Chapter_22 王
高鳴る鼓動を落ち着かせるのに忙しかった、近くにいる、そう考えるだけでここを目指してきた努力が一気に実ったと言えるだろう。一番会いたかった人が目の前にいる、手の届く距離に。
金色の長い髪をなびかせたエウカリス・アピュエース、彼女がすぐ側にいるんだ。
「……まもる、怪我してます」
「大丈夫だ、これくらい……エリスも大丈夫か?」
「はい、私は大丈夫です」
ちょっとした会話が出来る幸せ、それを阻んだ奴が目の前にいる、エリスを悲しませた奴がいる、いろんな人を苦しめた奴がいる。
イデア・グランデ、こいつだけは許せない。
「絶対にぶっ倒してやる! 俺の全てを賭けて倒してやる!」
「少年、儂を倒すと吠えたのか? ふっ、あははは! ほざくなよ少年、たかが小さな存在が……不愉快だ」
「不愉快? そりゃあ良かった、ならもっと不愉快にしてやるぜ!」
「待てマモル、ここは全員で向かうんだ! イデアの能力が分からない今、一人では危険だ!」
とフォルティスが叫び、それにリヴァーレが呼応する。
「フォルティスの言う通りだ、君は妹の恩人、死なせたくは無い……プセバデス!」
リヴァーレは能力を発動し、自身の目の前に出現させたゲートの中へと手を入れると、そこから槍を取り出しプセバデスへと投げ渡した。
「我の槍! これで戦える!」
「俺様も戦いたいが……くそ、身体が痺れて言う事をきかない」
「無理をするなフォルティス、お前の分まで私が戦うだけだ」
「くっ……無茶するなよリヴァーレ」
「ああ分かっているよ」
戦力が増えて行く、何とかなるかも知れない、卑怯とか言っている場合じゃ無いからな。
奴の能力は一体何なんだ? 奴と一対一でやり合った時に感じた力、奴は全く動いて無いのに俺を切った、この謎を解かなければ勝てない。
「誰が戦う? 皆一斉でも構わないぞ? 所詮日蝕までの暇潰し……さあ遊戯を始めようか」
「ふざけるな!」
先頭を最初に駆け出したのはリヴァーレだ、続いてプセバデス、最後に出遅れた俺。
リヴァーレの拳の突き、その腕に片方の手を触れさせると腕が消える。腕はゲートの能力でイデアの背後に出現、それと同時にプセバデスの嵐の様な槍の攻撃が全く同時にイデアへ。
さっき超感覚を使ったばかりで少し身体が重い、連続で使えたなら楽だったのに。
交差し合う攻撃を眺めている、その攻撃が当たったら次は俺の攻撃、そう思った。
「無駄な足掻き、お前達は好きだな?」
一瞬の事で理解が遅れる、攻撃を仕掛けていたプセバデスとリヴァーレが相手にダメージを与えるどころか身体中を切り裂かれて地面に落ちたのだ。イデアは全く動いて無かった、何をしやがったんだ奴は。
「リヴァーレ! プセバデス! ちくしょう、イデアァ!」
一筋の光が奴に伸びさせて行く、右斜め上へと刀を滑らせ空間を突き進む。
そして接触、対象に触れることなくイデアの白い剣がそれを遮った。
「怒りの感情、中々心地良い。仲間をやられた事がそんなに怒りを炎上させるのか? 少年!」
「ふざけるなよテメェ! 仲間をやられて怒るのは当たり前だ! テメェにはそんな感情は無いのかよ!」
「無い、断言しよう!」
ふざけるな、こんな奴を許す訳にはいかない!
即剣術を発動する。技の一つである乱撃、剣による連続攻撃を躱せるか?
「覇皇極心流剣術、乱撃!」
無数の刃が襲う、当たれと何度も心の中で繰り返す、その成果が攻撃が当たった、そう思ったがやはり自分の目を疑う。背中に痛み、切られた?
