第7話~ファン~
この話から主人公が壊れます。
俺の肉体と魂はチグハグだった。
そもそも全くの別人のパーツを無理やり繋ぎ合わせていたのだからチグハグであって当たり前。
けれどあの日──美しい鉄を知ったあの瞬間、カチリと音を立てて歯車が噛み合った気がした。
「…………?」
「おはようございます」
ベッドに横たわり重い瞼を開けたマードレッドに声をかける。
彼女はまだ意識が朦朧としているのだろう。首から上だけをゆっくりと動かし、自分が今どこにいるのかを確認していた。
「……ここは?」
「宿屋です──えっと、ゴートウィルの四の町の宿、って言った方がいいのかな」
ここは王都と南方諸国を結ぶゴートウィル街道の十ある宿場町の一つ、王都から数えて四番目の位置にある”四の町”の宿の一室。ガロンたちの裏切りに遭った野営地から北に丸一日馬車を走らせた場所にあるこの街に私たちはいた。
「…………」
マードレッドの表情に様々な疑問が浮かぶ。だがまだ起きたばかり、しかも重傷を負って体力が落ちていることもあってか思考がまとまらない様子だ。
私は上半身を起こそうとする彼女に手を貸すと、レモン水に蜂蜜を垂らしたものを手渡し話し掛ける。
「起きたばかりで混乱してると思いますので、まず私の方からあの後何があったかを説明させてください。聞きたいことがあればその後で」
「分かっ──ん? 私?」
頷きかけたマードレッドが動きを止め、目を瞬かせる。
「何か?」
「……いや。大したことじゃないんだが、お前確か自分のこと『俺』って言ってなかったか?」
何だそんなことか。私は彼女がそんな詰まらないことを気にしてくれたことへの喜びを押し殺し、理由を説明する。
「ええ。でもそれだとマードレッドさんと一人称が被ってしまうでしょう?」
「?」
「…………」
「…………」
マードレッドはしばし私の言葉の続きを待ち、それがないことに気づいて首を傾げた。
「いや、だから?」
「? だからとは?」
「だから、それだけか?」
「それだけですよ?」
「…………」
「…………」
マードレッドは困惑に顔を歪めるが、そもそも私の一人称の変化など大した問題ではない。「まぁ、そういう文化とか風習の違いなんだろう」と呟きそれ以上の追及を飲み込んだ。
「じゃあマードレッドさんが倒れてからどうなったかに話を戻しますね? あの後私は──」
あの時マードレッドはガロンを倒し、生き残っていた賊は散り散りになって逃亡したものの、代償に彼女は重傷を負って意識不明。私は拙い治癒呪文を使って彼女に最低限の止血を施したが、彼女の出血は多く、全く予断を許さない状況だった。
私は縛られていたドーソンたちを解放し、すぐ町に向かって移動を開始。彼らは危険な夜間の移動を渋っていたが、逃げた賊がいつ仲間を連れて引き返してこないとも限らないと脅して尻を叩いてやった。
道中多少のトラブルはあったものの無事町に到着すると憲兵への事情説明はドーソンに任せ、私はマードレッドを連れて教会に駆け込んだ。そこで彼女は司祭から治療を受けて危険な状態を脱出。ただし血液と体力までは戻らなかったので、結局マードレッドが意識を取り戻すまで治療を受けてから更に五日の時間を必要とした。
「待て。その治療費と宿代はどうした?」
「ご心配なく。そこはドーソンさんが面倒を見てくれました」
正確には全てドーソンの懐からというわけではなく、支払いの一部は賊を討伐したことによる報奨金を充てている。
