Chapter_03 謎の青年
疾風の如く容赦ない攻撃はやむ事を知らない。武器と武器が奏でる不協和音に緊張感を増す、そんな効力が備わっている錯覚に多少の苛立ちを覚えた。
眼前の敵、プセバデスとわしは死闘の真っ只中だった。
敵が穿つ槍は速さだけで無数にあると錯覚させる、尚且つ攻撃の衰えを見せない。
それを紙一重で避け、なんとか凌いでいた。
「ふはは! 我の槍をここまで避けるとは、貴様が初めてだ!」
「それは光栄だ!」
下段に構え上へと刀を切り上げる。真っ直ぐにプセバデスを捕らえているが、奴は槍でそれを防ぎ、右足で蹴りを放つ。蹴りを屈んで避け、身体を後へと飛ばし距離を取る。
「ふぅ、体術もすごいな」
「我の身体すべてが武器だ」
「なかなかカッコいい事を言うじゃないか。さて、遊びもここまでにしないとな、護がうるさそうだ」
「逃げる気か? せっかく楽しくなって来たと言うのにな」
「楽しいか、確かにお前と戦うのは剣士として面白い。だが、今はそれどころじゃない!」
だらりと下に刀を構え、体勢を低くし、相手の出方を伺う。
「覇皇極心流剣術、壱の剣……水龍」
この技は構えを水の様にゆるやかにし、放つ一撃は龍の如く切り付ける技。
狙うは相手の足、戦いに於て足は大切だ。どんな格闘技でも足を使う。それを切り付け、相手の動きを封じるのが狙いだ。
「行くぞ」
「ふはは、面白い、来い!」
槍を器用に回しながら肩に担ぎわしを睨らむ。
「我が槍の一撃、噛締めるがいい」
「格の違い……見たいか?」
互いにゆっくりと近付く、自分の技を撃てる距離まで。
息が詰る、永劫ともとれる時間はゆっくりと刻まれる。下手に動けばその隙を突かれ兼ねない。動きたくても動けない。
汗を流しながら、その時を待つ。
そしてその時が訪れた。
先に動いたのはわしだった。息子、護が心配のあまり身体が反応してしまった。迂闊、しかし動き出した時間は元に戻らない。
刀は空間を裂く様に突き進みプセバデスの足に牙を向く。
「うをおおおおおお!」
奴の槍が肩を離れ、暴風となりこちらへ噛み付く。
「むん!」
槍と刀が接触。
「ぐぅ!」
「く……」
武器同士が離れる、その衝撃が武器を伝い、それぞれの手をしびれさせる。
わしはすぐに体勢を立て直し、次なる技に取り掛かった。
「弐の剣、乱撃!」
乱撃、刀の連続攻撃を放つ技。刀の一撃一撃は軽いが素早い連続攻撃で敵を翻弄させダメージを蓄積させる。
無数の攻撃を描き、奴を睨んだ。プセバデスはこの一撃から逃れるために後に飛ぶ。
それをわしは見逃さない、脱兎の様にここから逃げ出す。
「貴様! 逃げるのか!」
「なんとでも言え!」
護達は今どうしている? 嫌な予感だけがわしを締付け放さない。無事でいろ。
森の中に入り、奴を撒こうとしが奴は駿足ですぐにも追いつきそうだ。
「逃がさん!」
「くっ、速い!」
どうする? このまま護達のところまで行っても奴が追って来ているんだ、危険に晒してしまう。
なら、このまま合流せずに逃げるしかない。
護、無事に逃げてくれ。
森の奥へと進む、追手と共に。
◆
気絶したエリスを背負い、俺は森を進んで行く。
一体、何がどうなっているんだ。
「く、どうしたんだよエリス」
エリスは俺に力をくれた、だがその直後気絶してしまった。力を与える行為は気絶するほどに体力を消費するって事なのか?
俺はとてつもない奇跡を目の当たりにしたのかもしれない、それどころか当事者だ。華奢は体に奇跡が内包しているのか。
エリスの仲間を救えなかった、それが酷く自身を苛つかせる。
くそ、親父の奴どうしたんだよ、全然戻ってこないじゃないか。苛立ちを頭の中の親父にぶつけながら森をさ迷う。この行為が影響したのか第三者が近くにいるに気がつくのが遅れた。
「誰だ!」
そう言い放つと前方の草木が揺れ、その影がゆらりと出現した。
目の前に長身の男が立っていた。長い金色の髪、スラリとした身体。顔は切れ長の目に高い鼻とシャープな輪郭は美形と称するだろう。
優男、そう言った印象を受ける。左目の辺りに月を模した紋章らしき刺青がある。
そんな男に似つかわしくない、奴の体と同じくらいの面積と高さを持つ巨大な銀の大剣を装備している。
あんなにデカい剣を扱えるのか?
