第2話~遭遇~
兎にも角にも人里に向かわなくてはならない。
この世界、都市の外はとても危険だ。人食いの猛獣魔獣はそこらかしこにいるし、賊だって珍しくない。この身体はポテンシャルこそ高いがまだまだ未熟。もしそうした敵に襲われたら一溜りもないだろう。
──何で俺はこんな場所に一人でいたんだ?
ふと疑問に思ったが、ヨシュアの記憶には欠落があり転生直前の記憶は不明瞭なものとなっている。
パトロンを探して各地を転々とし、今度は王都にでも行ってみようと考えていたことまでは覚えているが……
「まぁいい。考えるのは後だ」
出発にあたり改めてヨシュアの持ち物を確認する。
腰にはレイピアとダガーを下げていて、服装は動きを阻害しない程度の薄手の革鎧とマント。すぐ横の地面には毛布や水袋が括りつけられたバックパックと商売道具のリュートが転がっていた。バックパックの中を覗き込むと、やはり商売道具の羊皮紙の束と羽ペン、インク、イカサマ用のカードと骰子、それと干し肉や豆などの保存食が大体三日分。後は小袋の中に銀貨と銅貨が数十枚……所持金は六〇クスネルといったところか。ちなみにこの国の通貨単位は銀貨一枚で一クスネル。一クスネルが日本円で千円ぐらいの価値だと思ってもらえば間違いない。
装備はともかく旅をするにはやや心もとない所持金だが、そこはヨシュアのスキルがあればどうとでもなる。
まずは人里を目指そう。安全確保が最優先だ。
最悪何かあっても『リング・オブ・ウィッシュ』を使えばどうとでもなるが、こんなところで三回しか使えない貴重なアーティファクトを無駄撃ちするのは馬鹿馬鹿しい。俺は荷物をまとめると街道を北に向かって歩き出した。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
──マズった……
移動を始めて一時間後、俺は早速自分の迂闊さに頭を抱えていた。
ことの発端は街道沿いの水場で休憩している小規模な対象を見つけたこと。俺があちらに気づいたタイミングであちらも僕に気づいた様子だったので、特に深く考えることなく彼らに近づき挨拶しようとした。あわよくば一緒に町まで同行できれば安全に移動できるかもしれないな、なんてことを考えて。
この時もし俺が頭の中のヨシュアの常識を確認していれば無用なトラブルは避けられたのかもしれない。
互いの表情が視認できるほどの距離に近づき、そこでようやく俺は自分が何かやらかしたことに気づく。彼らの表情は明らかにこちらを警戒するものだったのだ。だが自分が何をやらかしたのかまではこの時点で理解できていなかったし、今更距離を取れば余計に彼らを刺激しそうだったので鈍感を装いそのまま彼らに近づくしかなかった。
話しかけてきたのは向こうから。護衛と思しき屈強な戦士の男は訝し気な表情で俺を睨みつける。
「……お前、一人か?」
「見ての通りですけど……何か?」
『…………』
何故こんな風に警戒されているのか分からない──そんなアピールを込めてキョロキョロ視線を彷徨わせると、護衛の人間は互いに顔を見合わせ、何かを察した様子で深々と溜め息を吐いた。
「……お前さん、何か事情があるのか頭がおかしいのかどっちだい?」
「?」
「いくらこの辺りは比較的安全とは言え魔物や山賊が出ないわけじゃない。一人旅なんざ命知らずにもほどがあるだろ。お前さんがよっぽど腕が立つってんなら話は別だが──」
そこで男は言葉を区切って値踏みするようにジロジロと俺を見る。
「──少なくとも俺にはそうは見えねぇ。何でこんな所に一人でいた?」
「ああ、そういう……」
男の言葉でようやく俺は警戒の理由を理解し、思わず手を叩きそうになった。要するに彼らは俺のことを賊の仲間か人に化けた魔物の類ではないかと警戒していたのだ。
