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Chapter_29 彼女を求めて

 息を潜め、木々の物陰に隠れて辺りの様子を伺う。

 第七の一族が暮らす聖なる場所、白石で構築された家々と神殿が前と変わらずに鎮座している。ここに先入して誰にも見つからない様に息を潜めている最中だった。

 町の先に見える神殿を凝視する、エリスにもう一度会いたいとの気持ちを増大させて。

 まだ答えが出ないままだ、だけど俺は自分を押さえられない。未熟だと理解している、この感情が子供のわがままだとも分かっている。

 大人になることがエリスを見殺しにすることになるのならば俺はいつまでも子供のままでいい。

 見付からない様に先に進む。フォルティスとリヴァーレとエルマは数日前に迷いの森に帰っていた。もしいてくれたら力を貸してもらいたかったが。

「て、何考えているんだ俺は、あいつらなら逆に俺を止めるだろうに……くっ、弱気になるな」

 気持ちを整えてまた進み始めた、聖なる場所はすっかり元通りになっていた、イデアやサージュが頑張っていたからな。あいつらももう居ない。どうやらフォルティス達と暮らすとか言ってたな。

 みんなはそれぞれの幸せを見つけ歩き出している。

 俺の幸せはエリスだけだ。何も夢を持って無い俺だけど、ただエリスと一緒にいられるだけで……幸せだ。

 止まらない足、止まらない心、止まらない感情。

 気が付けば神殿まで後僅かの位置まで来ていた。

 そこで思考が固まる。

 神殿から出て来た人物をこの目で見たから。

 紛れも無いあの金色の髪は求めた相手、何も考えないまま飛び出す。

「エリス!」

 求めた相手は眼を見開く。

「……何の用? この前は見逃してやったのに何故また来る? あなたは馬鹿なの?」

「エリス、俺聞いたんだよ、エリスが世界を再生させる事、その理由も!」

 無言、エリスはしばらく何も喋らなかった。

 目の前にエリスがいるのに、抱き締めたいのに、彼女はそれを拒むだろう。くそ、近い距離なのに何て遠い。

「エリスが再生の子だって事も、世界が何度も文明が崩壊と繁栄していってるって事も……エリスは命を持って世界を救おうとしている、それを知って俺、どうしてもエリスに会いたくて……」

「それで?」

「……え?」

「あなたはそれを知った。だから何? 私に会いたくなった? 笑わせないで、そんな事をして何になる? 私は七の巫女、世界を再生させる為にこの世に生を受けた存在。あなたは私に会って何を求める? まさか再生を止めろとでも言うの? それがどう言う意味か分かる? 世界そのものに死ねと言っているものと同じ……考えなしに虫酸が走る。あなた……嫌、お前の顔を見るだけで殺したくなる。問おう、お前は何をしに来たの? 答えなさい」

 震える声で俺は答える。

「お、俺は……エリスに死んで欲しくない。ただそれだけで……」

 それだけなんだ。何もいらない、ただエリスが生きていてくれるだけで俺は嬉しい。

「そう。では、この世界に、幻想の大陸に住む者全てを殺すと言う事ね? それならお前は人殺し……大量殺戮者に成りたいのね?」

「ち、違う! 俺はただ……」

「下がれ下郎! 私に近付く事を許さない! お前は何て身勝手な人間だ。嫌、人間と言えるのかこの人殺し、何て醜い心、悍ましい」

 痛い。心がギリギリと痛む、エリスが罵る度に。

 変わってしまった、どうしてなんだ。

「何でそんな風に成ったんだよ! 優しいエリスは何処に行ったんだよ!」

「うるさい。ガキめ、そんなに私を求めているのか? そんなに私が欲しいのか? 何て愚かな。この前は見逃してやった事を忘れ、また目の前にやって来る無知、無謀。私がお前を滅する」

 エリスの身体が光だし、光の粒子が空間を舞う。

 形作るのは無数の球体、拳程の大きさ。

 一つ、光速で俺の左肩に直撃。

「がぁ!」

 尋常じゃない痛みと速さだ、今の攻撃は目に見えない。更に二撃目が右腕に。三、四と次々と光の球体が身体をかきむしる。

「はっ、がぁっ、はぁ、はぁ、……がああ!」

 何も出来ない。刀を出して防ぐ事が出来ない。それ以前に刀を出す事が出来ない。何回あの攻撃を食らったのか。

 気が付けば俺は地面に倒れていた。エリスが見下している。

「何て無様な格好。おかしい、羽がもげた羽虫の様に惨めね。……ねぇ、これでもまだ私を求める気?」

「俺は……エリスが好き……だから……」

「ふん。気色の悪い下郎だ。もう良い、お前には呆れる。お前の様な下郎を殺したところで私には何のメリットも無い……お兄様」

 いつの間にかエリスの横にエレオスがいた。俺を睨み付けた後、エリスの方へ顔を向ける。

「お兄様、この下郎を牢屋へ入れて下さいませんか? 今から“白き祭壇”へ向かうのに邪魔されては迷惑です。殺せば済む話ですが、神殿をこのような下郎の血で汚したくありません」

