前編
広い広い森の中に、小さな人が住んでいます。木の根っこをよおく見てみると、今日も小さな人が椅子に座って日向ぼっこをしています。
「ただいま、ママ!」
「おかえりパコ」
娘のパコが学校から帰ってきたのを、お母さんのパティは編み物をしていた手を止めて、微笑んで迎えました。
「ママ、あのね。明日、どんぐりのお祭よ。ねえ、行っても良い?行っても良い?」
お日様の匂いのするお母さんの膝に頬を乗せながら、パコはおねだりをしました。
「ええ、勿論。行ってらっしゃいな」
「ママも行こう?」
パコがお母さんの顔を覗き込みながらそう言うと、お母さんは優しく微笑んで言いました。
「まあ、パコ。お母さんは無理よ。お母さんの足じゃ小鳥に乗れないもの」
「パコと一緒に乗って行きましょうよ。パコがママを支えるから」
パコはそう言いながら、またお母さんの膝に頭を乗せて、足をさすりました。
お母さんの足は、一本、膝から下がありません。だから小鳥に乗れないのです。それでお母さんは、いつもここで日向ぼっこをしながら、編み物をしているのです。
パコはお母さんをどこかへ連れて行ってあげたい、楽しんでもらいたい、といつも思っていました。
「じゃあ、パコがもう少し大きくなったらお願いね。パコがママを支えるには、もうちょっと大きくならなけりゃ」
お母さんは優しいパコの気持ちを嬉しく思いながら、パコの柔らかい髪の毛を撫でてくれました。
― ママ。足が無くなっちゃったママ。いつも座っているだけなんて、きっと寂しいわ。誰かが来てくれなけりゃ、お話しだってできないもの ―
パコはお母さんをどんぐりのお祭に連れて行ってあげたいと思いました。
だけど、まだ、パコは小さいのです。一緒に小鳥に乗って支えるのは無理だと、自分でも分かってはいるのでした。
― はやく大きくなりたい。ママの心から喜んだ笑顔が見たい ―
パコはいつもそう思っていました。
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森は色づき、鮮やかな黄色や赤に染まった葉っぱが、楽しそうに風に乗って舞い落ちてくる季節になりました。
実りの秋。
森の中にもたくさんの木の実が成っています。
ガマズミの赤い実や、気品のあるムラサキシキブ、そして大人気のトチの実。他にもたくさんの森の恵みが秋の森を彩っていて、かすかに爽やかで甘い香りがします。
今日は感謝祭です。
南の森に住む小さな人のピノは、感謝祭に仕事の休みをもらって、大好きな友だちのヒノに会いに行きました。
ヒノは遠い北の森にいますから、ピノは小鳥に乗ってヒノのいる“鳥さん便”へ行きました。
「こんにちは~」
鳥さん便の事務所には『ホット宅配便始めました』という素敵な看板が取り付けられています。ヒノのための看板です。
ヒノは大きくて赤い、火の鳥なのです。だからといって、伝説に出てくる不死鳥ではありません。ただの、熱い火の鳥です。
彼は身体が熱い火でできているので、熱いものを熱いまま届けることができる鳥さんなのです。ですから“ホット宅配便”ができるのです。すばらしいでしょう?
ピノはヒノに走り寄り、ヒノの首に抱きつきました。
「あったか~い!」
「こんにちは、ピノさん。どんぐりのお祭り、楽しみですね」
「うん!お菓子屋さんもね!」
二人はこれから、西の森で行われる感謝祭、別名“どんぐりのお祭り”に行く予定です。
そして、西の森への途中には美味しいと評判のお菓子屋さんがあります。ピノとヒノはそこに寄って、お土産を買うことにしていました。
ヒノの住んでいる北の森は、もう木々の葉っぱがほとんど落ちていて、もうすぐに寒い冬になりそうな木枯らしが吹いています。
ビューっと北からの風に押しやられるようにしながら、ヒノは南西へ向かって飛びました。その後ろから、ピノは小鳥に乗ってついて行きました。
しばらく飛ぶと、森の上にもかすかに甘い良い香りが漂ってきました。
「うーん、良い匂い!」
ピノは鼻をぴくぴくさせて、匂いをかいでいます。それは勿論、お菓子の匂いです。この匂いをたどっていけば、お菓子屋さんはすぐに見つかります。
「あっちですね、良い匂いだ」
ヒノも美味しそうな匂いをたくさん吸い込みながら、すぐにお菓子屋さんを見つけました。
二人が降りて行くと、そこは可愛らしい小さなお店でした。
早速ピノはお店に入って行きました。
「くださいなー」
ピノが声をかけると、小さなおじいさんが顔を出しました。
「いらっしゃい。今日はもうブドウのケーキが3つしか残っていないよ」
「えー、もう!?」
まだお昼前なのに、もう残りの3つしかありませんでした。人気のお店なのです。お店の棚には、可愛いケーキが3つだけ。それでも残っていて良かったとピノは思いました。
「じゃあ、それください」
「はいはい、ありがとうございます」
おじいさんはケーキを包んで、ピノに渡してくれました。
「おじいさん、今日はもう店じまい?」
「そうだよ。これから材料の木の実を取りに行ったり、明日の仕込みをするからね」
