラダをポイポイ放り込むと、自分が食べているような錯覚に陥る。

「じゃあ、食べ物の種類も少ないの? 毎日同じもの食べてるとか」

『うーん、大体そうね。俊の星では何を食べてるか分からないけど、餅なんて私の星にはモチろんないわ』

「ふーん。そうなのか。餅はモチろんって……」

 ダジャレ? 

 マニは今、ダジャレを言ったのか? 誰も気づかないような……。

『意味の分からない想像しないでよ。頭こんがらがるでしょうが。私の言葉では同じような発音になっていないんだから、ダジャレってやつには相当しないでしょ。バカ!』

 バカって言われた。

 地球人をバカって……これは国際問題発言……いや星間問題発言だ!

 なんか――嬉しかった。


 スープを口に運び音を立てずにすする。

 髪をかき上げて水を一口。

 豆のような物は、ボリボリとちょっと硬そうでよく噛んでる。


 ――自分が食べているような錯覚。

 ナガツキの住人になったような錯覚。

 夢ではないリアルな――疑似体験。

 マニと同じ視線で見ていると、自分が女性になったみたいで楽しい。バーチャルリアリティだ。

 ――VRだ。

 受験勉強中にこれはヤバい。楽しくて仕方がない!


『えーい、食べてる最中に色々考えないでよ! 消化不良おこすわ!』

 ――こんどは叱られてしまった――。


 叱られて気付く……ゲームや作られた仮想空間では、この楽しさが味わえないんだ。

 マニがいてくれるから、こんなに楽いんだ――。

 一人でゲームをして遊んでいるのと全く違った面白さがここにはある!

「ありがとう。デートしてくれて」

『いきなり何言い出すのよ……地球人って、本当に理解できないわ……』

 マニは少しぎこちなく朝食を食べ続けた。


 ビルを抜けると背が高い木々が多い茂る林道へと姿を変えた。木々は正方形で区分けがされた所へ均等に植えられている。根元に雑草はない。整った……作られた林だ。


 ――!


 さっきまではビルが邪魔をしてよく見えなかったが、恒星よりもさらに巨大な真っ黒い月が見えた。

驚きを隠しきれない。

 惑星ナガツキの空は大きな恒星と大きな惑星で埋め尽くされようとしている。異様な空にしか見えないのだが、宇宙の星ではそういった光景が日常茶飯事なのかもしれない。

『第5番惑星サツキよ』

「サツキ?」

 サツキと聞いて名前の由来がやっと分かった。恒星から順番に日本の旧暦異称で惑星名がつけられているんだ。……じゃなくて、そういった意味合いでマニの星では呼ばれているから、マニのテレパシーで僕にはそう聞こえるんだな。


 じゃあナガツキは……第9番惑星になる。冥王星……ではないのだろう。

 

『この星はもうじき50年に一度の冬が訪れるの。一年くらい恒星が上らないから、海も凍って外は氷点下になるの』

「ええ! 一年も冬が続くの?」

 惑星ナガツキの一年も、地球とほぼ同じって前に言っていたはずだ――。

 海が凍るって――大丈夫なのか?


『大丈夫よ。冬の間に必要なエネルギーは充分過ぎるほどソーラーパネルに蓄えられているわ。恒星が近いから、ナガツキはエネルギーが豊富なの。物資資源は少ないんだけどね』

「そうなのか……地球も、ソーラーパネルをもっと増やさないと駄目だな」

 でもそんなにパネルがあちらこちらに設置されているのが見当たらない。

 建物全てが表面でエネルギーを吸収しているのだろうか? いや、それでも面積的に足りない気がする。

 昔、ソーラーカーのおもちゃを買ってもらったことがある。

 天気のいい日にしか走らなかった。でこぼこ道でも走らなかった。すぐに遊ばなくなった……。


 風呂のお湯を沸かすのにも凄いエネルギーが要るはずだ。

 またお風呂のことを考えて申し訳ないのだが……。

『地球のソーラーパネルってのが伝わったわ。全然なってない。ナガツキのソーラーパネルに比べたら、それこそおもちゃね』

「じゃあどこにあるの? 見せてよ。勉強のために」

 最新の技術なら盗んでやる。そして僕はノーベル賞を取る。

 悪くない筋書きだ。

 今の僕――夢を見て――夢を見ている!