気が付くと背後にイデアがいる、全く動く気配は無かったのに。いや、動く動作もしていなかった。
イデアと最初に戦った時と同じだ、突然姿を消し、突然現れて攻撃された。膝をつき地面に落ちる。背中の痛みと地面の痛みが一気に襲って来る。
「まもる!」
「どうした巫女、この少年が心配なのか? そうかお前の思い人なのだな? ふふふ、なら簡単には死なせない。徐々に切り刻んで肉塊にしてやる」
「や、止めて! まもるを傷つけないで! お願いです、まもるを、まもるを……」
甲高い笑い声が空気を振動させた。この空間全てがかんに触る嫌な声。
神経を集中、感覚が広がる感じ、これが全体に広がる。
「超感覚!」
周りがスロー再生の様にゆっくりと流れている。痛みを堪え、立った。そして駆け出す、イデアへと向かい徐々に近付いて行く。
ゆっくりの世界を普通の速度で駆けた。実際は超速で動いているのだが俺には自覚はない。
傷が痛む、長くは使えないか。一撃、イデアの右腕に切り傷を付けただけで超感覚が解ける。
「な! 儂に傷だと!?」
「はぁ、はぁ、どうだよ?」
「……ゆ、許さんぞ少年、……取り敢えず“両足が動かなければ惨めだろう?”」
両足が動かなければ惨め? 一体何を言っていやがる? 今の言葉の意味、すぐに知る事になる。
突然の痛みが両足から感じた。何事だと足へ視線を送ると、両足太股から血が溢れていた。その傷はどうやら剣で突かれた傷の様だ。痛みで立ってられない、地面へと惨めに落下した。
「ぐっ! ち、ちくしょう、何しやがった!」
「言ったぞ? 両足が動かなければ惨めだとな、どうだ惨めになったじゃないか、ふははははは! さぁ、痛みに狂わせてやる。惨めな少年!」
このまま弄ばれて死んで逝くのか? ふざけるな、俺の戦いは終わって無いんだ! 立て、立つんだよ。
刀を杖代わりに地面に刺す。痛い、だがそれでも立ってやる、こいつを倒してエリスを助けるんだ。
「悪足掻き、本当に惨めだな。もう足掻くのはよせ、負けは決まっている」
「決まっているだと? 誰が決めたんだよ、まだ俺は立っている、これは事実だ」
負けられないんだ。決意の感情が俺に力をくれる様な気がする。後ろには身体中痣だらけのエリスがいる、まだ痛みで動けない。
「まもる、に、逃げて……」
「ごめんエリス、俺は逃げない。逃げないって決めたんだ、君の為に、そして何より俺自身の為に、敵に向かう心に背を向けない為に」
「話し終わったか? お前達はこれから地獄を味わうのだ、今の内話しておけ……と、言う訳も無い。さて、遊戯の続きをするか」
「ちっ、ふざけるなよ、誰がそんな事させるかよ」
奴の能力が不明なんだ、それを暴ければ何とかなるかもしれない。
一瞬で消える、気が付けば切られている。つまり俺が気が付かない内に行動しているって事だ。
「まもる!」
「え?」
エリスの叫びで気が付くと目の前数センチにイデアがいた。そう、また気が付かない内に移動したんだ。
殺られると直感が働く。傷で動けない、くそ、このままじゃ終わる。
「諦めるな!」
この聞き覚えのある声は……。
「エレオス! それにみんな!」
バルコニーの奥から、仲間達が駆け付けてくれた。
「こいつ、マモから離れなさい!」
アリアの銃撃、それを難なく躱してイデアは俺から距離をとった。次々と仲間達が駆け付けて来る。
「エリス! 大丈夫かい!」
「お、お兄様……」
最愛なる妹を抱き締めるエレオス、エリスの眼から涙が一筋流れ落ちる。七の巫女だからと言ってもやはりエリスは女の子だ、肉親に会えて嬉しいに決まっている。
「何て痣だ、リール、エリスを治してやって欲しい」
「は、はい! 分かりましたエレオス様っ!」
リールがエリスの痣を治し始める。良かった、次々に痣が無くなって行ってる。少しほっとした。
「まもる大丈夫か?」
「平気だよ親父、これくらいの傷」
「ふん、虫けらが寄り添って滑稽な風景だな」
イデアが虫けらを見下して笑っている。
「イデア! よくも僕の妹を可愛がってくれたな、エリスへの冒涜、貴様の命を持って償え!」
エレオスの激怒、この感情はここにいる誰もが同じ気持ち。全員ヴァンクールの総帥、イデアを睨み付ける。
その頃エリスの治療も終わり、どうにか動ける様になっていた。
「大丈夫かエリス? もう痛くないか?」
「私は大丈夫です……でも、まもるが傷だらけ、私がまもるを治します、治したいです」
「ありがとう、エリス」
エリスの手が俺の胸に触れ、瞼を閉じて祈り始める。すると痛みが引いて行く。さすがセヴンスセンスの能力だ、傷の治りが早い。
「これで良いですね、まだ痛みますか?」
「ありがとう、助かったよ。そうだ、プセバデスやリヴァーレと師匠も治してやってくれないか?」
「はい、……まもる、死なないでね」
当たり前だ、そう言葉が出ていた。よし、身体も好調、次は負けない。
