異次元空間を見つめている
平岡俊は夢見る受験生!
今日もエロい夢が見れたと喜んでいたのだが……。
異次元空間を見つめている
目を閉じた時に黒く広がる空間は、異次元空間なのではないだろうか――。
眼球と瞼の間には一ミリの隙間もない。
ならば……眼を閉じたところに真っ黒に広がる空間はどう説明するのだろう。
頭の中で見ている。
視力を使っていない。
明るい蛍光灯の残像が残っている。でも、実際に空間が見えているのだ。
――だからこれは異次元なのかもしれない。
僕が今、この瞬間に見ている異次元は、目を開ければ当然消えてなくなる。
誰か他の人が見たいと思っても、決して見えない。
無限の数の異次元。
空想している時に広がる異次元。
そんな想像をしながら……いつの間にか眠っていた。
……昨日と同じ夢だ……。
何だか幸せで、エロい夢だ。ラッキー。どうせ見るならこんな夢がいいのに決まっている!
女性が湯船に浸かっていて、膝だけが見える。
お湯は乳白色なんだろうか……透明じゃないのが残念でたまらない。
意識を集中する。
白黒でぼんやりとしか見えないが、一瞬、真っ暗になるのは……もしかすると、まばたきか?
僕はこの女性の視線で夢を見ているのか?
そう思った時だった。視線が慌ただしく動き始めた。
何かを探すような俊敏な動きのあと、静かに左に右にと動く。
僕を探しているのか? だったら無駄だと教えてあげたい。
――夢なんだから。
キョロキョロしたおかげで浴室の様子がよく分かってしまった。
窓は一つもない。照明は間接照明で、照明器具は見当らない。
ちょっと日本では見ないタイプの浴室だなあ。室内の天井が低く、そのくせ浴槽は広めだ。
……あと、鏡がないのが――非常に残念だ!
夢なのに声を大にしてそう言いたい。ああ残念――、
『――誰っ!』
――!
暗い部屋の中で目を覚ました――。
心臓が、……硬直した全身にギュッギュッと血液を送る音が聞こえる。
冬だと言うのに額に汗が吹き出し、喉が急速に渇く。
――見つかった……のか?
こちらから見えて向こうから見えないと思っていた夢。でも、『誰!』の声は目から脳へ直接……訴えるような、リアルな声だった。
――若い女性の声だった。
二度寝したら追っかけ再生ができたらいいのにと思っていた昨日が信じられない。
今眠って同じ夢を見たら。夢の世界に捕まってしまうような強迫観念すらある。
まだ鼓動の高鳴りが治まりきらない。
時計の針は2時を過ぎていた。
しばらく参考書を手に取り眺めていたが、頭になんか全く入らなかった。
新聞配達が玄関に新聞を差し込む頃、眠りについていた。
結局、その後、同じ夢にはつながらなかった。
次の日も、また同じ夢を見た……。
声を出さなければ気付かれないんじゃないか? 自分のむっつりスケベに嫌気がさす……。
できるだけ落ち着いて声を出さないように気を付けたのだが、……今日は膝まで隠れる大きなタオルを巻いていた――。
……何か腹立つ。夢なのに。夢のくせに――。
ザバっと上がり、浴室を出る前に乾燥温風と青い光を浴びた。
……紫外線か?
こんな浴室があるのか。海外なのだろうか……?
昨日、日本語で喋ったから、てっきり日本人なのかと思ったが、……夢なら外国人だって日本語を話すかもしれない……か。
すーっと真っ暗になり……夢が終わってしまう……。
レム睡眠からノンレム睡眠に移行していくのが……このタイミングなんだ……と思っていた。
夜中の2時前に眠るのがポイントだ。
そんなことに夢中になっているもんだから、勉強なんてできるはずがなかった――!
今日はタオルをしていない。ラッキー!
