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Chapter_04 一時の安息

 

 世界は光に満ちて、人々に活気ずく時間。朝日が天空へと上り、世界を着色していく。小鳥のさえずりは心地がよく気分を落ち着かせる効力を秘めていた。

 そんな優しい目覚めを迎える。


「ん、朝か……」


 ベッドから起き上がり、狭い部屋の窓を開け放つ。その先に広がる風景は、木材で作られた家が建ち並び、人々が行き交っている。

 ここはあの森から随分離れな場所にある村だ。今いるこの部屋は宿屋だ。

 内装はシンプルで、ベッドしかない。簡素と言うか殺風景だ、仕方ないか激安の宿だったからな。


 顔を洗いに行く為にドアを開けて廊下へと出る、木の建物は古くてかなりの年代らしい。しかも少しカビ臭い、それに湿気気味だから雨が降りやすいのかもしれないな。

 廊下をスタスタと歩いていると、隣りの部屋のドアが開きエリスが出て来た。


「あ、エリスおはよう」


 挨拶が返って来ると思ったが、予想外な事が起きていた。


「くぅ……」


 エリスの顔は眠さで目が開ききっていない。どうやら寝惚けてるらしい。おぼつかない足取りで一応歩いてはいるが、寝ていた。危なっかしくてハラハラするな。

 なんか器用だな。じゃない、早く起こさないと。


「エリス! 起きろ!」


「くぅ!」


 右腕を天に上げ、私起きてる! と、言わんばかりのジェスチャーをしている。


「起きてるのか?」


「くぅーー」


 頭をブンブンと真横に振り抜く。いや、起きてるのか寝てるのか分からないって。心配をよそにまたフラフラと歩き出す。

 俺はしばらく観察してみる事にする。右に左に揺れて歩きながら廊下の壁まで近付き、そして物凄い音とともに頭を壁にぶつけた。


「ううっ!」


 呻いている、非常識だがその姿が可愛いらしい。

 どうやら痛みで完全に目覚めた。


「え! あ、あれ? 私、ベッドに寝てたのに……あれ?」


 今までの行動は記憶に無いみたいだ。朝が目茶苦茶弱いんだな。とりあえず朝の挨拶を交わすことにした。


「エリス、おはよう」


「え? あれ? まもる? お、おはようございます」


 まだ動揺していた。


 エリスが出て来た部屋からエレオスが姿を現す。奴と目が合った途端に不快な顔になりやがった、この野郎明らかに嫌な顔しやがって。

 睨み返してやったがそれを意に介さず愛しの妹に視線が向く。


「エリス、目が覚めたかい?」


「はい、バッチリです!」


 エレオスはエリスの頭を優しくなでる。すると、彼女の顔が赤く高揚して子猫の様な愛嬌を見せた。

 ヤベェ、この顔も可愛い過ぎる。暫く彼女の愛嬌に魅れていると腹の虫が叫んだ。


「腹減ったな、確かこの宿メシ出ないんだよな?」


「ふっ、お腹が空いたのか? まったく君と言う人間は緊張感と言うものはないのか?」


 エレオスの嫌味攻撃が炸裂する。カチンの来るな、怒りが込み上げた。そんな俺達の様子を眺めていたエリスがエレオスに話しかける。


「お兄様、まもるをいじめては……」


 と、つられたのかエリスのお腹の虫も叫んだ。


「きゃ! あ、あの、これは……」


 顔を真っ赤にして恥ずかしそうにお腹を押さえている、エレオスがニコリと笑いながら呟いた。


「お腹空いたんだね、可哀相に。すぐにご飯にしよう」


 このシスコンめ!


