第6話~戦士~
逃げるべきだと思った。
マードレッドが暴れて敵の目を引いている隙にここを離れるのが正しい選択だということは分かっていた。
賊は全部で十四、五人。俺が手を貸してもこの劣勢は覆らない。
忠告はした。戦っても勝てないことはちゃんと説明した。それでも無謀な戦いに飛び込んでいったのはマードレッドだ。義理は果たした。馬鹿が馬鹿をやってくたばるだけ。俺が気に病む必要はどこにもない。
「っ!」
そうして俺は、ほんの少しの欺瞞で自分を騙し、走り出す──
『テメェ、どうやって縄を──!?』
──筈だった。
「────っ!!」
足が動かない。恐怖ではない罪悪感でもない何かが足を縛って動いてくれない。
いや違った。動かないのは足ではなく目──俺の視線は敵に立ち向かう赤毛の戦士の背を追いかけて離れなかった。
『何だそのツラは? ご丁寧に武器まで持って、まさか俺らに歯向かおうなんて言うんじゃねぇだろうな!?』
『…………』
視線の先には、不意を打つことすらせず、真っ向から賊の集団に近づいていくマードレッドの姿があった。
大胆過ぎる振る舞いだ。後から合流してきた者たちは困惑して立ち尽くし、元々いた四人の内アルマスとクラリッサが彼女の前に立ち塞がる。ガロンやルッソは動こうとしない。恐らくあまりに無防備にマードレッドが姿を見せたので何かの罠ではないかと警戒しているのだ。だがそれでも一対二。しかも相手はLVではマードレッドと同格だ。
アルマスは剣と盾を装備したタンク寄りの戦士で、クラリッサは純ヒーラータイプの僧侶。この二人のコンビを突破するのは格上であっても容易ではない。
対するマードレッドは薄汚れた布が巻かれた何かを肩に担いでいる。それは小柄な彼女が振るうにはあまりに長大で、太く、遠目にもずっしりとした重さを感じさせた。
『おい! 何とか言え──』
アルマスの言葉を無視してマードレッドは勢いよく駆けだした。迷いのない動き。十分以上に速い──が、その速度は決して敵の予想を超えるほどのものではなかった。
『ちっ! クラリッサ!』
『狡知たる欺きの女神よ か弱き我らに 御身の加護を──【聖壁】!』
剣と盾を構え迎え撃つ体勢をとったアルマスの前に、クラリッサが【聖壁】の奇跡で光の障壁を作り出す。物理と呪文、二重の盾で敵の攻撃を受け止め、カウンターを放つ、恐らくこれが彼らの必勝パターンなのだろう。
狙いは単純でも突破することは難しい鉄壁の護りを前に、しかしマードレッドは一切の躊躇なく、更に踏み込み加速した。
『馬鹿がっ!』
嘲笑を浮かべ盾を掲げるアルマス。次の瞬間。
──ドゴォォッ!!!
『!!?』
その場にいた全員が、その光景に絶句する。
マードレッドの一撃は【聖壁】の護りごとアルマスの盾を粉砕し、彼の身体を縦に引き裂いていた。
マードレッドの武器を覆っていた布が剣圧で剥がれハラリと宙を舞う。布の中から現れたのは何の魔力も籠っていない鋼の大剣。飾り気のない、大きく、重厚で、ただ敵を蹂躙することのみに全ての機能を捧げた無骨な鉄の塊だった。
──ただの……力技?
その冗談のようなマードレッドの一撃の正体を理解し、俺は呆気にとられる。
そこには何の小細工も技術もなかった。大剣の重量とマードレッド自身の膂力に任せたごくごく純粋な力技。ただの思い切りと力、武器の重量だけで、彼女はあの鉄壁の護りを粉砕してみせたのだ。
ああいやそれは決してただの力技などではない。ほんの僅かでも躊躇いや恐怖があれば力は十全に斬撃へと伝わらず、あの護りを突破することは出来なかっただろう。仮に自分が同じ膂力と武器を持っていたとしても到底同じことが出来たとは思えない。だがそもそもあれは迷いのあるなしでどうにかなる次元の話なのか──?
