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 放課後、担任の紅林先生に遥からの伝言を聞いたナナとルリは足早に教室を出た。

「こらー、さぼるなー」

 麻友の声が追いかけてくる。

「すぐに戻るわ」

「よく平気で嘘がつけるな」

 ルリはナナにだけ聞こえるように突っ込む。

「嘘じゃないわ。戻るつもりだもの。戻れなければ遥ちゃんが悪いのよ」

 遥は更衣室の前で待っていた。

「こっちよ」

 二人が到着すると、すぐに中に入っていった。入口のカーテンをくぐると中には金属製の上下二段のロッカーがずらりと並んでいる。体育会系クラブの部員と思われる数名の生徒が着替えをしていた。

 壁際の一角だけロッカーの列が途切れ、洗面台が五つ並んでいる。遥はその前で立ち止まった。

「これよ」

 指差したのは洗面台の前にあるロッカー、の上だった。そこには小さめの黒いバッグが一つ置いてあった。

「女子更衣室は毎日鍵を閉める前に、不審な物がないかを確認するの。昨晩は偶然私が当番だったんだけど、あのバッグはなかったわ」

「体育の授業のあった誰かが、置き忘れたわけではなさそうですね」

「カッチンでもなければあんな所に置き忘れないでしょうね」

 ロッカーの背は高い。女子の中では比較的背が高いナナでもなんとか一番上に手が届くレベルだ。

「あのイスを使ったんでしょうね」

 言いながら丸イスを持って来ようとする遥を制して、ルリが両手でゆっくりと降ろした。

「硬い物が入っている」

 受け取った遥が丸イスの上に降ろし、バッグの上部の半開きになっているジッパーを開く。中から現れたのは小型のビデオカメラだった。予想通り過ぎて三人からは驚きの声は上がらない。

「ボロボロに切り刻まれた体操服が出てこなかっただけましと考えるべきかしら」

「止めてよ、そういうのは本当に面倒くさいんだから」

「面倒くさいじゃ駄目でしょ」

「だからこそ面倒くさいんでしょ。とにかく今はこっちよ。とにかく、何が映っているか見てみましょう」

「ここでですか?」

 着替えに来る生徒の数が増えてきていた。普段、放課後の更衣室に居る筈のない三人がコソコソやっているのは目立つ。

「そうね、出ましょう。そこにある紙袋を取って」

 丸イスを動かそうとした時、遥は持ってきていた紙袋を洗面台の縁に置いた。それを取りに行ったルリは、中に何かが入っていることに気がついた。

「スマホが入ってますけど」

「昼休みに落ちてたのを拾ったのよ。拾得物箱に入れようと思って忘れてたの」

 遥は紙袋にバッグを入れると歩き始めた。二人も後に続く。

 体育館から渡り廊下を通って校舎に入ったところで、麻友と出くわした。

「なにしてんのっ。すぐに戻るって言ったよね」

「努力はしているわ」

「湯川さんごめんなさい。二人はもう少し貸しておいて。用事が終わったらすぐに返すから」

「いえ、別に良いんですけど」

 教師に言われて麻友はおとなしく引き下がる。

 ナナは立ち止まって、しばらくその行き先を見ていた。

「おい、行くぞ」

 ルリが呼ぶ。

「ええ、行きましょう」

 遥は廊下を右に曲がり、その先にある宿直室に入っていった。畳敷きの六畳間が二間続いている。入口近くの一角には小さなキッチンや洗面台が備え付けられている。夜は通いで警備会社の人が来るのだが、今は無人だった。

