第8話~アピール~
「こんなの詐欺だ!! お前が勝手にやったことだから俺は何も知らん!! 一銭も払わんからな!!?」
私に対する借金の存在が発覚し素直にパーティー結成を了承してくれるかと思いきや、マードレッドはそれに対し断固拒否の姿勢を示した。
「え~? でもさっき世話になったって──」
「それは人に勝手に借金を負わせたと知る前の話だ!!」
「……また屁理屈を」
「屁理屈じゃない!!」
グルル、と犬歯を見せて私を睨みつけるマードレッド──もう、そういうのはやめて欲しい。そんな情熱的な目で見つめられると正気でいられなくなってしまうではないか。
「何故そこで頬を赤らめる!?」
「──っと、失礼」
ふぅ、いかんいかん。まだ早い。ビークールだ私。まだ至るには早すぎるぞ。落ち着け落ち着け~。
ニヤケそうになる頬をさすって何とか平静を装う。
「……コホン。しかし詐欺と言われるのは心外ですね。私は死にかけていた貴女に対して適切な治療を施し、その為に必要な対価を立て替えていた。パーティーを組むならそれを返せなんて水くさいことを言うつもりはありませんが、それを拒否したのは貴女だ。関係は拒否するが、支払いも拒否するというのは筋が通らないのではありませんか?」
実際のところ不必要に高額な治療を受けさせて借金を背負わせたのだから詐欺と言われればその通りではあるのだが、私はそんなことはおくびにも出さず堂々と言い切る。
それに対しマードレッドは一瞬怯むも、すぐに踏みとどまり反論した。
「……そもそもどうして俺が治療費を払わなければならないんだ? 俺は賊を倒して隊商の連中を救ったんだぞ? 俺が戦わなければあいつらは奴隷として売り払われるか殺されていたかもしれないんだ」
「それは分かってますよ。だからドーソンさんもちゃんとお礼に治療費を一部負担──」
「だからそこは全額払ってくれてもいいだろう!? 俺がいなかったら全部失ってたんだ! 人を救った俺が借金を背負わされるのはどう考えてもおかしいだろうが!?」
マードレッドの言葉は少なくとも感情的には正しいものだった。命懸けで人を救って借金を背負わされたのでは溜まったものではない。だが世の中感情だけでは回らないのだ。
「自分に非のない出来事で損害を負ったというならドーソンさんも同じことですよ。あの方も今回の一件で損害を被っていますが、それでも今できる精一杯の誠意として貴女の治療費を一部負担して下さったんです。それに不満を言うのはどうかと思いますね」
「ぐ、ぬ……っ」
実際にはドーソンは通常必要な治療費分は全額負担してくれていて、マードレッドの借金は彼女の傷痕を出来るだけ綺麗に消そうと私が追加で治療を頼んだ部分なのだが、私はそんなことはおくびにも出さず真摯な態度で言い切った。
「だ、だが、今回の俺の負傷は冒険者としての職務上負ったものだ。雇用主であるドーソンにはその治療費を全額支払う義務があるんじゃないか?」
やれやれ、世間知らずなお嬢さんだ。私は肩を竦めて彼女の意見を訂正する。
「通常の雇用契約を結んでいたなら仰る通りですが、マードレッドさんの主張には二つ誤りがあります」
「二つ?」
「ええ。一つは冒険者は原則自己責任である、ということです。依頼時に補償について取り決めでもしていれば話は別ですが、仕事中の負傷について一々治療費が支払われるようなことはありません。冒険者がポカやらかす度にその治療費を負担していたのではキリがありませんからね。依頼料の中に元々そうしたリスク分の費用は含まれているんです」
これが現代日本であれば、状況次第で依頼主への治療費請求が認められるかもしれないが、この世界における冒険者は所詮使い捨ての労働力。誰も彼らを保護などしてくれない。
「それに加えてもう一つ。マードレッドさんは今回、護衛ではなく雑用係としてドーソンさんに雇われていました。ガロンたちと戦ったことは明らかに雑用係の領分を超えています。職務上負った負傷というのは少し無理が有りますね」
「…………ぬっ」
マードレッドは私の言葉に納得がいかない様子で顔を歪めるも、しかし効果的な反論が思いつかず口をモゴモゴさせる。その年相応の振る舞いに私は思わず苦笑を漏らした。
「そんな不貞腐れた顔をしないで下さいよ。私だって命懸けで人を救ったマードレッドさんが不利益を被るなんておかしな話だと思ってるんです」
「……嘘吐け」
「嘘じゃありません」
「借金をかさに人を脅迫してる奴が言うことか」
「それは違いますよ。私はあくまでマードレッドさんが不利益を被ることのない着地点としてパーティー結成を提案したんです。一方的な施しは貴女も望むところではないのでしょう?」
「…………」
