地球デート
平岡俊は夢見る受験生!
俊は自分に何ができるのかを考え、図書館へと足を運んだ。
夢の中で惑星ナガツキの星空をマニに見上げてもらい、ナガツキに昇る歪んだ恒星がオリオン座のベテルギウスだと気付く。
地球デート
僕は地球にいる――。
毎日のように受験のためだけの勉強をしている。
でも意識は地球にはない。いつもマニのことだけを考えていた。
「あら? 塾はお昼からでしょ。もう出かけるの?」
三が日が終わり、今日からまた塾通いの冬休みが始まる。
珍しく早起きしてきた僕が着替えるのを見て母が驚いているようだ。
「今日は図書館で勉強してから直接塾に行くよ」
「偉い! 頑張ってね」
嬉しそうな顔をしてそう言うと、昼食代と言って千円札を手渡してくれた。
「あなたも少しは見習ったら? 何かすることくらいないの?」
「ああ。お年玉くれたらパチンコでもしてくるけど」
新聞からわざと目を離さずに父がぼそっと言う。
「そんな余裕あるわけないでしょ! それより早くパジャマ脱いでよ」
声が少し大きくなっている。
「なんだなんだ? 息子の前で――そんなにあせるなよ」
「洗濯するから脱いでって言ってるだけでしょ! 何日同じパジャマ着たら気が済むのよ。昼も夜も同じ格好でゴロゴロして。首筋の汚れが取れなくなるでしょうが!」
いつものようなやりとり。聞いていて嫌になる。
玄関を出て、エレベーターへ向かった。
受験勉強で図書館なんて利用したことがなかったのだが、同年代の男女が大勢いた。
おおよそは……家の方がうるさくて勉強に集中できない奴らが来ているんだろう。
勉強しろ勉強しろと言われ続けて勉強に身が入らないのではないだろうか。
受験勉強とは無関係の本棚へと足を進めた。
宇宙の図書を片っ端から調べる……。しかし、たかだか高校まで学校で習った程度の知識。手は図鑑くらいにしか止まらなかった。
膨張を続けた恒星は、最終的に超新星爆発を起こし、中性子星かブラックホールに姿を変えるらしい。
学校で習ったことを今更になって復習しているだけのような時間が過ぎていく。
マニの恒星は色が変色して歪んでいた……。
超新星爆発の前触れなのかもしれない。
10年で飲み込まれると言っていた。
地球よりも宇宙技術は優れているから間違いはないのだろう。
――だったら、僕が恒星のことをあれこれ調べて、一体何の手がかりになるんだ。
時間の無駄ではないだろうか……。
ページをめくっていくと、星座の描かれたところで手が止まった。
「夜の星座。星空か……」
惑星ナガツキの大きな恒星は見た――。でも、夜空は見たことがない。
もしかすると一つぐらい同じ星座が見えるのかもしれない。
天文学的な知識があれば、ナガツキから見える星座の位置や角度を計算し、地球からナガツキまでの方向や距離が分かるのかもしれないが、そんな知識のかけらもない僕が見ても何の意味があるのだろうか。
ただ、……今日は、夜空を見せてもらおう。
夜景や星空を一緒に見るのも……十分楽しいじゃないか。
図鑑を閉じて、借りようと思ったときだ――、
「こ、これは!」
表紙の「宇宙」に平仮名でルビがうってある!
小学生用の図鑑じゃないか!
顔が赤くなった。まさかこれを借りて帰れない――!
仕方がない。星空を見て覚えて、起きてからネットで調べるか……。
「あけましておめでとう。今年もよろしくね」
「おめでとう」
「ああ、おめでとう」
久しぶりというほどでもないが、塾で二人と新年の挨拶をかわした。
「あ~あ、さっさと受験が終わって、本当のおめでとうを言いたいよなあ」
「そうよ。絶対に合格して、羽目を外しまくってやるんだから!」
一体、千絵は何の羽目を外すというのだ?
