クリスマスプレゼント
平岡俊は夢見る受験生!
夢の中でだけ会える女性、ホワニタマニにクリスマスプレゼントをもらうが、……想像を絶するプレゼントに俊は戸惑ってしまう。
クリスマスプレゼント
眠い目をこすりながら自転車で塾に向かう時だった。
「いっ痛!」
右目に一瞬、激痛が走り、危うく自転車ごと転倒しそうになった――!
慌ててブレーキを掛けて止まる。歩道を走っていて助かった――。
恐る恐る目を開けたのだが、何ともなかった。涙も出ていない。
――何だったんだ?
漠然と嫌な予感がした。
――マニに何かあったのかと……。
塾が終わると、一斉に教室を出る塾生で通路と階段はごった返した。
心なしか欠席者が多かった。……特に可愛い女子がほとんど来ていなかった――。
「今日はやっぱ可愛い女子は来なかったなあ」
おおよそ同じ感想を述べる博也のバッグには、何やらプレゼントらしいものが準備されている。
「まあ、いいじゃないか。男同士ってわけじゃないから」
千絵が特進の部屋から急ぎ足で出て来たのを見てそう言う。
「おそくなってごめん! なかなか出られなくて」
今までで一番短いスカートで、バッチリ服装に気合いが入っているのが笑える。
喫茶店に行くだけとは思えない格好だ。
「今日は可愛いじゃん」
「今日もって言ってくれる?」
「あんまり短いスカート履いてると、風邪引いて、勉強どころじゃなくなるぞ」
「そうそう、大事な時期なんだぜ。体調管理もしっかりしないとな」
ワナワナしている。
「もっと気の利いたこと言えないわけ? せっかく寂しい二人の男子に花を添えてあげようって頑張ってるのに!」
確かに周りは男同士で寂しく帰るやつらがほとんどだ。千絵がいなければ、僕達も同じように寂しく帰る組だったのだろう。
「へいへい、ありがとうございます」
「分かればよろしい。じゃあ行こ」
率先して階段を降りる足取りは軽快だった。
喫茶店内はクリスマス一色だった。
ガラスは白いペイントでサンタやプレゼントが描かれ、ツリーやリースがあちこちに飾られている。
テーブルにも小さなツリーが置かれていた。準備周到なことだ。
もうすぐ10時になるというのに、テーブルはほぼ満席だった。
「いらっしゃいませ」
店員に店の奥の方の小さな丸いテーブルの席へと案内された。
カップルだらけで、こちらが赤面してしまう。
「じゃあ、ケーキセット3つで、飲み物はシャンパンを……」
「「――! シャンパン?」」
僕達は未成年だぞ! 店でアルコール類を頼めば、年齢確認されるだろ! 喉の所までその声が出そうになったのを男子二人はかろうじて飲み込んだ。
平素を保つ。汗が頬を伝う。
「かしこまりました」
若い女性の店員だった。
「千絵、俺はシャンパンなんて飲んだことないぞ」
「僕もだ、シャンメリーだったらあるけどな。見つかったらただごとじゃないぞ」
停学処分になる。
この時期に、そんなことにでもなったら大変だ。親にも先生にも叱られるだろう。
「大丈夫よ。クリスマスくらい大目に見てくれるわよ。それに、大人のふりしていれば高校生だってバレないわ。ほら、もっと堂々としてて」
「あ、ああ。そうだよな」
ゆっくり足を組む。
ゆっくり腕を組む。
喫茶店なんてそんなに入った記憶はない。すごく居心地が悪い。
「それより、ちゃんと勉強はかどってる? 大学入試、大丈夫よね」
「ああ、俺は大丈夫だ。俊は最近あくびばっかりしてるけど」
ちょうどあくびをしている時に言わないでほしい。
「大丈夫だ。最近は家でもかなり勉強しているから寝不足なんだよ」
「……それならいいけど、睡眠時間はとらないと記憶が定着しないから駄目だよ」
心配そうな目で千絵が言う。そんなに寝不足が顔に出ているのだろうか。
「お待たせしました。シャンパンと特製ケーキです」
思っていた以上にケーキが豪華だった。メニューにクリスマス仕様と書かれていたからだろう。
それと、細くて長いグラスに注がれたシャンパンからは小さな泡が奇麗な線を描いて上がっている。
「じゃ、乾杯しましょうか。メリークリスマス」
「「メリークリスマス」」
グラスを重ねると、高い音が響く。甘さがない大人の味と香りが口いっぱいに広がった。
「あんまり、美味しくないなあ」
「そうね、中ハイとかカクテルとかの方が甘くて美味しいわ」
千絵と博也は口々に文句を言っている。
「ふ、この美味しさが分からないとは。まだまだ子供だな」
そう言って、また少しだけ口にする。ゴクゴク飲んで酔っ払うためのお酒じゃないのだ。
これは大切な人と大切な時間を共に過ごす時に飲む、めでたいお酒なのさ。
「おっと、大人びたこと言うじゃないか。じゃあ俺のもやるよ」
「じゃあ私のもあげる。私はカクテルでも飲もうかな」
気がつくとシャンパンを3杯も飲まされていた。
甘いケーキにシャンパン……この取り合わせは本当に美味しいのだろうか。ケーキの甘さでシャンパンは……苦く感じる。
「はー楽しかった――が、だ」
「ああ、どうする」
ケーキを食べ終わった頃、千絵が頬を赤くして眠ってしまっていた。
