第4話~賊~
俺が最初にガロンたちに違和感を覚えたのは、彼らがあまりにアッサリ俺を受け入れたところだ。
──もし賊の仲間ならこんな間抜けな話はしないだろう。
──ここで受け入れを拒否したら魔物に襲われて死んでしまうかもしれない。
俺が彼らにそう思わせるように振る舞い、隊商に潜り込もうとしたのは事実だ。だがボディチェックや武装解除どころか、碌に監視もつけず護衛対象であるドーソンの近くを自由に歩き回らせるというのはあまりに無警戒過ぎはしないだろうか?
単に雇い主のドーソンが言い出したことだから自分たちに責任はないと思ったのかもしれない。あるいは冒険者の仕事なんて元々この程度の杜撰なものなのかもしれない。違和感はあったが、俺の考えすぎかもしれないとも思って一旦疑惑に蓋をしていた。
だがやはりその直感は正しかったようだ。夜半、隊商の人間が眠りについたタイミングでガロンたちはその本性を現し、寝込みを襲って商人たちを拘束し縛りあげた。商人たちは完全に油断していて、彼らが状況を理解したのは縄で縛られ地面に転がされた後。
その時俺とマードレッドは後から見張りに立つよう言われていて就寝中だった。ひょっとしたらこんな可能性もあるかもしれないと警戒はしていたが、マードレッドを味方にカウントしてもガロンたちの方が数が多く、人質まで取られていてはとても抵抗できよう筈がない。ほとんど小細工をすることも出来ず、俺たちは他の者たちと一緒に縛られて地面に転がされていた。
「グギャァァァァッ!!?」
夜の荒野にドーソンの苦痛の悲鳴が響く。
彼らは少し移動して俺たちのいる場所からは馬車が影になって見えないが、漏れ聞こえてくる声から推察するに護衛──いや、裏切った連中のリーダー格だったガロンがドーソンを痛めつけているようだが……
「あれって何やってるんです?」
「あん?」
縛り上げた俺たちの見張り役をしている若い男──ルッソに、俺は敢えて呑気な声音を作って話しかけた。
「あれってガロンさんがやってるんですよね? でもさっきから悲鳴ばっかりで尋問してる風でもないし、何の意味があるのかなぁ~って。ひょっとしてドーソンさんに個人的に恨みがあったりするんですか?」
ルッソは僕に胡散臭げな視線を向けながらも質問に答えてくれた。
「……アレはそんなんじゃねぇよ。単にガロンの旦那の趣味だ」
「趣味? オッサンを甚振るのが?」
「オッサンってか、金持ちや貴族を、だな。旦那は農奴上がりで金持ちや貴族に散々な目に遭わされてきたらしくて、こういう状況だと我慢が利かなくなるんだ──って、何でこんなこと話してるんだ俺は」
はたと我に返って顔を顰めるルッソ。
「お前、自分の立場分かってんのか? 何呑気に話しかけてきてんだよ?」
「いやぁ、こうして縛られてるだけってのも結構退屈なもんで」
ルッソの視線を真っ直ぐに受け止め、俺は怯えも敵意もなく笑う。
「それに立場ならちゃんと分かってますよ。そちらは護衛のフリしてた山賊か何かで、俺らはそれに騙されて捕まった間抜け。まだ殺されてないってことは、多分奴隷として国外にでも売られることになるんでしょう?」
「分かってんなら──」
「今更慌てても仕方ないですからね」
何か企んでいるのではと疑わし気な視線を向けてくるルッソに、俺はケラケラと笑ってみせた。
「逃げ出したところでここから近くの町までまだ一日以上あります。魔物にでも襲われたら俺じゃ一溜りもないし、大人しく売られた方が安全でしょ」
「…………」
実際、一緒に縛られている下男たちは奴隷身分か奴隷と大差ない暮らしを送っており、最悪は殺されさえしなければいいと貝のように黙って無抵抗を貫いていた。
「俺にできることと言えば、精々行儀よくして優しい金持ちに売ってもらえるよう願うことぐらいですよ」
「ハッ。優しい金持ちとか意味わからんこと言ってんな」
「いいじゃないですか。夢と希望は庶民の唯一の贅沢なんですから」
「…………ハッ」
怯える様子もなくぬけぬけとそんなことを言う俺に、ルッソは「見た目と違って図太い奴だ」と苦笑を漏らした。
