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1.生きてみせるさ、一人で

私はどこにいるんでしょうか?


ガンガンと痛みを訴える頭を無視して周囲を見回す。

……森だ。どっからどう見ても森だ。

網のように絡まり伸びる太い木の根をよけ、一歩足を踏み出すと、その合間に敷き詰められたように広がる枯葉がカサリと擦れる音がした。水に濡れた土の匂いが鼻先をくすぐり、足元が柔らかい腐葉土に沈み込む。

頭上を見上げると、生い茂る木々の隙間からこぼれる光が顔に射す。

鬱蒼(うっそう)とした森が、どこまでも続いていた。


昨日は普通に家の布団で寝たはず……うん。じゃあ、なんでこんな所で目覚めたんだ?

目が覚めたら木の根を枕にして寝ていただなんてどんな酔っ払いだ。うっかりというより、事件性さえ感じてくる。

それとも気付かないうちに昨夜フィーバーしすぎたのか、もしかするとついに夢遊病の気が出てきてしまったのかもしれない。

いやいや……ありえない。 ないはずだ、きっと。

鈍い痛みを訴える頭を気合でねじ伏せ、昨日の出来事の記憶をどうにか手繰り寄せる。

朝は普通に起きた。休みだったから買い物で出かけて、久々に会う約束をした友達に会いに行った、それから……


……ん?


夕方以降の記憶だけがまるで白い靄のかかったように曖昧でぼやけている。

そして何故か思い出そうとするほど、頭が思い出すのを拒否するかのようにズキズキと痛んだ。

……考えれば考える程、ちゃんと家に居た自信が無くなるのが恐ろしい。


「…………」


それにしても、目覚めたら森って。

こんな樹海にほっぽり出されて、どうすればいいのか。

昨日の自分にこのバカ!とぎりぎり歯噛みする。友人に久々に会って盛り上がったのかもしれないが、せめて記憶を飛ばさない程度に抑えてほしかった。


そのまま唖然と突っ立っているわけにもいかないので、ひとまず立ち上がりあたりを(うかが)う。

すると、どこからか聞こえてくる水の音に気が付いた。

音のする方へ目を凝らすと湧き水が岩の間から小さな滝のようにチョロチョロと流れている。

その水を見たとたん、喉が猛烈な渇きを訴えた。


……そういえば昨夜から何も飲んでいない。


自覚すると一気にあふれ出てくる欲求に抗うのは難しかった。

まあいいや、とにかく考えるのは後だ。まず水を飲もう。顔を洗えばちょうど目も覚めるだろうし、喉もカラカラだ。

それに起きてからずっと続いている、二日酔いのような頭痛も酷くて考えるのが結構辛い。

ひんやりとした水の感触を思い浮かべ、私はふらふら覚束ない足取りで音のする湧水の方へ足を運んだ。


やっとのことで水面に近づき、四つん這いになってそこを覗き込もうとした時、わたしは手に枝が直接触れる感覚がおかしなことに気が付いた。

確かに手をついているけれど、それにしては視点もやけに低く感じる。

そういえば、いつもより歩くのが遅い。なんだか違和感だらけだ。

寝ぼけた頭が次第にはっきりしてくる。

それでもまだ幾分かぼうっとする頭のまま、小川のように流れる湧水を覗き込んだ。


「……っ?!」


みかんだ。

私は驚きのあまり水面を見て瞬きした。みかん色の猫がいる。

透き通った水面には鮮やかな橙色の毛をした猫が写っていた。


ぶっさいくな猫だなあ。しみじみと私は思った。

鼻はつぶれたようにペチャっとしているし、顔は全体的に横に間延びている。

うっすら開いた口が、そのどこか間抜けな顔を強調していた。

子猫のくせに、なんか目つきも悪い。

しいて良さそうところを上げるとしたら、ふさふさとした鮮やかなみかん色の毛並みだろうか。

子猫の顔が埋もれる程ふかふかとしていて、撫でてやったら手触りが良さそうだ。


まじまじと思いながら水へ顔を近付けると、何故かその猫の顔もニョキっと水面に近づいた。

水を掬いあげようとした右手が、


――――あ、あれ? オレンジ、ってかみかん色のふさふさの毛が生えているんだが?


……何かおかしいぞ。

いつの間に私の腕毛はオレンジ色の剛毛になったんだ。いや、これはすでに剛毛ってレベルをも突き抜けている。だって地肌が見えないもの。無駄につやのいい毛並みにすら殺意がわく。

そういえば、水面に映っているはずの私の姿が見えない。なぜ水面にはこのぶさいく猫しかないんだ。

それに、この手!

……いやいやいや、有り得ない。

目が覚めたら猫でした、だなんてそんなの小説じゃないんだから。


めまいによろよろと頭を押さえると、水面に映る猫も耳のあたりに片手を当てよろけた。

猫のくせに人間臭く妙にコミカルな図に、シュールな海外映画を見ている気分になる。

目を覚まそうと、水にもう一度顔を近付けたら猫の少し潰れた顔もどアップになった。


信じられない光景を前に、目を擦るために腕を持ち上げる。しかし、目元に現れたのは毛皮に覆われた肉球だった。自分の顔に当てた筈の手に触れるのは、さっき自分がボロクソにこき下ろしていた猫の横に伸びたような顔。

背中で冷や汗を流れる感覚がする。ザワッと鳥肌が立って、猫の毛も威嚇するみたいに逆立っていた。


くるりと身体を見回しても、目に入るのはオレンジの毛並みばかり。横目で覗いた水面には変な猫がジャンピングダンスをしているのが映ってる。

ドッキリ?そんなまさか、全然笑えんわ。


もう一度じっと水面を見下ろす。

水の表面には妙に表情豊かな猫が、その今にも叫びだしそうに私を覗きこんでいる。


その猫は、間違いなく私だった。


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