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じっちゃんの夏祭り

作者: 神奈宏信

仕事をしている時、外に出ている時、見かける人々の仕事を見て思ったことを書いてみました。

『じっちゃんの夏祭り』


雑居ビルが乱立するような街中に、ぽつんと佇む一際低い建物。

スケートボードをこぎながら、私はそこへと入っていく。

周りの華やかな看板に彩られたビルに比べれば、少々みすぼらしい感じがする。

無理もない。

そこは、商業施設などではなく、大学なのだから。

スケートボードに乗ったまま、棒つきのキャンディを咥えて校門を潜る。

並んで歩く生徒の横をすり抜けて、入り口前までやってくるとボードから下りて後ろの方に足をかける。

跳ね上がったスケートボードを左手で掴み、右手でキャンディを抜いて首を左右に傾ける。

「一講からは辛いわ。」

時刻は九時手前。

どことなく、周りの生徒達も急ぎ足に見える。

背負っているリュックにスケートボードを引提げて、再びストロベリー味のキャンディを口に入れる。

ガラス張りの扉についている四角い取っ手に手をかけたところで、背後から誰かが走ってくる足音が聞こえてきた。

ガラスに背後が映っている。

見覚えのある男が全速でこちらに向かってきたかと思うと、刹那飛び跳ねて膝を突き出す。

扉を手前に引いて、軽く避けてやると男は段差に足を引っ掛けて派手に転倒しながら学び舎へと入っていく。

高槻久道のいつもの事なので、驚くことは何一つない。

手で、キャンディの棒を掴んで口の中で一つ転がした。

舌の上で回るキャンディは、さわやかで甘い味を私に伝える。

「おーおー。今日はまた派手に突っ込んだねぇ。高槻君。」

「おう!何、どうって事ないさ!!」

額にうちみなどが見られるが、本人が大丈夫と気持ちのいい笑顔を見せるのだからそうなのだろう。

それにしても、勢いよく立ち上がったところを見ると今日は随分テンションが高いようだ。

「なーにかいいことあった?」

「ふふふ。よくわかったな。鞍馬神社祭りがあるじゃないか!」

「祭りね。」

並んで廊下を歩きながら講堂を目指す。

時折くるりと口の中でキャンディを回して、そういえばそんなものもあったと頭の中で考える。

「祭りでよくもまあそこまで盛り上がれるね。」

「岸和田!!お前、それでも日本人か!?日本人なら、祭りに興奮しないのはおかしいだろ!!」

「祭りではしゃぐ歳は、とっくに過ぎたねぇ。」

既に私は大学三年生を迎えている。

お祭りなんてものに行ったのは、とうに遠い記憶となっている。

「老け込んでるな。あはは。あがっ!」

ころり、とキャンディを回しながら、こっそりと足を引っ掛ける。

見事なまでに、顔から前のめりに彼は倒れる。

「あ、ごめん。」

「大丈夫大丈夫。平気だって。」

棒読みで謝るが、彼は気持ちのいい笑顔を見せながら起き上がる。

タフなのと元気なのが、彼のとりえといったところだろうか。

三年間を一緒に過ごして、思うのはそんなことだった。


講堂の扉に手をかけて、中へと足を踏み入れる。

後方の席に人が集中して座っている。

彼らは、それぞれ自分達の話に興じているようで、講堂内はざわついていた。

前の方に座っている連中は、律儀にノートなどを広げて講義を受ける準備を整えている。

二極化されているような講堂で、私らが座るのは当然前者の方である。

後ろの混雑している座席の中で、最後列の窓際に空いている席を見つけて、そこに鞄を下ろす。

当然のように、高槻は隣に平然と座る。

「お前、いつもキャンディ舐めてるよな。」

「ん?」

棒を摘んで、ころころと回しながら彼の方に視線を向ける。

「旨いのか?」

「甘いよ。」

「なら、ほら!祭りとかでリンゴ飴とかもあるじゃねえかよ!やっぱり、祭りだよな。祭りは、日本人の魂だぜ!」

「リンゴ飴は、ほら。大きすぎるから。」

まだ、祭りのことを引きずっていたのか。

頬杖を突いて、キャンディを転がしながら冷めた視線を送る。

拳まで握って、力説する彼の話を、私は退屈そうに聞いていた。

聞いている途中で、鞄の中から振動を感じた。

携帯がなっている。

ディスプレイには、『じっちゃん』と書いてある。

「ありゃ?じっちゃんからだ。」

ディスプレイをなぞり、通話ボタンを押す。

「もしもし、じっちゃん?」

『理恵。帰り、寄ってくれんか?』

「突然だね。いいけどさ。」

何かあったの、と尋ねると、じっちゃんは穏やかな口調で続けた。

『いや、ちょっと理恵に手伝ってもらいたいことがあってな。』

「手伝ってほしいこと?」

『詳しくは、来たら話す。』

「ん。りょーかい。」