「テメェも、ヴァンクールの奴か?」
そう言い放ったが、男は何も答えない。
「だんまりかよ! くそ! エリスはお前達なんかに渡さねぇぞ!」
と宣言すると後から複数の足音が近付いて来る。それはヴァンクールの仮面の兵隊、くそ、挟まれたか。
腰に差していた刀を抜き、戦闘に備えるがエリスを背負っていてはまともに戦えそうにない。
「くそ……」
ヤバイな、エリスを降ろして戦ってもその隙にエリスが連れ拐われる可能性が高い。
万事休すか?
こちらの焦りを嘲笑うかのように突然に大剣の男がこちらに走って来た。速い、やる気かよ!
刀を構え、奴に向ける。エリス、絶対に護るからな。
仮面らもこちらに駆けた。男は大剣を両手で握り、水平に構えて走りながら後方へと大剣をやる、力を溜めているようだ。
男は目と鼻の先まで来た、俺は戦う覚悟を決めるしかない。
だが、俺の予想は砕かれた。
大剣の男は俺達を通り過ぎ、仮面らへと向う。一直線に重量感たっぷりの剣を振り抜いて群がる標的を一瞬の内に倒す。だが一人それを避けた、男は冷静に片手に大剣を持ち替え、残りの仮面に攻撃を仕掛けた。
軽々と大剣を片手で操っている。まるで重さが無い様に。
「すげえ……」
心から関心した。自分と同じだけの大剣を軽々と扱い、駿足の速さで動ごいている。あんな華麗な戦いを俺は今まで見た事がなかった。まるで舞っている様な戦い方、俺にはあんな戦い方は出来ない。
尊敬の感情と、自分の非力さが混じり合う。
ハッと気がついた時には戦いが終わっていた。
「お前、何者だよ?」
「君こそ、何者だ?」
男が口を開く。目を険しくし、こちらを警戒している。
「……お前ヴァンクールじゃ無いのか?」
「ヴァンクール? ああ、僕らの聖地を犯した者達の事か」
「僕らの聖地? お前、第七の一族なのか?」
「……七の一族と知っている、か。怪しいな」
緊迫し冷や汗が滲み出始める頃、背中で眠っていたエリスが目を覚ました様だ。
「……あれ? 私は一体?」
「エリス! 起きたのか! 大丈夫か?」
「はい、大丈夫です……あ!」
エリスは男と目が合った。そしてみるみるうちに頬が赤くなって行く。
ど、どうしたんだよエリス? 顔が赤くなり、目が潤んでいる。なんだ知り合いか?
この反応はまるで恋人に会ったような反応だけどな。まさか……。
様々な思いが頭を駆け抜けていると、エリスはこう言い放つ。
「お兄様!」
「お兄様? え! あいつはエリスの兄貴なのか!?」
そう言えば、何となくこいつとエリスが似ている気がする。男はエリスを見詰めながら喋り始めた。
「無事だったか、心配したよ?」
「お兄様……ありがとうございます。心配してくれて」
二人はしばらく見つめ合っている、男とエリスは二人の世界に入っていた。
なんだこの気持ち、面白くないな。二人の世界を見て、俺はイライラしてつい手に力が入ってしまう。だがこの時、俺は大変な事をしていた。
「ひゃん!」
突然、エリスが叫んだ。
「エリス、どうしたんだ?」
「ま、まもる、お……私の……お尻……」
「へ?」
手を動かしてみた。すると何とも言えない弾力が伝わる。
「あっ! う、動かないで……」
無意識に背負っていたエリスのお尻を鷲掴みしていた。エリスの顔はもう噴火寸前。
「わあ! ご、ごごごごめん!」
「うう、分かったから、許しますから、早く放し……ひゃん!」
エリスが鳴いた時、兄貴が顔を鬼の様にして向かって来た! なんかヤバイ。
「ま、待て! わざとじゃ……」
「問答無用!」
エリスの兄貴の右拳が俺を貫く。
「げふっ!」
飛ばされエリスが空中へと投げ出される。兄は素早く動き、エリスをキャッチしてお姫様抱っこの形となる。
「キャ! ……あ、お兄様!」
「ケガは無いかい? エリス」
「はい、ありがとうございます、お兄様」
俺は忘れ去られている。ちくしょう、あの野郎、何だか知らんが気に入らない!
