Chapter_28 思うは君の事ばかり
流れる様に靡かせている金色、美しい黄金の髪が彼女に似合っていた。何もない場所では彼女がいるだけでそこは神聖な場所になった。
微笑む彼女、それをいつまでも側で見ていられると信じていた。いや、今だって信じている。
信じているのに、信じているのにどうしてなんだ。
『死になさい』
敵意を剥き出して襲って来た光が頭から離れない。何であんな事をしたんだ。
彼女は可愛くて、優しくて、ちょっと天然で、それで……それで。言いたい事が多過ぎて困るくらい、彼女は素晴らしいのに。
あれは夢ならどれだけ良いか。
彼女は変わってしまった、何が起きてしまったんだ。
エリス、エリス……。
瞼を開ける、するとそこに天井が現れた。どこだと寝惚けていたがここが宿であると時間の経過が教えてくれた。あの後、近くの村に逃げてそこで一夜を過ごしたんだ。
身体がだるかった、起き上がりたくない。気力が出てこないい。しばらく無心に天井を眺めるばかりで起きようなんて思えなかった。
ドアのノック音が飛び込んだ、誰か起こしに来たらしい。
「マモ、起きてる? もうお昼よ?」
起こしに来てくれたのはアリアか。そうか、もう昼なのか。
「……マモ、起きてるの? 開けて良い? ……開けるわよ?」
扉が動き、アリアが姿を現す。中へ入り、扉を閉めるとこっちに歩み寄って来る。
上から覗き込んで来るアリアの姿があった。
「なんだ、起きてたんじゃない。おはよう、もうお昼よ?」
「……ああ」
「あんなに早く寝ちゃったのに良くこんなに寝られるわね? お腹減ったんじゃない?」
「……ああ」
彼女の返答ただ素っ気なく返事するしか出来ない、心ここにあらずだった。
「マモ、きっとエリは訳があるのよ、だってあんなに優しい子があんな風に変わるなんて有り得ないもの……元気を出してよ、あたし、元気なマモが……」
「……悪い、今は一人にしてくれないか?」
今は一人でいたい。
「……何よそれ。あんた、本当にマモなわけ? こんなところでグジグシしている男があの勇ましかったマモなの? マモはいつも前を見ていた、どんな時だって諦めなかったじゃない!」
「くっ、うるさいんだよ! 何で俺につっ掛かるんだ! ほっとけよ、俺の事なんか! 何が分かるんだよ! エリスに死ねって言われたんだぞ! 構うなよ!」
「構うわよ! だってあたしはあんたが好きなんだから!」
シンとこの場が静かになる。俺は今気がついた、アリアが泣いているボロボロと涙を流して俺を睨んでいた。
「……アリア」
「悪い!? でもね、好きになっちゃったものは仕方ないでしょうが! 構うなですって? 無理よ! 好きな人が苦しんでいるのにどうして無視出来るのよ! ぐすっ、……あんただけが苦しいだなんて思わないでよ、あたしだってエリが変わって苦しい、ようやく仲良くなれたと思ったらこれよ?」
流れる涙を手で拭き取り、再度言葉を述べる。
「だから悩んで無いで、一人で苦しんで無いで、どうしてこうなったのか、どうしたら良いのかを考えて動かなきゃ! じゃ無いと……今までのマモが嘘みたいじゃない。グズグズするな!」
心の奥にアリアの言葉が反響している。
確かにただ悩むだけで何もしなかった、こんなんじゃ俺は何も成長出来て無い。
それにアリアを泣かせてしまった、俺は何をやってるんだ。
「……すまないアリア。俺は逃げていた、エリスが俺に牙を向いたなんて認めたくなかったから。俺、確かめてみる! 何でこうなったかを調べて……エリスにもう一度会う」
「うん、それでこそマモらしい。元気ないマモなんて見たくないからね? あたしも力になるから、だから、ふさぎ込まないで」
「ああ。……それと、怒鳴って悪かった、謝る」
「本当よ! 全く……でも許してあげる、今回だけなんだから」
と言って笑った。こんなところでふさぎ込んでいても始まらない。動け、動くんだ。エリスに何があったのかを調べないと。
「……でさ、どうやって調べればいいんだ?」
「あ、あたしに訊かないでよ、知る分けないでしょ」
だよな。なら、親父に相談するしかないか。
「親父は?」
「外で剣の素振りしてたわよ、マモのパパに相談するのね? じゃ直ぐ行こう」
外に出てみる、目の前が芝生の広場になっていて、そこで親父が刀を振るっていた。
「親父!」
「……ん、どうやら立ち直ったみたいだな。アリアちゃんに感謝するんだぞ? ……何か話があるみたいだが」
