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4.餌付け完了

ふたたび気が付いたのは、真上に昇った太陽が西に傾きはじめた時だった。

無意識に鼻がピクリと動く。

――食べ物の匂いがする。それも、近くに。


まぶたをそろりと開けて、匂いのする方向を見た。


ぼやける視界の向こうに少年が見える。なにか書物を熱心に読んでいるらしい。どうやら、その美味しそうな匂いは少年の横に置いてある包みから漂ってきてるみたいだ。


「……、」


彼は親の仇を見るように書物をみていた。たぶん目つきが悪いのだと思う。よっぽど集中しているのか、こちらに気付く様子はまったくない。風にサラサラと銀色の髪が揺れていた。

ごくり、とつばを飲み込む。

なにこの匂い、めっちゃうまそう。

空腹の人の目の前で無防備にご飯の匂いを漂わせるのは、猫の目前にマタタビをぶら下げてるのと同じようなものだ。馬に人参。ヤギに塩ともいう。美味しそうな匂いに、今にもお腹と背中がくっつきそうな私はもうメロメロだった。


そういや、極限状態に置かれると人間は本性が出るとかいうよね。

たとえば、ここにお腹が空いて死にそうな人間が二人いるとする。

そのうちの一人に、一つだけちいさなパンを渡すのだ。そうすると結果は大きく分かれる。そのちいさなパンをさらに二つに分けてもう一人に与える人もいれば、ひとりだけで食べてしまう人もいる。パンを貰えなかった人が、貰えた人に襲い掛かって奪うこともあるだろう。なら私は間違いなく後者だ。

しかも私はいま猫である。ちょっとくらい理性がぶっ飛んで、本能に突っ走ってしまっても仕方ないと思うのだ。


……つまり何が言いたいのかって?

幾重にも重ねたオブラートと言い訳を取っ払うと『そのメシよこせや』である。


というか、とっくに太陽は真上から西へ傾き始めているのに少年は本からちっとも視線を外さない。どうせ食べないのなら、私が頂いちゃっても問題ないんじゃないか。てか喜ばれるんじゃない?むしろエコだよね。私のジャイアニズムな、――――ひねくれ過ぎて二回転半きりもみ飛行中の思考回路は、そう当たり前のように結論づけた。空腹ってオソロシイヨネ。ヤンキーもびっくりなトンデモ理論である。ゲスい?よく言われる。


慎重に彼の包みへと狙いを定める。ここから彼までの距離は約二メートル。私に気づく気配は全くない。よし、いける!

いまにもよだれが出てきそうな、美味しそうな匂いの包みに飛び付く。包みに噛みついて引っ張るけども、なかなか引きづれない。これ、意外と難しいぞ。


「……なっ!」


そのときガサゴソとする音に気付いたのか、やっと少年の目が私をとらえて驚いたように大きく瞳を見開いた。一拍後に私を捕まえようと手を伸ばしてくる。


――――でも、ほんの少しだけ遅かった。


私はすでに包みを銜え込むのに成功し、塀の上に飛び移ろうと、後ろ足を跳躍させていた。

唖然と立ち尽くす少年に、『ありがとよ』の意味をこめて尻尾をゆるりと一度ふる。

そして颯爽と立ち去ろうと塀を飛び下りた、……筈だった。直後身体に強烈な衝撃が襲う。


「ニギャ!?」

「こんのっ泥棒猫!」


それ、昼どらじゃね?

私にぶつかった何かが地面へ転がり落ちていくのが黒く塗りつぶされていく視界のはじに映る。……おい、あれ、本じゃないか!

動物虐待という文字が脳内を駆け巡ったのを最後に私の意識はブラックアウトする。



それが奇妙にも短いようで長い付き合いをすることとなる私と彼、……アルベルト少年との出会いだった。


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