「…………」
理屈を超えた彼女の姿に、俺は自分の背骨がザワリと泡立つのを感じた。
『……次』
『テメェ……!』
大剣を肩に担ぎなおし静かに告げたマードレッドに、仲間を殺され挑発されたと感じたガロンがいきり立つ。だがそれに続いたのはルッソとクラリッサの二人だけ。他の者たちはアルマスの身に降りかかった惨劇を見て完全に腰が引けていた。
『……チッ』
ガロンは不甲斐ない仲間たちに舌打ちを一つ。しかしそれに対する叱責は一旦棚上げし、ルッソとクラリッサに目配せ、自身はこん棒のように太い槍を掴んでマードレッドの前に進み出る。
マードレッドに技術で勝り膂力でも劣らぬ熟練の戦士が、油断なく三人がかりでマードレッドを仕留めようとしている。その光景を見て俺は──
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「クララ」
「……はい。狡知たる欺きの女神よ かの者に鬼のごとき剛力を──【筋力増強】」
先ほどの一撃を見て半端な防御は意味がないと理解したのだろう。クラリッサの奇跡で、ガロンの屈強な肉体が目に見えて一回りバンプアップされる。
これで膂力においてもガロンがマードレッドを上回り、技術、経験、リーチ、味方の援護、全てにおいて完全に彼はマードレッドの上をいった。
その上でガロンは格上としての余裕を見せつけマードレッドに話しかける。
「……さて、小娘。分かってるとは思うがこの状況でお前に勝ち目はねぇ。やけっぱちで突っ込んできたんだろうが……降伏するつもりはあるか? ただのちんちくりんかと思ったが中々いい腕してる。部下になるって言うならアルマスを殺ったことは水に流してやってもいい」
「ボス!?」
クラリッサがガロンに咎めるような視線を向けるが、彼はそれを無視。うっすらと笑みを浮かべてマードレッドの返答を待った。
「……くだらん。騙すつもりならもう少しマシな嘘を吐け」
「クハッ! おいおい。少しは頭を使えよ。状況が分かってないのか? どうして俺がお前を騙す必要がある? 俺はお前に──」
「お前は小物だ」
「────」
嘲るでもない淡々とした指摘に、ガロンの表情からスッと笑みが引いて真顔になる。
「……何だと?」
「お前は小物だと言ったんだ。お前に俺を使う胆力はないよ。精々自分に歯向かう腕も度胸もない逃亡兵くずれを従えてお山の大将を気取るのが関の山だ。自分が優位に立っているつもりでも、実際に俺と刃を交えるのは怖くて仕方がないんだろう?」
「っ! 阿呆が……!」
ガロンは吐き捨てて完全な戦闘態勢に移行するが、怒りに任せて突撃するようなことはなかった。それを冷静ととるか小心ととるかは評価の分かれるところだが、激昂するより厄介な敵であることは間違いなかった。
「…………」
ガロンがチラと目配せすると、ルッソはマードレッドに向けて弓を引き絞り、クラリッサは胸の聖印を握りしめ精神集中。
張り詰めるような緊張感がその場に漂う中、ただ一人マードレッドはそんな余分なものなど露ほども感じさせないカラリとした動きでガロンに向かって突撃を開始した。
──ドンッ!!
筋力に任せた爆発的な加速。間違いなく突撃を受ける側にとっては脅威であった──が、ガロンたちはそれを既に見ている。
その突進は速くはあっても直線的で、弓や呪文の良い的。全力疾走中だからこそ回避や方向転換も難しく、正面から攻撃を受ければカウンターでダメージが倍増する。そのことは当然マードレッドも理解していたが、元より彼女には近づいて斬る以外の選択肢がない。
「アルマスの仇!」
クラリッサの詠唱が一瞬早く完成し、【神気】の衝撃波がマードレッドに向けて放たれる──その刹那。
「&$#*>!」
『!?』
魔力を伴った聞くに堪えない罵声がクラリッサの鼓膜に突き刺さり、発動しかけた奇跡を霧散させる。
吟遊詩人の初級呪文【悪口】──聞く者の精神にダメージを与えその行動を阻害するデバフ主体の攻撃呪文だ。
俺という新たな乱入者に、直接攻撃を受けたクラリッサだけでなくルッソやガロンの意識が一瞬こちらに向く。
「────」
だがただ一人、マードレッドだけは一瞬も意識を逸らすことなく突進を続けていた。俺の援護を予想していたわけではあるまい。単純に敵以外何も目に入っていなかった。
「くそっ!?」
──ビュンッ!!