「職員室じゃないんですか?」

「映っているもの次第ね」

 靴を脱ぎ散らかして部屋に上がった遥は、ビデオカメラを取り出したところではたと止まった。

「使い方分かる?」

「分からないの?」

 一人、靴をきちっと揃えて上がってきたナナが問う。

「だって家にある奴と違うんだもん」

「私がやります。三人で見るにはモニターが小さいんでテレビで見ようと思うんですけど、接続コードはありますか?」

「分らないけど、その箱の中に色々入っているわ」

「ああ、ありました」

 ルリはテレビ台の下の箱からコードを見つけて、手際よくビデオカメラとテレビを接続していく。

「へぇ、上手なのね」

「カッチンはオタクだからね」

「それは止めろ。映します」

 ビデオカメラは洗面台の前にあるロッカーの上から、洗面台に向けて置かれていた。当然映っているのは洗面台と、その前にある鏡だけだった。音声は切ってあったのか、何も流れてこない。

 しばらく見ていたが何も映らないので早送りする。しばらくすると水着の女子生徒が何人か前を通り過ぎ始めた。ナナ達と一緒に授業を受けていた生徒達だ。

 しかし洗面台の前で着替える生徒はいない。鏡もロッカーの側面を映すだけで、着替えをしているであろう女子高生は見えない。しばらくすると、髪型を整えたり、化粧をしたりする生徒達で画面内が賑わい始めた。ナナとルリがその洗面台の前を通り過ぎる姿も映った。

 しかしそれだけだった。しばらくすると生徒達の姿も消えた。五時間目も体育の授業があり、また何人もの生徒が映ったが、着替えシーンなどは見られなかった。

「どういうこと?」

「お前ががっかりするなよ」

「がっかりするわよ。なによこのつまんない映像!魅惑溢れる女子更衣室に忍び込んで、何を撮ってるの!もっと撮る物があるはずでしょ」

「撮られたかったのか?」

「そんな話じゃないわ!こいつは素人なの?」

「もしかしたらそうなのかもしれないわね」

 遥が同意する。

「そもそもビデオカメラを置いておくだなんて、手口として古いし単純過ぎる。最近は物凄く小さなカメラを仕込んで、データは無線で飛ばすんだって。仕掛けてあるのはカメラだけだから足も付き難いし、データを回収するためにもう一度忍び込む必要もない」

「詳しいのね」

「学校は生徒を守るために色々と勉強しているのよ」

「それはとてもありがたいわ」

 ナナは小首を傾けて感謝を表す。

「でも、このおかしなアングルも、素人だからと言う理由で片付けられるんでしょうか?」

「無理でしょうね。ねぇ、あなたがどのロッカーを使うかは決まっているの?」

「いいえ。空いている所を使っているから、いつも違うロッカーよ」

「そうだけど、今日はカメラがあった場所の近くだったぞ。これは偶然なのか?」

「もしかしたら、鏡に反射した姿を映そうとしていたのかもしれないわね。でも、角度が悪くてロッカーしか映っていなかった。そう考えればこのアングルも納得できるわ」

「ということは、私がどのロッカーを使うか決めてからカメラを設置したことになるわね。でも、それを知っているのは女子しかいないわ」

「残念ながら女子だから安心と言うのは大間違いよ。こんなこと言いたくはないけど、あなたの着替えビデオなら良い値段がつくでしょうね。お金に釣られて、もしくは弱味を握られてやってしまった可能性はある」

 遥が深刻な顔で言う。

「うちのクラスだけなら大丈夫だと思うけど、B組、C組も一緒だからな」

 三人はしばし、重く黙り込んだ。

「……更衣室の入口が見られる監視カメラは無いの?怪しい人が映ってはいないかしら」

 ナナの提案に遥がすぐに立ち上がる。

「確かめてみましょう」

 監視カメラをチェックするモニターは職員室と宿直室に備えられている。牧歌的な雰囲気もする宿直室の中で奥の六畳間の一角に備え付けられた監視カメラのモニターの周りだけはメカメカしく、秘密基地のように見えた。