彼女と見つめ合う、この先またあの日常を一緒に歩いて行くと心に誓う。言葉はいらない、瞳が全てを語っている。
また、ともに笑い合おう。
仲間の怪我を治す為に彼女が走って行く。さぁ、睨むんだ、相手を最悪の源を。
「イデア、覚悟しろ! 俺達がお前を倒してやるぜ!」
「ふん、儂に切り刻まれ、弄ばれた奴の言葉か? 一人では何もできないクズだったお前が吐く台詞か?」
「……俺は弱い、確かにそうだ。周りが見えずに足掻くだけの餓鬼だった、力も心も全て……でもやっと分かったんだ、大切なのは弱さを認める事、それが強さに大切な事だ。俺は弱い自分から逃げていたと思う、俺は強い、誰にも負けない、そう意地をはって。でも……本当の強さが教えてくれた、大切な人を守る、これが本当の強さだ! 人を不幸にする力は強さじゃない、俺はお前を否定する、俺の全てが!」
拒絶の言葉を投げ付けてやった、完全な否定。
行くぞ俺、今の言葉を証明しろ! 刀を強く握れ、大地を強く踏み出せ、敵の強い殺気を感じろ、油断をするな。
「暇潰しが喚くか……ここにいる虫けら共はどうする気だ? 儂に逆らうのか?」
「当たり前だ! 僕の妹への罪を味あわせる!」
「そうよ、そうよ! あんたみたいな奴は邪魔よ! エリをよくも……許さないから!」
アリアとエレオスが奴に言い放つ、強い意志が奴に収束。
「わしも貴様の様なやからは許せない、この大陸とお嬢ちゃんの為にも貴様を滅する!」
そうだよな親父、ここで動けるのは、俺とエレオス、アリアに親父だ。負けられないんだよ、後ろにエリスがいるんだからな、負ける分けには行かないんだ。
全員が奴目掛けて前進、ただ、奴を倒す為に。
「さて、誰から死にたい? 御託はいい、早く来たらどうだ?」
「やってやるわよ!」
かざされる拳銃、アリアが引き金を引く。爆音とともに弾が飛び出す。だが弾は当たることは無かった、イデアの前で弾かれ、空へと消えて行く。
驚いたアリアの目に映っていたのはイデアでは無く、突如現れた人物。
「総帥は殺させないよ!」
守護四神将の一人、サージュ・ボンが影を棒の様に伸ばし、弾を弾き飛ばしたのだ。サージュの姿を見た親父が驚きの声を上げる。
「サージュ! ……やはり君はイデアの味方になるんだな」
「殺らせないよ、ボクは総帥がいたからここにいるんだ! 行け、影達!」
大量の影の獣達が増殖、俺達に襲い掛かる。
「わ! 何よこんな時に!」
「くっ、護、ここはわしらが何とかする、イデアを何とかしろ!」
「分かった!」
俺とエレオスとタッグを組み、イデアに向かう。エレオスが何やら身体の周りがオーラの様なものが纏わり付いていた、何だあれ? まぁいい、狙うはイデアのみだ。
「二人か、さぁ、楽しませろ」
俺の攻撃が最初だ、無数の刃を放つ技、乱撃を発動させて前に出る。奴はこの攻撃を避けている、複雑な攻撃を避けるなんて。
すかさずエレオスが俺を飛び越え、大剣の一撃を落下させる。
「だぁああ!」
舞う屋根のクズ、イデアが消えた、また一瞬で。ぞくりと寒気を感じる。後ろだ、奴は後ろにいるんだ。
「伏せろ護!」
その声の場所から放たれた真横からくる暫撃、イデアを狙う。直ぐにしゃがみ頭上を暴風となって大剣が通り過ぎ、奴に当たるのを待つ。
だが、当たる事はなく、そのまま通り過ぎる。つまり避けたのだ。後ろを見ると奴の姿がない。また消えやがったな。
「何処にいきやがった!」
「鈍いな、探せないのか?」
今の声は何処から聞こえた? 居場所に気が付くとそんなと信じられなくて固まってしまう。奴は俺の真横にいたんだ。また気が付かなかった、だがどんな能力でも負ける訳にはいかないんだ。
横にいる標的に刀の一閃。だが当たらない、また消えたのだ。
「くそ、奴の能力が分かれば」
「護、敵の能力が不明だ、背中を合わせろ!」
急いでエレオスと背を向け合い、あらゆる攻撃を迎える戦闘形態になる。後ろはエレオスに任せる、俺は前だ。
「あれ? これって」
戦いの最中、エリスが何かを感じた声を出す。そうだ、何で今まで忘れていたんだ、エリスのセヴンスセンスの中に『無効』の力がある事を。
あれは奴等から逃れる為にフォルティスの家を後にした時の事だ、火を使う能力者にエリスは火ダルマにされてしまった。だが、生きていた。
『無効』、全ての第六感からなる能力を無効化する力。
今聞くと最強じゃないか? まぁいい、それよりもこの力があるならイデアの秘密に気が付いたのでは?
「エリス! 何か分かったのか!」
「は、はい、イデアが能力を発動している時“みんな動かなくなったんです”。“イデアだけが悠々と動いてました”」
「……ふん、やっと気が付いたか」
「みんなが動かなくて、奴だけが動いていただって? それって……」
「止まる…………時か!」
エレオスが叫ぶ、時だと?
