第3話~コミュ~
隊商に運良く合流した後、俺たちは夕方には無事その日の野営地に辿り着いた。
道中一度だけ魔物化したイノシシに襲撃されたものの、護衛のガロンたちが手際よく追い払って全員無傷。彼らは特別手練れというわけではなさそうだが相応に経験は積んでいるらしく、俺の体重の倍はありそうなイノシシを全く危なげなくあしらっていた。
さて、それはさておきこうして同行を許してもらったからには俺も何か彼らの役に立たねばならない。
だがガロンたち冒険者は二人ずつ交替で見張りと休憩をしており、キャンプの設営は下男たちが慣れた様子で行っていて手伝いに割って入る余地が見当たらない。俺は何かないかと周囲を見渡し──都合よく薪を拾いに茂みの方へと向かう赤毛の少女を見つけてその後を追った。
「……何か用か?」
「手伝いますよ」
不機嫌そうにこちらを睨みつける赤毛の少女に、俺はどんな淑女も魅了するだろう最上の微笑みを浮かべて話しかけた。
「…………いらん」
しかし少女の感性は一般的な淑女とは異なっていたらしくヨシュアの美貌が全く通じない──どころかあからさまに胡散臭そうな目で拒否されてしまう。
現代日本で育った陰キャの魂は既に折れて萎れていたが、しかしファンタジー世界のイケメンの身体は『押せばイケる』と全く怯む様子がなかった。
「まぁまぁ、そう言わずに。一人より二人の方が速いですよ」
「お前が足を引っ張らなければな」
「迷惑はかけませんから」
「俺は話しかけられて迷惑だ」
俺っ娘か──じゃなくて、中々手強い。
全く取り付く島もない赤毛の少女。だが俺は多少強引にでも彼女とはコミュニケーションをとっておいた方が良いと考えていた。
「同じ新人冒険者同士なんだし仲良くしましょうよ」
「同じ?──ハッ」
赤毛の少女は一瞬足を止めてこちらを振り返ると、胡散臭げに俺を見回し鼻で嗤った。
「何のつもりか知らんが、俺に取り入ろうとしても無駄だぞ。貴様のような胡散臭い男に気を許すことはないし、第一俺は──」
「雑用だから何の発言権もない?」
「…………」
やり返すような俺の言葉に彼女は不機嫌そうに黙り込む。
意外と単純で気が短いタイプか。あまり揶揄い過ぎない方がいいな。
俺は頭の中で少女の人物像を修正しつつ、合理に寄って話を続けた。
「怪しいと思うならなおの事、俺から目を離さない方がいいんじゃないですか? 一人にしたら仲間の賊とコンタクトをとるかもしれませんよ」
「…………」
反論はない──が、何故自分からそんなことを言い出すのか、と言いたげな顔だ。
「勿論俺は賊じゃないのでそんなことはしませんけどね。でもあんまりあっちの人たちと仲良くし過ぎるのもアレでしょう」
「アレ?」
「ほら、また俺がこの集団を狂わせてしまうかもしれないじゃないですか」
「…………」
自信満々に髪をファサッと掻き上げる俺──ノリノリなのは身体のせいである──を白けた目で見つめる少女。うん、スベったね。
「死ね」
「死ね!? 馬鹿とか自信過剰じゃなくて、いきなり死ね!?」
「黙れ。馬鹿。死ね」
「注文通りに死ね!?」
赤毛の少女は心底こちらを見下した目で見ていて、全くこちらに気を許した気配がない。
ことここに至ってようやく俺は彼女に自分の美貌が通じないことを理解した。
「……まぁ、狂わせる云々は半分冗談として」
「半分なのか」
「半分ですね~。よく謙虚は美徳って言いますけど、俺の場合は謙虚に振る舞うと大抵碌な目に遭わないので」
「…………そうか」
これはヨシュアとしての記憶からくる本音。その言葉に滲んだ微かな疲労に、気のせいかもしれないが赤毛の少女はほんの少しだけ同情の気配を見せた。
「だからこんな状況でアッサリ受け入れられるとどうしても裏を疑っちゃう性質なのです」
「…………」
その言葉を無視して彼女は枯れ枝を拾う。その背中にはもう俺を拒否する気配はなかった。
「そう言えば、お名前は?」
「…………は?」
突然の質問に赤毛の少女が顔を歪める。
「だからお名前を聞いてなかったなと思いまして」
「……何でお前に教える必要がある?」
「呼ぶ時不便でしょう」
「馬鹿馬鹿しい。『おい』でも『お前』でも好きに呼べ」
「女性をそんな風に呼ぶ習慣は俺にはないんですけど──ハニー、とか?」
──ドゴッ!!
