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Chapter_30 妹の守護者

 思うは彼女の事ばかり。笑った顔。寝ぼけている姿。歌を口ずさむ神々しさ。目に焼き付く全てを思いながら前へと進む。

 思いの渦の中やっと辿り着いた、第七の一族が秘密と呼ぶ場所。白石で出来ている町並み、そこには人っ子一人として誰も居ない。今は無人の場所。

 聖なる場所と酷似した町並みは同じ場所のように感じられて妙な感覚を覚えた、静かな町を奥へと歩く。

 ただ彼女に会いたくて。

 進んで行くと町が終わりを告げる。終わった先には広場がある、平らで真っ白な石が敷き詰められた広場。

 その先にそれはあった。

 白い階段。何段も何段も崖を切り開いて作ってある石段。崖が続く一面の景色にそこだけ真っ白に存在する階段が良く目立つ。高さは崖の上まで続いている様だが、上が確認出来ない。こんな場所があったとは見落としていた、前に来たときはなかった気がするが。

 もしかしたら封印されていてそれを解くと現れるのかもしれない。

 白き階段を見上げる。多分、この上に彼女がいるに違いない。

 前へ。ただ前へ行くんだ。

 階段に近付く度に胸が高鳴る。緊張が一番の感情になっていた。エリスが近くにいる、そう考えるだけで会いたいと言う感情と、不意が混ざりあってごちゃごちゃな気分だ。

 白い階段が間近に迫まるまで階段に誰かが立っていることに気が付かなかった。

 誰か何て表現は間違っている、そいつを俺は知っているから。

 金色の長い髪、左目の辺りには刺青があり、整った顔立ち。そして真横には自分と同じくらいの巨大な剣が地面に突き刺さっていた。

「エレオス」

「……何をしに来た?」

 冷たい声が耳を殴る。痛いくらいに冷たい一言だ。

 こんな事くらいで怯むな。何をしに来たかだって? そんなの決まっている。

「儀式を止めさせに来た。エリスを連れ戻す」

「……それが君が出した結論か? 後悔は無いのだな?」

「ああ、俺はエリスと共に居る事を望むんだ。誰であろうと邪魔はさせない、エレオス、そこを退いてくれないか?」

「僕が何と答えるか君なら知っている筈だが? 武器を構えろ神代護、構えねば死ぬだけだ」

 大剣が動く。アタンシオン、エレオスの愛剣。掴んだものの重さを変化させる能力、その変化を使い持ち上げている。

 俺も鞘から刀を出し構えた。ここを突破しなければエリスに会えない。

「……超感覚で先に行く、と言う選択もあった筈だが?」

「エリスとテメェを相手にしたら大変だからな、だからテメェを先に叩く」

「そうか。ならば来い、アタンシオンが君を叩き潰す」

「覇王極心流の使い手、神代護、行くぞ!」

 二人同時に駆け出す。あっと言う間に距離は縮まり、二人は混じり合う。アタンシオンが横に振るわれ俺に迫り来る、それをしゃがんで回避。頭上を通り過ぎたのを見計らい切り掛かった。

 だが、それは読まれていた。アタンシオンの握る部分には短剣が納められており、エレオスはそれを引き抜き、二度目の攻撃を放つ。迫る短剣を刀で受ける、その直後に予測の力を発動。頭の中にエレオスの動きがシュミレートされて行く。

 出た結果、奴は重力を解放する。

 咄嗟に後ろに飛ぶ。それと同時にエレオスの周りの地面が奴を中心に円状にめり込む。身体の周りに重力が作用して地面を潰した、予測を使ってなかったら潰されていた。

「重力を解放する事を予測したか。君の能力は元々攻撃を予測するものだったからね、当たり前の結果か」

「ち、重力は厄介だな」

 今までの能力は手に掴んだ物の重さを変化させると言うものだった。簡単な話、要は掴まれなければ良い。だが重力はそうはいかない、身体の周りに重力の膜を作り結界を作る。その中に侵入したものに重力を加えるんだ。

 重力の結界に入っただけで終わる。

「どうした、来ないならこちらから行くぞ?」

 重力結界が巨大化し、エレオスの身体が宙に浮く。力を操って無重力状態にしたな、そのまま上空へ浮遊する。ある程度の高さにまで上昇すとアタンシオンを振り下ろし、俺を目掛けて急降下。