「分かりました巫女様」

「ぐっ、エ、エリス……」

「馴々しいと言わなかったか? 二度とその名を口にするな。エリスと読んでいいのは私が愛した者だけだ。下郎に言われる筋合いは無い。……お兄様、私は先に他の者達と白き祭壇に向かいます。その下郎をお願いします」

 そう言って背を向け歩き出す。一回も振り向く事無く。

「待ってくれ、行くな、エリ……」

 エリスと言いかけた途端、身体が重く感じる。嫌、感じる訳では無く、実際に重くなってるんだ。地面にめり込む程の力。

 これは……エレオスの重力だ。

「がぁ! あああ!」

「二度とその名を口にするなと言われた筈だ。それを無視するとは学習能力が無いな。やはり蛮族か」

「エレオス……お前まで……どうして」

 変わったんだと言うところで意識がブツリと途絶えた。


 


 


 

 暗い。一番最初に思ったのがそれだ。辺り一面が真っ暗。

 気絶から目覚めて起き上がるとそこは闇、狭い部屋の前にうっすらと格子が見える。そうか、牢屋に入れられたのか。

 身体は大丈夫か調べる。どうやら特に動かないとかは無い。

 エリスの攻撃後がまだ痛いが、動くのに支障はない。

「……ち、刀を取られたな」

 ちくしょう、身動き出来ないじゃないか。こんなんじゃエリスを……。

「……俺はエリスをどうしたいんだ?」

 側に居たい。エリスの側に。ただそれだけなんだ。大好きなエリスとずっと一緒に。だから、エリスが死ぬって聞いた時、俺は怖かった。ただ怖かったんだ、彼女が目の前から居なくなるって認めたくなくて。

 エリスを助けたい。

 ――何から?

 忌まわしい巫女の使命からだ。

 ――世界を殺してまで?

「くっ……じゃあ、どうしろってんだよ」

 自分自身との葛藤が続く。世界と一人、どちらを選ぶか。

 前者を選ぶならエリスを見捨てると言う事。

 後者を選ぶなら世界を殺すと言う事。

 俺が選ぶ選択は……。

「マモルさん、起きたみたいですねっ」

 突然の声、それは牢屋の外から。

 そこにいたのはエリスの義理の姉にしてエレオスの妻、リールだった。

「リール!」

「マモルさん……あの、何で戻って来たんですか? 殺されるかも知れなかったのに」

「俺はエリスが好きだから、大好きだから来たんだ。どうすれば良いかなんて分からないままだけど……でも、いても立ってもいられなかったんだ」

 ただエリスの側に。ただエリスの幸せを願って。ただエリスの笑顔が見たくてここに来たんだ。

「……マモルさん、あなたはもう外へと帰った方が良いと思います。あなたは所詮、この世界の人間では無いのですから」

「ぐっ、確かにそうだけど、けど、だけど!」

「ここに残って何になるんです。何故巫女様が変わったのか分からない。でも、エレオス様は何も変わって無い。あの人はどんな事があろうと巫女を守ると誓った男……自分のすべき事を分かっています……あなたは何を? 本当に好きなら何をするべきなのかを考えて下さい」

