エピローグ
エピローグ
『中性子星はいつか冷えてしまうから、数百年くらいの間に何とかしないといけないんだけど、人間なら大丈夫。それまでに他の方法を考え出せるわ……』
『右目、もう十分役に立ったから、元に戻すの』
「えっ?」
それは、それが告げるのは――突然の……別れ?
僕は覚悟を……決めていた。
マニがいつの日か、そんなことを言ってくる予感がしていたのだ……。
別れの覚悟はしていたんだ――
僕は地球人だ。この青い地球で幸せを掴んでいかなくてはいけない。
もちろんマニだってそうだ。
――夢の中の住人を、いくら好きになっていても、現実での幸せなんて掴めやしないのだ。
目を閉じて大きく息を吸い込んで吐き出した。
「そうか、元気でな」
『じゃあね』
その言葉を最後に――急に見えなくなってしまった。
「マニ! ちょっと待って! 嘘だろ!」
……返事なしかよ……。
別れも――そっけないななあ――。
ナガツキの人は楽観的過ぎると何度思わされたことだろうか。
簡単にだまされるのは男の方。引きずるのも男の方。
前にマニはそんなことを言っていた。
大正解だ。マニは男心もよく分かっている。
一生マニのことを忘れられないだろう。引きずり男さ……。
夏の塾はガラガラだ。
また冬になるにつれて、教室は制服を着た受験生でいっぱいになっていくのだろう。
塾を出て昼食を買い、一人で歩道橋のベンチに座ろうとした時だ。
「受け止めてね」
どこからか……マニの声が聞こえてきた気がした。
幻聴が聞こえたのか!
マニのことばかり考えていたのは事実なのだが――。
慌てて振り向くと、目の前の空間から歪んだベテルギウスのような影が急に大きくなり、物凄い速度で接近し――!
よけられるわけもなく突然それにぶつかって倒れた!
歪んだ空間は瞬時に跡形もなくもとの空間へと戻った。
いったい僕は、何にぶつかったんだ――?
「いててて~、銀河系の移動速度を計算したけど、やっぱり他の干渉を大きく受けているのね。でもおおむね成功」
ぶつかったものに――目を疑った。
マニが……いる?
地球では類を見ない派手な白いレースクイーンのような服装で。
え? ぶつかった? なんで?
マニに?
触れることのできる、この実空間にマニが――。
「――マ、マニ!」
「俊!」
思わず抱きしめて、
――人目も気にせずキスをした。
文化の違いを理解している余裕なんてなかったんだ。マニは目を見張って思いっきりビックリし――、
そして……、
「出会って5秒で接吻されてしまうなんて――野蛮だわ――」
――マジでドン引きしている!
が、その瞳からは無数の煌きがこぼれた。
「え――! あ、ごめん。つい――っていうか、どうして? っていうか」
混乱していた。
視界が滲んで見えにくくなる。涙で見えないのだが、急いで手を取り合ってお互いの温もりと存在を確認し合った。
夢じゃない。これは……これが夢じゃない?
「つながっていた異次元の場所を正確に解析して、そこを通じて物を移動させる研究が急ピッチで進んだの。これもあなたのおかげなのよ」
「どうしてそれが僕のおかげなんだよ!」
そんな技術、地球にはない。
「言わなかったっけ? 俊の涙が届いたって……。つながった異次元からは、音声、意識、そして涙が届くってことは、物質を移動させることもできるってあかしだったのよ」
ハッキリ覚えていた――。
あの時、マニが――僕の涙が届いた――って言ったことを。
「あなたは言ったわ。奇跡は起こるって」
――!
「奇跡だ。こんなに起こり過ぎたら……奇跡じゃなくなる!」
物質を移動する技術――地球では想像すらできない!
「――? じゃ、じゃあ、もしかしてナガツキの人は次々と地球に移動してくることができるの?」
外国人が大勢来る観光スポットのようになってしまわないか? ……地球が。
それはそれで色々な問題が発生するかも知れない。
……僕は……神経質なんだ。
少し笑われた。
「来れるわけないじゃない。だって、もうつながっていた異次元が、ここと……ここに来てしまったんだから」
マニは自分の右目と僕の右頬を優しく触りながら言う。
――!
ナガツキの住人が楽観的だってことを忘れていた!
「ここと、ここに異次元がある? ってことは――マニは帰れないんじゃないか!」
来ることはできたけど、戻ることはできない?
――帰れない! これは夢じゃないんだぞ!
「帰らない!」
ええ――!
帰れないから、帰らない? ……それでいいのか……マニは?
「あなたは人生で一番大事な時間を私に……私達にささげてくれた! だから私も私達全員も、人生をあなたにささげたい。あなたのためになら、私は何だってできるの!」
もう一度しっかり抱きしめた。
「マニ……ごめんよ。僕のせいで、君にばかり辛い思いをさせてしまっているのに!」
僕のせいなのに……!
「何言っているのよ……俊は、私にとっても、私達にとっても、正真正銘の神様なのよ。あなたがいなければ私達は生きていくことさえできなかったんだから」
「神様って言葉は……そんなふうに使わないって……」
僕はただ夢を見て……、
夢を信じていただけなんだ――。
そんな大それたものじゃないんだ。
ずっと抱きしめていた。
澄み切った青空が広がる地球の空の下で、愛するマニをずっと抱きしめていた。
マニの声を初めて聞いたけど……。
日本語、上手じゃないか。
それとも……この距離でもテレパシーが使えるのだろうか?
平岡俊は夢見る受験生だった。
受験戦争には敗れたが……夢はつかめました。