後で聞いたことだがガロンたちは街道沿いを縄張りにする賊の一味で、彼らが持っていた冒険者タグは全く別人のものだったらしい。彼らは今回のように護衛として紛れ込んで内から商人たちを襲うやり口を繰り返しており、憲兵隊から賞金がかけられていた。ただ身元を偽装し、襲撃ポイントを巧妙に隠していたため、捜査には全く進展がなかったそうだ。
そこで起きたのが今回の事件。私たちはガロンたちの首二つ分の報奨金と情報料、ついでにドーソンから礼金とマードレッドのこれまでの仕事の代金を巻き上げ、それで何とかギリギリ治療費と宿代を賄った形だ。
「……そうか。世話になったな」
「いえいえ、とんでもない」
ちなみに、普通に命を救うだけならそこまで高額な治療費はかからなかったのだが、出来るだけマードレッドの身体に傷痕を残すまいと高度な治療を依頼したことは彼女には内緒である。
「ドーソンは? それと逃げた賊はどうなった?」
ドーソンたちは運んでいた荷の納品日が迫っていたため、この町で新しく護衛を雇って三日前に王都に向けて出発している。彼は冒険者の身元確認を怠っていたギルドに抗議し賠償を求めていたが、ギルドからの反応はなしのつぶて。泣き寝入りするしかない不幸な自分を愚痴りながら旅立っていった。
ちなみに命の恩人であるマードレッドに対して伝言などは何もなく、そもそも彼女のことを気にした素振りもなかったが、そのことは敢えて彼女に伝える必要もあるまい。
逃げた賊は現在、憲兵隊が掃討作戦を行っている最中。私たちが襲撃された近辺を捜索し、アジトを発見して制圧したところまでは聞いているが、何人かはまだ逃走中でルッソとクラリッサもそこに名前が挙がっていた。
「とは言え、賊の大半は捕まってますし、今回の件で商人を襲ってた手口も割れました。仮に憲兵隊の捜索を逃れたところで野垂れ死ぬしかないんじゃないですかね──と、どうぞ」
私は説明しながら皮を剥いていたリンゴを皿に載せてマードレッドに差し出す。だが、彼女は妙な表情をして受け取ることを躊躇う素振りを見せた。
「…………」
「マードレッドさん?」
「……いや。うん、そうだな。皮まで剥いてもらって拒否するのもな」
マードレッドは自分を納得させるように呟いて皿を受け取り、切り分けられたリンゴを意外に可愛らしい手つきで摘まみ口の中に入れた。
「どうですか?」
「……うん。甘くて美味しい」
「それは良かった。食欲があるようなら女将さんに頼んで消化に良さそうなものを準備してもらいますけど、どうします?」
「そうだな。たのもう──じゃなくてだな!」
甘味に幸せそうな表情をしていたマードレッドははたと我に返った様子で続ける。
「……治療してくれたことは礼を言うが、流石にここまで世話をしてもらうのは行き過ぎだ。俺もお前の援護に助けられたし、恩を感じる必要はない。お前にもやることがあるだろう。後は自分で何とかするから──」
「ははは。何を水くさいこと言ってるんですか」
「…………いや、だからな? こんなことをしてもらっても俺はお前に何も返せないし──」
「だから水くさいこと言わないで下さいって。マードレッドさんが早く元気になってくれれば私はそれでいいんです」
「…………」
全く話が通じない人だ。これだけ丁寧に言ってもまだ納得がいってない表情をしている。
「……うん、どう言ったらいいんだ? だいたい水くさいも何も俺とお前は偶々旅先で出くわした赤の他人だ。そりゃあ、一緒に戦ったんだから戦友と呼べなくもないかもしれないが、それでも線引きはきちんとしておくべきだろう」
「?」
ホントに何を言ってるんだ、この人?