そうか、時間を止める能力、これがイデア・グランデの能力って訳か。それなら今までの事に説明が付くな。いつの間にか切られていた、それは時間を止め、切り、また元の場所に戻る。
「時を止める、そうだな、イデア!」
「ふん、正解だが少し違う。儂自身を時間の流れから脱退させる力、時間を止めるなど不可能。だが儂は流れから抜けだし、元に戻る、これが『時空離脱』」
どちらにしろ厄介だ。
「能力は分かったが……どうする護、厄介なのは変わらないぞ?」
どう対抗したらいい? 今考えられるのは一つ、能力を発動する前に叩く事。これしかないだろうな。
ゆっくりと神経を集中、超感覚を発動させる。周りの景色がゆっくりと流れ始める。刀を構え走り出す。能力を使われる前に奴を倒す。よし、能力は発動してない、何とかなるかもしれない。
だが、その考えは砕け散る。身体全体が痺れ、傷み出した。これは超感覚のリスク。
超感覚が解けてしまった。
「ぐっ、か、身体が……」
その場に蹲り、手を見るとブルブルと震えている。くそ、こんな時に。
「少年、何やら悪巧みがあった様だが、自滅の様だな」
「う、うるせーよ! こ、こんなの、どうって事ねぇ!」
「まもる!」
イデアの白い剣が目の前にある、ヤバイ、殺られる。エレオスがすぐに駆け付けようと走る、だが、距離が遠い。エリスの叫び声が聞こえたな、もしかしたら最後に聞く声になるかもしれない。
ふざけるな、そうはさせるか。
と決意して這ってでも戦おうとしたがイデアは動きを止めた。
「……もう時間だな、暇潰しに感謝するぞ?」
「何?」
時間だと、何の時間だ? 気が付くと風景が少しずつ黒に染められて行く、まだ昼間なのに、夜に成ろうとしている、この意味をようやく理解する。
すぐに太陽に振り向く、少しづつ闇が浸蝕して行く、つまり日蝕が始まった。
「サージュ、これから邪魔されたくない、儂を死守しろ」
「はい、総帥!」
親父達と戦っていたサージュはイデアを守るために影を囲んで配置、まさに鉄壁。
エリスが危ない、すぐにエレオスが彼女へと戻り護衛に入る。く、俺が動ければ。
「さて、巫女を渡してもらおうか?」
「誰が貴様の様な奴に! 妹は渡さない!」
「そうだ、渡せない」
治療を終えたプセバデスがエリスの前に立つ、続けてリヴァーレとフォルティスも。
「お父様、もう身体は大丈夫ですか?」
「ああ、問題ない。エウカリス、お前は我が守る、必ず……エレオス、色々と話があるだろうが今は……」
「分かっている、今は目の前の敵を倒す事に全力を尽くす」
エリスを守る、敵を倒す、この意思が二人の中に固まる。
フォルティスとリヴァーレもこの意思を表した表情、エリスに優しくほほ笑み、イデアを睨む。
「フォルス、リヴァーレ、やはりこうなったな」
「私はあなたに感謝していた。だが、エルマを危険に晒した、それだけは許せない」
「エリスも、エルマも、この大陸も……俺様が守る! 絶対にだ!」
許さない、そうだ、許す訳にはいかないんだ。俺もこんなところでくすぶっていてどうする。
それぞれの思いが渦巻く中、世界は黒へと変化した。
日蝕、数百年前に先代の七の巫女が帝国ヴァンクールを倒し、幻想の大陸を救った英雄。その時の戦いで出来たのがこの日蝕らしい。
毎年、同じ時間に日蝕になると聞いた。一体何故そうなるかは知らない。その闇が今、この世界を覆っている。
「ふふふ、あははは! 日蝕が、日蝕が現れた! ふははは! やっと“門”が開いたか!」
「門? テメェ、何の話をしていやがる!」
「ふははははは! 少年、お前には関係の無い話だ、さて始めようか、巫女の処刑を!」
させるか、この場にいる全員がこの言葉で皆の心が一つになった。
エリスを囲み、奴から守る。何とか俺も立つ事が出来た。
「テメェ何かに、好き勝手させるかよ!」
「そうか……だが、少し遅かったな?」
「何を言って……なっ!」
目の前の光景に頭が真っ白になる。奴の、イデアの足下に、エリスがいたのだ。
まさか、そう思い皆が囲む場所を確認するがエリスが居ない、まさか時を止めてエリスを拐ったな。
「え? あれ? 私……」
「さぁ、始めようか巫女」
エリスの頭上に今にも落ちそうな剣が浮いている、いや、イデアが振り下ろそうとしていた。
「やめろぉーー!」
俺の声が闇に響く。