『それ、笑うとこ? ダジャレってやつ? ハハハって言えばいいのね』

 寝ているのに顔が赤くなるのが分かった。

 解説までされると恥ずかしいこと極まりない――。


「そ、それより早くソーラーパネルを見せてよ。地球にもまだない凄い技術なんだろ」

 気も焦るさ。

 受験勉強しなくても食べていけるかもしれないんだ。

『さっきから見てるじゃない。恒星をよく見てよ』

「えっ?」


 大き過ぎる恒星を――直視できる理由が解った――。


 透明な四角い筋が無数に見える。

 想像を絶するほどの大きなガラス状の板が恒星とナガツキの間に敷き詰められているのだ。

 ソーラーパネルが宇宙に設置されているんだ!

 ソーラーパネルの端からレーザーのような光の線がナガツキに向けられて照射されている。


『あのパネルが恒星からの恒星風や有害な光線をエネルギーに変えて蓄えているの。必要な時に必要なだけナガツキにエネルギーを送り出してくれる。だから冬が一年続いても大丈夫。お風呂にも入れるの』

 マニがお風呂って言ってくれたのは……僕を安心させようとしたんだと思う。


 大き過ぎる恒星。

 海をも凍らせてしまう長い冬。

 エネルギーを蓄えるためと言うが、バリアーのようなソーラーパネル。

 四角い街に四角いパネル――資源の大切さが築き上げた四角い文化。


 惑星ナガツキのおかれている状況が、地球に比べて不安でならない。

 ナガツキにはもう人間がなくてはならないものになっている。

 進化したからこそ絶滅せずに生きていけていると感じた。


『あのねえ。そんなに悲観しないでよね。私が生まれた時からこうだったんだから』

「えっ、ああ――ごめん。ナガツキってやっぱり凄いよ。それに比べて地球なんてまだまだだ。戦争したり、貧富の差があったり、使い捨ての野蛮な文化だよ。ナガツキを見習わないといけない」

 恒星の隣に浮かぶ巨大な黒い惑星サツキ――。

 少しずつだが動いているのもわかった。

「――あれ? 数日でサツキの影に入って冬が来るのなら、数日で通過するんじゃないの?」

 惑星の速度が変わるはずがない。止まったりはしないだろ。

『サツキの引力に引かれるのよ。だからしばらくは惑星サツキとナガツキは同じ速度で恒星の周りを回るの。今年は一年。次の冬は恒星の膨張が進めば短くなるかも知れないわ』

「そんな不確かなものなの?」

『うん。恒星の膨張や変形は今の技術でも推測できないの。でもね、……実はみんなあんまり気にしていないのよ』

 ちょっとクスッとマニが笑ったように感じた。

「――楽観的だなあ。ナガツキの住人って」


 受験勉強でノイローゼになりかけている僕が馬鹿馬鹿しくなるよ。


 マニやナガツキの人は、地球人に比べると悩みとかと無縁の人種なのかもしれない。

 マニが家族を亡くしても落ち込んでないって言ってたのは、悩まない人達だからかもしれない。

『あ、ひどい。楽観的っていい言葉じゃないじゃない!』

「あ、ごめん。――明るくて元気って言いたかったんだ」

 ホッぺを膨らませているかもしれない。


 背の高い木々が少なくなり、目の前からは夕焼けのような海岸が見えてきた。

 目が慣れてきたのだろう。赤い空も大きな恒星と黒い惑星も自然に違和感を感じなくなっていた。

 どれくらい歩いただろうか。

 マニは歩き続けていたのに、全く疲れた素振りを見せない。

『だって、俊と話してると楽しいもの』

「僕だって楽しいよ」

 一緒に隣を歩けたらどれだけ楽しいことだろうか。残念でならない。


 海岸線は砂浜ではなく、断崖絶壁だった。

 荒々しく削られた岩肌。リアス式海岸に似ている。

 ここには四角い階段のような降りられるものは見当たらない。誰も海に近付きたくないのかもしれない。地球なら観光客でごった返すような絶景なのに。

 そして……なにより水が綺麗だ。

 透き通って水深数百メートルまで見えるのかもしれない。


 ――あれは!