「でも退学になるようなことはするなよ。酒飲んで、自動販売機の横で寝るとか」
「――それは、退学うんぬんよりも、生死を分ける危険があるぞ。寒波が来てるから、自動販売機の横でも凍死してしまう」
ワナワナしているのが――見ていておかしい。
あの一件以来、千絵には酒乱のレッテルがペタリと貼られていた。
酒を飲んで暴れたのではなく、眠ってしまったからそのせいで千絵の父親と博也が喧嘩しただけなのに。
「千絵は卒業まで禁酒だな」
「ああ。周りにも被害が及ぶからなあ」
「ちょっと、何言ってるのよ! あの時は無理やり二人が私にお酒を飲ませたんじゃないの!」
塾の階段は狭く、千絵のステンの水筒をかわすことはできない。
「いてっ、ごめん! 冗談だって」
「いや、俺達が謝るのはおかしいだろう。いてっ! だいたい……無理やりお酒を飲ましたのは、むしろ千絵のほうだろ!」
声もよく響く。
「男子が二人してか弱い女性にお酒飲まして。酔ったところでお尻触って、ああ~もう考えられない!」
――何か、凄い被害妄想に真実がねじ曲げられている?
誰かに聞かれたら、僕たち二人の人格が問われかねない!
「とにかくごめん。謝るからやめてくれよ」
「不本意ながら謝るから。ごめん。大声でデマを広めないでくれ!」
一通り叩くと、千絵もストレス発散できたのだろう。ニコッと笑顔で、
「いい一年にしましょうね。じゃ」
……だって。
短いヒラヒラしたスカートをひるがえして、特進の部屋へ入って行った。
「今年は、まじで頑張るか」
博也がそう呟くのが聞こえた。
「ああ」
相づちだけは……うった。
博也達と話している時は、一瞬でもマニのことを忘れられた――。
マニのこと考えて図書館へ行ったというのに……所詮は他人事……なのか?
僕にはあまりにも重い真実。
逃げ出したい事実。
現にナガツキの人達はもう、諦めているじゃないか――。
塾でもマニのことを考えていて気付いた。
このまま大学に落ちて、マニも救えなかったら僕は――、
自分がやってきたことが正しかったと思えるのだろうか。
昨日、あれから泣いた。マニも泣いていたんだと思う。
疲れるぐらい泣いて気付いたんだ。――泣いているだけではマニは救えない。
マニが救えなければ、僕だって救われない。
だから決めた。――行動を起こさなければいけないと!
夜空を見上げると、奇麗な星空が浮かんでいた。
澄みきった空気。空を埋め尽くすような奇麗な星空。いつもの星座が、ところどころ歯抜けのように見える。
『星座って何? 理解できなかったんだけど』
「え? ああ、昔の人が星と星を線で結んで何かの形にして物語や神話を作ったのさ」
マニの部屋から夜空を見上げていた。
マニの部屋は四角い大きなビルの最上階にあり、大きなベランダまであった。お風呂上りに湯涼みでベランダに出てもらったのだ。
周りのビルや道の照明はまだ9時なのに、ほとんど消えており、星空が東京の空以上に輝いている。
『物語って、空想の話のこと?』
「ああ。地球では昔からあったのさ。マニの星にもあっただろ」
『あったかもしれないけど、大昔だけね。現実に必要な意味が見いだせないわ。星と星を線でつないでって、何万光年もの距離があるんじゃないの』
うーん……。
あんまり伝わっていないようでもどかしい。
星空を全方角見てもらうと、一つの疑問が浮かんだ。
歯抜けはあるとしても、なぜ星座が同じなんだ?
僕が未来に来たんじゃないかと聞いたら、マニは夢物語と簡単に否定した。
星の位置が地球で見る星空と同じに見える。
『星座って簡単に言うけど、近い星と遠い星をまとめて二次元で見ているんでしょ。ナガツキと地球がら遠すぎる星は一緒に見えるだろうし、近い星は見えなくなっているんじゃないの?』
手がかりなしか……んん?
オリオン座の右肩……ひときわ目立つ赤色の星が見当たらない。
あの星は確か、赤色超巨星で太陽と比べものにならないくらい大きく……膨張を続け、いま、まさに変形を始めていると――テレビの特集で見た覚えがあった。
ナガツキの大き過ぎる変形した恒星――ベテルギウスなのか!