「くっ、あれじゃ隕石じゃないかよ!」

 落下速度は恐ろしく速い。落ちたと思った瞬間、気が付けばもう目の前。超感覚を発動し、その場を離れる。その直後重力の塊が落下、辺り一面に爆音が響き渡る。

 落下した地点には巨大な穴、もし躱すのが遅れていたのなら、今頃あそこでペチャンコだった。

「良く避けた、と言ってやりたいがこの攻撃に何度耐えられる?」

 と言うとまた重力結界を展開し、そのままこちらへと飛んで来る。無重力状態且つ地面を蹴る力が混ざり合い、まさにロケット弾が迫る。

 当然それを横に飛び回避。逃げ回るしかない、重力結界に入った瞬間に何倍もの重力を掛けられてしまう。

 幾度とエレオスが向かって来る、それを感度も躱す。

「逃げるだけでは僕には勝てない。どうする神代護、憶病風に吹かれて逃げ出すかい?」

 あれは挑発だ。乗ってしまったら重力の餌食だ。

 何か手を考えなければ。

「そうだ! ……だけど上手く行くのか?」

 考えたある作戦、これは俺しか出来ない。だけど不安だ、上手く行くのか。だがやらなければ何も変わらない、俺は早くエリスの元に向かわなければ。

「行くぜ、エレオス!」

 超感覚を発動する。止まった様に世界がゆっくりと流れて行く。この異空間を駆けた。先ずは確かめなければならない事がある、おそらくこの攻撃で分かる筈だ。

 目と鼻の先までエレオスに近付き、俺は鞘を取り出す。それを握り締め、エレオス目掛けて放つ。すると胸に当たった。そうか、これなら。

 確かめたかった事があった、あの重力結界の中を超感覚を使って本人が確認出来ない攻撃が来た場合どうなるのか。攻撃が当たったと言う事は、この重力結界は本人の意志が無ければ侵入して来たものに重力を掛けられないんだ。鞘を使ったのはもし使えたなら刀を重力で潰され兼ねなかったから。

 多分、自分で確認し、侵入して来たものを意識するとそれに重力を掛けられるんだと思う。今超感覚で俺は奴に見えない程の動きで攻撃を入れた。意識が無いから防げなかったんだ。

 これなら勝てるかもしれない、勝機が見えて来た。

 良し、超感覚を解くぞ。あんまり使い過ぎると身体中が痛くて動けなくなるからな。

「ぐっ! 何、僕に攻撃を……超感覚は侮れないと言う訳か」

「エレオス、勝機は見えた。まだ俺と戦うのかよ!」

「ふん。君は天狗だな。あれが当たっただけで強がるとは」

 なら見せてやるさ、俺の能力を、超感覚を。

 精神を集中させて行く。感覚が広がって行く。何処までも果てしなく。

「させるか!」

 それが飛んで来る。大回転をしながら飛んで来るのは巨大な刃。アタンシオンをまるでブーメランの様に投げて来た。超感覚を発動する前に当たると確信し、避ける。

 突然の事に隙が出来てしまった、エレオスが短剣を持って駆け出して来る。大剣を避ける事により、体勢を崩してしまい、迫る短剣を避けるのは無理だ。仕方なく刀でそれを防ぐ。だが、これで終わる筈が無かった。