この世界、都市外を旅する際は護衛付きの乗合馬車や隊商に随伴するのが一般的。勿論、傭兵や冒険者であれば独力で旅することもあるが、睡眠や排泄などどうしたって無防備にならざるを得ないタイミングがあるため、どんな腕利きでも極力単独行動は避けるものだ。つまりこんな場所に一人でいた時点で怪しまれる十分な理由になる。
俺は貧弱そうな見た目もあってか彼らからの警戒はあまり厳しいものではないが、状況次第では問答無用で攻撃されていてもおかしくなかった。
これは現代日本にどっぷり浸かり平和ボケしていた俺のミス。だが理由さえ分かれば対処のしようはあった。
「あ~……それがお恥ずかしい話、途中までは仲間と一緒だったんですけど、ちょっとトラブルがあって逃げ出してきたところでして……」
「……ほう?」
意図的に「トラブル」「逃げ出してきた」という問題のある言葉を口にし、彼らの意識をそちらに向ける。ヨシュアが習得していた『ペテン』のスキルが、この場における最適解を俺に教え、意識するだけでペラペラと言葉を紡いでいた。
「──あ。一応俺、冒険者なんです」
「F級か」
俺が胸から黒曜石で出来たギルドのタグを見せると、周囲の警戒が目に見えて一段階下がった。ギルドタグは身分証の役割を兼ねており、冒険者に悪人がいないわけではないが、やはり組織に登録しているのといないのとでは信用度がまるで違ってくる。
ヨシュア自身は実際に冒険者として活動したことはないが、いろいろと便利なので登録だけはしていたようだ。
「同業だな」
「あ、先輩ですね」
護衛の者たちもそれぞれ銅製、あるいは黒鉄製のタグを掲げて見せてきた。これは一種の礼儀であり、『自分たちのほうが格上だ』というアピールでもある。
「それで、お前の仲間は? トラブルってのは何があったんだ?」
「いや~、それが実は……」
不躾な質問で本来答える義務はない──が、この状況で俺に回答を拒否するという選択肢は無かった。
「ちょっと仲間内で色恋──うん、一応色恋沙汰のトラブルがありまして、刃傷沙汰になりそうだったんで逃げ出してきたと言いますか……」
護衛の男はタハハと空笑いして頭を掻く俺の姿を上から下までジロリと見回し、極めて非好意的な声音で吐き捨てる。
「……何だい、色男。仲間の女でも寝取ったか?」
「まさか! 俺は巻き込まれただけの被害者ですよ!」
「…………」
「信じてください! 向こうが一方的にちょっかいかけてきたんですって!」
「どうだか。お前さんが誘ったんじゃないのか?」
「ホントなんですって! 寝込み襲われそうになるわ、ソイツの男に『俺の男にちょっかい出したな』って刺されそうになるわで散々だったんですよ!?」
「そいつは自業自得ってや──うん? 男の……男?」
「ええ。俺がいたパーティーは全員男でしたから。俺にそういう趣味はないって言ってるのに、あいつらしつこくて……」
『…………』
その場で話を聞いていた全員の目が点になる。そしてヨシュアの容姿を改めてジロジロと見回し『ああ、この顔ならそういうこともあるか』と納得の表情に変化──突然、護衛の一人が噴出した。
「──ブハッ! そ、そりゃ災難だったな……ククッ」
「ちょ、ちょっとアルマス。笑っちゃ悪いわよ……ププッ」
「だ、だってよ、男同士の色恋沙汰に巻き込まれて逃げ出してきたとか……クハッ、やっぱり駄目だ……っ!」
護衛の冒険者だけでなく、その場にいた商人や下男たちまでクスクスと含み笑いをこぼす。
僕は少し拗ねたように頭を掻きながら、この場で組み立てた作り話が彼らに受け入れられたことに内心でガッツポーズをとっていた。
これは俺ではなくヨシュアの持論だが、人を騙したり信じさせる時には、いかにも信憑性のある話ではなく「ひょっとしたらそういうこともあるかもしれない」と思わせる程度の話の方が疑われにくい。嘘を吐くならもっとらしい嘘を吐くだろうという心理が働くし、逆に話の粗を指摘されにくくなるからだ。また迷った時、結局人が判断基準にするのは相手の見た目や雰囲気といった印象だが、これに関してヨシュアという少年は他の追随を許さなかった。
