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3.ちいさなてのひら

注意*やや虫描写あり。

「あ、猫だ!」


突然高い声が聞こえた。無意識に体がピクリと震える。声のした方に顔を向けると、小さな女の子がこちらをじっと見つめていた。

その声につられたのか、気付いた子供が私のまわりにぞろぞろと集まってくる。


「ニ゛ャッ!」


思わずギョッとして後退る。威嚇混じりに鳴いてみたが、なにが嬉しいのか子供たちは笑って喜んでいた。


……おい、これ全然威嚇の意味ないじゃん!


それどころが小さい手で尻尾をわし掴みにされてゾワリと全身の毛が逆立つ。

ちょ、マジ勘弁!本気で泣きそう。

そんな悲鳴も「フギャーッ」という哀れな猫の鳴き声にしか聞こえず、益々子供たちは喜ぶばかりだった。……子供は天使とか絶対嘘だろ!?

いままさにそれを強制的に体感させられている。きっと半分以上が親の欲目なのだ、そうに決まっている。だってこいつらドSじゃん。無邪気さに見せかけたサディストの軍勢じゃんね。あ、なんか新たな性癖に目覚めそう。

涙目でじりじりと後退ったところで尻尾が壁にぶち当たった。薄ら寒いものが背筋を伝う。

やばい、囲まれた……!

私を覗き込んでくる何対もの大きな瞳に悪寒がはしる。気分は動物園のモルモットだ。


「かわいいなぁ」

「にゃんこ、こっちおいで」

「なんかあげようよ」

「さっき捕まえたチョウチョならあるよ」

「こいつ虫食うかな?」



子供の一言に血の気が引いた。余計な提案しやがって……!

がきんちょの一人が私の顔に捕まえたらしき蝶を近づけてくる。

ストップいじめ、ダメ絶対! 誰が食うか、と意地でも口を開けない私に焦れたのか子供は容赦なく口元へ押し付けてくる。ちょ、てめほんとやめて。無我夢中で顔に近付けられた手をたたき落とす。

必死で腕を動かしていると、爪の先で何かを引っかけた感触がした。虫を手に持っていた少年が小さく息を呑む音が聞こえる。


「っ!…いて」


みるみる彼の目元に涙が溜まっていく。陽に焼けた手に薄っすら赤い一線が走っていた。

傷は掠り傷程で、決して深くは無い。が、反撃されたこと自体ショックだったのか子供は唖然と目を見開いている。


――今しかない。


脚は反射的に駆け出していた。隙間を縫うように子供たちの間から勢い良く飛びだす。

罪悪感が無いわけじゃないけど、この場合自分の安全の確保が一番だと思う。


「あー!逃げた!」


子供の声が後ろから聞こえた。



***


ひたすら逃げた。


無邪気に追いかけてくる子供たちから必死で逃げ。

「あら猫、そういえば最近うちのネズミが多いの」と私を抱き上げようとした、優しそうな奥さまからも全力で逃げた。


……いやいやいや、ムリですマジ勘弁してくださいよ! たとえ猫の姿をしていたって、意識は人間のままなのだ。

いっそのこと猫としての本能が勝ってくれたほうがどんなに楽だったかしれない。


人に会ったら何とかなるなんて、私はだいぶこの世界を舐めてたようだ。

ただ倒れてしまったら二度と起き上がれない気がして。

お腹が空きすぎた所為で足取りも覚束ないけれど、それでも気力で足を進めていた。


ああ、それにしたって……最悪だ!

頭まで血が回ってないせいで、ろくに考えも働かない。

二日酔いでベットから出られない時に、目の前でボンバーダンスを踊られるようなこの心地。


目の前の景色が擦れ始めた。視界がどんどん黒く塗りつぶされていく。ざわざわとした街の喧騒も遠くなっていくのに気付いた。

そういえば空っぽの胃で全力疾走したのだ。これじゃあ倒れるのも当たり前だ。歩く力だってもうない。

……ついに、私もお終いだろうか。死んだらすべてが元に戻れるのだろうか。

薄れる意識の中、私は覚悟を決めた。


どうなるにしたってきっと今よりはましだろう。

なんせクソ忌々しい空腹から解放されるのだから。


ふらふらと、どこかの家の軒下に横たわる。私はそうして目を閉じた。願わくばこのふざけた夢から覚めますように。


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