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すがお

平岡俊ひらおかしゅんは夢見る受験生!

 マニからのクリスマスプレゼントを受け取り、……完全に心を奪われてしまう!

 すがお


 塾にたどりつくと、博也が不機嫌な顔で待っていた。

 僕と一緒で塾まで歩いて来たのだろうが、不機嫌な顔には他の理由があった。

「何か……あったんだな」

「ああ」

 よく見ると口の右端と頬が赤い。腫れている。

「千絵の親父さんが起きて待ってて……怖かった」

 両手で顔を抑えて肩を震わして泣く仕草を見せる。


 冗談なのか本気なのか分からないじゃないか。


「いや、俺はいいんだ。だがあの親父、千絵まで殴りやがったんだ! 実の娘をグーで!」

「千絵を! そんなの家庭内暴力じゃないか!」

 博也をみると、目が少し赤い。

「それで、俺もカ―っとなって、親父と言い合いになってしまったら、母親が今度はスッピンで飛び出して来て、気付いたら近所の家の電気がパッと点いて――」


 修羅場と化したわけだ……。


 僕も行けば良かったか? 行ったとしてそんな事態を収拾できただろうか?


「昨日はごめんね、博也君」

 後からの千絵の挨拶は、謝罪であった。千絵の顔をみて驚きを隠せない。

 博也と違い、両方の頬が腫れている。

「私がお酒なんて頼まなかったら良かったのにね。私が全部悪いのに……」

「いや、いいって俺のことなんか。それより千絵の方こそ大丈夫か?」

「……うん。初めて親に叩かれた……」

「じゃあ、いつものことじゃないんだな」

 千絵が小さく頷く。

 博也は、千絵がいつも父親から暴力を受けていないかが心配だったみたいだ。

 ……まあ、そんな親だったら、寒風の中、娘の帰りを夜中の一時まで待ち続けるはずもないのだろう。

「いいお父さんじゃないか。娘を心配して待ってるんだから」

 殴られておいてそう言える博也は僕よりずっと大人だ。心の底からそう思う。

「心配し過ぎなんだって。今日も日曜だから送って行くって言いだすから、じゃあ塾行かないってプチ喧嘩してきちゃった」

 ニコッと笑うところを見ると、千絵も大丈夫なようだ。

「僕だけごめん。先に帰っちゃって」

「だから、それはいいって。俺がそうしろって言ったんだし、お尻触り放題だったから」

「ちょっと、やだ! そんなことしたの!」

 また水筒の入ったバックで博也を何度も叩く。

「いてっ、仕方ないだろ! タクシー代もないんだし、いてっ、それに、変な男と飲んで寝たら危ないんだからな、いてっ、気を付けるんだぞ」

「そうね、お尻触るような変な男ばっかりだもんね。もし大学に入れても、お酒には気をつけなきゃ。あー嫌だ嫌だ」

 バックを担ぎ直して階段を上がっていく。今日のスカートが長めだったのは、千絵なりの反省なのかもしれない。


 休憩時間、マニのことを考えていた。

 せっかくのクリスマスプレゼント……途中で目覚めてしまった。

 マニは僕の気持ちは分かってくれたんだろうか……ずっとお風呂で待っていて、のぼせたかもしれない。

 博也が振り向いて僕の顔を観察していたのに気付くのに、数分を要した。

「俊、また女のこと考えてるな?」

 視線を博也に合せるのに時間がかかった。

「え、ああ……ええ? 違うって!」

 博也は腫れた頬を少し上げてニヤリと笑う。図星だなって顔に書いてある。

「いい加減に白状しろよ。この間も喫茶店でお前だけ上の空だったんだからな」

「だから、違うって。そんな話してないだろ」

 博也が周りをうかがう。誰を探したのかは聞かなくても分かった。

「でも千絵の気持ちも考えてやれよ。あいつ、昨日も帰りがけ、マニって誰って寝言のように言ってたぜ。俺は知らないって答えたけど、俊の彼女って思いこんでるんだからな」

「だから、顔も知らないし、会ったこともないんだって」

 ――しまった!

 博也の顔が大きく弛む。

「遠まわしにマニって子の存在を認めたわけだな」

 急に立ちあがって僕の頭を羽交い絞めにする。ヘッドロックって技か?

「言えよ、このやろう。俺達は友達だろ!」

「イテテ! ギブギブ、言うからやめてくれ」

 なんて馬鹿力だ。頭蓋骨が歪みそうな力だ。


 同じ夢を見ること。

 その子が自分をマニと言ったこと。

 顔も見たことはなく、話しかしていないこと。

 毎日お風呂を覗いているのは――言わない。言えない。


「――お前、それは相当やばいな。勉強のし過ぎでノイローゼにでもなってるんじゃないか?」

「……やっぱり、そう思うか」

 内心自分でもそう思っていた。

 最初は楽しい夢のはずが、少しずつ現実味を帯びてきているところや、気持ちが重くなるような内容を言ってくること。さらに寝不足感。

 勉強ばっかりやっているわけでもないのに、気付かないうちにストレスがたまっているのかもしれないと思わざるを得ない。

「とにかくだ、千絵じゃないけど、今はそんな夢物語にうつつを抜かしている場合じゃないぞ。そうじゃないと、本当に受験戦争の戦没者リストに名が残る。夢の女のことを考えていたから入試に失敗しましたなんて、言い訳にもならねえだろ」

