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別れ

平岡俊ひらおかしゅんは夢見る受験生!

 マニの声が……最期の声が聞こえて、俊は塾を飛び出しオリオン座を見上げる。

 別れ


 マニの声が塾の途中で急に聞こえた。

 か弱い声だったが、部屋が静かだったから聞き逃さなかった!


『……しゅん……俊、き、こえる?』


「――マニー!」

 大声を出して立ち上がると、他の塾生と講師が一斉に僕の方を向いた。

「……おい俊。――ビックリするじゃないか」

 慌てて振り返る博也は、驚きの表情を隠しきれていない。だがそんなこと気にすらしない。

「マニ! 聞こえるか! 聞こえるか!」

 一生懸命マニの声に集中し、机をかき分けるように走って部屋を出た。


 マニの声が聞こえなくなった!

 ここじゃ駄目なんだ――! 


 急いで階段を降りて、塾を飛び出す。

 ビルとビルの間からオリオン座が見える大きな歩道橋の上へと移動した。何がそうさせたかわからないが、その方が声が通じると思ったからだ。


 大きな道路の歩道橋の上。オリオン座がその姿を全て現した。


 それと同時くらいに、またかすかに声が聞こえた。

『……これが恐らく最後の会話……。充電が切れて……私がこのまま深い眠りにつけば……永遠に……お別れ……』


 聞こえにくい――! 車の音のせいではなく、つながりにくいんだ!

 どうすればいいんだ?

「マニ! マニ! 寝たら駄目だ! 起きるんだ!」

 歩道橋の手すりには降り始めた奇麗な雪が積もっていた。


 ――これだ! 

 雪を握りしめ、右目に強く擦り付ける。


 少しでもマニの温度に合わせなくては――!


『……宇宙から。でも……、ありがとう……』

 また聞こえ出した!

 空を見上げる。マニがいるオリオン座の方向を仰ぎ見る――。

「ベテルギウスは――まだ赤く輝いているぞ!」

 昨日と同じように、何も変わっていない!


 エネルギーパネルは充電できるし、惑星サツキが遮らないのなら、今でも暖かい光が届いているはずじゃないか!


『……だから、それは……640年前の光が……地球に……届いてるからよ。……あなたの星でベテルギウスが消えるの……は、今から640年後……』


 絶望の……、絶望が……一すじ頬を伝い落ちた…… 


『私が眠ったら……、俊はちゃんと――夢から覚めないといけないんだぞ……。がんばって大学に……行くんだぞ』

 どんどん声が小さくなっていく――凍えるような細い声になっていく!

「寝ちゃだめだ! このまま、このままずっと話していたらいいから、絶対に寝ちゃだめだ!」


『――あ、涙が届いたよ……』


 ――こんな時に!


「こんな時に、何言ってんだよ! ……君が泣いてるだけだろ!」

 ナガツキの人は――、マニは楽観的だ――。


 楽観的過ぎるよ――!


『ううん。そうじゃないの……私の右目は涙なんて出ないもの。……奇跡って、あるのね……素敵……』

「マニ! マニ! 答えてくれ――」

 雪を目に擦り付けるが、もう声が聞こえてこない――!


 ――つながらない!


「――う、うわあああ!」

 膝から崩れるように座り込み、大声を上げた。

 歩道橋に額を何度もぶつける! 


 つながらいない不安と恐怖――。

 マニと――切れてしまった――!


「う、嘘だろ! 冗談だろ! マニ! マニ――!」

 どうしたらいいんだ! どうしたらいいんだ――!

 

 オリオン座がちょうど真上に見える……。歩道橋の下には絶えず車が走っている……。

 ガソリンを燃やし排気ガスを吹き出して凄い速さで何台もの車が走り続ける――。


 ――車道に飛び込んで、今すぐに死んでしまいたい――!

 ――死んで星になったら、――マニに会えるではないか――!


 ここで泣いていたって……マニには絶対に会えない!

 640光年もの距離が離れているのだ。

 ……でもマニと話は今までできていた! 僕とマニはつながっていたんだ! まだかすかに、つながっているはずだ!


 奇跡は起こるんじゃない。

 ――起こすんだ!


 歩道橋の手すりを両手で掴むと、一気に引き寄せて飛び降りる。

 一瞬の迷いも、恐怖もなかった。


 マニ!

 今から僕が、――会いに行くからね――!


「――馬鹿野郎! よせ! 何を考えてんだよ!」


 体が手摺を飛び越えられずに、歩道橋に引きずり落とされた!

「誰だ、邪魔するな! マニが待ってるんだ!」

 突然邪魔をするその男が、博也だと気付きもしなかった。もう、飛び降りるのに必死だった。


 邪魔な手を振りほどいて、もう一度飛び降りようとするが――、

 ――クソッ! なんて馬鹿力だ。

 とてつもない力がそれをさせてくれない!


 目の前に顔があらわれて、その邪魔をする力が博也のものだと気付いた。

 もう、息があがって、博也の力に対抗しても、どうにもできなかったのが悔しくてたまらない!

「俊! 俊! よく聞け! お前が死んでもどうにもならないだろ!」

 太い腕が両肩を鷲掴みにしてそう叫ぶ。

「マニは――、マニは僕が殺してしまった――! 本当なら、もう少し長く生きていけたんだ。それなのに僕が余計なことを言ってしまった。それで死なせてしまったんだ――!」


 大好きだった。 

 愛していた。

 なのに――、それなのに、僕は、ただの思いつきでマニを、マニ達を全員、



 ――殺してしまったんだ――!