「ぐふっ!!?」
俺のボディーに重い鉄のようなストレートが叩きこまれ、膝から崩れ落ちる。
「…………え゛? なん、で?」
「殴ったぞ」
「何で痛いのかを聞きたいわけではなく!」
「面倒だから顔は避けた」
「何で腹”を”殴られたのかを聞きたいわけでもなく!」
「事前に殴ると予告する馬鹿があるか」
「何で予告がなかったのかを聞きたいわけでも──なくもないけどそこじゃなくて、そもそもどうして殴られたのか、その理由! リーズン!!」
「ムカついた」
「……そう、ですか」
問答の末に得られた結論はシンプルで虚しいものだった。
少女のパンチは小柄な見た目に反して酷く重く、俺は地面に膝をついた姿勢で暫く動けそうにない。立ち上がれない俺を見て、少女は流石に少しやり過ぎだと思ったのか溜め息と共に口を開いた。
「……マードレッドだ」
「はい?」
「だからマードレッド。俺の名前だ」
「…………」
ツンデレか? そんなことを思って不機嫌そうな──いやこれは素で不愛想なだけだな──マードレッドの顔を見上げていると、いつの間にか腹の痛みは引いていた。
「……何だ、もう名乗ったぞ。ジロジロ見るな」
「いえ。マードレッドさんとお呼びするのも少し他人行儀なので、どうお呼びしたらいいかと思いまして」
「他人だ。行儀を知れ」
「親しみを込めてマッドさんとかどうで──」
「殴るぞ」
──ゴキッ!!
「~~っ!?」
今度は予告とほぼ同時にマードレッドの拳骨が俺の後頭部に突き刺さる。脳の奥まで響くような思い打撃に、俺は頭を抱えて悶絶した。
「俺が言うのもなんだが、お前は少し学習しろ」
ごもっとも。
「いてて……いやぁ、イケると思ったんですけどねぇ」
「イケてたまるか」
マードレッドが馬鹿につける薬はないと言いたげに溜め息を吐く。そしてもはやこちらを気にする様子もなく薪集めを再開した──うん、狙い通り。
この手の脳筋の警戒を解くにはプライドを捨てて殴られるのが手っ取り早い。これはヨシュアではなく現代日本の最下層で育った■■■■としての経験則だ。
俺はマードレッドの後ろをついて歩きながら同じように乾いた枯れ枝を選んで拾い集める。
「……はぁ。何で俺なんかに絡んでくるんだか」
「あれ、分かりません?」
「分かりたくもない」
マードレッドは俺が彼女に関わろうとする理由が分からずうんざりしている様子だったが、俺には彼女の為人を知り、親しくしておきたいと考える理由があった。明確な、とまでは言えない、懸念程度のものだが。
「ガロンさんたちが初対面の俺のことを信用してくれるのはありがたいんですけど、この状況でそれは逆に心配しちゃうでしょ。どんな状況でも、お互いにしっかり警戒はしとかないとね」
「? どういう意味だ?」
訝し気な視線を向けてくるマードレッドに答えることなく、俺は少し離れた場所でどこか気もそぞろに周囲を警戒するガロンたち護衛組に視線を向けた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「……なるほど。こういう意味か」
「……悪い予想が当たりましたね」
その日の深夜。俺とマードレッドは横になり、顔を間近に寄せ合って小声で囁き合う。
これだけ聞くと男女の仲を連想させる表現ではあるが、残念ながら俺と彼女の間に艶っぽい雰囲気は露ほども存在しなかった。
その理由はいくつかあるが、まず一つには周囲にむさ苦しい下男たちが一緒になって横たわっていること。そしてまた一つには、手を出そうにも縛られてそれが難しい状態であること。そして──
「おい! 何コソコソ喋ってやがる!?」
──ゲシッ!!
「っ!」
「ゲホッ!?」
ガロンの仲間でルッソと名乗った若い男が俺たちの様子を見咎め、動けない俺たちの横っ腹をそれぞれ蹴りつけた。
「おいルッソ! そいつらは売り物なんだから余計な傷つけるんじゃねぇ!」
「そうよ~。そっちの混じり物はともかく、坊やの方は高く売れそうなんだから」
「ちっ……すんません!」
仲間に咎められ、ルッソは舌打ちして俺たちから離れていく。
「ひっ! あ、熱い! や、やめ……ぎゃっ!」
蹴られた脇腹の痛みを堪えながら首を巡らせると、俺たちと同じように縛られたドーソンが焚火で身体を炙られ情けない悲鳴を上げている。
「た、助けてくれ……! お願いだ、殺さないで──ゲフッ!?」
背中を足で踏みつけられ、蛙が潰れたような音を出すドーソン。
「ククッ。殺さないで下さい、だろ?」
そしてドーソンの背中をぐりぐりと踏みにじりながら嗜虐的な笑みを浮かべているのは護衛パーティーのリーダーであった筈のガロンだ。
どうやら俺が遭遇した隊商は最初からその内に裏切り者を抱えていたらしい。