「テメェ! わざとじゃないって言っただろうが!」
「エレオスお兄様、まもるは良い人なんです。まもるのおかげで私は無事なんです」
エレオスは目を瞑り、何かを考えている様だ。
「……エリスを助けてくれた事は礼を言う。しかし、エリスを辱める奴は僕が許さない!」
なるほど、こいつ妹命か。
「このシスコン」
「……なんだと?」
俺と奴が睨み合う。俺は刀、エレオスは大剣を握締めて。
そんな俺達のただならぬ様子に、エリスが慌てて止めようと奮闘。
「だ、ダメ! ケンカしちゃダメですーー!」
俺達は武器を振り上げ、お互いを目掛け、走る。
距離がゼロになる頃切り合う、訳ではなく互いに遠退いていく。
「え?」
エリスは声を上げ驚いた。俺達がケンカをする予想がはずれたからだ。真っ直ぐに俺達は正反対の森の茂みを目指す。そこに潜む者を倒すために。
同時に武器を振り落とす。
「「があああああああああああああああ!」」
声の主はヴァンクールの仮面の兵隊共だ。奴等は俺達をつけて様子を伺っていた。俺達はそれに気付き行動した訳だ。
「まさか、君の様な男でも気付いていたとはな」
「なんだと!」
やっぱりこいつ癇に触る奴! だが、その前に奴等を倒さないとな。ヴァンクールの下っ端が数人、森の中からうじゃうじゃ増える。刀を構え、技を発動。
「乱撃!」
幾千にも刀の暫撃が重なり、奴等の世界をそれで埋め尽くし奴らは倒れて行く。
不意にエレオスを眺めた。あいつは大剣を片手で振り回している。一体、どこにあんな力が?
敵を蹴散らし、エリスの元へと駆け寄る。
エリスは今の俺の考えが分かったらしく説明を口にした。
「エレオス兄様は能力者です」
「能力者って事は……第六感の事か?」
「はい、お兄様は生まれてから第六感を持っていました。お兄様の力は手に掴んだ物の重さを変化させる力です。つまり、手に持った物を軽くしたり、重く出来る……『変化』の能力です」
なるほど、それなら説明が付く。だからあんなバカデカい剣を操れる訳だ。
エレオスは奴らを片付け終わり、こちらへと歩いて来る。
エリスはエレオスに駆け寄り抱き付いた。
「お兄様、シンとライが……」
「……そうか、二人は逝ってしまったのか」
エレオスは不快な顔をする。歯をかみ締め、悔しそうにしていた。
「シン、ライ、僕の友よ、安らかにある事を願う」
「……お兄様、一族のみんなを助けないと」
「大丈夫だ、僕がみんなを助け、秘密の場所へと導いた」
秘密の場所? 何だそれ? エリスに秘密の場所の事を尋ねることにした。
「秘密の場所とは一族の一部の者しか知らない隠れ集落、隠れ家みたいな場所です」
「なるほどな……それで、これからどうするんだ?」
「お兄様……」
エレオスはしばらく考え込み、口を開いた。
「ここから数キロ先に村がある。まずはそこへ行こう。今、秘密の場所へと行ったら奴等に場所がバレてしまう危険性がある」
ここを離れるか、くそ、親父の野郎どうしてやがんだよ。心配させやがって。
「君はどうする? 付いて来るのか?」
嫌味タラタラにエレオスは言葉を放つ。この顔は、俺でも奴の心が分かるぞ、妹と二人っきりになれないから機嫌が悪いんだな。
「お兄様、まもるをいじめないで下さい!」
いや、いじめられてないけど。
「エリスがそう言うなら……足手まといにはならないでくれよ!」
「なんだと?」
「お兄様! 弱い者いじめはダメです!」
心に痛みが走った。弱い者って、俺の事? エリスは真剣な眼差しだ。悪気が無いだけたちが悪い。あれ? 目から涙が。
「あれ? まもるどうしたんですか? お腹痛いの?」
「なんでもないさ……」
エリスってもしかして天然か?
