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学園祭の準備で残っていたらしく、肥川彩霞は十分程で宿直室にやってきた。ナナとルリは奥の六畳間に移っていた。襖の隙間からそっと様子を窺う。
大きな額の真ん中で分けた長い髪は先に行くほどウェーブして胸の下辺りまで伸びている。やたらと髪を触っていた。化粧が濃く、厚ぼったい唇が特徴的だ。
「えーと、なんですかー」
やたらと間延びした感じで話す。
「忙しいところごめんなさい。少し訊きたいことがあるの。上がって頂戴」
「いや、まじ忙しいんですけど」
「だったら手早く済ませましょう」
「なになにー、遥ちゃんまじ怖いんだけど」
彩霞はヘラヘラと笑いながら部屋に上がってくる。
開けっ放しのドアを遥が閉める。座るように促すと、すぐに話を始めた。
「私も話を長引かせる気はないわ。さっさと話して欲しい。誤魔化したり言い訳なんか無しでね。さて、今日の三時間目、私の授業をサボってどこにいたの?」
彩霞はキョトンとした顔を見せる。
「え、まじで、そんなことなの?」
「そんなことなのよ。言い方を変えましょうか?三時間目、更衣室で何をやっていたの?」
「え、え、え、なんでそれを」
彩霞はあからさまに慌て始める。
「手早く済ませたいと言ったでしょう。証拠もあるの。早く話しちゃって」
「しょ、証拠ってなに?」
「それはまだ言えないわ。あなたが女子更衣室に入れた彼と一緒に何をしていたの?」
遥は一気に畳み掛けた。
「な、なにって。なにを……こう」
彩霞は顔を赤くて言い淀む。髪を触る手の動きが激しくなる。
「で、でも今日はできなかったの。スマホを落としたらケンがびびっちゃって止めようって、だから今日は何にもしてない……」
少し涙ぐみ始めているが遥は全く動じない。
「今日はってことは、初めてじゃないのね。全く。売ったりしてないでしょうね」
「売りってそんな!私達は本気です。そりゃ、ちゃらく見えるかもしれないけど、ケンとは将来のことも話したりして、本気なんです!売りなんかじゃないです!」
「ちょっと待って、なんの話をしているの?」
「私とケンが売りだなんて言うから……」
「待って待って。私が言ったのは、盗撮した画像を売っているんじゃないでしょうね、ってことなんだけど」
「盗撮した画像ってなに?」
彩霞は本気で分からない顔をする。遥は目を閉じて考えをまとめる。
「つまり……、あなたは彼氏と更衣室でいちゃついていただけということかしら」
「そうだけど、そういう話じゃなかったの。証拠があるって……」
「ええ、あなた達が女子更衣室にいたと言う証拠はあるわ。これがどういうことだか分かる」
遥は想定外のことに慌てながらも、それがばれない様になんとか取り繕ってみせる。
「どうなるんですか?」
「困ったことになるでしょうね。ただ、私としてもそれは本位ではないわ。だからと言って知ってしまった以上、見過ごすこともできない。これは忠告よ。私が気がついたということは、いつか他の先生が気がつくかも知れないということよ」
「もうしないから、今回は見逃して下さい」
彩霞は突っ伏した状態で合わせた手だけを上げてお願いする。
「反省してるの?」
「してます。もうしません。許して下さい」
遥は十分に間合いを取った後、口を開く。
「顔を上げなさい。今日はもういいわ。今度見つかったらどうなるか、彼と一緒によく考えなさい」
「ありがとうございます」
彩霞は飛び起きると、逃げるように出口に急いだ。遥が慌てて呼び止める。
「待って、さっきスマホを落としたって言っていたわよね。これのことかしら」
紙袋の中からスマートフォンを取り出して見せる。
「あ、それそれ」
と答えたものの、彩霞は受け取りに来ようとしない。
「あなたのじゃないの?」
「違うよ。誰かの忘れ物だと思うけど洗面台に置いてあったのが落ちたの。けっこう大きな音がしたからびっくりしちゃった」
「そう……、分かったわ」
彩霞は去っていった。更衣室で情事を重ねている生徒がいると言うことは判明したが、盗撮班のことは分からずじまいだった。遥は重い気持ちで奥の部屋に続く襖を開けた。
「ちょっと、あんまり見ては駄目って言ったでしょう」
ナナとルリは監視カメラのモニターを操作して、それらの映像を見ていた。
「だって、途中から空振りだって分かって暇になったんだもの。こっちの方が、何か見つかるかも知れないでしょ」
「だからって、プライバシーに関わることなんだから止めなさい」
「そうね、監視されると言うのがどれぐらい怖いことなのか良く分かったわ。これを一日中見ていれば、生徒のプライバシーを知ることがかなり可能になる」
「だからこそ、防犯以外での使用は禁止されているわ。・・・・・・なにか分かったの?」
振り返ったナナの瞳はらんらんと輝いていた。
「え、なにを見つけたんだ?」
頷くナナに一緒に見ていたルリも驚く。
「ビデオカメラの持ち主は分かったわ。だけどなんで彼女がそんなことをしたのかは分からない。それを今から話してもらいましょう」
ナナは携帯電話を開いた。
「麻友?ちょっと宿直室まで来て」
ディスプレイには、更衣室の前をうろうろしていた背が低くて髪量の多いポニーテールの少女が駆け出したのが映っていた。