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Chapter_08 あなたへの気持ち

 

 疲労困憊、思考すら鈍くなり木々から覗く太陽は今は悩ましい、ああ、死にそうだ。そう思う自分が情けないが実際に死んでいるのではないかと疑いたくもなる、あいつのせいで。

「おい起きろ! まだ終わってないぞ!」

 この野郎、俺を殺す気か! これ以上したら確実に死ぬぞ。

 朝から昼現在まで体力をフルに使っての修行、その中で辛い奴が模擬戦闘だ。殆ど加減無しで苛めて来やがる。その成果なのか地面に仰向けで倒れて空を眺めるしか出来なかった。

「し、師匠……もう直ぐ昼ですよ」

「あーーそうだな。よし、飯にするか。エリスが作ってくれているだろう」

 ようやく飯か、俺こと神代護はやっとこの地獄から解放された。まあ午後も当然あるのだけど。あれから二か月の時が経っていた、修行も順調で強くなっていると思う。

 しかしフォルティスめ、修行とは名ばかりで俺を苛めて楽しんでいるに違いない。何度屈辱を味わったか。

 でも、エリスの方が可哀相かもしれない。何故ならフォルティスのおもちゃになってしまったのだ。

 どんな事になっているのか、例えば風呂に入る時はいつも二人で入っているのだが、必ずエリスの悲鳴がするし、変な事を教えて顔を真っ赤にさせて楽しんでいやがる。

「……悪趣味だ」

「あ? 貴様、今何か言ったか?」

「いいえ! 何も言ってません!」

 でもまぁ、一番可哀相なのがこれだな。

「エリス、飯の支度は出来たのか!」

「あ、あの、で、出来ました……あう……まもる、あんまり見ないで下さい……」

 動揺しているエリス、実は今バニーガールの格好をしているのだ。あの長い耳、黒い水着の様な服、お尻の白くてふわふわなしっぽ。そして網タイツ、可愛い。

「ま、まもるの目がハレンチです! ううっ、見ないで下さい」

 ヤバイ、ヤバイ、つい見入ってしまった。フォルティスは意外にも裁縫が得意で服などを自作するのが趣味だ。外の世界で出回る雑誌を見てバニースーツを作ったらしい。

 ちなみに雑誌のタイトルは『コスプレ大百科』だ。どこで手に入れたのやら。

 エリスの恥ずかしがる姿がどうもフォルティスのハートを刺激するようで、毎回楽しんでいる。ある時はメイド服、ナースやセーラー服など様々なバリエーションが存在し、本当に飽きさせない。

 一番凄かったのが男物の大きいシャツを悪戯っぽく着させ、下半身は下着だけの姿。あの時は直視出来なかったな。フォルティスの野郎は下も脱げ何て言って大騒動。

 でも、良かったなあの姿は……。

「ひゃあ! ま、まもるがハレンチな事考えてる顔してます!」

「いっ! ち、違う! 考えてないって!」

 平常心。平常心を保たねばと思った瞬間、フォルティスが俺に質問を述べた。

「おいマモル。エリスのコスプレで一番良かったのは何だ?」

「そりゃあシャツ一枚の姿で……しまった!」

「まもるのハレンチーー!」

 衝撃、エリスの拳が顔面を抉る、加減なしに。度が過ぎるとエリスだって怒るよな。しかしエリスのパンチは結構痛い。

「すいませんでした」

「ううっ……もういいです。ご、ご飯出来ましたから食べましょう」

 恥ずかしげに料理を取りに台所へと向かって行く。

 ああ、後ろのふわふわしっぽが揺れて……馬鹿、またエリスをそんな目で見てしまった。反省しろ俺。

「マモル、また変な事を考えていたな? 鼻の下が伸びてるぞ?」

「か、考えていません! あ、師匠、昼からは何するんですか?」

「昼か、んー……何して苛めるかな」

 また苛めと言いやがったな。この二か月様々な修行をした。例えば森の中にフォルティスが隠れながら石を投げそれを避ける修行。簡単そうに聞こえるが、やはりそんなに甘くない。フォルティスの投げる石は恐ろしく速い。それを連続して投げて来るのを避けないといけない。

