第9話~目的~
「冒険者らしい仕事」「生活の保障」──字面だけ聞けばマトモで、実態は割と最低な私からのパーティー結成の提案を、マードレッドは悩んだ末に一旦保留とした。
要は暫くお試しでパーティーを組んでみて、気に食わなければ解散して私が立て替えた治療費も返済する、ということ。本音は金が貯まればすぐにでも解散する気満々で、それまでは我慢して私に付き合い、可能な範囲で利用してやろうというのが表情からありありと見て取れた──実に甘くて微笑ましいではないか。
一度だけ、少しだけと手を取ってしまった時点で既に私の術中。金が貯まるも貯まらないも私の匙加減一つだし、何なら追加で借金をさせることさえ思うがままだ。
さて、どう沼に沈めてやろうか──と、いかんいかん。つい欲望が漏れてしまったぞ。借金漬けにするのは最後の手段。より良い環境でマードレッドを観察し、その物語を見届けるには、出来る限り彼女から信頼を得てその傍にいることが望ましい。私のような異世界から転生してきた異物が干渉し過ぎれば物語を穢しかねないのでその辺りの匙加減は特に慎重にすべきだろう。
「ところでマードレッドさんが冒険者になった理由は何ですか?」
(仮)パーティーの結成に応諾した直後、私の口から出た不躾な質問にマードレッドは顔を顰めた。
「……何故お前にそんなことを言わねばならん。パーティーを組んだといってもまだお試しだ。そんなことを教える義理は──」
「義理も必要もありませんが、メリットならありますよ」
私は悪魔もかくやという完璧な笑みを浮かべて、何故その情報が必要かを彼女に説明した。
「活動する上で目的や指針は重要です。例えばお金を稼ぐことが目的の人間と名声を得て立身出世を目指す人間とでは当然受けるべき仕事や活動に適した場は異なってくるでしょう? またその目標の高低や期限の有無によっては、当面は経験と信用を積んで足元を固める方がいいケースもあるかもしれません。仮に私たちが一時的な関係で終わるとしても、その時間はマードレッドさんにとって有益なものにすべきです」
「……お前の都合はどうなんだ?」
「私自身は貴女を一番近くで観察する以外特にやりたいことはありません。その上で、私の我儘でパーティーを組んでもらう以上は少しでもお役に立ちたいと考えています」
「…………」
マードレッドはこう言ってもまだ私に自分の事情を説明することを躊躇っていた。それを見て少し切り口を変える。
「今すぐ言えるような内容でなければ、逆に情報を集めて来いとかでもいいですよ?」
「情報を?」
「ええ。方針を定めるにも何か情報はあった方がいいでしょう? 例えば今回みたいに賊を討伐するなら、どの辺りに適当な賊がいそうか。立身出世のために戦争に参加しようって言うなら、ここから近い紛争地域の戦況や雇い主の情報ぐらいは必要でしょう。ドラゴンスレイヤーになるから竜の生息地を調べてこいとかでもいいですよ?」
最後のそれは冗談めかして付け加えたが、マードレッドは笑うことなく真剣な表情で考え込んだ。
彼女の沈思黙考はたっぷり一分以上続いただろうか。
「……俺は、魔術師が嫌いだ」
「…………」
「下らない欲望のために人の命をオモチャにするような奴らは、死ねばいいと思ってる」
「……なるほど」
そこで彼女は少しだけ間を空け、躊躇うような素振りを見せた。
「だからどうせ戦うなら、そんな魔術師をぶち殺してやりたい。そんな連中の情報を──いや、すまん。我ながら無茶苦茶なことを言っているな」
「無茶なことはありませんよ」
言葉を撤回しようとするマードレッドに、私はかぶりを横に振る。
「確かに強力な魔術師を敵に回すのは命懸けですが、決して不可能ではないし諦める理由にはならない」
「…………」
「ただ一言に魔術師といっても数も種類も多いですから、特にどんなタイプが気に食わないとかあればありがたいですね。マードレッドさんも、呪文遣いは全員敵だなんていうつもりはないんでしょう?」