『地球では私達の恒星をベテルギウスって呼んでいるのね』
「うん。多分そうだ。僕が太陽の次に名前を覚えた恒星だ。大好きな星座の、一番大好きな星だ」
他の星座、他の星の名前なんて覚えていない。でも、太陽より大きい星だと小さい頃、親父から教えてもらったことを今でもはっきり覚えている。
「マニの星から太陽は見えるの?」
『太陽? 私達は星に名前なんかつけないわ。番号で呼んでいるもの。でも、距離さえ正確に分かれば、どの星かは分かると思うわ』
「そうか」
明日、また図書館にでも行こうか。
『それよりもさあ。地球も夜空は暗くて星が輝いて見えるの?』
小さな四角い手鏡を覗き込んで、顔を見せて尋ねてくる。
「ああ。僕が住んでいるところは、こんなに奇麗に星空は見えないけど、昼間と違って夜空は地球と全く同じだ」
奇麗でロマンチックな星空だ。
二人で肩を並べて見ることができたら、どれだけ幸せだろうか。
『あーあ、せめて私も一目でいいから地球が見たいなあ。何かいい方法ないかなあ?』
「え? うーん」
僕が起きていてマニが眠っていても、つながったことは一度もない。
偶然に一度くらいならあってもよさそうなものなのに。見たことないと言っている。
目の温度が違うから仕方がないことなのかも知れない……?
「『あ! それだ!』」
二人して気付いた。
『私が寝る時に、義眼の電源を切っているからだわ』
「そうだよ、きっとそうだ。いつも僕が眠る妨げにならないようにって、マニは電源切ってくれてるからなあ」
あまりにも初歩的なミスに、二人で笑った。
でも義眼の電源って、入れたままでも眠れるんだろうか……?
コタツが温かいのとはわけが違うだろう。
『やってみるわ。目が熱くて気になって眠れないかもしれないけど。それでも我慢していればいつかは寝れると思う』
「わかった。でも無理するなよ。寝不足は体調崩す原因になるからな」
『あはは。俊に言われるなんて思ってもみなかったわ。俊こそ早く寝なさいよ。明日も受験勉強ってのをやらないといけないんでしょ』
やれやれ、寝ても覚めても勉強、勉強って……親みたいなことを言いやがる。
――自分の星の現状を……本当に理解しているのか?
『私達は私達の運命よ。でも、俊には俊の人生があるんだから、まずはそれを大切にしないといけないでしょ。それじゃ、おやすみ』
「ああー、だからちょっと待ってって!」
『明日、つながったらいいね』
マニが見上げていた星空が、すうっと暗くなっていく……。
地球でデートできたら、いいなあ。
マニだって、驚くことがたくさんあるはずだ……。
図書館でべテルギウスについて調べていた時、――それは突然来た。
『――あ、すごい! ほんとうに見える!』
背後から突然声を掛けられたような錯覚――!
「うおわあ、マニか!」
たまらず驚いて大声を上げたため、周り全ての視線を一人占めしてしまった。
慌てて図鑑を持って本棚に逃げ込む。
『あー楽しい! こんな風に見えてたんだ』
「喜んでもらえて光栄なんだけど――、僕は独り言を喋る怪しい男に早変わりだよ」
マニは声に出さずにいつも喋れていた気がする。あれがテレパシーだったんだ。
――ということは、今も僕の考えがマニには伝わっているのか?
マニ? どうだ? 聞こえるか?
『ちょっと、もったいぶらずに早く見せてよ』
ん? 何を見せろって?
どうやら考えるだけでは聞こえていないようだ。
「聞こえる?」
声に出して聞く。前にもこんな風に問いかけたのを思い出していた。あの時は返事は帰ってこなかったが……。
『うん、ハッキリ聞こえているわ』
「そうか。でも、僕が声を出さないと聞こえないようだな」
つまり……こんな静かな図書館にいるわけにはいかないか……。
カバンを持つと、図書館を出た。
「驚くなよー、地球へようこそ!」
青い空には、太陽が光輝いている。
『うへっ、空が青いなんて絶対に嘘だと思ってたのに! 気持ち悪い。世界の終わりみたい』
うへって何だよ!
「ひどいなあ。せっかくの快晴なのに。この清々しさが分からないなんて――」
『文明の違いよ』
「――そうだな。それより、何が見たい? ベテルギウスのことが書かれた本とか、宇宙の情報誌とか、少しでも役に立つものが見つかるといいんだけど」
マニは少し黙っていた。
「あれ? 驚いて起きた? マニ? 聞こえてるか?」
『……顔』
「へ?」
顔が、どうしたって?