「いえ、私たちはもうパーティーを組んだ仲間ですよ?」
「突然意味不明なことを言うな! そんな事実はない!」
「でも今回の件をギルドに報告した時に、ついでにパーティー結成報告をあげてますし」
「勝手なことをするな阿呆!?」
何故かマードレッドは目を剥いて抗議してきた。分からない。私の迅速な事務手続きの一体どこに不満が──
「──ああ、すいません。私たちの初めての共同作業を一人で勝手にやってしまったのは確かに勇み足でした」
「共同作業とか気色の悪いことを言うな!!」
「でも気にしないで下さい。こんなことはあくまで形だけ。私はマードレッドさんのおまけに過ぎません。マードレッドさんの偉大な物語にさしたる影響はありませんので、その辺りは省略してしまって差し支え──」
「怖い怖い怖い! さっきからお前は何を訳の分からんことを言ってるんだ!?」
「…………」
「そんな『やれやれ、困った人だ』みたいな顔で俺を見るな!」
「そんなことを言われましても……」
「俺がおかしいのか!? 違うだろう!!」
「……あの、あんまり叫ぶと身体にさわりますよ?」
「誰のせいだと思っている!!!」
荒い息を吐いて叫ぶマードレッドを何とか宥めて落ち着かせるまでに五分以上の時間を要した──やれやれ、本当に手間がかかる人だ。
「……はぁ……はぁ……」
「じゃあ、パーティー結成にご納得いただけたということで──」
「そんなことは一言も言っとらん! せめてどうしてそんなことになったのかを一から説明しろ!!」
「一からですか……」
「そうだ」
「また難しいことを」
「ちっとも難しくない!!」
マードレッドさんの頼みとあれば聞かないわけにはいかないが、そもそも説明するようなことは何もないのだがなぁ……
「そう言われても、私がマードレッドさんとパーティーを組みたいと思ったからそうしただけですし」
「説明になっとらん!! まず何で俺とパーティーを組もうと思ったか、その理由を言え!!」
「それは勿論、私がマードレッドさんのファンになったからです」
「そうか。ファンか…………ふぁん?」
「ええ、ファン」
彼女はキョトンとした顔で私の言葉を繰り返す。
「…………何で?」
「何でと言われましても……理由って必要ですかね?」
「それは必要だろう──いや、必要だよな?」
「聞かれましても」
衝動を改めて言葉にするのは難しいが──
「私は戦う貴女の姿に心奪われました。貴女の旅路をこの目で見届け、その英雄譚をこの手で紡ぎたいと思ったんです。強いて挙げるとするならばそれが理由ですね」
「…………」
私の告白にマードレッドは呆気にとられた表情で絶句する──そんなマジマジと見ないで欲しい。嬉しくなってしまうではないか。
「……いや、いやいやいや。怖い怖い怖い怖いマジで意味が分からん」
「?」
「そんな純粋無垢な瞳で首を傾げるな! お前のソレはなまじツラが良い分怖いんだよ!!」
「…………」
「だから、私が我儘を言っているかのようにヤレヤレと肩を竦めるな!!」
ふぅ。分かってはいたが中々気難しい人だ。まぁ、そういうところも含めてマードレッド・アイアンハートなのだから、私としては粛々と受け入れる以外の選択肢はないのだが。
「だからそんな負の包容力に振り切れた目で私を見るなと言っている! いいか!? お前がどんな妄言を吐こうと勝手だが──いや、やっぱりなし、怖いから妄言もなしだ──ともかく私はお前とパーティーを組んだりしない!」
「そんなことを言われましてももう決まったことですし……」
「決まってない!」
「…………」
やれやれ。できればこんなことは言いたくなかったのだが。
「ですが、もし私とパーティーを組まないと、マードレッドさんが困ったことになると思いますよ?」
「……脅しのつもりか?」
「いえいえそんなつもりは。ただ──」
「ただ?」
「──パーティーを組まないとなると、私が立て替えた分のマードレッドさんの治療費を支払っていただかないといけなくなります」
「純度一〇〇%の脅しだろうが!?」
私が懐から取り出した治療費の領収書を奪い取り、マードレッドの目が点になる。
「な、何でこんな高額に……」
「それはまぁ死んでてもおかしくない重傷でしたからね。治療費は私の分の分け前も含めてギリギリでした」
「ぐぬ……っ、が……っ」
ちなみに、普通に命を救うだけならそこまで高額な治療費はかからなかったのだが、マードレッドに借金を負わせようと高度な治療を依頼したことは彼女には内緒である。
ファン(fan)の語源はファナティック(fanatic)=狂信者。
これでも壊れ方としてはまだ序の口。