 最初の時は瘤だらけになった、だが今は予測の力を使わなくても余裕で避けられる。それを考えるとやっぱり成長しているな。

「よし、また模擬戦闘をするぞ。戦いは経験が大切だ、ビシバシやるからな」

「うっ、が、頑張ります」

 午後も地獄だと理解しているとエリスが料理を運んで来てくれた。俺が修行を始めた頃、エリスが料理を教えて欲しいと頼んだのだ。

 おそらく、エリスなりに俺達を助けたいのだろう、教えられる事はすべて教えたつもりだ。その成果は絶大だった、今では俺より旨い料理を作る。最初は黒墨だったけど頑張っていたからな。

「お! 俺の教えたカレーライスか、うん、旨いよエリス」

「ありがとうですまもる。あはは、美味しいって言ってくれるとすごく嬉しいですね」

 うんうん、そうなんだよな、自分が作った料理を旨いって言ってくれるだけで嬉しい。

 それが料理の醍醐味ってもんだ。

「うん、かれーと言うのは確かに旨いな。よしエリス来い、頭を撫でてやる」

 褒める時、フォルティスは頭を撫でる癖がある。俺の時もそうだ。なんだか調子が狂ってしまうけど、いい気分になれる。




 昼食が終わり、午後の修行を開始した。森の奥に木を避けたかの様な広場があり、修行に適した場所だ。

 フォルティスとの距離を空け、向かい合う。

「良しマモル、どこからでも来い!」

「はい!」

 手製の木刀を握り締め、神経を集中させて行く。

 フォルティスは素手で俺の相手をする。

「行くぜ!」

 木刀を下に構え、突進を開始。技の一つ乱撃を発動しフォルティスに向かう。分身した刃の様に襲う、だがフォルティスは動きを最小限に押さえ、紙一重で全て避けた。

「動きに無駄が多い。それでは直ぐにばててしまうぞ?」

 と言って俺の懐に入り、顎を目掛け右の手の平が直撃しふわりと空中に飛ばされた。やばいと思ったが遅かった、そのまま腹に蹴りを入れられ、吹っ飛ばされてしまう。

「ぐぅ!」

 地面に叩き付けられたが、瞬時に体勢を立て直し、木刀を構えた。だが相手は待ってくれずに即座にこちらへと突進、俊足だ。

 落ち着け。相手の動きを良く見るんだ。『予測』を発動、しゃがんで足を払う、と予測した。

 フォルティスの行動を的中させ、それをジャンプして回避。

「読んでいたか!」

「食らえ!」

 今までの“苛め”に対する恨みをこの一撃に託す。

 真っ直ぐフォルティスの頭部目掛け技を放つ。

「流星!」

 取った、そう思ったのは考えが甘かった。攻撃は通らずフォルティスは木刀を片手で白刃取り。

「まだまだ甘いな、マモル」

「……ヤバイ」

 蹴りが顔面に直撃。意識が沈黙した。

 





 

 何処からか声が聞こえる。

『良い子に成長するんですよ』

 誰の声だ?