「ああ、何でエリスがああなったのか調べたいんだが、どうしたら良い?」
そう言うと考え込んでしまった。難しい話だからな。
「そうだな、今のところは何も分からん。……だが、いつも七の巫女に関してずっと調べていたんだ、それなら話せるが?」
「そうか、親父が調べた七の一族の事に何かヒントがあるかも知れないな……話してくれ親父」
「分かった……七の一族に数百年に一度生まれる神聖な存在、それが七の巫女だ。七の巫女は再生の子と言われ、世界を救うと言われている」
「再生の子か、なんか意味ありげだな」
「そうね、それは何か分かってないのマモのパパ?」
「残念ながらな。ただ歴代の七の巫女に共通する事がある、今までの歴史の中で七の巫女は一定の年齢になると何故か行方が分からなくなる。例外なく、巫女がいなくなる」
「な、なんだよそれ、じゃあ、エリスもいなくなるのか?」
「今は何とも言えん」
もし今の話が本当なら、近い内にエリスが行方不明になるって言うのかよ。くそ、情報が少な過ぎる。
「他に何かないのか親父」
「他は七の巫女に関係ない事ばかりだ。済まん、力になれなくて」
くそ、どうしたらいいんだ。こんなところでグズグズしていたら、エリスが居なくなってしまうかも知れないのに。
何か良い方法は無いのか? 直接エリスに訊きに行くか? いや、あれだけの攻撃をして来たんだ、今行ってもダメだろう。
「……ちょっと町に出て来る。良い方法がないか考える」
「そうか、確かにここに居ても良い案は浮かばんだろうな。わしも今まで調べた事をもう一度調べ直す」
「あたしも付き合うわマモ!」
こうして町へと繰り出す。木造の建物が並ぶ町並みしばらく歩く事にした。
どうする? 今何も分かって無い。なら、誰かに訊くか? 訊くって誰に。エリスを良く知る誰かが居てくれればな。
「あれ? マモ、あそこに居る人……」
「え?」
行き交う村人、その中に見覚えのある人物を見た。戦いにおいて理想的な身体を持った人物、手に持っている槍が俺の記憶を呼び起こす。
「プセバデス!」
元ヴァンクール守護四神将、そしてエリスの父親、プセバデス・シシスが目の前に。なんでこんな場所に?
「おーーい! エリのパパ!」
「ん? お前達は! 何故ここに居るのだ?」
「それはこっちのセリフだ! プセバデス、何でこんなところに?」
エリスの為にヴァンクールに入って守って来たが、裏切ったと自分を責めて旅に出ていたプセバデスがこんなところにいるなんて。
「我はたまたまここを通り掛かっただけだ。元々、当ての無い旅だからな……お前達は何故ここに? エウカリスの側に居たのでは無いのか?」
「……実は」
ここでプセバデスに会ったのは何かの巡り合わせかもしれない。なら、エリスの事を教えれば何か知ってるかもしれない。
今までの事を話して。エリスの突然の変化、話している間もまだ信じられなかったが、伝える。
全て話終える、するとプセバデスは非常に驚いた顔をした。
「その話は本当か?」
「あ、ああ。何か知ってるのか?」
「……そうか、エウカリスに再生の時が近いのか」
再生の時? なんだ、もしかして何か知っているな?
「何か知ってるなら教えてくれ! 頼む、エリスに何があったのか!」
「あたしからもお願い!」
「……本当に知りたいのか? 後悔するかも知れないぞ? お前はエウカリスに好意を持っている。なら、知らない方が良いかもしれない」
知らない方が良いだと? そんな事あるか、俺はエリスの側に居たいんだ。後悔する筈が無い。
「……教えてくれ」
「……本当に良いのか?」
「ああ!」
「分かった、そこまで言うなら教えよう。どこか落ち着いて話せる場所はあるか?」
「なら俺らが泊まってる宿に」
「分かった」
急いで宿へと戻る。泊まっている部屋まで行くと、親父が何やら資料を真剣に読んでいる最中だ。プセバデスがいる事に驚いていたが理由を説明し、理解してくれた。
プセバデスの話をようやく聞くことが出来る。
「じぁあ、話てくれ。何でエリスがああなったのか」
「さて、どこから話したものか。……二つの月、この前夜空に浮かんでいたのは知ってるか?」
「ああ、エリスと一緒に見たよ。今思えばその時エリスの様子が少し変だった気がする」
「そうか、やはりエウカリスに動揺があったか。あの二つの月は言わば七の巫女に対する合図みたいなものだ」
合図?