 二つ並んだ大型ディスプレイはそれぞれ九分割されており、学校各所の様子が映し出されている。

「じろじろ見ちゃ駄目よ。これね。このカメラに更衣室の入口が映ってる」

 指差されたのは校舎から見て運動場の左側を映した映像だった。その左端に体育館とプールが映っている。更衣室も映っているがその前にいる人の姿はかなり小さい。

「これでは分らないわ」

「まずは怪しい人の出入りがあったかどうかよ」

 遥の操作によって、目的の画像が一画面分に拡大される。念のため、朝、警備の人間が鍵を開けたところまで巻き戻し、早送りで見始める。

 しばらくすると朝練の生徒が登校してきた。朝練が終わると二時間目、四時間目、五時間目の授業の前後に人波が増える。次に人波が戻ったのは放課後で、最後には先程の三人の姿も映っていた。

「特に怪しい人影は見えませんでしたね」

「そうね。となると同じクラスの人の仕業かしら。この程度のカメラなら、体操服と一緒に持ち込めるわ」

「ねぇ、裏口を見るカメラはないの?」

「あるわよ」

 代わって映し出された画面は体育館の入口から廊下を映しているものだった。

 体育館の真ん中には廊下が走っている。入口から見て廊下の左側が学食、右側が更衣室になっている。廊下の奥は武道場だ。更衣室と廊下を繋ぐ扉があり、通称裏口と呼ばれている。裏口は普段鍵がかかっているが、更衣室側からなら簡単に開けることができる。

 廊下には電気がつけられていないため、奥はかなり暗い。再び早送りで見る。

 朝練の時間に武道場に入っていく何人かの部員の姿が見られた。二時間目が始まる前に二階へと階段を上っていく三年生の女子の姿が映った。授業の終わりに女子達が階段を降りた後は何人かがカメラの前を横切ったが廊下の奥まで行く者はいなかった。しばらくして体育の教師が廊下を進み、道場へと入っていった。四時間目の授業の準備だろう。

 問題の男が現れたのは、それから三十分ほどしてからだった。

「来た!」ナナが嬌声をあげる。

制服を着た細身の男だ。廊下の右端を奥へと進んでいく。女子更衣室の裏口をノックするとすぐに扉が開き、中に入って行った。

「今のは誰?」

「顔は見えなかったな。先生、分かりますか?」

「さすがに顔が見えないとね」

 話している間に男が出てきた。左右を見回して誰もいないのを確認した後、廊下の右端を通って帰って行った。暗いし、終始俯いていたため、顔ははっきりとしない。

「これでは分からないわ。カッチン、なんとかならないの?」

「家でなら多少補正をかけられるけど……」

 ルリの視線に遥は首を振る。

「データの持ち出しは私の権限じゃできないわ」

「生徒なのは間違いないでしょうから、探しに行きましょうか」

「待って」

 ナナの口角が上がる。

「閉まっているはずの裏口の鍵が開いていたわ。遥ちゃん、さっき裏口の鍵は開いていた?」

「残念ながら確認してないわ」

「良いわ。多分かかっていると思うから。つまり、誰かが鍵を開けて、男が出て行った後に閉めたのよ。その人物は運動場側から出入りしているはずよ」

「でも、さっきは怪しい人はいなかったぞ」

「犯人は女子更衣室に堂々と出入りできる人間よ。つまり女子か女の先生。この中から怪しい行動を取っている人を見つけなくちゃいけなかったのよ。男が出て行った時間、これより後の体育館のビデオを見せて」

 画面が切り替わる。三人が見守る中、すぐに目的の人物が姿を現した。制服の上に白いカーディガンを羽織っている髪の長い女子は更衣室から出てくると、周囲をちらっと見回した後、体育館の横を通って校舎の方へと向かった。時間はまだ授業中だ。

「もう、またこれじゃ誰だか分からないじゃない」

 カメラから更衣室までの距離が遠いため、顔までは判別することができない。悔しそうに声を上げるナナの横で、遥が少し固い声を出す。

「・・・・・・分かったわ。四時間目、私の授業をサボっていた子よ。全く、面倒くさいわね」

 少し逡巡した後、マイクに手を伸ばして校内放送のスイッチを押した。

「二年E組の肥川さん、すぐに宿直室まで来て下さい」

 遥は固い声でもう一度繰り返した。

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