「……で? シスコンさんよ、メシはどうするんだ?」


 エレオスが俺を睨らみつけた。へん、本当の事だろうが。


「……おほん、ここら辺は食堂はない。僕達で食料を調達して作るしかない」


「お兄様、私、お料理した事ありません」


「……僕もだ」


 二人は参ったとばかりどうするか悩んでいた。


「ふっ、ふっ、ふっ……」


「まもる? いきなり笑って、どうかしましたか?」


「エリス喜べ、こう見えても俺は料理は得意だ!」


 親父と旅では俺が料理を担当していた。本当は面倒だったが、親父の料理がクソ不味い。だから自然と料理担当に就任したのだ、俺が作った方が旨いしな。


「ほ、本当ですか! まもるは凄いです!」


 尊敬の眼差しが心地良い。

 ああ、凄く幸せだ。エレオスの野郎は悔しがってるし、気分は最高だな。


「取りあえず買い出しに行こう。シスコン、財布役頼むぜ!」


 エレオスに嫌味タラタラに言ってやる。目茶苦茶睨んでいるな、まあいい今は気分が良いから見逃してやるか。


「……まぁいい、君、不味いものは作らないでくれよ」


 君って、何だかむかつくんだよなそう言われると。


「俺には護って名前があるんだがな?」


「僕だってエレオスという誇り高い名がある」


 睨み合う。犬猿の仲って奴なんだろうか。


「二人ともケンカは駄目です。仲良くしないと……悲しいです」


 エリスは涙目になった。それを目撃した途端、即座に俺達はアイコンタクトして肩と肩をがっしりと組み合わせ、仲良しだとアピール。エリスの前では仲良くするしかない。

 こいつの掴んでいる俺の肩に力が。痛てぇ、この野郎め、俺も負けじとエレオスの肩を思いっきり力を込める。俺達は顔を向き合わせニコリと笑い合った。

 その実、睨み合っているのだがな。


「わあ! 仲良しさんになったんですね、よかったです!」


 満面の笑顔が咲く。何だか、エリスを騙している事がいたたまれない気持ちだった。


「さぁエリス、出掛けようか」


「はい、お兄様」


 スタスタと二人は歩く。待て、俺を置いて行くんじゃない。

 俺達は外へと繰り出す。外は朝日の暖さが柔らかく、優しい朝を示していた。なんて気持ちいい光だ。

 しばらく木造の家を抜けて行くと、市場らしき場所へとやって来た。見回すと、色んな物が売ってある。


「へぇ、色々あるんだな」


「わーー! お魚さんとか野菜がいっぱいです!」


 エリスは、年甲斐もなくはしゃいでいた。こういった事が初めてなのか、顔をめいいっぱい赤くしてる。

 不意にエレオスが語り始めた。


「エリスはあまり外の世界を知らない、巫女に危険がない様に外にはあまり出さない様にしている……って、何で僕が君にこんな話を」


 こいつ、意外にいい奴なのか?


 さて、どんな材料があるか見てみるか。目の前にある露店を覗いてみる。


「へぇ、見た事ない魚があるな、あと調味料もあるのか……ん!」


 あるものを見つけて非常に驚く。それは、醤油だった。

 まさか、この幻想の大陸で醤油を見る事になるなんて。


「すげえ、味噌もあるぞ!」


 そう言うと、またエレオスは説明を始めた。


 まさか説明好きなのか?


「ここは外の世界から物を取り寄せる事を商売にしている者がいる、……外の調味料を知っているって事は君、外の人間か?」


「ああ、外から来た」


「まもるは外から来たんですか」


 エリスは興味津々だった。知らない世界から来た人間、確かに興味が出るよな。


「ま、話はメシ食ってからな」


 俺は日本で理想的な朝飯の材料を仕入れた。米に味噌に魚や野菜。うん、旨そうな物だかりだ。日本を離れて随分経つから白ご飯が食べられるのが嬉しい、やっぱり日本人なんだな俺。