ちなみに、この時俺に余裕があったのは事実だが、それは決して図太いからではなく、いざとなればこの状況をどうとでも切り抜けることが出来たからに過ぎない。万能のアーティファクトである『リング・オブ・ウィッシュ』──それはまだ彼らに奪われることなく俺の手元にある。三回までならどんな危機でも切り抜けることが出来るという事実が、俺にこの場を切り抜けるための思考の余裕を生んでいた。
「そんなことより、ルッソさん。いいんですか?」
「あん? いいって、何がだ?」
ルッソの声音は先ほどより少しだけ柔らかく、俺への警戒心が薄れていた。
「一人で俺らの見張りさせられてますけど」
「それがどうした? どうせお前らは逃げられやしねぇんだ。見張りなんざ俺一人でお釣りがくる」
「いや、そうじゃなくて……」
そこで俺は馬車に積まれた荷をチェックしている他二人の裏切り者──アルマスという戦士と、クラリッサという尼僧に視線を向けると、囁くような声音で言った。
「さっきあの二人、荷の中から懐に何か入れてましたよ? 大きな宝石みたいな何か……」
「何ッ!?」
ルッソの視線がそちらを向いた瞬間を見計って、俺は口の中で呪文を詠唱した。
「なっ!? マジかあいつら……!」
ルッソの目にクラリッサが赤い宝石をコッソリ懐に入れている光景が映る。遠目かつ暗がり、ほんの一瞬の出来事だったが、確かに彼の目にはそう見えた。
今すぐ駆け寄って物申したいに違いない。だがルッソは今俺たちを見張っている最中。しかも彼はガロン一味の中で一番の若手で、やり方を間違えれば逆に自分に罪を押し付けられかねない。俺はその胸中の葛藤を見透かして囁く。
「……ガロンさんに伝えた方がいいんじゃないですか? 直接指摘したら逆上して何されるか分からないし、上の人に入ってもらった方がいい」
「それは……」
ルッソはまだ僕らから目を離してこの場を離れていいのか迷っていた、が──
「さっきも言いましたけど、俺等もこの状況じゃ逃げられないし、逃げても無駄だってことぐらい分かってますって。というかそちらにとっちゃ一人二人逃げられたところで大した損害じゃないしその気になれば直ぐ捕まえられる。問題はあっちの方です。他のお仲間が合流する前に押さえとかないと、証拠を隠滅されちゃうかもしれませんよ?」
「……そ、そうだな」
俺の言葉にルッソの判断の天秤が一気に傾いたのが目に見えて分かった──何故、俺がそんなことを言うのかを疑問に思うことすらなく。
「いいか! 大人しくてろよ!? 逃げるんじゃないぞ!!」
彼はクラリッサたちに気づかれないよう小声で吐き捨てて、ぐるりと遠回りにガロンのいる場所へと姿を消した。
それから一〇秒ほど様子をみてルッソがすぐに戻ってくる気配がないことを確認。
「…………さて、と」
──パラリ
手足を固く縛っていた筈のロープを解き、俺は静かに上半身を起こした。
『!?』
同じように縛られている下男たちがそれに気づいて驚愕するが、俺が口元に一本指を当てて「しっ」と合図すると、彼らは咄嗟に漏れ出そうになる声を噛み殺した。
「皆さんの縄も解いたげたいのは山々なんですけど、今逃げ出すのは却って危険です。何とか隙を突いてあいつらを取り押さえれないか試してみるので、暫くこのまま様子を見ていてください」
『…………』
下男たちは不安そうではあったが、先ほどの俺とルッソの会話で下手に逃げたり反抗してガロンたちを怒らせる危険性は理解していたのだろう。そっと俺に背を向け見ないふりをしてくれた。
「おい」
「勿論。マードレッドさんには手伝ってもらいますよ」
そう言って、俺は殺る気満々でこちらを見るマードレッドのロープを隠し持っていたダガーで切り、彼女を解放する。
マードレッドは手をニギニギしてしっかり血が通っていることを確認すると、小声で俺に話しかけた。
「……よく刃物なんて隠し持っていたな?」
俺たちは当然、ガロンたちに捕まった際に武装解除されている。曲がりなりにも戦闘経験のある俺やマードレッドへのチェックは念入りに行われており、本来こんな刃物を隠し持つ余地はなかった。
だが何事も抜け道はある。俺がダガーを隠し持ち、ガロンたちの拘束から逃れた種は初級呪文【手品】。これは小魔術とも呼ばれる呪文遣いの練習用の呪文で、ちょっとした幻術や点火、温度操作など呪文とも言えない手品めいた現象を引き起こすことが出来る。