 エレオスは変わって無かった。エリスが変わろうともエリスを守る。 

 俺はどうしたら良い? 嫌、その前にする事なんて初めから無かったんだ。

 この世界の人間では無いのだから。

「でも、でも、俺は……」

「……ゆっくり考える事ですっ。儀式が終わるまでは出しませんから」

「儀式……そうだ、白き祭壇ってなんだよ」

「白き祭壇は巫女様が再生を成す為の舞台ですっ。そこで再生を行います」

「どこにそれはあるんだ?」

「それは……教えません。万が一と言う事もありますから」

 そう言って歩き去った。くそ、どうしたらいいんだ。

 自分はどうしたいのか、エリスをどうしたい。

「……俺は」

 エリスが死ぬ何て耐えられない。いなくなる事実を認められない。

 あの心地のいい笑い声も、安らかな笑顔も、日溜まりだった温もりも消えてしまう。

 エリスが消える、消えてしまうなら……。

 ユガムココロ。

 ユガムシコウ。

 コタエハコレシカナイ……。

 俺は世界を……殺す。

 エリスを俺の世界に連れて行けば良い。ここの世界の人だって連れて行けば良い。

 ――ああ、自分でも分かってる。

 みんなが外の世界に行けば良いんだよ。そうすれば誰も悲しまない筈だ。

 ――グニャリと心が歪んで行く事が。

 そうだよ、だからエリスが死ぬ事は無いんだ。大切な人がいなくなる何て考えられないから、俺はこの日から狂うんだ。何の解決にもなっていない事を気付いていたのに、見て見ぬふりをしたんだ。

「エリスを止めないと」

 歪んだ心のままエリスを思い浮かべる。俺は何てエゴイストなんだ。

 エリスを失うなんて嫌だ。嫌なんだよ。

「くそ、どうにかして出ないと」

 辺りを見回す。何もない、どうやって牢から出れば良い? どうにかして出られないか? 牢に体当たりを試みる、だが分厚い木の牢は微動だともしない。

「くそ、まだだ! うをおおお!」

 再度体当たり。だがダメだった。

 くそ、くそ、くそ。このままここで指をくわえていろと言うのかよ。そんなに悠長にしていられないんだ。

「くそ、刀があれば何とか出来たのに」

 弱音を吐いたその時だ。誰かの足音が近付いて来ているのに気が付く。

 誰だ? まさかリールが戻って来たのか?

 目の前に出て来たのは……。

「……あ! やっぱりマモだ!」

「アリア! お前何でここに?」

 現れたのはアリアだった。

「お前、俺を追いかけて来たのか?」

「ええ。そうしたらやられて連れて行かれるところを茂みから見てた。後を付けて来たんだけど、意外にここ広くってマモを探すのに苦労したんだから」

「アリア……そ、そうだ、俺を出してくれ」

 これでエリスを追い掛けることが出来る、と言った途端だ。アリアは真剣な目付きになった。

 アリア? どうしたんだ? 訳も分からないまましていると、アリアは俺に問い掛けて来る。

「助けたらマモはエリのところに行く気なの?」

「あ、ああ、そうだ」

「あたし達全てを殺してまで?」

 アリアは悟っていたんだ、俺がエリスを助けて外へと連れていく事を。

 その行為がどう言う意味なのかを知っている。

「……俺はエリスが好きなんだ。好きな人に死んで欲しくない。耐えられない。世界中を敵に回しても、世界を殺す事になっても……俺はエリスを選ぶ」

「マモ……」

 アリアが涙を流す。分かっている、世界を殺すと言ったんだ、つまりアリアを殺すと言ったも同じだ。

 だけど決めたんだ、俺はエリスと共にあり続ける事を。

「あたし、マモの事が大好きでした。マモの笑顔が好きでした。マモの強い意志に恋しました。本当に大好きでした……マモ、あなたはあたしを今の言葉で殺したんだからね? これからどうなるか分からないけど……」

 と言って牢屋の中に何かを投げ入れだ。

 それは取られた俺の刀、アリアが取り換えしてくれたのか。

「あたし、これから自分の家に帰るから……これ以上マモを見ていられない……歪んだマモなんか見たくないから、だからさようなら、……あたしに出会ってくれてありがとう」

「アリ……」

 そのままアリアは歩き去る、俺はアリアに酷い事をしたんだ。

「……ごめん、アリア」

 ――後悔したのか?

 アリアを悲しませた、何て最低な人間なんだ。自分のエゴでアリアを傷付けた。

 ――お前が選んだ道だろう?