飲み過ぎたわけではない。たったカクテルを一杯飲んだだけなのだ。僕なんか、シャンパンを3杯も飲んでいた。気のせいか、目のピントが合いにくい。
千絵の手には博也が考えに考えて選んだプレゼントの毛糸のパンツが大事に握られている。
ウケ狙いかと僕は引いてしまったが、思いのほか喜んでいた。
「とりあえず、俺が送っていくよ」
「タクシーでも呼ぶのか?」
「いや、そんな金ない」
僕もだ。財布はいつでもヘリウムなみに軽い。
「俺がおぶって帰るよ。俊は方向も逆だから先に帰りな」
「いや、大丈夫だって。一緒に行ってやるよ」
一人でおぶって帰るって言うけど、歩いたら1時間はかかる距離だ。
「大丈夫。クラブで鍛えてたから千絵の一人や二人、なんてことないさ。お前の方こそ、自転車に乗ったら駄目だぞ」
「え、なんでだよ」
「自転車も飲酒運転は違反だろ。見つかるとやばいから、今日は歩いて帰れよ」
博也はそこまで考えていたのか……。僕は少し酔っているのかもしれない。
「ああ、じゃあすまない。千絵は任せるよ」
「ああ、まかせとけ」
「お尻触って、怒られるなよ」
「ああ、大丈夫だ。寝てたらそうそう覚えてもいないだろう」
本当に大丈夫か心配だ。寝たフリとかしていたら、後で知らないからな――。
「千絵、ほら大丈夫か」
「うーん」
寝言のように返事をすると、博也に簡単におぶられる。
「本当に大丈夫か?」
「ああ、大丈夫。ここだけの話だが、思った以上に――軽い」
「そうなのか。どれくらいだ?」
「うーん、50はないな」
ウエイトリフティング部だった博也にとって、50㎏がどれ程のものかは分からないが、表情は全然辛そうでなかった。
店を出ると別方向へ別れた。
時計の針は0時を過ぎていた。
星空を見上げると、昨日マニがプレゼントをくれると言っていたのを思い出した。
こうしてはいられない。早く帰って2時迄には眠らなければ!
寒空の下、足早に家へと向かった。
『今日は楽しかった?』
「ああ、楽しかった。何とか間に合った」
なのに、何故、マニは目を閉じたままなんだ? 声は聞こえるけれど、これでは何も見えないじゃないか。
『今日はプレゼントをあげるって言ったでしょ』
ああ、それを期待しているんだから、早く目を開けてくれと言いたい。
今日はマニの声が良く聞こえる。耳元でささやかれているくらいよく通じ合っている。ドキドキしてしまう。
『もう――ちょっとは落ち着きなさいよ。起きちゃうでしょ』
「ああ、そうだった」
目を開けた瞬間に驚いて目覚めてしまっては何の意味もない。お酒も飲んでいる。夢の中でゆっくり深呼吸をする。
なんだか凄くいい気分だ。
ゆっくり、とてもゆっくりマニが目を開いた。
これをプレゼントと言っていいのかどうか――驚いて目覚める衝動を必死で我慢した――。
浴室の色、湯船の湯の色、マニの奇麗な足、全てがくっきりと色彩豊かに見えた――。
「こ、これは一体、どうしたんだ?」
まるで夢ではなく、自分の目で見ているような錯覚さえ起こる。
右目で見ているのまで分かった。マニの奇麗で高い鼻が左側に少し見える。
『びっくりしたでしょ。これがプレゼントよ』
「びっくりしてる。昨日まで白黒で粗くしか見えなかったのに。今ではマニの膝が奇麗な肌色に見える」
どうしたらこんなに鮮明に見えるようになったのかが知りたい。
『右目……温度コントロールできるように義眼に手術したのよ――』
温度コントロール? 義眼? 手術?
夢の中で言われたその言葉を、深く考えられなかったのはアルコールのせいだったのかもしれない。
マニの星では、手術などの技術は地球の数倍進歩しているのだろうかと考えた時だった。
今日の昼間、右目に激痛が走ったのを思い出した――!
「手術だって! 何のために?」
『また同じこと言わせる気? もう酔っ払ってやだやだ。温度コントロールできるように義眼に手術したのよって言ったでしょ』
――何だって、何のために?
また、同じことを口ずさみ、起きてしまった――。
……酔った頭で考える。
マニは温度が肝心と言っていた。だからお風呂を上がった途端に見えなくなってしまうと気付いた。それでマニは温度がコントロールできるように右目を手術して義眼に変えた?
その甲斐あって――今日は鮮明にマニの視線が見えた。声も透き通るように奇麗に聞こえた。
クリスマスプレゼントと聞いていたが……素直に喜べなかった。
――手術をして義眼にする必要があるほどのことか?
たかだか夢の中で会えるだけの人のために――!
夢――なんだ。
たかだか夢の中の話なんだ。だから、僕のために義眼に手術したなんて言われても、本当は何も変わっていないはずなんだ。夢の中の話なんて気にすることはないんだ。
……なのに、罪悪感が消えない。
――僕が彼女の裸を見たいと思ったエロ心が生んだ、罪悪感が消えない!
眠れなかった。いや、目を閉じれなかった。
夢の続きになってしまったら、僕はマニに何と言ったらいいんだ?
温度コントロールをしている……てことは、風呂を上がったあとでもつながってしまうかも知れない――。
新聞が届く頃、恐る恐る眠りについた……。
マニの視線とつながることは……なかった。