そう思っていたのもつかの間。楽しみにしていたのにスッと真っ暗になってしまった。
しばらくそのままで、何も見えない。
「クソッ」
と苛立ちを言葉にしてしまった時――、
『もしかして、聞こえてる?』
――また、眼を覚ましてしまった。
前みたいに心臓は変なダンスを踊っていない。
連日同じ夢を見ていたのに……入浴するところを覗いていたのに気付いていたのか?
……でも、夢の中なら相手も気付いていたってそれほど警戒する必要はないかもしれない。
自分の個人情報を明かさなければ大丈夫……だよな。マイナンバーなんて、覚えてもいない。
万が一、訴えられるようなことになっても、そうそう夢話を真面目に取り合ってくれないだろう。
裁判所や警察で、夢の中でお風呂を覗き見されたと訴えられるか? ――ありえない。
もう一度目を閉じると、すぐに眠りに誘われた。
安心してエロい夢を楽しむのだ――!
目を閉じた真っ暗な異次元。
そこで見ず知らずの入浴中の女性と話す夢……。
いつまで経っても真っ暗で見えないなあ~と思った時だった。
『聞こえる?』
思わず目を覚ましそうになる衝動に駆られる。
……息をゆっくり吐き、……平常心を保つ。
夢の中での話し方なんて分からないが、声を出してみる。
「あ、ああ。聞こえる」
声は届いているのだろうか。
『すごい。目から声が聞こえるわ』
目から?
普通は耳からだろ。
『……うーん? でも違うわ。目からね。この現象は、目を通しているのよ』
「え、そんなこと、今、僕は言ってないよね」
念を押す。
これは夢なんだ。何でもアリだ。
声以外も伝わってしまうのではないかと慎重になる……たかが夢なのに……。
『今更なに言ってるのよ。さんざん人のお風呂覗いておいて』
やべ、やはりバレていた!
起きたい衝動にかられた時、――ゆっくり目を開いた。
僕の目ではなく、入浴中の彼女の目だ。
目を離せなかった。奇麗な足が膝から爪先にかけて見える。まるでマネキンの足のように白く、長くて細い脚は、まさに芸術品のような美しさだ。
『見えている……のよね』
ゴクリと唾を飲み込む。
白黒でうっすらとだが、見えている。聞こえている。
「あ、ああ。足が見えてる。今、君と見る世界がつながっている」
すっと足が湯船に沈む。
ああ~と残念がる声を出してしまった。
『じゃあ、何でお風呂ばっかり覗きに来るのよ』
決して怒っていないような……少し怒っているような声だった。
「分からないけど、この時間に寝ると同じ夢を見るんだ……」
知るかって言ってやりたかった。
『あなたは、今、眠ってるのね……じゃあ私にもそっちの世界が見えるのかなあ……』
「えっ?」
眠っている僕より物事をよく把握している。賢い。
『そっと、目を開けてみて。そっとよ』
逆に自分の部屋が見られるのは、マズイ気がするのだが……照明は消していたはずだ。
見られてまずい物はない。……っていうか、ちゃんと隠してある。
「あ、ああ、じゃあやってみるよ」
言われたとおりに、そっと目を開けてみると、……真っ暗な天井が姿を現した。
僕の部屋、僕のベッド、眠りについた時と何も変わっていなかった。
「……見えるかい?」
声を出していた。
何も返事が返ってこない。もう一度両目を閉じて聞いてみた。
「見えたかい?」
……。
何だか、――恥ずかしくなってきた。
夢を見ていただけなのに、目覚めてからもそれを信じている自分の馬鹿さ加減――!
何か――騙された感!
急いで眠りにつこうとしたが、顔が真っ赤になっていて眠ろうにも眠れない!
恥ずかしさと焦りと苛立ち。――寝れるわけがないだろ!
新聞配達が来るまでには眠りにつきたかったのに――。
ガッタン!
もう少し丁寧に新聞を入れろ! ……と抗議したかった。