 分かっている、分かっているさ。でも、俺は最低だ。

 ――選んだのなら前へ。悲しんでいる場合では無いだろう。

 ああ、そうだ。エリスを助けるんだ。命を無くす何てダメだ。

 エリスに会いたい。

 エリスに触れたい。

 エリスと一緒にいた。

 エリスと未来へ。

 ――なら簡単だ。後は進むだけだろ、俺。

 行こう。エリスと一緒の未来を守る為に。例え……力尽くでもエリスを連れて帰る。どれだけ拒まれようとも。

 グニャリとまた歪む心。誰にも邪魔をさせない、例え戦う事になっても。

 刀を拾う。

 息を深く吸い、吐き出す。そして刃を抜き、牢を切りばらす。

 牢をバラバラにし、歩き出す。広い空間の中にいる、どうやらここは洞窟の中らしい。暗闇になれた目が天井を見上げると、そこはゴツゴツした岩肌。

 洞窟の中にはたくさんの牢屋がある。ここには罪人は居ない様だ。もしかしたらもう使われてはいないのかもしれない。

「向こうに光が見える……あれが出口か」

 光を目標に進むと、外へと出られた。

 出た先には七の一族の聖なる場所。遠くに神殿が見える。

「エリスは何処だ?」

 どうする? まったく情報が無い。何か手掛かりを探しに行かないと。取りあえず神殿に行ってみよう。何か分かるかもしれない。

 幸運か、誰にも会わずに神殿へと辿り着く事が出来だ。

「ここからだな」

 調べるなら神殿の中に入らないと。だが、入口には二人の番人が警備している、どうするかな。

 物陰に隠れ様子を伺う。すると、警護している番人達の話声が聞こえて来た。

「巫女様は無事に辿り着けただろうか?」

「大丈夫だ、何しろエレオス様が護衛なさっているのだ、もう着いていてもおかしくない」

「白き祭壇がある秘密の場所の名前の由来が分かった様な気がするよ。きっと白き祭壇を守る為にあの場所を秘密にしたんだろうな、だから秘密の場所」

「かもしれないな」

 白き祭壇が秘密の場所に在るだって?

 これは凄い情報だ。エリスは秘密の場所に向かってるんだ。ヴァンクール決戦前まで俺もそこにいたんだ、場所は覚えている。

「よし、今から急げば間に合うかもしれない」

 エリスが命を星に捧げる前に助ける。

 そうしたらエリスと外の世界へ。そうすればエリスは死ななくて良い。幻想の大陸のみんなだって連れて行けば良い。

「……何て自分勝手な考えだ。自分に反吐が出そうだ」

 この場所から離れる事にする。秘密の場所か、あそこにエリスがいる。

 急いで聖なる場所を出た。目指すは言うまでも無い。

「エリス、今行くから」

 一歩、一歩、確実に前へ。

「護、何処に行くんだ?」

 突然呼び止められ、振り向いたら親父がいた。きっとアリアと同じように後追いかけて来たんだな。

「親父……」

「何処へ行くんだ?」

「……エリスのところだ。今からエリスのところに行って、連れ戻すんだよ」

「お前は何を言っているのか分かっているのか? それがどう言う意味なのか分からない程ガキじゃ無いだろ?」

 睨む様に俺見つめている。当たり前だよな、今から俺がしようとしている事は世界を殺す事だから。

 だけど、親父だからといって邪魔はさせない。

「親父、邪魔をしないでくれ」

「目を覚ませ、護」

「俺は至って正常だ。親父、黙って行かせてくれないか?」

「無理だ。わしは目の前で世界を滅びるところを見たくない。分からないのか? この世界はわしらの世界では無い。よそ者のお前が世界の運命を潰す事は許されない」

 そんな事、とっくに分かってたさ。この世界は俺の世界では無い、干渉してはならない。

 でも、俺はエリスを好きになってしまった。彼女が居なくなるなんて考えただけでも身体が震える。

 不意にアリアの涙を思い出す。もう後戻りは出来ない。

 アリアに涙を流させてここに立っているんだ。俺の意思を貫き通さないと。俺何かを思い、傷ついたアリアに申し訳ない。

「……もう一度だけ言う。親父、どいてくれ」

「……そうか。お前の意思は堅い様だな。なら、もう言葉はいらないな」

 二人同時に刀を構えた。

 最初に飛び出したのは親父だ。駿足で間合いを詰めて来る。

 だけど、俺は時間を掛ている暇は無い。刀を返し、峰を前へ。

「……超感覚」

 世界はスローに。親父は必死の顔で俺に向かって来ていた。

 すまない親父。俺、エリスを失うって思っただけで身体が震えるんだ。怖いんだよ。

 峰打ちを決めようと刀を構え、走り出す。あっと言う間に親父との距離をゼロに。

 でもダメだ。親父を俺の自分勝手な意思で傷つけるなんて出来ない。出来る訳が無い。

 そのまま親父を振り切り走る。親父には俺が消えたと思うだろう、行き先も分からない筈。でも探し続けるんだろうな、俺の事を。

 決めたから、例え間違っている選択だったとしても。

 俺はエリスとの時間を求めたんだ。

 止まった様な世界を駆け抜けながら、秘密の場所を目指す。



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