つい先ほどマードレッド自身が私に理由もなく世話されることを拒否したのだ。これで治療費だけは支払ってくれと言うのは理屈に合わない。
だがここまで言ってもマードレッドはまだ納得いかない様子で口をへの字に曲げた。
「やれやれ。一体何が不満なんですか? パーティーを組んでいただけるなら私はその対価として治療費の請求を放棄すると言ってるんです。仲間同士であれば必要経費を一緒に負担することはおかしな話じゃありませんからね。マードレッドさんは借金が無くなる、私はマードレッドさんの物語を間近で見ることが出来る。まさにWin―Winの──」
「それが嫌だって言ってるんだ!!」
私の言葉を遮ってマードレッドは叫んだ。
「?」
「その『何が嫌なのか分からない』みたいな顔を止めろ!! 普通、自分の物語を間近で見たいとかキモいこと言ってる奴とパーティーなんて組みたくないだろ!?」
「……冒険者やってるバードなんて割とそういうものでは?」
「だとしても! お前はもうちょっと欲望を隠せ!!」
「え? これでも目一杯隠してるんですけど?」
「怖い怖い怖いだから怖いんだよお前!!」
自分の身体を両手で抱きしめ、マードレッドはベッドの上で後退る。
むぅ、いかんな。そういう態度を取られると昂ってしま──ではなく、話が前に進まない。
私は一呼吸おいて気持ちを鎮め、真面目に自分とマードレッドが組むメリットを説明した。
「まぁ、キモいキモくないは一旦置いておくとして──」
「置くな。ヒキガエルやコックローチとかなら割とクリティカルな部分だぞ」
「真面目な話、借金云々を抜きにしても私と組むことはマードレッドさんにとってメリットが大きいと思いますよ?」
「メリット~?」
疑わし気な声を出す彼女に、私は完璧な笑みを浮かべて頷いた。
「ええ。失礼ながら、マードレッドさんは実力はあっても見た目がちんちくり──もとい可愛らしいせいで侮られやすく、誰ともパーティーを組むことができていなかったご様子。マードレッドさんの目的がどこにあるにせよ、少なくとも私と組めば冒険者として活動の幅は広がるんじゃありませんか?」
「…………」
マードレッドは痛いところを突かれたように顔を顰める。
戦士でありながら小柄で幼い少女の見た目をしているマードレッドが周囲から侮られやすいことは誰に聞くまでもなく明らかだ。そうでなければあれほどのパワーと胆力を備えた彼女が誰ともパーティーを組めず雑用をしているなどあり得ない。
マードレッドは私の言葉に一瞬考える素振りを見せたものの、しかし改めて私の身体を上から下までジロリと観察して鼻を鳴らす。
「……フン。確かに俺もパーティーを組むことは考えていたが、誰でもいいってわけじゃない。お前のようなナヨナヨした男が何の役に立つと言うんだ?」
「いやだなぁ。だからいいんじゃないですか」
「?」
さて、ここからは本気のアピールタイムだ。
「力で解決できることならマードレッドさんが大体どうにかできるでしょう? 貴女が仲間に求めるのはそれ以外の部分であるべきだ」
「…………」
「自分で言うのもなんですけど、私は非力なことを除けば割と有能ですよ? まず本職の呪文遣いには及びませんが、初歩的な呪文は一通り使えます。負傷した貴女の応急処置をして町まで持たせたのは私の回復呪文ですからね」
「む……」
マードレッドの表情がピクリと動く。呪文の遣い手は比較的稀少で、特に回復呪文の遣い手はポーションの消費を抑え経費を削減できるため特に重宝される。前衛戦士が組みたい職業の一位はいつだってヒーラーだ。
「魔物相手には力不足でしょうが、一応剣も使えるので後衛職のように守っていただく必要はありません」
「…………」
「罠や鍵開けの業も多少嗜んでます──育ちの悪さはあまり誇れることじゃありませんけどね。それと情報収集は本業なので、何か調べたいことがあれば期待してくださっていいですよ」
「…………(ピクン)」
お、反応があった。ふむふむ。何か探し物か探し人がいるって感じかな。
「あとは……生活の保障でしょうか」
「生活だと?」
それまでとは少し毛色の違うアピールポイントに、マードレッドがキョトンと目を瞬かせる。
私は壁に立てかけてあったリュートを手に取り、シャランとかき鳴らして続けた。
「ええ。ここの宿代は私が酒場で演奏して稼いだ金をあてています。何か事情があって仕事が出来なくなった時も、日々の生活に困る様な思いはさせませんよ」
「…………っ」
マードレッドはそれを聞き、腕組みしてとても悩ましそうに──本当に本当に悩ましそうに呻いた。
冒険者らしい仕事をまるで受けられず、日雇い仕事で何とか糊口を凌いでいただろうマードレッドにとってその提案はあまりに──