「あ~……そうか。疑って悪かったな」
「……疑いが晴れて良かったです」
護衛のリーダー格と思しき戦士の男も笑い転げる仲間たちを見て、疑っているのが馬鹿馬鹿しくなったのだろう。すっかり気の抜けた様子で謝罪してきた。
そして護衛たちの空気が緩んだのを感じとり、少し離れた場所で様子を見ていた商人の男が近づいてくる。
「それで、その少年に危険はないんだね、ガロン?」
「ええ。問題はないと思いますよ、ドーソンさん。多少の心得はあるようですが、見たとこ素人に毛が生えた程度のもんだ。本人の言う通り、間抜けで運の悪い色男でしょう」
「間抜けは余計ですって……」
一応小声で抗議しておくが、当然のごとく彼らは無視。
ドーソンと呼ばれた商人は俺の姿を上から下までマジマジと観察し、問題ないというガロンの判断に納得して頷きを一つ。
「君、名前は?」
「ヨシュアです」
「そうか。ではヨシュア、我々は王都に向かっている途中なのだが、南から来たということは君も目的地は同じ方向だろう? 近くの町までで良ければ一緒に行くかね?」
「いいんですか!?」
こちらからお願いするつもりだったのに、まさか向こうから言い出してくれるとは。
「構わんよ。ここから近くの町まで後二日はかかるからね。ここで知り合ってはいさよならと言うのは少し気が咎める。君も冒険者のようだし、夜営や見張りの手伝いなりしてくれればこちらも助かるからね──構わんだろう、ガロン?」
「……まぁ、雑用ぐらいはできるでしょう」
ガロンたち護衛も特に異論はなさそうだ。俺はトントン拍子に進む都合の良い展開に驚きながらも礼を言おうとし──
「ありがとうござ──」
「いいのか? その男、賊の仲間かもしれないぞ」
硬い女の声が俺の言葉を遮る。
声のした方を振り向くと、小柄な赤毛の少女が警戒も露わに俺を見ていた。護衛の仲間だろうか。鎖帷子を身に纏い、太くはないが全体的にガッシリした体格をしている。鍛造途中の鋼を思わせるような、荒々しさと静けさを兼ね備えた少女だった。
「こんな人里離れた場所で単独行動する冒険者なんて怪しいにもほどがある。本当は賊の仲間で、内から襲撃を手引きするつもりなんじゃないか?」
「────」
赤毛の少女の指摘は至極正しいものだった。俺は咄嗟にどう反論したものか言葉に迷い、結局俺が何か言うより早くガロンが口を開いていた。
「余計な口挟むんじゃねぇ、新人!」
「だが──」
「いいから黙ってろ! 下んねぇこと言う暇があるなら水でも汲んでこい!」
「……分かった」
少女はガロンからの叱責にそれ以上言い返すことなく、言われた通り水袋を手に水場の方へと歩き去っていく。
「……悪かったな坊主」
「いえ。それより彼女は?」
あそこまで言わなくても良かったのでは、という意味を込めてガロンを見ると、彼は苦笑して肩を竦めた。
「あいつも一応冒険者だが、俺らの仲間ってわけじゃない。チビのくせしてクソ生意気なもんで、誰からも組んでもらえず、ここでも雑用として雇われてんだ」
「へぇ……」
「ったく、ああいうところが周りから敬遠されてる理由だってのによ……お前さんも気を悪くしないでくれよ」
「そりゃ勿論。俺が怪しいのは事実ですからね」
そう。俺を警戒するのは護衛として冒険者として当然のことだ。
「俺らはあと半刻ほど休憩したら出発する。お前さんもそれまで休んでおくんだな」
「君、吟遊詩人でしょ? 折角だから夜営の時にでも背中の楽器、聞かせてよ」
「野郎も魅了する色男の演奏、期待してるぜ」
ガロンの仲間の護衛たちが話しかけてきた。もはやこちらを警戒する様子はなく、持ち物の確認や念のためにと武装解除を求められることさえなかった。
「勿論。期待しておいてください」
俺はそれに愛想よく応じながら、先ほどの赤毛の少女とのやり取りが気にかかっていた。