 ――遠い星の大勢の人を……死なせてしまったんだ――!



「夢と現実を一緒にするんじゃねえよ! お前、本当に起きてんのか――!」

 肩をガクガク乱暴に揺さぶる。

 起きてるに決まってるだろ――!

「夢なんかじゃない! 受験なんかどうでもいいんだ! 死んでマニのところへ行くんだ! 放せバカ野郎!」

「千絵は楽しみにしてたんだぞ。お前との卒業旅行を。それをお前の夢話なんかでめちゃくちゃにする気か!」


 卒業旅行――だと? 


「もう一回言ってみろ――! マニが死んでしまったのに、――卒業旅行だと!」

 

 博也の気は確かか――?

 マニが死んでしまったっていうのに――、

 大学に合格して、僕達は喜んで卒業旅行に行くだと――!


 僕だけが浮かれて――卒業旅行だと――!

  

「――もう限界だ! お前なんかとは絶交だ! さっさと手を放せ!」

「放すか!」

 

 ――頬を鈍い音と衝撃が走った!

 博也がグーで思いっきり頬を殴った!


 高ぶっていた感情に、それを凌駕する痛覚が走ると、初めて博也の目を見た。

 その目から涙が流れていた――。


 お前なんか……、

 ――何も知らないくせに、何で泣いてやがるんだと怒鳴りたくなった。


「俊! お前は生きているんだろ。マニとかいう女だって、――お前が死んで満足するのかよ!」

 

 ――!


「もしお前が死んで喜ぶようなやつなら、そんなやつ人間じゃない。悪霊だ!

 ――どっちなんだよ!」


 口の中は血の味がした。

 博也のやつ、手加減を知らない。

 歯を食いしばって、辛いことを思い出す……。


「マニは……、僕が寝不足のことをいつも心配してくれていた……。


 受験勉強もしっかりやりなさいと、偉っそうに親みたいなことまで言っていた――。


 私のことを少しでも覚えていてほしいと言っていた。


 ……私が眠ったら、……僕に夢から覚めて、大学に行くんだぞって言って……」


 悔しくて目を閉じると、冷たい涙が一気に溢れ出し、それを博也に見られるのがたまらなく嫌だった。

 マニは最初に言っていた。


 ――私達の存在を誰かに知ってもらい、覚えてもらいたかった――と。


 だから僕に裸まで見せて、眼を手術して、そして、できるだけ長く生きのびろと言う僕の声に耳を傾けたんだ。

 ――でも、そのせいで、自分達の未来に終止符を打ってしまった。


「だったらマニは、お前が死ぬことなんて少しも望んでいなかったじゃないか。お前のこれからのことを考えていてくれたんじゃないか!」

 

 ……ああ、そうだ。マニは僕が死ぬことを望んでなどいなかった……。


「俺とお前は友達だろ。俺は千絵が好きだが、千絵はお前のことが好きだ。でもお前が千絵のことを好きじゃないのも分かってた。……でも、そんなことよりも、俺達はずっと前からの友達だっただろ? 夢の話よりも俺達の話を信じろよ」


「……ああ」


「じゃあ立てよ。もう死のうなんて馬鹿な考えを起こすな。今は自分がやらないといけないことを考えろ。死んだら何にもならないだろうが!」


 博也の言う通りだ。


 ――死んだらなんにもならない。

 惑星ナガツキの人達と同じ……だ。


「そうだった。――僕にはやらないといけないことが、まだ残っていた」

 塾には戻らない。

 博也の肩を押してフラフラと歩きだす。

「どこへ行く気だ! 聞こえてたのか!」

「ああ。もう死のうなんて思わないから、心配せずに塾に戻れ」

 偉そうにそう言って、自転車で家へと帰った。


 ――そうだ、僕がやらないといけないことがあった。やり遂げないといけないことが!


 マニの話を伝えなくてはいけなかったんだ。


 640年後、ベテルギウスが消えてなくなる日のことを予言し――、世界に知らしめる。それがマニとの最初の約束だった。


 他の星に人間がいたことを――。

 その中にホワニタマニという上から目線の美しい女性がいたことを!

 惑星ナガツキの人は、何とか生きていくために必死だったことを。

 一人でも多くの人に、知ってもらえるように……。


 家に帰ると、自分の部屋に入り、パソコンの電源を入れた。

 文章作成アプリを立ち上げ、キーボードを叩く。

 

 ――マニは僕達を、ロマンチストと言ってバカにしていたのに、まさか自分達が地球で物語として生き続けると知ったら、呆れるだろうか?


 ――一字一句を、忘れてしまう前に、今の――この思いと、――マニの言葉を全て……。

 

 キーボードに……しずくが落ちる。

 濡れてしまったら壊れてしまうんじゃないかと不安になるが、こぼれる涙を抑えきれない――。


 ――最後の言葉とお風呂しか思い出せない。

 ――自分の記憶の曖昧さに苛立ちが湧き上がる。


 マニ……! 


 ごめん……


 僕にこんなことしかできなくて、


 ほんとうに、ごめん……


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