『早く出ておいで。きっとパパにそっくり……ふふっ、可愛いだろうな』

 あれ? この声……何処かで。

『護。あなたが男の子なら護よ? 良い名前でしょ? 誰かを助けて守れる存在になります様にって込めたんだからね?』

 もしかしてこの声は……。



「かあ……さん……?」

「お! 起きたかマモル」

「へ?」

 なんだ? 俺は一体? 冷静に辺りを見回すと俺の顔を覗きこむフォルティスの顔があった。ちょ、顔が近いって。羞恥心にむず痒くなると思考が正常化し事態を把握出来た。

 ああそうか、俺は模擬戦闘で気絶したのか。ん? 頭の下が何だか柔らかい。そこでようやく気が付く、フォルティスが俺れに膝枕しているんだと。

「な、し、師匠?」

「まったく、あれで気絶するなんて情けない。ま、俺様の加減のおかげで死なずに済んだな」

 あれで加減しただって? じゃあ本気ならどうなってたんだろう。考えるだけで恐ろしい。

「それにしても母の夢でも見ていたのか? すごく心地よい寝顔だったぞ?」

「い、あ、えっと……」

 図星だったので急に恥ずかしくなった、フォルティスめ、ニヤニヤするな。

 でも、よく母さんの声を覚えていたよな、母さんが死んだのは二歳くらいの時だ。夢の声を母さんだと良くよく分かったものだ。

 過去の事か、そう言えばフォルティスの昔って知らないな、修行で忙しかったから考える暇もなかった。

「師匠、なんで一人でこんなところに住んでいるんですか?」

「ん? なんだ急に?」

「いや……ちょっと師匠の昔の事が気になって」

 そう言うとそうかと呟いて遠くを見詰め始めた。

 昔を思い出しているみたいだ。

「俺様は昔、強くなりたくてある人のところで修行をしていたんだ」

 フォルティスは過去昔を語り出す。小さい頃、盗賊に親を殺されたそうだ。その盗賊達はこの幻想の大陸の警察に捕まり、処罰されたが、自分の非力さが悔しくて強さを求めた。

 ある戦士のところで修行を始めた。その戦士の元には自分と同じくらいの男の子が体の弱い妹とここにいて、修行をしていたそうだ。

 一緒に修行の日々に明け暮れ己を高めて行った。

「ま、幼馴染みって奴になるのかな。辛い修行だったが……楽しかった。でも、楽しかった日々は長くは続かなかった」

 突然だった。フォルティスの師匠が姿を眩ましたのだ。三人で行方を探したのだが、見つからなかった。

「理由は分からなかったがな、この場所は師匠とあいつらとの思い出の場所。俺様がいつでも三人が帰ってこれる様にここにいる」

「師匠……あれ? 男の人と妹はどうしたんですか?」

「あいつらもしばらくして旅立った。もっと強くなりたいと言って。俺様は……あの頃が忘れられない。もう、三人は俺様の家族だったから」

 そっか、三人との思い出を大切だから、無くしたくないんだなこの場所を。だから一人でここを守っていたんだ。

「……どうして付いて行かなかったのかな、今頃になって後悔している……外に出るのが怖かったのか、今となっては過去の事だな…………話は以上だ。さ、起きろマモル」

 起き上がり彼女を盗み見てみると少し顔が赤くなっている様だ。昔の話しが恥ずかしかったらしい、いつも無茶な修行をさせられたので仕返しをしてみることにした。

「師匠、顔が赤いですよ?」

「な! き、きちゃま!」

 きちゃま? えっと貴様って事かな。ああそうか、恥ずかしいと裏声で噛むんだきっと。意外だ。

 俺は調子に乗って更に追求する。

「どうしたんですか? 風邪でも引きましたか?」

「か、風邪……そうだ! 風邪を引いちゃったんだ! きちゃま、は、走ちって来い! さ、ささ三十キロだぁ!」

 げ! 自分で地雷を踏んじまったか。フォルティスは馬鹿にすると面白いが、後がヤバそうだ。

 渋々走り込みに行くのだった。

「ま、まったくマモルの奴め。帰って来たら…………」

 顔を赤くしたフォルティスが俺の背中にそう言っていた。

 俺、何されるんだろう?

 

 


 

 

 辺りはすっかりと真っ暗で静かな夜に変わり、一日の終わりを告げていた。

 夕飯を食べ終わり、後は寝るだけだ。

「ふぁ……さて、トイレにでも行って寝るか」

 部屋を出てトイレへと向かう。部屋はフォルティスに用意してもらった一人部屋なのだが異常に狭い。ベッドと、ほんの少しの空間だけ。ま、寝るだけだから問題は無いか。

 トイレも終わり、部屋へ戻ろうとした時だ、何処からか歌声が聞こえて来る。

「ん? 歌声? この声は……エリスだ」

 声の方へと向かってみるとそれは外から聞こえて来る様だ。

 ドアを開け、外にて辺りを見回すと木の枝に座っているエリスが視界に映る。

「……あ、ま、まもる。起きてたんですか?」

「ああ、これから寝るところだ。それにしてもエリス歌が上手いな! その歌は何て曲なんだ?」

 そう言うとエリスは頬を紅葉させ、恥ずかしそうにしていた。

 ヤバい、可愛過ぎる。

「あはは、恥ずかしいです。いつもは恥ずかしいから、まもるが眠った後に歌ってました。これはお母様の子守歌です」

「え! エリスのお母さんはエリスを生んで死んだって……」

「何故かは分かりません。私がまだお腹の中にいる時に歌ってくれていた歌です」

 腹の中にいた時に聞いた歌を覚えているなんて凄いな。

 これはエリスの特別な力のおかげなのだろうか。

「まもる、まだ時間大丈夫ですか?」

「え? 大丈夫だけど?」

「私、まもるとお話がしたいです。この二か月、忙しくて二人っきりなんてありませんでしたから」

 頬を赤らめている姿が可愛い、やっぱりエリスって可愛いよ。時間なんていくらでも割くよ。

 エリスの横に腰掛けた。うわ、彼女は風呂上がりで良い匂いがする。横顔をチラリと見た。優しそうで、清楚で、温かな笑みを浮かべていた。

 見入ってしまう。高鳴る鼓動と共に。

「夜風が気持ち良いですね、まもる」

 その風にエリスの髪が揺れる。神秘的な光景に思える一枚の絵の様だ。

 また心臓が激しく鼓動しているのを感じ、緊張が増す。

「あ、ああ、そうだな」

「あの……まもる。まもるは私の事をどう思いますか?」

「へ? ど、ど、どうって、そりゃあ……かわ……優しい子だって思うけど? ど、どうしたんだよ急に?」

「……実は最近、私、おかしいんです」

 おかしい?