俺はこの初級呪文を使用してガロンたちの認識をほんの数秒だけズラし、ロープで固く俺を拘束し隠し持っているものは何もないと誤認させていた。
ちなみに先ほどルッソが見た「仲間が宝石を懐に入れている光景」もこの呪文によるものだ。よく観察すればすぐに違和感に気づいていただろうが、暗がりかつ遠目、一瞬の出来事だったこともあり簡単に騙すことができた。
だが今は一々そんな説明をしている余裕はない。
「説明は後で。今はそれよりガロンたちです」
「そうだな」
マードレッドを加えても戦力的には「二対四」。数の上ではあちらが上だが、不意を打てば何とかならないこともない戦力差だ。彼我の差が数だけであれば、の話だが。
さて、ここでヨシュアの目──『看破』のスキルで見たザックリとした戦力分析をしてみよう。
まずこちらの戦力はLV1吟遊詩人の俺と、推定LV3戦士のマードレッド。マードレッドの戦力は立ち振る舞いなどから推察したものなので絶対に正しいという確証はないが、大きく外れてはいないと思う。
一方で敵戦力はリーダーで推定LV5戦士のガロン、荷物を漁っていたのが推定LV3戦士のアルマスと、推定LV3僧侶のクラリッサ。そして先ほどまで話していたルッソは推定LV2の盗賊といったところだ。
LV差がそのまま戦力差に直結するわけではないが、普通に二対二でやりあっても分が悪いし、ガロン相手だと二対一でも確実に勝てるとまでは言えない。
まともにやり合わなければ手はあるが、それもマードレッドが最低限敵の前衛を抑えてくれることが大前提だ。LV的に不可能ではないが、そこにはもう一つの問題があった。
「武器は……こっそり取り戻すのは難しいか。流石に警戒されてる」
俺たちの武器はこのちんけなダガーを除いて取り上げられている。
下男たちのものも含め、取り上げられた武器はひとまとめにされてアルマスやクラリッサたちの直ぐ足元にロープで縛ってまとめられていた。
「マードレッドさん。このダガーで敵の戦士を抑えることってできそうですか?」
「……難しいな。一人ならまだ組み付けば何とかなるが、二人以上となると……」
「ですよね~」
リーチの長さは近接戦において何より重要な要素。使い慣れないダガーで同格以上の敵と打ち合えるわけがない。彼女が組み付いて一人を抑えてくれても、俺が残りの人間に袋叩きにされて終わりだ。
しかし困ったぞ。そうなるとマードレッドには負傷覚悟で敵の攻撃を受け止めてもらうぐらいしか──
「俺の武器はあれとは別の馬車に保管されてる」
「え?」
「雑用係には不要だと最初に取り上げられたんだ」
そういって彼女は周囲を見回し、三つある馬車の内、主に商品以外のものがつまれたものを指さす。
「あれだ。今なら気づかれずに忍び込める」
「行きましょう」
即答。敵に見つからないよう注意し、他の馬車を影にしながらコッソリと移動する。
幸いにもけしかけたルッソが上手くあちらを掻きまわしていたタイミングで、四人は揉めていてこちらに気づくことはなかった。
「ありますか?」
「待て。焦らせるな。他のものが邪魔でよく見えん……」
無事荷台に忍び込み、俺が外の様子を窺っている間にマードレッドが音を立てないよう慎重に荷物を漁る。
「……まだですか?」
「まだだ。落ち着け」
マードレッドはマイペースに焦る様子を見せないが、僕はいつガロンたちに気づかれるか気が気ではない。いや気づかれるだけならまだマシだが、最悪は──
──ドドド……ッ
「!」
そんな最悪の予想をしていたのが良くなかったのかもしれない。遠くから複数の人が近づいてくる足音が聞こえ、俺は思わず顔を引き攣らせた。
「遅かったか……ッ!」
「どうした? まだガロンたちは──」
「あいつらじゃありません」
訝し気なマードレッドに、俺は小声で囁くように言い返す。
「あいつらの仲間が来ました」
「仲間?」
まだ足音に気づいていないのだろう、彼女はピンときていない様子だ。
「ええ。これだけの荷物と捕まえた人間をたった四人で運んで処分するのは難しい。ガロンたちは四人組じゃなくもっと大きなグループで、そいつらが合流するのを待ってたんです」
俺の言葉を裏付けるように、足音はますます近く大きくなっていた。




