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 九月一日。つまり二学期の初日。

 籠目高校一年A組の教室は、他の教室と同様に落ち着きの無い空気に支配されていた。

 夏休みが終わったことによる喪失感と新しい季節の始まりへの期待感、久しぶりに会うクラスメイトや先生の顔、懐かしい教室の匂い、それらが混ざり合った物がぐるぐると生徒達を取り囲み、この場にじっとしてはいられない気持ちを沸々と湧き上がらせていた。

 一部の生徒は机に突っ伏しているが、彼等はこの空気に犯されていないのではなく、残っていた課題を徹夜でやりとげてここまで辿り着き力尽きた者達である。復活した時には目立った活躍を見せることだろう。

 そんな浮き足立っている生徒達を前に、教師生活十年を超える紅林先生は慣れた様子で新学期の連絡事項を済ませていく。

「それでは最後になるが、決めなくちゃならんことがある。始業式で校長先生も話していたが、文化祭を予定通り実施することになった。色々と思うところがある者もいるだろうが、これは夏休みの間に先生達と生徒会、それにPTAの保護者の方達と話し合って決めたことだ」

 夏休みに入る十日程前、野球部のエースが後輩に殺害される事件が発生した。その影響で一学期の最後十日間はほぼ休校状態になってしまった。その為、本来であれば夏休み前から行われるはずだった学園祭の準備も延期されてしまい、本来であれば夏休み中にある程度準備が進むはずなのだが、現時点ではほぼ白紙の状態である。

「準備期間が短くなってしまって非常に大変だとは思う。よって、いつもなら各クラスで必ずなんらかの形で参加しなくてはならないが、今年は希望クラスのも参加ということになった。それでだ、参加するかどうかを今から決めて欲しい、加えて何をやるかどうかも今日中に決めなくちゃならん。時間も無いのでちゃっちゃと決めてしまおう。じゃ、委員長、後はよろしく」

 突然の無茶振りにクラスのあちらこちらから不満の声が上がる。そんな中、立ち上がったクラス委員長、荒金勇太郎は落ち着いて異議を唱えた。

「先生、その前にまず、新しい委員長を決める必要があります」

「なんでだ?」

「僕達の任期は一学期で終わったからです」

「そうだ!そうだよ!」

 もう一人のクラス委員長、湯川麻友ゆかわまゆも立ち上がって同調する。

「そんなこと言ってもな、時間も無いし」

 紅林はぽりぽりと背中をかいてから、その手を上げて生徒に訊いた。

「委員長をやりたい奴」

 誰も手を上げない。

「荒金と湯川が良いと思う奴」

 三十二の手が一斉に上がった。机に突っ伏していた者達も律儀に参加している。

「ということなんで、よろしく」

「よろしくって……」

 荒金は教室をぐるりと見回した後、深いため息をついて了承し、前に出た。

「湯川さんはどうする?」

「嫌だって言ったら、私だけ悪者になるじゃない」

 髪量の多いポニーテールの少女は怒って見せながら前に出る。

 ぽっちゃり系で落ち着いた感のある荒金と、小柄ではすっぱな麻友という、印象の違う二人が黒板の前に並ぶ。

「ついでだから三学期もこの二人で良いと思う奴」

「それは二学期の働きを見た上で決めるべきです」

 調子に乗る教師を荒金はぴしゃりと諌めて、すぐに議題に入った。

「時間も無いらしいんでさっさと決めます。クラスとして、文化祭に参加したい人は手を挙げてください」

「お化け屋敷がやりたいわ」

 間髪入れずにすらりと手が挙がる。その手の挙がり様のあまりの美しさに、クラスの誰もが思わず見惚れることになった。一学期の四ヶ月間でその美しさにも少しは慣れたはずであったが、一ヵ月半の時を挟めば、そんな慣れを吹き飛ばしてしまうような美しさ。

 クラスで一番美しく、学年で一番美しく、校内で一番美しく、市内で一番美しく、そしておそらく都内で一番美しい超絶美少女、枇々野那奈ひびのななは、注目の中、ゆっくりと、そして優雅に手を下ろした。

 ナナのあまりに超然と美しい姿に、冷静沈着が売りの荒金も「そ、それじゃお化け屋敷をやることに賛成の人は……」などとしどろもどろに言い始める始末であった。

「待ちなさいよ」

 もう一人の委員長、麻友が勢いよく止める。

「今は参加するかどうかを決めてるの。なにをやるかは後。ほら、参加希望の人はさっさと手を挙げて」

「その必要はないわ」

 早口でまくし立てる麻友に、ナナは悠然と微笑みながら立ち上がる。キラキラとした光が零れ落ちる。

「参加するかどうかは自由なんでしょう。だったら、参加したい人が一人でもいるのなら、参加するべきよ。やる気の無い人は参加しなければ良いのだから問題ないわ」

「ナナ一人しか希望しなかったら?」

「一人でやるわ。でも……」

 ナナはゆっくりと目を閉じ、同じ様にゆっくりと開く。その時には、クラスのほとんどの者が手を挙げていた。

「そんなことにはならないけどね」

「そんなの分ってるわよ」

 ナナは黒板の前まで歩いて行って、拗ねる麻友に手を差し伸べる。

「もちろん、麻友も一緒にやるでしょ」

「や、やるけど」

 麻友は顔を赤らめながらその手を取った。一斉に拍手が沸き起こる。

「じゃあ、後はお願いね」

 ナナはぱっと手をほどき、くるりと反転した。

「お願いって、ちょっと。ナナがやるんだろ」

 慌てる麻友を尻目に、ナナは右の人差し指で点を指した。

「さあ、お化け屋敷で籠目賞を取るわよっ!」

 クラスメイト達は一斉に立ち上がり、点を指差しながら咆哮を轟かせるのであった。

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