「おかしいのは多分、新たに理解した力のせいだと思います」

「新たに理解した力? まさか、セヴンスセンスの事か?」

「はい。新たな力は『予知』、未来を見通す力」

 予知能力だって? これから起こる事が分かるって奴か。

「……何か分かったのか? その予知の力で」

 訊いてみると黙り込んでしまった。悲しみが表情に現れていて、痛々しい。どうしてそんな顔をするんだ。

 長い沈黙がしばらく続き、ふと、ようやく語り始めた。

「私が見た未来は、この優しい時間が……あまり無いと言う事です」

「あまり無い? 一体どうして?」

 理解出来ない、俺はエリスとずっと一緒にいたい。そう思っているんだぜ?

「私、近い内にもう……まもると一緒に……いられなくなっちゃう!」

 いなくなる? エリスがいなくなる? そんな馬鹿な。冗談なんだろ? 信じないぞ、俺は信じないからな。エリスの顔を眺めた。その顔は悲しみに染まり、今にも泣きそうで儚い。

「し、信じるもんか、俺……エリスとずっと一緒にいたい」

「……まもる。私だってお別れしたくありません。でも、予知では……」

「予知なんか関係あるか!」

 感情が爆発する。

「未来って奴は変えられるんだ! 俺がその未来を変えてやる。俺がエリスを守る! この命を賭けたってな!」

 今言える精一杯の気持ちを言葉としてエリスに送る。俺の意志は本気だ。偽りなんか無い。エリスを守る、これが俺の信念。

「……ありがとう、まもる。なんだか少しだけ心が軽くなった気がします」

 ゆっくりと柔らかくエリスが微笑んだ。だが、まだ少し影が帯びた笑い。

 いつか必ず満面の笑顔にしてみせるさ。

「……そうですよね、未来は変えられるんですよね? 私、後ろ向きでした」

「エリス。約束をしよう」

 軽く握った右手の小指だけを伸ばし、エリスに向ける。

 不思議そうにそれを見詰めている。

「これはなんですか?」

「指切りって言ってな、約束をする時のおまじないだ。ほら、エリスも同じようにしてみろよ」

 そう言われてエリスも右手を出し、二人の小指が絡み合う。

「約束する。エリスとずっと一緒にいる」

 指切りの歌を口にして指を離した。また不思議そうに自分の小指を眺めるエリスが可愛らしい。

 そして笑う。

「ぷっ……あははは、針千本は痛いですよ!」

「だろ? 約束守らないと痛いんだぜ?」

「私は痛いのは嫌いです。だから……守って下さいね?」

 必ず。そう伝えお互い笑い合った。

 この日、エリスとの距離が近くなったと感じていた。


 


 ◆


 

 

 優しい彼の言葉が嬉しくて堪らない。

 私、エウカリスはこの時こそ幸福な時間だと悟る。まもるとの時間が何よりも大切だと思った。

「まもる。お話を聞いてくれてありがとう」

「いいって、そんなの」

 彼は顔を赤くして彼の見詰める眼差しが私まで赤くさせる。

 いつからだろう。彼を自然と目で追うようになったのは。彼が視界に入る度に眺めている私がいた。彼の笑顔がもっと見たくて、彼から料理を習った。

 彼のために何かをしたかったからだ。

 気付けばいつも彼を心に描いている。朝起きた時だって、ご飯の時だって、お風呂の時だって、寝る時だって、そして夢の中まで。

 彼はもう私の心の一部だ。

 私は彼の事が……。

「まもる。夜も遅くなりましたね、明日も修行ですから休みましょう」

「そうだな。エリス、おやすみ」

「はい、良い夢を……」

 ねぇまもる。あなたの瞳に私はどう写ってますか? 私の思い。いつかまもるに伝えたい。

 そう思う私が今、この場所で願う。

 


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