「無論だ」
ただマードレッドは頷きはしたが、どう説明したものか迷って再度言葉に詰まる。
「…………」
「そうですねぇ……例えば権力者に取り入って民衆から搾取する金満タイプ、戦場の快楽殺人者、あるいは人の死体を弄ぶ死霊魔術師──」
「────(ピクン)」
私の言葉の一つに反応してマードレッドの肩が僅かに震える。
「……そうだな。死体を弄ぶような輩は特に度し難い」
「なるほど」
大体わかった。ギルドにパーティー登録申請を出した際、受付からマードレッドの出生地などの情報は一通り引き出しているし、そこから辿っていけば……
「ではその方向で今後のプランを組んでみます。マードレッドさんはまだ体力も戻っていないでしょうから……一先ず三日間療養しながら待っていてください。その間に情報を集めてきます」
「分かった」
そして三日後。
「お待たせしました。すっかり体力は回復したみたいですね?」
「ああ。多少身体は鈍っているが、今すぐでも働けるぞ」
たった三日で体力を取り戻し、部屋の中で腕立てをしていたマードレッドに頼もしさを感じつつ、私はこの三日間の成果を報告した。
「それは何より。それでは早速今後の動き方について説明させてください」
そうして私は部屋の床に縦横一メートル四方ほどの地図を広げた。
「これは?」
「大陸地図です。見たことありませんか?」
「……ああ、これほど正確なものは初めて見る」
そう言ってマードレッドは大陸地図とその書き込みに興味深く見入った。
さて、まず今私たちがいる場所はエルダナ大陸北部で最大版図を誇るハイデルク王国、その王都南方の宿場町。エルダナ大陸はザックリ言うと北米大陸によく似た形状をしていて、ハイデルク王国は北と東を険しい山脈に囲まれた西海岸の国家だ。
周辺の情勢を簡単に説明すると、南方は異民族や亜人種の小国家が乱立し常に紛争状態。東は魔獣や竜種が多数棲みつく未開地域。北の山脈から向こう側はオークやオーガといった敵性亜人種や蛮族の帝国が支配しており、王国とはここ十年程直接干戈は交えていないが緊張状態が続いている。
「まず最初に私はマードレッドさんに謝らないといけません」
「?」
「情報収集をしてくると豪語しておきながら情けない話ですが、この街で直接死霊魔術師に繋がる情報を得ることは出来ませんでした──申し訳ありません」
深々と頭を下げる私に、マードレッドは逆に恐縮しあたふたした様子を見せた。
「あ、謝らないでくれ。俺ももし分かれば程度の軽い気持ちで口にしただけなんだ……」
「……そう言っていただけると助かります。一つ言い訳をさせて頂くなら、この辺りは比較的王都から近く比較的治安の良い地域です。死霊魔術師の噂なんてものがあればすぐに騎士団が対処しまうので、噂はあっても残っていないというのが正直なところです」
「なるほど」
私の説明にマードレッドは納得した様子で頷く。
「それを踏まえた上で、私たちはこれからこう動こうと考えています」
私は地図上の今自分たちがいるポイントに指を置き、そこから王都ではなく西に、ぐるりと海岸線をなぞるように北へ指を動かした。
「? 直接北ではなく西を迂回するのか?」
「はい。海岸線を通って西側から辺境へ入り、当面の目的地は学問の都ムーンフォールに設定します」
ちなみにこの場合の辺境とは僻地という意味ではなく北方の帝国と領土を接し王家から大幅な独自裁量を認められた都市群のことで、目的地であるムーンフォールもその一つ。国内最大の魔術師養成機関を擁する学問都市だ。
私の提案の意味を推し量るようにマードレッドは顎を撫でながら考え込み、やがて諦めたように嘆息した。
「……分からん。何故わざわざ王都を避けるんだ? 辺境に向かうならこのまま北に向かった方が近いし、情報を集めたり仕事を探す上でも王都の方が便がいいだろう?」
予想していたことだが、マードレッドは王都がどういう場所か知らないらしい。