 宿へと戻り朝飯を作り始めた。外に調理する場所があるので、そこで料理をする。


「まもる、私も手伝います!」


「手伝ってくれるのか?」


「はい!」


「……エリスだけにやらせる訳にはいかない。仕方ない、僕も手伝う」


 こうして三人で調理を開始する。


「じゃあ、エリスは野菜を洗ってくれ」


「が、頑張ります!」


 とガッツポーズ。その仕草も可愛いな。 


「君、僕は何をする?」


「えっと、じゃあこの卵を割ってかき回してくれ、できるか?」


「馬鹿にするな!」


 俺は魚さばいて、味噌汁作って、ご飯を炊いてとやる事がいっぱいだ。

 さて、エリスは頑張ってるかな? 様子を伺う事にする。エリスは一生懸命ジャガイモを洗っていた。


「うんしょ、うんしょ」


 真剣な顔で洗っていた。あはは、マジで可愛い。

 あの野郎はどうだ? エレオスはボールに卵を割ろうとしていたところだ、卵を握りボールに卵をぶつけた。すると力が強過ぎて卵がグシャグシャに。


「う!」


「あ~あ、一つダメにしてやんの、力が強過ぎるんだよ」


「くっ、分かってる!」


 見てるとこっちがハラハラするが、ようやくコツを掴んだらしく、上手できる様になっていた。

 そんなこんなでなんとか朝飯が完成、メニューは焼魚に具だくさんの味噌汁、白飯と卵焼きだ。


 うん、こう言う朝飯を俺は待ってたんだよ。


「頂きます!」


 両手を合わせてそう言うと二人が不思議そうにしていた、ああそうかこれは文化の違いかな。食べる前の作法だと教えると納得していた。

 ちなみにエリス達は食べる前に瞼を閉じ、左手を料理に掲げ右手を胸の前で軽く握りこぶしをして祈りを捧げた。


「実りの恩恵に感謝を捧げます」


 そして食べ始めた。


「ん! 美味しい、まもる、美味しいです!」


「マジ? よかった、口に合って」


 エレオスは無言で食べている。それを見ていたエリスが口に合っているのか心配になり、返答を求める。


「お兄様、美味しいですか?」


「……まあまあだ」


 け、美味いなら美味いって言えよな。それにエレオスの野郎、なんだかんだでおかわりしているじゃねぇか。

 エリスは黙々と美味しそうに食べている。


 だが、唐突にエリスが目を瞑り、動かなくなった。


「エリス? どうしたんだ?」


「こ、これはまさか!」


 エレオスが驚き声を上げる。なんだ、嫌な予感がする。


「エリス、エリス!」


 呼び掛けに何の反応も示さない、どうしたんだよ。

 その時、エリスの声が聞こえて来る。


「……くぅーー」


「へ? 寝てる?」


 エリスは食事中に眠り出した、しかも口にご飯が入ったまま。


「またか……」


「どう言う事だよこれ」


「エリスは朝が弱い。一旦起きた様に見えるが、朝ご飯の時に二度寝をする事がある」


 へ? つまりただ寝てるだけかよ。心配したぞ。

 あれ、エリスの頭がフラフラして来たな、そしてそのまま後ろへ倒れ、轟音と共にエリスが頭を地面に強打。


「ふにゅん……痛いです」


 痛みで起きた。そんなコメディー的な騒動があったが、朝飯も食べ終わり、一息つく。


「美味しかったです……まもるはお料理が上手ですね」


「そ、そうか? そう言われると嬉しいな」


「私の知らないお料理、これが外の世界のもの……まもるの事が知りたいです」


「俺の事か? じゃあ……話すかな」


 物心ついた頃から母親の顔を知らない。親父が言うには、俺が小さい頃に病気で亡くなったって教えられた。

 寂しかったさ、でも親父は寂しさを忘れさせる様に俺に剣術を叩き込んだ。


 俺もいい年になった時だ、民族学者の親父と第七の一族を探す旅に世界へと出た。

 色んな場所へと行ったよ。苦労の末ようやくこの幻想の大陸へとやって来れたんだ。

 俺は親父に育ててもらって感謝している。でも、感謝の気持ちを表現するのが苦手だからいつも喧嘩腰になっちまう。


 でも、本当はこう言いたいんだ。ありがとうってさ。


「ま、色々あってここまで来たんだ」


「そっか、まもるはお母様の顔を知らないんだ、私と同じですね」


「え? エリスも、もしかして」


「お母様は私を生んですぐに、天へと召されました。難産だったらしいです……お父様は行方不明で会った事もありません」


 エリスの顔が悲しみを形作る。悲しくて、切ない顔だった。


「でも、寂しくありませんでした。だって、お兄様が側に居てくれたから」


 そうか、エリスにとってエレオスは兄貴であるのと同時に親でもあるんだな。不意にエレオスが語り始める。


「エリスは本当に優しい子だよ。僕たち第七の一族……七の巫女のしがらみが無かったら、どれだけよかったか」


 巫女のしがらみが無かったらよかった? 一体どう言う事だ?


「七の巫女はその身を守るためにあまり外には出されない、だからエリスには友達と呼べる存在がいない。いつもは番人や僕が話し相手だった」


 七の巫女じゃなかったら普通の元気な女の子なんだな。

 なんだかエレオスの気持ちが分かる気がする。


「お兄様、私は大丈夫です。私は……大丈夫」


 エレオスの顔が悲しみで染まる。


 友達、か。


「エリス、その、おっ、俺が友達になってやるよ、いや、なりたい!」


 その提案にエリスは顔の頬を赤く染め、また可愛らしい子猫の様な愛嬌へと変わる。


「嬉しいです……あはは、私にお友達が出来ました!」


 なんて笑顔をするんだ。満面の笑顔がこの空間を埋め尽くし、俺とエレオスの心を温かく包む。


「まもる、これからよろしくです!」


「ああ、こちらこそな!」


 俺達ち二人は笑顔を交わす、それを面白くなさそうにエレオスが見ていた。


「一つだけ君に言っておく、エリスに手を出すなよ?」


 物凄い目で睨んで来る。マジで怖い、へっ、やっぱりシスコンだな。


「お兄様、手を出すってなんですか?」


「え? えっと、その……エリスに悪戯をするなって事だよ」


 慌ててやがる。いい気味だ!


