第5話~判断~
『…………!』
馬車の幌に身を隠しながらガロンたちと合流した者たちを観察する。
それは一〇人前後の小集団だった。賊と言われれば賊、どこかの村人と言われれば村人に見える。そんなどこにでもいそうな年齢も風体もバラバラな男たちだ。形ばかりの武装はしているがその立ち振る舞いを見る限りさして戦える風でもない。一番腕が立ちそうな者でも精々LV2の戦士といったところだろう。
──だけど数が多い。
俺は苦々しく顔を歪めた。
戦いにおいて数は力だ。戦場では例え技量で上回っていても余程上手く立ち回らなければ数で勝る敵に勝つことは難しい。一人の相手をしている間に死角から攻撃されれば一溜りもないのだから、複数の敵を相手取るというのは口で言うほど簡単なことではなかった。
よく創作では地形や機動力を活かして一対一の状況を作り出すなんて描写があるが、現実では武器が振るえるだけの広さがあってしかも一対一になれるような都合のいい地形なんてそうそうあるものではない。また機動力で敵の動きをコントロールするのはずば抜けた体力と判断力を必要とする高等技術だ。
敵がガロンたち四人だけなら、不意を打ってマードレッドを突っ込ませ俺が呪文で援護すればまだ勝ち目はあった。だが流石にあの数となると──
「逃げましょう」
俺は隣で同じように敵を観察していたマードレッドにそう提案した。
「逃げる? 何故だ?」
「何故って……」
マードレッドは純粋な疑問の視線で俺を見上げている。
どうしてここで『何故?』なんて言葉が出てくるのか、それこそ『何故?』なのだが、この状況で彼女と歩調を乱すのは上手くない。俺は苛立ち焦る気持ちを隠して丁寧に理由を説明した。
「あの数を見れば分かるでしょ? 俺ら二人で相手するのは現実的じゃない」
「後からきた連中はそれほど腕が立つようには見えないし、数が多くても一度に戦える人間は限られる。勝てるかどうかはやり方次第だろう」
「……簡単に言わないで下さいよ。そんな都合の良いやり方があれば誰も苦労しません」
「だが元々数は連中の方が多かった。それでもお前は逃げることではなく戦うことを選んだ。それはやり方があるってことじゃないのか?」
「四人と十数人じゃ全然違います。あの時はどこに魔物が潜んでるかも分からない夜道を二人で逃げるよりは、まだここであの四人の相手をする方がマシだと思ったんですよ」
「だとしても、だ。お前は二対四なら勝てると思った。四人以上同時に相手にしないよう立ち回って、それを何度か繰り返すことはできないのか?」
この女、こんな時だけやけに弁が立つな。
俺は饒舌なマードレッドに苛立ちながら、元々自分が考えていたプランを説明する。
「二対四で勝てるなんて言ってません。連中がバラバラに動いてたんで、先手を取れば二対一か二対二の状況が作れると思ったんです」
「ふむ?」
「そもそも二対二で勝てるって目算も、呪文で上手く不意を打てればってのが前提です。俺は白兵戦になったら時間稼ぎが精一杯ですからね。【誘眠】の呪文で一人でも眠らせて、眠らなかった奴は二人がかりで何とかしようってだけの単純な作戦です」
【誘眠】の呪文は【火球】などの強力な攻撃呪文を習得していない低レベル呪文遣いにとって切り札にあたる呪文だ。何せ眠らせれば一発で敵を無力化できる。抵抗されれば何の効果も及ぼさないという欠点はあるが、範囲呪文なので複数を同時に巻き込めたり使い勝手は非常に良い。
これで二対二を二回繰り返し、呪文を使ってそれぞれ一人でも眠らせることができれば、格上相手でも十二分に勝算はあった。
「単純というが、それが出来るなら十分だろう。後は素早く仕留めて行けば──」
「【誘眠】の呪文を、俺はまだ二回しか使えません」
苛立ちと羞恥を隠してマードレッドの勘違いを訂正する。
「……なるほど。だが【誘眠】は範囲呪文だろう? その二回で敵をたくさん巻き込めばいいんじゃないか?」
マードレッドの意見は必ずしも間違っていない。実際、広範囲の敵を呪文に巻き込むことが有効に働くケースは多いのだが、残念ながら今回はそうではなかった。
「……【誘眠】の呪文はあくまで敵を眠らせるだけで、一撃必殺の呪文ってわけじゃないんです。刺激を与えたら普通に目を覚ますから素早く決着をつけないと意味がない。仮に敵を上手く巻き込めて複数眠らせることが出来たとしても、そいつらは眠らなかった奴に蹴り飛ばされるだけで戦線に復帰してくるんです。数に差がある敵には決定打にはならないんですよ」