『俊の顔が……一番見たい……』
顔が赤くなっていくのがバレないでほしいと祈った。
「な、何言ってるんだよ。そんなもんより、ほら、何か助かる手掛かりを探すんだろ」
『……ダメ?』
……ダメと言いたかった。マニに比べたら、僕なんか――見劣りしてしまう。
顔を見られて嫌いになったら、この先マニと話もできないような恐怖がよぎったんだ……。
「もう少し……待ってくれないか?」
『……わかった』
マニは全て見せてくれたのに……。
「僕は……臆病者なんだ……」
『ううん。違うよ。ナガツキの人が楽観的過ぎるだけなんだよ。じゃ、ベテルギウスのことを教えて』
「あ、ああ」
また図書館に戻った。
「ここはあまり声を出せないから、小声で頼むぞ」
『わかった』
小さく聞こえる。図鑑を開いてベテルギウスの距離や大きさの比較された図を見せる。
ページをめくっていき、星の一生や、星座の図を見せる。
『これが星座ってやつね』
返事をして解説したいところだか、おおきく一度だけうなずいて答える。
人がいない本棚のところに移動して、小さな声で聞いた。
「何か見たい本があれば言って」
『うーん。言葉は通じるけど、字は読めないからなあ。俊達もテレパシーで会話してるの?』
「してないよ。できないんだって」
前に言わなかった?
『だって、あんなにたくさんの人がいて、ぜんぜん、声を出して話なんかしてないんだもん』
「ここが図書館といって、……本を読むところだからだよ。うるさいと他の人に迷惑になるだろ?」
『うーん。本っているの? スマホって情報端末なんでしょ。なんで図書館が入ってないのよ』
なんか、――鋭い。
答えがすぐに見つからない。
「えーと、スマホをみんな持ってるわけじゃないんだ。お年寄りとか、子供とか、使い方が分からない人だっているのさ」
自分の答えに全く自信が持てない。
『なるほど』
それなのに納得してくれて――助かる。
『じゃあここにいるみんなは、年寄りか子供で、スマホ持ってないのね』
ほとんど受験生……。
ほとんどみんな持っているとは……言えなかった。
図書館をあとにした時、お昼を少し回っていた。
「塾までに昼御飯食べるけど、何がいい?」
『いつも俊が食べてるものが見たい』
「じゃあ、コンビニかな」
ラーメンや牛丼とかも考えたが、店の中だと話しながら食べられない。
弁当でも買って、どこかのベンチで食べるとするか。
せっかくのマニと地球デート! 楽しまなくては!
コンビニの弁当やパンが並んでいだけなのに――、マニったら大はしゃぎだ。
『こんなに色々なものを選んで食べられるの! 贅沢! バランスは? カロリーは? 生命への影響は?』
「あんまり考えてないんだよ、地球人は。だから太ったり、成人病が流行ったりしてるんだ」
『凄い野蛮ね。健康や長生きよりも、食べたい要求を自由に叶えるなんて。羨ましい!』
「どっちだよ」
適当にオニギリとサンドイッチとコーヒーを買う。
『食べ過ぎじゃない?』
「これから塾が終わるまで何も食べられないから、食い溜めしとくのさ」
レジで支払い、塾の近くの大きな歩道橋へ上がった。
この辺りで一番大きな歩道橋。植物が植えてあり、小さな公園のようだ。
車の音はうるさいが、独り言がバレにくいだろう。車が行き来するのが見えるベンチに座った。
『あれが車ね』
「そう。早いだろ」
ナガツキにはこんな乗り物が全くなかった。驚いてなければいいが。
『早くない。ナガツキにだって昔は似たものがあった。今は島が沈んで利用価値がないから作らないだけよ。それに、物資を移動するのにエネルギーじゃなくて資源なんか使っていたら、地球もいずれはナガツキと同じ道を辿るわ』
「ふーん」
オニギリにかぶりつく。
『あ! 他人事だと思ってるでしょ! 私達は何万年もの歴史を持ってるのよ! 今がよくても、一万年後のことまで考えたら、今みたいな生活はできないんだから』
「ごめん、わかったよ。マニの言うとおりさ。地球人はまだまだ発展途上なんだよ。ナガツキには敵わない」
人類の危機なんてものを感じたことがないんだ。
おにぎりをやっつけ、サンドイッチを食べようとしたとき。
「俊、誰と話していたの?」
「え? 誰って……」
マニに決まってるだろと言おうとした声を――慌てて飲み込んだ。
「ち、千絵!」
ベンチの後ろ側からの不意打ちに、ビクッと驚いた。
「今、誰かと喋っていなかった?」
「え、あ、ああ。……電話していたんだよ」
慌てポケットからスマホを出して見せる。
『なかなか可愛じゃない。千絵ちゃん』
ちょっと今は黙っていてほしいんだけどなあ――。
「誰と電話してたの? マニって彼女?」
――!