授業も始まりそうだから、とディスプレイに表示されているボタンをタッチして通話を終了する。

手伝ってほしいことねぇ・・・。

手の内にある携帯を弄びながら、一体なんなのだろうと考えていた。


授業も終わり、高槻と別れたのは夕方も近くなった頃合だ。

昼間のうだるような暑さは、少し落ち着きを得ている。

スケートボードを取り出すと、それを漕ぎながら街へと飛び出した。

ポケットからキャンディを取り出して、包み紙を乱暴に剥がしていく。

口の中にキャンディを放り込んで、点滅する信号を渡っていく。

ここからじっちゃんの実家に寄るなら、二十分ほどだろうか。

両足をしっかりボードの上において、下校途中の制服姿の学生達の横をすり抜けていく。

同じような顔をした連中が、私の方に視線を向けている。

どことなく、倦怠感の溢れる街を私は駆け抜けた。

少し街を外れてしまえば、閑静な住宅街が続く。

その一角に古めかしい建物が見える。

あれが、じっちゃんの家だ。

縁に足をかけて、飛び上がりながらボードを回す。

それで敷居の段差を乗り越えて、ガラス張りの引き戸の前までやってくるとボードを止める。

後ろに足をかけて、上がったボードの先端を握り、チャイムを鳴らす。

「はいはい。」

扉が横に開くと、白髪の柔和そうな女性が、腰を曲げて私を見上げている。

「うっす。ばあちゃん。」

「あらあら、理恵ちゃん。」

「じっちゃんに呼ばれて来たんだけど。」

「あの人なら、居間にいるよ。」

スケートボードを、靴箱に立てかけて中へと上がる。

木製の床は、一歩踏み出す度にぎしりと音を立てる。

廊下を少し進んで左手に、居間はある。

じっちゃんは、そこに座り込んで一枚の紙を手にしていた。

「じっちゃん。なんか用?」

「ああ、理恵か。まあ、座れ。」

キャンディを口の中で回しながら、言われた通りに腰を下ろす。

じっちゃんは、手にしていた紙をテーブルに置いて、少し真剣な目つきで私を見た。

「週末、空いているか?」

「はえ?まあ、大丈夫だけどさ。」

あまりに唐突に話を切り出されて、一瞬我ながらに間抜けた返事をしたと思う。

じっちゃんは、両腕を組んで一つ頷いて見せた。

「祭りの手伝いがあってな。お前も手伝ってくれ。」

「手伝いねぇ。」

回したキャンディーが、歯に当たってころりと音を立てる。

「何すんの?」

「会場のゴミ拾いだよ。」

「うわ。なんか地味ぃな仕事だね。」

差し出された紙を手に取って眺める。

「ちゃんと、小遣いもでるぞ。」

「ふーん。二万か。」

単に掃除で回っているだけで二万ならまあ、悪くないか。

頭の中でそんなことを考えて頷く。

「うん。いいよ。」

「そうか、助かる。」

じっちゃんは、無表情に腕組みをして頷いた。

元々、じっちゃんは表情豊か、というわけではない。

いつも口元を固く結んで、少し怖い顔をしていた。

「まあ、理恵ちゃんも折角来たんだから、ゆっくりしていって。」

ばあちゃんが、丸いおぼんに湯飲みを二つ載せてやってくる。

お茶を淹れてくれたようだ。

湯飲みからは湯気と共に、いい香りが漂っていた。

「ん。ども。」

紙から目を離さずに、ばあちゃんに礼を言う。

実施要綱とあるそこに、ゴミ拾いの詳細が記されている。

朝の十時から開始して、一時に休憩を挟んで八時まで延々と会場を回るらしい。

思っていたよりも、面倒な仕事であることに安請け合いしたことを後悔する。

しかし、ほかならぬじっちゃんの頼みだし今更断れないか。

折角の休日を、地味なゴミ拾いで潰す自分の姿を想像して、私は苦笑いを浮かべた。


その日はよく晴れていた。

遠くに入道雲が見えるのが少し気になったが、日差しの強さは申し分もなく夏らしかった。

蝉の鳴き声をかき消すほどの人だかりと喧騒。

木陰となったベンチに座る私は、白い帽子をかぶり、軍手に手を通す。

隣で、じっちゃんは緑色の繋ぎ姿で同じように白い帽子と軍手を身に着けている。

「うわぁ。地味だわ。」

わが姿を見て、率直にそう思った。

「さて、行くかね。」

膝に手を置いていたじっちゃんは、よいしょと呟いて立ち上がると、火バサミを手渡してくる。

ゴミ袋片手に、賑やかな祭り会場に繰り出した。

浴衣の人も目立つ。

それとは、対照的の格好の私は、茂みを掻き分けて空き缶などを挟んで袋に詰めていく。

照りつける太陽に汗が流れる。

曲げていた腰を伸ばして、息を吐いた。

額を流れる汗を手で拭う。

じっちゃんは、隣で黙々とゴミを拾っている。

よくあんなに真剣になれるものだ。

「よし。」

私も、気合を入れなおしてゴミ拾いに専念する。

屋台裏などを回って、捨てられている紙コップを火バサミで挟んでゴミ袋に放り込む。