「……そうだよな。そんなんで落ちたら人生の終わりだもんなあ」

 人生の終わり――そんな大それたことではないと思いたいのだが……受験は大きなプレッシャーになっていた。

「同じ時間に同じ夢を見るんなら、逆に早目に寝たらどうだ。見なくて済むかもよ」

「……うーん、それもそうだな。サンキュー」

 博也の何気ないアドバイスだった。  



 嘘か誠か……、マニが義眼にして温度が安定したのか……よく見える。

 驚いても少々のことでは目覚めない。クッキリ。ハッキリ見える。


 お風呂で体を洗っている最中じゃないか! 早く来過ぎた? 

 見てはいけないと知りながら。息を殺して足や腕に泡が塗られていくのを見ていた。


 いや、見てしまったのだ。これは事故だ!


『あ、俊! 来てるでしょ』

 やべ!

「ご、ごめん、今日はちょっと早く来てしまって。目を閉じてくれよ」

 まさか体を洗っている最中だなんて! こっちが恥ずかしい。手で目を覆いたい気持ちだ。

 なんだかんだ言ってはいたが、ほんの少し早く寝ただけで……やっぱりマニと話がしたかったのだ。

『よいしょ』

 マニは立ち上がると、正方形の浴槽へと浸かった。

 僕は神経質ではないのだが……腕や足には泡がついたままだった。湯船に泡が入ってしまう……。

『そういうのを神経質っていうんじゃない? 俊の星とは文化が違うのよ。この泡は水に入っても何の影響もないわ』

 目の前で腕に着いた泡がシュワシュワと小さな音を立ててお湯に溶けていく。小さな音までよく聞こえる。

「塾で友達に夢の見過ぎでノイローゼなんじゃないかって言われたんだ」

『……博也って友達ね。分かるわ』

 何が分かるというのだろう。

『もし逆の立場で考えてみなさいよ。何とか目覚めさせてあげたいと思うんじゃない?』

 目覚めさせる? 本当のことなのに……。

『私だって、もし俊と話ができるって他の人に伝えても、誰も信じてくれないわ。義眼に手術するって言っても、「何で?」って凄く不思議がられたし……。人間ってね、自分の目で見えないと、何も信じられないのよ……。それより、俊は寝不足なんでしょ。私と話してばかりいるから』

 嘘をついたってバレてしまう。

「――そうなんだ。しっかり寝ているのに……何でだろう」

 受験生にはあるまじき睡眠時間かもしれない。

『普通の夢って、長い夢を見ても一瞬でしょ。……ことわざってあるのね。その「一炊の夢」っていうのかな』

 考えていたことが読み取られた。ちょうど今日、塾で出た問題で――まんまと漢字を間違えた――。

『でも私達はいま会話をしている。夢じゃなくて時間は本当の時間が経っているのよ。1時間話せば1時間は脳も起きていないといけない。だから体の疲れは取れても、脳は睡眠不足になるのよ』

 マニは湯船から立ち上がった。

 目を閉じたり、隠したり、僕に対する恥じらいが……ない。

『バカ。恥ずかしいに決まってるでしょ。でも……少しでもいいから毎日話したいのよ』

「マニ……」

 僕もそうだ。

 たとえ寝不足になろうとも、受験勉強ができなくても、今はマニと話すのだけが楽しみだ。


 ――お風呂を覗きたいわけじゃなくて、話がしたいんだと念を押しておくぞ――。


『はいはい。じゃあ今日は最後にいいもの見せてあげるから。見たらすぐに寝なさい』

 完全に上から目線だ。

 マニの星の女性は全員がそうなのかもしれないなあ。  


 体を温風で乾かすと、初めて風呂を出た――。

 真四角で飾り気のない部屋が淡い間接照明で浮かび上がる。

 向かう先には大きな鏡が無造作に置かれ――裸の女性が映っているのが分かった。

 

 ――息を飲む。


 少しずつ鏡に近づくにつれ、鏡の中の女性の体……そして顔までが鮮明に見えてくる。

「マ、マニ! いいのかい?」

 顔もバレるし。裸も見られているんだぞ!

『いいの、いいの。そのために手術して義眼にしたんだから。しっかり目に焼き付けておいてね』

 鏡を覗き込むと、奇麗な黄金色の短い髪をした女性が透き通るようなエメラルドグリーンの瞳で見つめていた。


 ――マニは……夢の中でさえ見ることのできないような……天女と錯覚させるほどの……宇宙……?


『おやすみ』

 やさしく微笑むと、目をそらしたい衝動に駆られるくらい、僕の心は奪われた――。


 マニが右目の辺りを触ると、すうっと辺りが暗くなって……目を閉じた真っ暗な状態、――いつもの見慣れた闇へと変わった。


 ああ……。

 心臓が高鳴ったまま眠りについていた……。


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