遅れてルッソが矢を放つが、慌てて放ったそれはマードレッドの左耳の肉を僅かに抉ったのみであらぬ方向へと飛んでいく。
「!」
走りながら大剣を握るマードレッドの手にギュッと力がこもる。
その攻撃の予兆を見てとり、ガロンもまた槍を大きく引き絞り、咆哮した。
「調子に乗るな、餓鬼っ!!!」
マズい──と、それを見て俺は思った。
リーチでは槍を持つガロンが勝る。そしてマードレッドには突撃しながら攻撃を回避できるほどの技量も余裕もない。このままぶつかればマードレッドはガロンの槍に為す術なくくし刺しにされてしまうだろう。
──使うかっ!?
咄嗟に『リング・オブ・ウィッシュ』を使って彼女を救う選択肢が思い浮かぶが、貴重なアーティファクトを消費し、その存在を知られるリスクが脳裏を過ぎり俺の身体は硬直した。
結局俺は何もできず、ただ彼女の身体にガロンの槍の穂先が吸い込まれる瞬間を見ていることしか──
「ウォォォォォォッ!!!」
『!?』
──ドンッ!!
槍がマードレッドの心臓を貫こうとしたその瞬間、彼女は咆哮と共に地面を蹴りつけ、更に加速した。
それは一見、敵の攻撃に身を投げ出す自殺行為。だが加速したことでガロンの刺突はほんの少しだけタイミングがズレ、力と速度が乗り切る前にマードレッドの胸甲に穂先が接触する。
──ズシャッ!!
「っ!!」
「ちぃっ!?」
結果、槍の穂先はマードレッドの鎖帷子ごと胸の肉を引き裂きながらも致命傷を与えることなく脇へと逸れた。
それでもマードレッドに与えたダメージは小さくない。彼女が怯んでいる隙に距離をとり、体勢を立て直せば──
「──!?」
しかしそんなガロンの思惑は、一切の躊躇も遅滞もなく振り下ろされたマードレッドの一撃により粉砕される。
──ドゴォォォォッ!!!
比喩ではなく文字通り。次の瞬間ガロンの身体は頭蓋から股下まで一直線に引き裂かれていた。
『…………』
冗談のような光景に、その場にいた賊たちが呼吸も忘れて動きを止め、絶句する。
立ち尽くすマードレッドは重傷だ。今この数で囲めば仕留めることは難しくないだろう──だが、誰も動けない。
理屈を超えた圧倒的な暴威が、戦場から逃げ出し弱者から奪う道を選んだ賊に動くことを許さなかった。
──ザッ
「…………」
緩慢な動作でマードレッドが振り返る。その口元からは血を吐き、まともに戦える状態でないことは誰の目にも明らかだった──が、その瞳は爛々と輝きを放ち戦意を失っていなかった。
「ひっ……!」
最初に悲鳴を漏らしたのは誰だったのか。一人が恐怖に耐えかね叫び出せば、後は一瞬だった。
「うわぁぁっ!!」
「に、逃げろぉぉっ!!」
恐怖はあっという間に賊全体へと伝播。ルッソやクラリッサも含め、その場に生き残っていた賊は蜘蛛の子を散らすように我先にその場から逃げ出した。
──グラァ……
「マードレッドさん!!」
賊の姿がその場から消えた直後、体力気力が限界を迎えたようにマードレッドの身体がグラリと崩れ落ちる。俺は慌てて彼女に駆け寄り、その身体を受け止め──
──ドサッ!!
「ぐっ……!」
筋肉質で見た目の倍は重い彼女の身体に潰されそうになりながら、その身体をそっと地面に横たえる。
彼女を死なせるわけにはいかない。そんな衝動に突き動かされ、俺は無我夢中で治癒呪文を詠唱した。
その日、俺たちは美しいものを知った。
ただの鉄の塊が、これほどまでに美しく在ることを理解した。