そんな私達を他所に、祭りを行き交う人々は楽しげだった。

「理恵や。」

「ん?」

茂みを掻き分けて煙草の吸殻を拾っていると、後ろからじっちゃんが声をかけてきた。

立ち上がってじっちゃんの方に視線を向ける。

じっちゃんは、ゴミ袋を置いて軍手を外していた。

「昼休みにしていいぞ。」

「おっ。もう、そんな時間?」

ポケットにある携帯を取り出して、時間を確認する。

やっと一息つける。

「じっちゃんどうする?」

「屋台で飯でも買ってくる。」

くるりと踵を返して、じっちゃんは歩いていく。

私はどうするかな。

軍手を外して左ポケットに押し込むと、右ポケットに入っているキャンディを取り出して包み紙を取り去る。

とりあえず、喉が渇いた。

炎天下の中、延々と歩き回ってはゴミを拾っていたのだ。

屋台で飲み物でも買おうかと思ったが、あまりの人だかりになんだか億劫になる。

ベンチの隅に自動販売機を見つけて、そちらに向かう。

財布の中から百円玉を探して、自動販売機に投入する。

「お!岸和田じゃねえか!!」

後ろから、あまりに大きく、嬉しそうな声が聞こえてくる。

出てきた、冷えたコーラを片手に振り返ると、案の定高槻君がこちらに手を振って向かってくる。

「やっぱりお前も祭りにきたんじゃねえか。」

「んにゃ。仕事。」

「仕事?」

「まあね。」

プルタブを起こすと、炭酸の抜ける音が響いた。

キャンディを一度口から抜いて、缶に口をつけて傾ける。

コーラの炭酸が、喉元を通り過ぎていく。

「何の仕事してんだよ。」

「ゴミ拾い。」

「うわ、地味な仕事してんな。」

「そっ。地味ぃな仕事してんの。」

キャンディを口に戻して、棒を摘んでくるりと回す。

「勿体無いぜ!折角の祭りを!」

「折角の休日に何してんだろね。」

話しながらも、遠目にベンチで焼きそばを食べるじっちゃんを見つける。

「ん。じゃ、じっちゃん待たせてるから。」

「まあいい。祭り気分だけでも満喫すんだぞ!」

「はいはい。」

片手を振りながらも、まあよく出会ったものだと思った。

まあ、考えて見ればあれだけ楽しみにしていたのだから確率は幾らでもあったのかもしれない。

そんなことを考えながら、口の中で一度キャンディを回した。


黙々とじっちゃんは焼きそばをすすっている。

その隣に腰を下ろして、コーラを片手にキャンディを転がす。

暫く、互いに無言だった。

目の前を、多くの人々が行き交う。

祭りは、盛況を見せていた。

「じっちゃんさ、毎年こんなことしてんの?」

「ん。まあな。」

言葉短くじっちゃんが答える。

どちらかと言えば、じっちゃんは饒舌な方ではない。

「嫌になんない?」

「何がだ。」

「だってさ、こんなにも地味ぃな仕事じゃん。」

「そうだな。」

じっちゃんは、あっさりと肯定した。

「誰にでもできるような地味な仕事だ。」

たかだかゴミ拾い。

それが、絶対にじっちゃんである必要性はまるでない。

だが、次の言葉が私の意識を変える。

「でも、誰かがやらなければならない仕事だ。」

「ん?」

「理恵。仕事は仕事だ。どんなに地味であっても、単純であっても誰かがやらなければ回らない。

わしはな。今の仕事に誇りがないわけではない。どんな仕事であっても、仕事をするということは尊いことなんだ。」

じっちゃんにしては、珍しく長い台詞だと思った。

そして、重みのある台詞でもあった。

「じっちゃん。」

「いかんな。歳だ。説教臭くなる。」

照れたようにじっちゃんは俯いて、焼きそばを割り箸で突く。

私は、空を見上げてころりとキャンディーを回した。

誰かがやらなければ回らない。

そう考えると、確かに仕事をするということは尊いことなのかもしれない。

それが、こんな地味なゴミ拾いであっても。

いつしか、じっちゃんは焼きそばを平らげていた。

「さてと。そろそろ再開するか。」

軍手をはめるじっちゃんの隣で、私も立ち上がってキャンディーを噛み砕いた。

「んじゃ、いっちょ頑張りますか。」

地味であっても、仕事をするために。



仕事は仕事である。それがどんなものであったとしても、誰かがやらなければ回らない。だから、他人の仕事には敬意を払う。そんな文化が日本にあると昔聞いたことがあります。凄く尊い考え方だと思ってこの話を書かせていただきました。

ただ、今の社会や企業のあり方に一方では疑問も感じる今日この頃ではありますが。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

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