「そら、ゼロ距離を取ったぞ!」

「しま……」

 ズシンと身体中に重りが付けられた様に衝撃が広がる。重力結界の中に入ってしまった、早く抜け出さないと。

「僕がこの好機を逃がすと思うのか! 逃がしはしない!」

「ちっ!」

 刀が重い。身体が重い。下に引っ張られる。

 ガクガクと足がふらつき始め、何倍もの体重になった身体を足が支えられなくなって来た。

「があ! ぐぅ、がああ!」

「君はもう逃げられない。さぁ、潰れてしまえ! 巫女様に近付く蛮族を排除する!」

 更に重力が。もう耐えられない、膝が地面に付いてしまう。

 ちくしょう、こんなところで負けられないんだ。俺はエリスに会うんだ、会って、俺は……。

「エリスの側に居たいんだぁ!」

「……まだ戯言を言う余力が合ったのか。ならば更に倍にし、潰す。跡形も残らない様にな!」

 短剣が更に重く、身体も更に倍増する。身体が危険信号を放つ。やばい、このままじゃ俺は死ぬ。潰されて消えて行く。

 エリスに会えないまま。

 嫌だ。そんなのは嫌だ。

「負け、るかぁああああ!」

 感覚を広げる。世界を塗り潰す様に。止まる様にゆっくりと世界が。

 動きがゆっくりになる。重さに絶えながら重力結界を離脱を開始。この重さは尋常じゃない。だが、抜け出さないと。

 何とか抜け出し、エレオスから距離を取る。

 ここで超感覚を解く。

「逃げたか。厄介だなその能力は」

「はぁ、はぁ、何とか抜け出せたか……重力か、次捕まったらやばいな」

 ならどうする? 近付いたら重力結界が待っている。

 かと言って近付かなければ何も出来ない。

「どうした、来ないのか?」

「……あれしかないよな」

 一瞬で懐に入り、一撃で倒さないとエレオスには勝てないだろう。

 なら、あれしかない。あの技しか。

「ん? その構え……ファントムを倒した技の構えだな?」

「ああ、俺だけの技。空牙閃光、これがお前に勝てる唯一の技だ」

「そうか。奥義を尽くそうと言うのだな? ならば僕も最強の一撃で相手をしよう」

 と言って歩き出す、大剣を拾い、短剣を中に納め構えた。構えたと思った途端、身体がフワリと宙に上がって行く。

 重力結界を発動させ、球状の結界を回りに発現させている。エレオスは最強の一撃と言った。なら、奥義と言う訳だ。

 空と大地に剣士が二人、睨み合う。

「確か君の技は超感覚を用いて発動する技だったね? 今から僕がやるのは簡単だ。たった一振りを君の頭上に落とすだけだ。ただ……僕の掴んだものの重さを変える変化と重力を同時に発動し、全ての力をアタンシオンに。まさに最強の一撃だ!」

 巨大化する。重力結界が更に広がり範囲は先程の倍。

 そして大剣を頭上に構え俺を睨む。

「神代護、引き返す気は無いのだな?」

「ああ、俺はここを通ってエリスを止める。これは変える事の無い意思だ!」

「……そうか、分かった。なら、容赦無く叩き潰すだけだ。さらばだ、神代護!」

 重力が空中から落ちて来る。大剣は何倍もの重さとなって、更に重力で加速する。

 それは光の様に俺を貫かんとして落ちる。

「負けるか、負けるかぁ!」

 空中に刀を向け、世界を感覚で塗り潰しす。

 しゃがみ、飛ぶ。刀を突き出しながら。行け、奴に届け俺の刀。

「空牙閃光! うをおおおおお!」

「神代護ーー!」

 刹那、二人が交差する。

 流血。眼球に映すのは鮮やかな赤い色。一体どうなった? 

 激痛が生まれへばり付く様に身体に染み込む。

「がぁあ!」

 左肩が痛む。だが、左腕はある、動く。

 足は地面に付いている、なら、一撃同士がぶつかり合った後だ。もう決定が着いたのだろう。

 後ろを振り向く。あいつの背中が見えた。

「……ぐっ、全身全霊の一撃をアタンシオンに込めた筈だった。だが……」

 エレオスの手には折れたアタンシオンを握り締めている。

「アタンシオンが折られるとは。君は強くなったな……ぐっ」

 膝を地に。記憶を探り思い出す、俺の技がエレオスの剣を壊したんだ。そのままもの凄い速さでエレオスが俺の左肩にぶつかった。

「だが、まだ負けた訳じゃない!」

 折れたアタンシオンから短剣を引き抜き構える。

 何とか立ち上がり、俺を睨む。あの凄まじい速度で地上に落下したんだ、身体の中はボロボロの筈だ。

「もうやめろ、決着は着いた、もうお前は戦えない。だから邪魔をするな!」

「ぐっ……それは出来ない。僕は七の巫女の……エリスの守護者だ! エリスを守るのは当たり前だ! くっ、うう……」

 グラリと身体が揺れ、足が地に。朦朧とする意識、エレオスは苦痛の表情を浮かべて吐血。

 足元が赤く染まる。もうダメだ、あいつは限界だ。

「もう喋るな! そのままじゃお前死ぬぞ!」

「……それがどうした? 君に……君なんかに何が分かる! ぐっ、エリスはな、生まれてから今まであの神殿で暮らして来た、自由に外に出される事無くずっと神聖の中でだ! それがどれだけ辛いか、同い年の子供が友達と元気良く外で走り回っている姿をただ窓から眺めるだけだったんだ。寂しかったろうさ、辛かったろうさ。だが、自分が何の為に生まれて来たのかをエリスは知っていた、自分の命を星に捧げる事を知っていた……」

 力をふり絞り立ち上がる。視点が合って無くまた吐血。

 ふらふらとしながらまだ言葉を紡ぐ。

「それは自分の命が長くない事を最初から知っていたんだ。エリスは決して僕の前で弱音を見せなかった。自分の使命だからと涙一つ流さずに今まで生きて来たんだ! 知っているか? 二つの月が出た日、エリスは僕の前で泣いた事を! 死にたくない、死にたくないと何度も君の名を呼びながら泣いていたんだ!」