心臓を口から吐き出してしまうかと思った――。
なんで、女の子ってこんなに鋭いんだ――?
『千絵ちゃん鋭い! 正解!』
「誰だよそれ、電話は――博也だよ」
『誰だよって酷い! マニのこと、好きを通り越して愛してるって言ったのに!』
だから、今は喋りかけないで!
――んん?
ちょっとまて……そんなこと僕は言ったっけ?
「図書館で急に大きな声が聞こえたから、まさかと思ってみたら、俊君だったからビックリしたわ。それで、ついてきちゃった」
「なんだ、そういうことか」
『大声で、「うおわあ、マニか~」って言ったよ。名前叫んでいたよ』
「――え! マジか!」
千絵がキョトンと見つめる。やばい――、会話が成り立たない。
僕は聖徳太子じゃないんだ。同時に二人の女子と話したりできるはずがない――。
気のせいか……、クスクス聞こえるのが、なんかハラ立つ。
「卒業旅行の予約、早割でもうしたからね!」
目を輝かせて嬉しそうに言った。
「――ちょっと気が早くないか?」
「絶対合格できるでしょ」
『卒業旅行って何よ』
……やばい。今、この話題をされるのは、なんか……ヤバい。
「でも、もう予約が一杯で、部屋が一つしか取れなかったの。でもその代わりに安いからいいでしょ。博也君もそれでいいって」
「ええっ! 一部屋?」
『ええー? 一部屋?』
顔を少し赤くしている。
「せめてもう一部屋取れなかったのか?」
「う……うん。春の沖縄、凄い人気だから。……駄目?」
博也もいいって言ってるなら、――駄目とは言えないだろ……。
マニが黙りこんでいるのが、今は――すごく気になる――。
「……いいよ」
答えてしまった。
せっかく楽しみにしている千絵を……がっかりさせたくなかったからだ。駄目だと言えなかった……。
「やった! じゃ、先に塾に行くね」
二人で一緒に塾まで行くところを、博也に遠慮したんだと思う。
『俊は千絵を愛してるの?』
――ドキっとした。ストレートで核心を突いてくる。
「いや、愛してはいない」
本心だ。
言葉だけだと信じてもらえないかもしれないが。
『じゃあ、なんで旅行に行くの? なんで平気なの』
「地球人は……平気なのさ」
愛し合ってなくても、一緒に一つの部屋で……寝れるのさ。いや、寝れないのかも知れないが……。
『野蛮。千絵ちゃん、可愛いのにやろうとしていることが、野蛮』
「千絵のこと、悪く言うなよ。地球人は野蛮なんだよ」
同じ人間だったとしても、文化や進化で色々違うところはあるのさ。
……んん?