「これがエウカリスにとって、七の巫女に与えられた運命、勤めの合図。それを話す前にこの世界の事、その真実から話さなければならない」
「世界の真実?」
「ああ。我らが世界は過去、何度も人間の文明が滅びた世界なのだ」
何度も文明が滅びた?
「どう言う事だよ」
「昔、何百、何千、何億年も前、高度な文明があったらしい。空を飛ぶ乗り物があったと聞いている。だが、滅びた。理由は分からないがな。人間は少なくなり、土地は荒れ、何もなくなった。だが、何百年も経ち、また世界は緑に覆われて行く。そこから新たな文明が繁栄し、また滅びる。それを繰り返し今の世界にたった一つしかない幻想の大陸になった」
文明の繁栄と崩壊が何億年間ずっと続いているだって? 途方もない話だがそれがエリスと何の関係があるんだ?
「文明が繰り返しているのは分かったけどよ、これがどうエリスと関係があるんだ?」
「護、話は最後まで聞くんだ」
「……何度も繰り返して行く世界、何億と言う莫大な時間の流れは星の寿命を縮めて行った。つまり、この星の生命力が枯渇し始めている、本当なら数百年前の昔にとっくに滅びている」
それってつまり、もうすぐ世界が滅亡するって事かよ。でもおかしくないか? 枯渇してるのにまだ世界は健在だ。
「人々は神に願った。我々の世界を救ってくれと。慈愛な神は人々の願いを受け入れたのだ。……そして、神はこの世に再生の子を生み落とした。それが七の巫女だ」
「再生の子、一体何なんだよそれは」
「その名の通りだ。再生、この世界を存命させる為に生まれた存在なのだ」
七の巫女が世界を存命させるために生まれた存在。
まだピンと来ないな。
「七つの力を使い、二つの月が出るまでの間生き抜く為に能力が備わっていた。二つの月は合図、再生せよと七の巫女へ送った神の合図」
「再生って具体的に何をするんだよ?」
「……七の巫女の最後の能力で世界は救われる。能力の名は『再生』、その能力の効力は…………“自分の命を引き換えに世界に生命力を吹き込む。”それが再生、エウカリスはもう直ぐ……自分の命を持って世界を再生させる」
え? 今何て言った? 自分の命と引き換えにするだって?
「……ま、まさかエリスは……もうすぐ……死ぬ? ち、ちょっと待てよ、なんだよそれ! エリスがもうすぐ死ぬって言うのかよ!」
「ああ、それが歴代の七の巫女の結末。世界はその度に救われたのだ」
そんな、エリスがもうすぐ死ぬだなんて。頭が真っ白に塗られて行く。エリスは最初から知っていたのか? 知っていて今まで生きて来たのか?
「世界を再生させると言う事は幻想の大陸全ての人間を助けると言う事。……我はエウカリスの母親、そして我の妻、マリアンヌからこの事を教えられた。七の巫女を身ごもった時、夢を見たと言っていた。それは神が見せた七の巫女に関する事、神がマリアンヌに伝え、我が聞いたのだ」
「……エリスは最初から知っていたのか?」
「ああ、ヴァンクールを倒した後、エウカリスが我に話てくれた。知っていたと伝えると驚いていたな。……何故エウカリスが豹変したのかは分からない。そんな事は聞かされていない」
エリスの豹変は今の話と関係ないって言うのか?
「……これが七の巫女に関する話だ。他は無い。全て事実だ」
「ちょっと待てよ、何でそんなに冷静なんだよ、何で悲しまないんだ! エリスはあんたの娘なんだろ!? どうして悲しまないんだよ、エリスなんてどうでもいいと思って……」
「護! 子を思わない親がいると思っているのか! どんな気持ちでプセバデスが今の話をしたと思っている! 良いか、確かに大切な子だ。だが、お嬢ちゃんには使命がある、それは何人、何百、何千もの人の命が掛かっているんだ!」
親父が叫ぶ。エリスが世界を再生しなければここの大地に住む人々は死ぬ、自分の命と引き換えに。それはどんなに苦しい事だろうか、俺何て言うちっぽけな存在には分かる筈が無い。
「サムライ、もう言わなくていい。我はエウカリスが生まれる前から覚悟をしていた」
「プセバデス」
「サムライの息子、この話を聞いてお前はこれからどうするんだ?」
「どうするって、そりゃあ……」
エリスが何故変貌したのかは分からないが、エリスがやろうとしている事が分かったんだ。世界の再生、自分の命を引き換えに世界を再生させる。
――だからどうする?