「ふむ……」
分かっているのかいないのか、マードレッドは表情を変えず俺の話を聞いていた。
思わず舌打ちしそうになるのを堪えて続ける。
「状況が変わりました。このまま二人で突っ込んでも勝ち目はない。犬死するだけです」
「…………」
「夜闇に紛れて動けば連中の追跡を逃れることは難しくない。魔物に襲われるリスクはありますけど、それでもこのまま連中とやり合うよりはずっとマシです」
「……その場合、残された連中はどうなる?」
「っ!」
マードレッドの瞳は、俺を責めているわけでも正義感に逸っているわけでもない、無色透明な色をしていた。
「……連中にとってあの人たちは売り物です。下手に争わなきゃ殺されることはありませんよ」
自分に言い聞かせるように俺は言う。希望的観測だ。捕まった人間全員に商品価値があるとは限らない。何より彼らは俺たちが拘束を抜け出したことを見逃している。それを賊に咎められ、報復や見せしめで何人か殺される可能性は高かった。
だが俺はその可能性を無視する。行きずりの商人や下男のために俺が命を懸ける義理はないし、現実問題俺にはどうすることもできない。これは仕方がないことなのだ。
「…………」
「…………」
けれどマードレッドの真っ直ぐな瞳に見つめられ、俺はその欺瞞を自覚せざるを得なかった。
マードレッドは知る筈のないことだが、俺にはこの状況をひっくり返し全てを丸く収める手段がある──『リング・オブ・ウィッシュ』だ。
だがこのアーティファクトは俺がこの世界で生き延びる為の切り札。たった三回きりの魔法を、こんなところで誰とも知れない連中を救うために消費するつもりはなかった。
「…………」
「…………」
「…………」
「……分かった」
マードレッドが静かに頷き、俺は大きく安堵の息を吐く。
「分かってくれて何よりです。ならすぐに動きましょう。幸い、連中は合流直後でバタバタしてます。今の内に街道を離れて──」
「うん。お前は逃げろ」
「────」
マードレッドの言葉は俺を突き放しているでも侮蔑しているわけでもない。けれどその言葉を聞いた瞬間、二人の間にキッパリと線が引かれたのが分かった。
「お前は、って──」
「俺は戦う」
絶句しそうになる。彼女は既に決定事項を告げていて、それを心変わりさせる余地がないことは俺にも分かった。分かっていたのに、それでも俺の口は言葉を紡いでいた。
「だから何を言ってるんだ、あんたは……!? 勝ち目がないってことは今散々説明しただろう? こんなところで無駄死にして何になる!? 捕まった連中の中に仲のいい奴でもいるのか!? それなら──」
「そんなんじゃない」
俺の言葉を遮り、マードレッドはこれから死地に赴こうとしているとは思えない淡々とした声音で繰り返した。
「そんなんじゃない。別にあいつらに特別な思い入れなんてないし、お前が正しいこともちゃんと理解してる」
「なら──」
「だけどそれは俺の性に合わない」
「────」
そう口にしたマードレッドの表情は、冷たく硬い鋼のようだった。
「ここで引いたら、俺が剣をとったことに意味がなくなる。だから退かない」
何を言っているのか俺にはその一割ほども分からなかったが、その言葉には反論を許さぬ強さがあった。
「それに、勝ち目がないというのは心外だ」
ゴトリ、と重い鉄の塊が動く音が聞こえる。
「俺は、得物さえあればあんな連中に後れを取るつもりはないぞ」
その鉄の塊を肩に担いだ瞬間、俺はマードレッドの全身に熱が入る光景を幻視した。
「じゃあな」
「あっ──」
反射的に伸ばした俺の手をすり抜けて、彼女は馬車の荷台を飛び出した。
【パーソナル・レコードシート】
名前:マードレッド・アイアンハート
種族:ハーフドワーフ
年齢:15歳
性別:女
外見:赤髪、蒼眼 140cm 67kg
出自:山の氏族
属性:混沌にして善
<基礎能力値>
筋力:20 耐久:19 敏捷:12
器用:15 知力:8 知覚:13
魅力:12
種族特徴:暗視
職業技能:ファイターLV3(不屈、猛攻、致命の一撃)
個別技能:ドワーフ語、威圧、運動、鍛冶、自然、動物使い