「マードレッドさんは王都に行ったことは?」
「……いや、ないが」
「なら少し実感が湧きづらいかもしれませんが、実のところ王都では外来の冒険者が受けれるような仕事はあまり多くありません。路銀だけであれば私が稼げば済む話ですが、それではマードレッドさんの腕が鈍ってしまうのでないかと思いまして」
私の説明にマードレッドはキョトンと目を瞬かせた。
「王都なのに仕事がないのか?」
「はい」
「人がたくさん住んでるんだろう? 荒事の手は幾らあっても足りないと思うが」
「ええ。ですがその分騎士団が常駐して目を光らせているので、わざわざ金を払って荒事の対処を冒険者に頼むケースは少ないんです」
「あ~……」
元々治安が良い上に軍事力過剰な王都固有の事情を説明され、マードレッドが納得と呆れが入り混じった声を漏らす。
「だが、ちょっとした雑用やら護衛やら、全ての仕事を騎士団が対応してくれるわけではないだろう?」
「勿論。ですが割のいい依頼人や仕事は信用のある老舗クランが囲い込んでしまっていて、中々外様の冒険者には仕事が回ってこないそうなんですよ」
「……なるほど。人が多いから冒険者の側も組織化されているということか」
王都における冒険者事情に納得して頷くマードレッド。更に私はもう一つの理由を説明する。
「付け加えると、先ほども言った通り王都周辺は騎士団が目を光らせていますから、死霊魔術師のような目を付けられやすい存在が活動するケースは稀ですし、あったとしてもすぐに騎士団が対処しています。騎士団の目が届きにくい王都から離れたルートを使った方が情報は集めやすいかと」
「ふむ」
ちなみに東側ルートは未開地なのでそもそも住んでいる人が少ない。冒険者の仕事がない上に死霊魔術師にとっても不便な土地なので最初から除外していた。
「西を通る理由は納得した。もう一つ、当面の目的地をムーンフォールに設定した理由は? 魔術師が多いから敵の情報も集めやすいだろうということでいいのか?」
「勿論それもあります」
「それも?」
「死霊には物理攻撃の通じない敵が多いですから。マジックアイテムでも仲間でも、対応手段は早めに確保しておいた方がいい。一度専門家にきちんと話を聞いておくべきでしょう」
「……確かにな」
マードレッドはチラと壁に立てかけた大剣に視線をやり、苦々しい表情で頷く。
「分かった。その方針で異論はない。それでいつ出発するんだ? 俺は今からでも構わんぞ」
「流石に準備があるので今からはちょっと」
冗談のつもりだろうがマードレッドの口調は若干本気だった。横になってばかりで余程フラストレーションが溜まっているのだろう。
「明日この街を出発予定の隊商と繋ぎをとってあるので、マードレッドさんさえよければ護衛の仕事をねじ込んできます」
「……出来るのか?」
今まで冒険者として碌な仕事を受けてこれなかったこともあってか、そのアッサリとした答えに驚いてマードレッドは目を見開く。
「ええ、まぁ。時間はあったので、いつでも動けるように商人連中とは関係を作ってましたから」
「ほう……」
感心した様子で私を見るマードレッド。
ちなみに本人は嫌がるだろうからと敢えて口にはしていないが、商人に護衛仕事をねじ込む自信があるのは関係性だけでなく、私が彼らの前で詩にして流したマードレッドの先日の武勇伝の影響も大きい。彼女の奮闘で救われたドーソンが残した証言もあって、実は彼女はこの小さな宿場町ではちょっとした時の人なのだ。
「今から商人に話を通して、それから消耗品の買い出しに行ってきます。マードレッドさんは──」
「俺も行く」
退屈していたのだろう。若干食い気味にマードレッドは宣言した。
「……分かりました。じゃあ一緒に行きましょう」
「ああ」
彼女に他意がないことは分かっている。分かってはいるが、あちらから同行を申し出てくれたこと私は喜びを抑えきれなかった。