「いそがしいんだね。でも、最後の3つが残っててよかった。僕たちこれから、西の森の感謝祭に行くんだ。だから、お土産なの」
「西の森の感謝祭だって!?どんぐりのお祭りのことかい?」
おじいさんはいきなりびっくり驚いて、飛び上がりました。
「そうだよ?もう秋だもの。感謝祭の季節だよ」
「なんてこったい!こうしちゃおれん!お前さん、ちょっと頼まれてくれないかね」
おじいさんの慌てぶりに、ピノはキョトンとしてしまいました。一体どうしたのでしょう。
「今年こそ、西の森の感謝祭に、どんぐりのクッキーを届けようと思っておったんじゃよ。これから、準備をするから、それを届けてくれないかね?」
「クッキーを届けるの?それくらいなら良いけど・・・でも」
「そうじゃ、そうじゃよ!」
おじいさんは、バタバタと走ってお店の奥へ行ってしまいました。向こうへ行ったと思ったら、大きな袋を抱えてこちらへやってきました。
その袋をピノの足元に置くと、また奥へ行って、今度はボウルや卵を持ってきました。
「粉にバターに、ドングリの粉」
おじいさんは忙しく走り回って、全てのものをもってくると、ピノのそばにある大きな机に置きました。
「じゃあ、クッキーを作るからちょいと待ってておくれ」
「えー、今から!?」
「そうじゃよ!」
おじいさんは、大きなボウルの上に振るいを置くと、袋の粉をザーっとそこにあけました。白い粉がもうもうと煙を立てています。粉を振るい、どんぐりの粉も入れて振るいました。
それからそこに、砂糖とバターと卵を入れると、ものすごい勢いでかきまぜました。さすがの手際のよさです。
「ねえ、今から作って間に合うの?僕たちもう行きたいんだけど」
「まあ、まあ待て!まあ待て!」
おじいさんは、クッキーの生地を両手でグイグイとこねています。
「だけど・・・」
「お願いじゃよ。西の森に娘がいるんじゃ。毎年クッキーを送ると約束したのに、いつも、感謝祭の日を忘れっちまう。今年こそ送ってやりたいんじゃよ」
おじさんは、力いっぱいクッキーの生地をこねながらピノの方を向いてお願いしました。真剣な顔をしていて、あんまりにもたくさんの生地をこねているせいか、汗をかいています。
おじいさんの手元の粉は、ゴツゴツの塊だったのが、魔法のようにどんどんなめらかな生地になりました。
「お嫁に行ってから、娘は帰ってこない。わしがクッキーを送らないから拗ねているのかもしれん。今年こそどんぐりのお祭りで、どんぐりのクッキーを食べてもらいたいんじゃ。娘に会えなくたって、それくらいしてやりたいんじゃよ」
「うん・・・わかった!」
ピノはウンと頷くと、腕まくりをしました。
「僕も手伝うよ!」
「おやまあ!」
おじいさんは、ピノがクッキーを持って行ってくれるどころか、お手伝いまでしてくれると聞いて、そのしわくちゃな顔をほころばせました。
「それじゃあ、型を抜いてこの天板に置いておくれ」
「うん!」
おじいさんが大きな机の上で、めん棒で引きのばした生地を、ピノはどんぐりの型で抜いて、天板に置きました。
おじいさんも、生地を全て引きのばし終えると、ピノと一緒にドングリ型で抜いていきます。ピノも下手ではありませんが、おじいさんはもっと上手で、もっと速く型を抜きました。
型を抜いては天板に並べ、どんどん生地が減っていきます。おかげであっという間に、大きな天板が10枚、クッキーでいっぱいになりました。
「さて、これを焼くから少し待っていておくれ」
「ええー、もう間に合わなくなっちゃうよ!」
さすがにピノは感謝祭にたどり着けないと思って焦りました。これから天板10枚分のクッキーを焼くとなると、いったい出来上がるのはいつなのでしょう。
「ピノさん、ピノさん」
その時、お店の外で一部始終を見ていたヒノが声をかけました。
「私に載せて行きましょう。飛んでいるうちに焼けますから」
「そうだ、それが良いよ!」
「なんだって!?」
おじいさんは、お店の外にいる大きな赤い鳥を見てびっくりしました。近づくだけで熱いその鳥は、どうやら“ホット宅配便”のヒノです。これならクッキーを焼きながら飛んでいくことができます。
「それはすごい!よしよし、じゃあ、コイツをここに載せて、コイツをこうして、その上にコレじゃ」
おじいさんはまるでヒノがオーブンかのように、手際よくヒノの上に天板を乗せました。
「もうちょいと熱くできるかね?」
「お安い御用ですよ」
ヒノは注文通り、少し背中を熱くしました。
「よしよし、完璧じゃ。きっかり45分したら、上の段と下の段を入れ替えて欲しいのじゃが、できるかな?」
「うん、僕がやるよ」
「よしよし、頼んだぞ。ホラこれを持っていきなさい」
おじいさんは、ピノの手が熱くならないように、分厚くて大きな手袋をくれました。
「うん、ありがとう」
「ああ、ありがとう、ありがとう。お前さんたちが来てくれて本当に助かったよ。娘が喜ぶと良いんじゃが。さ、行っておくれ」
「うん、行ってきます!」
おじいさんに見送られて、ヒノはクッキーを背中に載せて飛び立ちました。
「ありがとう、頼んだよー」
二人が飛んで西に向かっても、おじいさんの声が何度も何度も聞こえました。