「海底に――都市がある!」

 四角を組み合わせた見覚えのあるビルが見える!

 目をこらすと、一つや二つじゃない。びっしりビルが立ち並んでいる。

 暗い海の底に静かに立ち並ぶ都市。動いている人とか明かりは見当たらない。


「――あそこにも人は住んでいるの?」

『住んでないわ。海に沈んだ昔の都市よ』

 マニがじっと海底の都市を見つめている。――僕に見せたいんだ。

『恒星の引力と惑星サツキの引力で今は満ち潮なの。でも、冬が明けても――海底の都市が海面から上がることはないの』

「どうして!」

『昔はこの星には地面の底や海に浮かぶ大量の氷があったの。でも、恒星が膨張するにつれて溶け出し、地盤は沈下し、海面は上昇した。ソーラーパネルを拡大するために何度もナガツキの住人は資源を宇宙へと運び出した』

 呟くように寂しく語る。

『第8番惑星ハヅキは、その姿を全てソーラーパネルに変えたのよ。何百年も前に』


 惑星の姿を……変えた? 

 ソーラーパネルに?


『許されるはずもない行為……賛否両論だった。でも私達人間が絶滅しないようにするために、昔の人はそうするしかなかったんだなあーて思うの』

 赤くそまる恒星の前に薄く見えるパネル。

 目視できるくらいなのだ。膨大な資源を加工して張り巡らせてあるのだろう。


 惑星一つを全て加工して並べるくらい――。


『本当に野蛮なのは……私達。俊に嫌われたくないけど、私達ナガツキの人間は地球の人達よりも野蛮で身勝手なのよ』

 何と言ったらよかったのか分からなかった……。

「――ごめん」

 マニの星の歴史や想いを全然理解もしていないのに、僕は楽観的とか四角い文化とか、言いたい放題だった。

 

 マニと話すのが……夢の中の楽しみくらいにしか思ってなかった――。


『俊の住んでいる地球ってさ、星の寿命なんて分からないでしょう』

 鼓動が速くなる。聞いてはいけないこと、聞きたくないことをマニは言ってしまうかもしれない。


『長くて……あと10年なの。歪んだ恒星にソーラーパネルが……先に飲み込まれるの』


 ――! な、何だって?

 先にって――どういうことだ!

「そ、それじゃマニは――!」

『私達は滅びゆく定めの民なの……』


 急に! 

 目が覚めてしまった――!


 窓の外は夕方になっていた。

 ハアハア激しく呼吸をしている。

 

 マニの最後の言葉だけが何度も頭の中でリフレインされる。

『私達は滅びゆく定めの民』

 じゃあ、マニは――惑星ナガツキは――10年後に滅ぶ?


 冗談だろ、何でそんなの平気なんだよ!

 いつも気持ちよさそうにお風呂に入っていた!

 今日も楽しそうにデートしてくれた!


 10年後に滅ぶと分かっていて――、

 それなのに――それなのにマニは――今までそんな素振り一切見せなかった!

 楽観的と言ったのを僕は謝った。でもそれこそ間違いだった――。


 楽観的過ぎる――!

 マニも! マニの星の住人も――!


 布団の上で眠るだけの僕の方が、――一番深刻に考えているじゃないか――!


 割に合わないぞ! これは夢だ! 

 楽しい夢だと思っていたけれど、とんでもない悪い夢だ!

 とんでも悪夢だ!


「ああ、いやだ! ――夢を信じて僕は受験戦争に失敗するところだった!」

 声を出していた。

 ――そうしなければ気が狂いそうになったからだ。

 誰かに聞いてほしい夢の話――誰も信じてくれるはずもない怖い夢の話。


 また気持ちが悪くなる。

 寝不足と不安と苛立ち。胸やけがした。


 カーテンの隙間から窓の外が見える。

 ナガツキのような真っ赤な夕焼け空だった。


 10年だって? 冗談――だよな。


 もし地球の寿命があと10年なら……マニ達みたいに落ち着いていられるのだろうか。

 平和に過ごせているだろうか……。


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