「もしかして、妬いてる?」
マニに遠慮することなんてない。こっちだってストレートに聞いてやる。
『や、や、妬いてるですって! そ、そんなわけないじゃない!』
……妬いていたのか。
マニは、見かけは美人で上から目線なくせに、……ピュアだなあ。
「改めて好きになっちゃうよ」
『野蛮! ばか! そんなことより、塾が始まるんでしょ、それまでに、顔を見せなさいよ! 千絵ちゃんに似合ういい男かどうか、私が決めてあげるから』
「……そうだな。僕だけ見せないのも、卑怯だからな」
もう決心はついていた。
塾でトイレを済ませると、手洗い場の大きな鏡を覗き込んで、マニに顔を見せた。
『うん、あなたに千絵ちゃんは似合わない。千絵ちゃんがもったいない』
……公正な評価なんだろうな。
ナガツキの男は、マニと同じように美男子揃いなのかもしれないのだが――。
『私がお似合い』
「……はいはい。ありがとう」
不思議と……そう言うと思っていた。
――顔を見せたくらいで、マニが僕のことを嫌いになるわけがない。
どこから湧いてくる自信か分からないけど、マニはそんな女の子じゃない。
何を心配していたのやら……。
『それと……』
「どうした?」
鏡を覗き込んだまま問いかける。
『――トイレする時くらい、目を閉じてよ! 私は寝てるんだから、目を閉じられないのくらい、わかるでしょうが!』
もの凄い大声で聞こえた。
鏡に映る僕の顔も急に赤くなった――!
「し、しょうがないだろ! 見ないと失敗するかもしれないだろ!」
『もう、バカ! 初めて見た! バカバカ! 野蛮! 信じられない。泣きそう!』
「大袈裟だなあ」
でも……本当にしばらく声が聞こえなかった。
すん、すん、と……本当に聞こえてきた……。
『答えは4ね』
数学は問題を見ていると、マニが面白がって答えを言ってきた。
問題を見て一瞬で答えを言う。そして、答えも合っている。字は読めないって言ってたのに、数字は、もう覚えたのか?
――まじか。
――苦手な数学がこんなにスラスラできれば、狙っている大学も余裕かもしれない。
『パズルみたいなもんね。次はルート2よ』
図形の問題なんて、やったことでもあるのだろうか?
マニの星にも同じような数学問題があったのだろうか。
とりあえず、今日の塾は楽勝で終われるんじゃないかと思った時だ、
『あ、あ、もう限界。またね』
急にそんな声が聞こえてきたかと思うと、マニの声が小さくなっていく――。
「あ、マニ! せめて、もう一問だけ!」
全く声が聞こえなくなった。
起きたのか? 熟睡してしまったか……。
残された数学の問題は自力で解くしかなかった。
半分も正解していなかった……。
「旅行、一部屋しか取れなかったらしいなあ」
休憩時間に博也と話していた。
「ああ。何か期待しちゃうよな」
――こいつは駄目だ。
博也は性欲丸出しの……まるで狼だ。
「でも、まさか俊が一部屋の方が安いからそうしろなんて千絵に進言するとは……。お前、性欲の丸出しだな。狼じゃねーのか」
――! 思わず回していたペンが指先を離れ、机の下にまで飛び去った。
「何だって? 僕はそんなこと言ってないぞ」
「はあ? 千絵がそう言ってたぞ」
二人して見つめ合う。男同士。その距離は少し誤解を招く距離だったかも知れない。
「また、――やられたな」
「ああ。別にいいといえば、いいんだが……」
何も間違いが起こったりはしないだろう。
「それより、お前――、彼女できたなら、ちゃんと言えよ」
「だから、できてないって」
前にその話は決着がついているんじゃなかったのかと念を押して言いたかった。
「塾にくるちょっと前に、千絵が『俊から電話あった?』って凄い形相で聞いてくるから、あ、あった。『一部屋ラッキー』てはしゃいでたと誤魔化したけど、千絵は鋭いから気をつけろよ」
「えっ、ああ……」
本当に気をつけないといけない。
その日の夜は、マニと地球の話で盛り上がっていた。
地球の恋愛、地球の男女のことに興味を持ってしまったみたいで……。
『聞いてたのと全然違う。千絵ちゃんすごく可愛いじゃない』
「小学校から一緒だったんだ」
幼馴染みを好きになる話はよく聞くが、僕にそれはない。
僕の身長が170センチを超えるまで、見向きもされなかった。それに中学の時は、博也のほうが背が高く、千絵は博也に好意を寄せていたのも知っている。
幼馴染と……卒業旅行で一つの部屋?
何を期待しているか知らないけど、逆に引いてしまうよ。
『俊は千絵ちゃんのことを、どう思っているの?』
「……内緒だ」
どうせテレパシーでバレてしまっているのだろう。
ベテルギウスの話はそっちのけで……そんな話なんかに夢中になるマニが……、
星は違えど、やっぱり女子なんだなあ~と感じた。