エリスがこのまま再生を行ったら、命を無くす。
――だからどうする?
エリスが死ぬなんて嫌だ。目の前から居なくなるなんて、耐えられない。
――だからどうする?
エリスが再生をしなければ世界は滅び、人々が死ぬ。
――だからどうする?
一人を救い、世界を殺すか。
世界を救い、一人を見捨てるか。
――だからどうする?
「……俺は……どう、したら良い……んだ?」
「大丈夫マモ? 顔色が悪い。えっと、何か他に方法があるかもしれないじゃない! だ、だから元気を出して。ねぇ、エリのパパ、エリが犠牲にならなくなる方法は無いの?」
「……無い。枯渇した星の生命力を戻せるのは七の巫女だけだ。……他の方法など無い。我はエウカリスが生まれる前からそればかりを考えて来たのだ。それは今も……何年も考えて答えは出なかった、それが答えだ」
悲しそうな表情をプセバデスが形作る。父親としてエリスを思い、考え、悩みながら苦悩した。
なのに出て来た答えは非常な現実のみ。エリスが世界を再生しなければならないと言う、現実。
「俺は……俺は……」
不意に脳裏に浮かび上がるエリスの笑顔。優しくて、暖かくて、繊細で、寂しさを含んだ笑み。
痛い、胸が痛い。
急に思い出す。エリスの部屋を。ベッド以外何もない部屋。それは自分がこれからどうなるのか知っていたから何も置いてなかったのだろう。
死を覚悟していたから必要無いとしていたのか?
あの部屋でエリスの気持ちを聞いた。
『まもる……わ、私も好きです。まもるの事、大好きです』
精一杯の笑顔をしてくれたのに、その裏では苦しんでいたんだ。話がしたい。もう一度話が。どうするのか答えが出ていないが、話さずにはいられなかった。
でも、会って何を話す? 死ぬなと言うのか?
あの声が胸を痛め付ける。
『死になさい』
どうして変わったのか、それも分からないが、あの部屋で語り合ったエリスが忘れられない。
「一晩考えてみるんだな、お前がどうしたいのか、どうするべきなのかを」
「……ああ」
「我はここに泊まる。明日、お前の意思を聞こう。……だが忘れるなよ、エリスはこの世界の運命を担っている事を」
そう言い残しプセバデスは部屋を後にした。
沈黙、この部屋を支配しているのは沈黙。それを破ったのは親父だ。
「……護、日本へ帰ろうか」
「な! 何を言ってるんだよ親父! エリスを放って帰れる分けないだろ! 何考えてるんだよ!」
「聞くんだ護、本来は別の世界に干渉出来る訳が無い。ただ、道が出来てしまったから来れただけだ。本当ならこちらに来る事も許されない、ここは自分の世界では無いからな。お嬢ちゃんはこの世界を救おうとしている、それを阻む事をしてはダメだろう……護、わしらにはやれる事なんて無い」
何だよそれ、エリスを黙って死なせろと言ってるのか?
嫌だ、そんなの嫌だ。
空白になる頭、そして身体は勝手に動き、部屋を出て行く。嫌、勝手ではないな、現実を受け止められなくて、この部屋にいたくなくて走り出したんだ。
「護!」
「待ってマモ!」
何処に行こうと言うんだ俺は。現実を拒んで逃げ出してどこへ行こうと言う? 景色がまるで分からない。全速力で走る。ただひたすらに。
気が付けば森の中、ここは第七の一族の聖なる場所に近い場所だ。
「はぁ、はぁ、はぁ……ぐっ。こ、ここに来てどうするんだよ俺」
あの村からここまでだいぶ離れている。数キロだ。気がつかないままこんな遠くまで来たのか。
「……もう一度エリスに会いたい」
次に会えば殺されそうだが、でも、それでも会わないと気がすまない。息を整えろ。……よし、安定して来た。会って何を話すと言うのか、分からないまま足は聖なる場所へ向かう。