「まもるはそんな事しませんよ!」


 エリスの満面の笑顔、ああ、いつか友達以上に成れたならどんなに幸せだろう。


 それから様々な話をした。外の世界の事、俺が住んでいた町の事などだ。


 それから今まで引っ掛かっていた疑問を二人にぶつけた。


「なぁ、セヴンスセンスって一体なんなんだ?」


 そう言うとエレオスが説明を始める。

 やっぱり説明好きなのか?


「セヴンスセンスとは僕達第七の一族に数百年に一度、その力を持つ巫女が生まれると言われている。その力は七つの能力があると言われている」


 七つの能力? 一体どんな力があるんだ?


「まだ僕もすべてを知らないが、『治癒』『心眼』『覚醒』の力だけが分かっている」


 今分かっている能力は、


 『治癒』、身体の傷を治す力。


 『心眼』、相手の目を見る事で心を読み取る力。


 『覚醒』、他者の秘められた第六感を目覚めさせる力。


 今分かる力はこれだけだが、エリスの話では人間は能力を一つ、多くても二つ以上持つことは無いらしい。

 それだけセヴンスセンスの力が凄いと言う訳か。


「そっか、俺の能力は『覚醒』を使って発現したんだな」


「はい、私、まもるに死んでほしくなかったから」


「ありがとうエリス、そのおかげエリスを護る事が出来たよ」


 相手の動きを予測する力、この力があれば俺はエリスを守れる。必ず守ってやる。


 ーー嘘つき。


 あんなこと繰り返さない。


「エリス、他にはどんな力があるんだ?」


 そう言うとエリスは困った顔をする。なんて言っていいか分からない様だ。


「えっと……実は私もすべての力を知らないんです。私の力は唐突です、唐突に頭に浮かんで来るんです。こういった力を使えると急に分かるんです」


 つまり、ある条件がそろった時にその力が使えると言うことか? あの時は、エリスが危険な目にあっていた。俺が力に目覚めたから助かったんだ。

 俺の傷を治し、力を覚醒させてエリスを守る様になった。

 エリスが危険な目にあったら使えるって事になるのかな?


「ま、難しい話はこれくらいにして、これからどうするんだ?」


 エレオスにそう語りかけると口を開く。


「ここから遠く離れた地に僕の知人がいる。そこまで行こう。彼女なら僕達の力になってくれるはずだ」


 彼女って、知人って女か? まぁ、どうでもいいかそんな事。

 遠くってどれだけ遠いんだ?


「お兄様、どれくらい遠いのですか?」


「歩いて三日は掛かる。大丈夫、歩き疲れたら僕が背負ってあげるから」


「ありがとうございます、でも私は頑張ります」


 健気だな、エリスと視線が絡まる。

 その途端にエリスの笑顔が俺を直撃する。


「あれ? どうしたのまもる? 顔が赤いですよ?」


「え! そっ、そんな事無いよ、あは、あははははははは!」


 笑って誤魔化す。


「おっ、俺、荷物まとめて来るからさ」


 と言ってこの場所を逃げ出した。ふぅ、危ない、危ない。エリスを見て顔を赤くしたなんて言え無いもんな。そんな事を思いながら宿へと入って行く。

 この時、俺は知らなかった。エリスとエレオスがこんな会話をしている事を。


「まったく、慌ただしい男だ」


「あの、お兄様」


 エリスは不安げにエレオスを見つめながら語ろうとしていた。


「ん? どうしたんだいエリス」


 エリスは悲しみを隠してその声を震わせ言葉を生む。


「約束して下さい。まもるには“あの事”を言わないで下さい。まもるは知らなくていい事だから……」


「ああ、分かってるよエリス」


 エレオスの顔が悲しみと不安にかられている。

 この言葉の意味はなんなのか? 今の俺が知るはずが無かった。

 

 

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