 エリスが泣いていただって? エリスが……。

「あの華奢な身体で運命を受け入れ、一度は受け止めた筈だった。だが、君をエリスは愛した。だからあの晩死にたくないと泣いたんだ! ……それでも世界を救う為、みんなの笑顔を守る為に今この上にいるんだ! そんな妹の為に僕が断ち憚るのは当たり前だろうがぁ! 何故エリスが変わったのかは知らない。七の巫女のせいかもしれない。もしかしたらあれはエリスでは無いのかもしれない。でも関係ない。あの晩に決意し、涙を流したエリスが上にいるんだ! 誰も通す訳にはいかない!」

 それは兄として、家族として、ただ妹が望む事を守る為に立っている。

 俺はこいつに勝てない。力や技じゃない。心だ。心の強さに俺は勝てない。だって、エリスが死ぬ事に耐えられなくて、心が折れた。

 もう、俺はあいつに勝てない。

「う……うう……俺は……俺は……」

 だけど、だけど! エリスが居なくなるなんて、考えたくない。

 好きなんだ。心の底から、俺はエリスが好きなんだ。

「エ、エレオス、俺は……」

 エレオスを見た。だが、ある事に気がついてしまう。

 ここにいる最愛なる妹の守護者は立ったまま気を失っている事に。

「エレオス……」

 もし、まだエレオスが意識があったなら、俺はここから動けなかっただろう。

 エレオスの意志に押されて動けなかった筈だ。

「ごめんエレオス。俺……やっぱりエリスが消える事が許せない。そして……自分の心の弱さも許せない」

 守護者を通り過ぎる。チクリと胸を痛ませて。

 そして、白い階段を駆け上がる。その先にいるエリスを目指して。

 息が荒い。ここまで来るのに大切なものを壊して来てしまった。

 こんな俺を好きだと言ってくれたアリアの気持ちを壊した。

 世界の為、人々の命の為に憚った親父から逃げた。

 そして、妹の事を考えたエレオス……。

 それ全てを壊し、俺はここにいるんだ。己のエゴを貫いて。

 エリスを失うなんて考えたくない。エリスを失うくらいなら、俺は、俺は……。

 世界を殺す。

 長い長い白い階段を上り終える。

 そこには祭壇があった。清潔で真っ白な祭壇が。

 その真ん中にいたんだ、金色の綺麗な髪を靡かせた少女。

「エリスーー!」

 フワリと金色が動く。愛しい彼女がこちらを向く。

「なっ! ……お兄様を倒したのか? お前は」

「……ああ」

「……そうか。それで? お前は何故ここに居る? 何の為に、お兄様を倒してまでここに来た? 答えなさい」

「お、俺はエリスが好きなんだ。俺はエリスを、エリスを……愛しているからだ! だから、消え様としているなら止める! 俺はエリスがいない世界何て考えられないから! だからエリスを止める! 止めて外の世界に連れ出す!」

 彼女の表情が強張る。

「お前は今何を口にしたのか分かっているのか? お前は今、世界を否定した。何百、何千、何万もの民を守る為に私はここに居る。お前が言った言葉の意味……分かっているのか? この儀式を止める事の意味を」

「ああ、何もかも分かってる。俺はエリスを止めて、世界を殺す。……でも、俺は人を死なせようなんて思って無い、みんな外の世界に移住させれば助かるだろ? だから……」

「黙れこの恥知らず! 民達を外の世界に移住? 笑わせないで! お前はこの幻想の大陸に生きているのは人間だけと思っているのか! 鳥や魚、昆虫に動物達、それにこの星そのものが大きな命の塊。人間だけを助ければ大丈夫? 反吐が出る! 何を思い上がっている人間! お前達は世界の頂点とでも言うのか!」

「ち、違う! 俺は……」

「喋るな下郎! 数々の無礼、許しがたかったが、せめて命だけは助けてやろうと思った……それは間違いだった様だ。思い上がり、周りも見えず、ただ吠えるだけの餓鬼。下郎、儀式の前だがお前は私自らが殺してやる。自分勝手極まりない意志、私が壊す。わが名はエウカリス・アピュエース、世界の再生者にして世界を守る七の巫女! 誇り高き名において目の前の下郎に天罰を下す。お前の様な奴は死ね! 死を持って償え!」

「待ってくれ! 俺はエリスと戦いたくは……」

「言葉を発して良いと誰が言った! 下郎!」

 光の粒子がエリスの周りに集まり始める。

 こうして最後の戦いが始まった。


 

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