「ふっ……」
エレオスの野郎が鼻で笑いやがった、コノヤローめ。ガツンと何かを言ってやるつもりだったが、エリスが奴に話し掛けていた。
「お兄様、早く行きましょう」
「そうだね、エリス」
エレオスの顔はニコニコしている。シスコンめ、今に見ていろ! 必ずいつかとっちめてやるからな!
俺達はこの場所を移動し始めるがやはり心配だった、親父、どうしたんだよ。
「まもる、お父様が心配なんですね」
「……大丈夫さ、親父は化け物みたいな奴だからな、大丈夫! 必ず生きてるさ」
助けに行くべきなのだろう。でも、親父の性格をよく知っている。俺達に危険が及ばない様にするはずだ。
死ぬなよ親父、ケンカをする相手がいないと面白くないからな。
「さぁ、行こうぜエリス。必ず君は俺が守るからな」
「あ、ありがとうございます」
エリスへのこの気持ちを俺は大切にしたい。親父が昔言っていた言葉。
『好きな奴は死んでも守れ』
ありふれた言葉だったが、何故か心にくる言葉だったな。この言葉が今の俺の精神だ。
必ず守る。
あの時の様な事を、繰り返さないために。
◆
森を駆け抜けていた。奴、プセバデスが後方より迫って来る。
「待てサムライ! 我と戦え! 貴様との戦いは心踊る」
「く、しつこいな」
今どこを走っているのか分からない。護達は逃げられたろうか? ただ、それだけ気になる事だ。いつまでも逃げていては埒があかない。
わしはプセバデスと戦う事を決意する。しかし、あの男は強い、ただでは済まないだろう。
小さい頃から父に剣の鍛練をさせられて来た。おかげで息子にまで教えられるレベルに成長したな。まったく、子は親に似るものだな。わしが小さい頃は今の護みたいだったからな。
父からわしへ。わしから護へ。伝えて行くものはいつの時も変わらないな。
「ふぅ、さて……やるか」
覚悟を決めた時だった。森が途切れ、外界の景色が目に飛び込んで来る。
絶句、何十メートルもある崖が下に続くのみ。高い、落ちたらひとたまりもないだろう。絶望的な風景に身体が止まってしまい、放心。その間に奴が追いつく。
「行き止まりだサムライ。さぁ、我と戦え!」
プセバデスはゆっくりと槍を肩に担ぎ、体勢を低くする。
「貴様達は一体何者だ? なぜこんな事をしている?」
「我はヴァンクールという組織に属している。組織の目的は七の巫女を利用し、世界を征服する事」
「世界征服とはまたテンプレな答えだな……お前ほどの男がそんな下らない理由の為に動いているのか?」
「我は世界の事など、どうでもいい。ただ強者と戦う為にいる。我が約束の為に」
プセバデスと言う男は何と真っ直ぐな目をしているのだろうか。
決意が目から伝わる。
「……いいだろう、戦ってやる」
「それでいい、こい!」
刀を抜かずに腰に持って来る。左手は鞘を掴み、右手は刀を掴もうと待機させた。
この構えは居合い抜きの構え。瞬速に刀を抜き、鞘を滑られながらスピードを上げ相手に切り付ける技。
「来い!」
「行くぞ、サムライ!」
突進。プセバデスが疾走する。風が身体を吹き抜け、暴風となって襲い掛かる。
目前にプセバデスが迫った、わしは刀を滑らせた。直線に奴を捕らえて刃は空中を走る。プセバデスは縦に槍を振り下ろす。
刀と槍が音を奏で耳を不快に痛める。わしらは睨み合い、武器同士の音を立てながら槍と刀が震えている。
「やはり心踊る!」
「く、馬鹿力め!」
刀を強力に押して来る。く、強い。
力比べなら奴の方が強い、このままでは力負けするのは明白。
その時、世界が震えた。
「なんだ!」
地面が震えてる。視界に映った地面を観察するとヒビが入っていた。足場が脆かったのだ。今の衝撃でヒビが入り、崩れそうだ。
「お前、動くな! このままでは二人とも危な……」
言葉を放っている時に崖が崩れた。わしは無意識にプセバデスを蹴り飛ばす。奴は安全な場所まで飛んだ。
「な! サムライ!」
奴は驚いていた。それはわしもだ。なぜか助けてしまった、落ちて行く過程で護の顔が浮かぶ。
「無事で……いろよ……護」
崖の下へと飲まれた。
「サムライーーーー!」
プセバデスの声が虚しく響いていた。




