第18話~目印~
「坊主……お前さん、正気か?」
「さぁ、正直あまり自信はないですね」
刀鍛冶のドヴァリンの前に加工用の素材を置き、私は投げやりに言った。
「これだけの量があれば一財産だぞ? 上手くすりゃ剣や槍の一本ぐらいは打てる。それを──」
「申し訳ないんですけど、もうとっくに決めたことなので。勿体ないとか鍛冶師としての欲だとか色々思うところはあると思いますが、こっちの要望を優先してください。技術的に可能だってことは事前に確認してるんだ。今更できないなんて言わせませんよ」
「…………」
「余った素材は好きに使ってもらって構いません。とにかく丁寧に、出来るだけ剣を傷めないようにお願いします」
「…………分かった」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「相当な数のアンデッドが集結しているわ」
アンデッド討伐に向けた準備を進めていた最中、現地の情報収集を担当していたディネルースが私たちにそう報告した。
『…………』
その時私は宿屋の床に霊薬や聖水の瓶を並べ一目で中身が分かるよう紐で分類する作業中だった。手を止めて、代替装備の金棒で素振りをしていたマドさんと顔を見合わせる。
「相当な数っていうと具体的には? というか、どこからそんな情報を仕入れてきたんです?」
「具体的な数までは分からないわね。ソースは私自身。少し遠出をして確認してきたの」
「一人で行ったのか!?」
サラリと告げられたディネルースの発言にマドさんが目を丸くする。
ディネルースはそれに、なんてことのない様子で笑いながら補足した。
「日帰りできる範囲を確認してきただけよ」
「だからと言って──!」
マドさんが怒る理由は分かる。町の外を一人で出歩くのは危険だし、行くなら自分にも声をかけろと言いたいのだろう。
「まぁまぁ、マドさん。ディネルースは旅慣れてるようですから、戦うつもりがなければ一人の方が動きやすかったんでしょう──ね?」
「…………」
ディネルースは私のフォローに無言で肩を竦める。
「むぅ……次は俺にも声をかけろ」
「気を付けるわ」
マドさんは一先ず矛を収めてくれたが本題はまだこれからだ。
「それはいいとして、アンデッドが終結って本当なんですか? 日帰りで行けるような場所にアンデッドの群れがあったら流石に騒ぎになりそうなもんですけど……」
「直接確認したのは三体だけよ。昼間太陽の光で動きが鈍っていた集団を林の中に見つけて、仕留めたついでに周辺に他の個体がいないか確認しようと【不死感知】の奇跡を使ってみたの。そうしたらかなりの数のアンデッドの気配があったってわけ」
感知呪文で? それはおかしな話だ。
「私はあまりその手の呪文に詳しくないんですけど、占術じゃない一般的な探知系の呪文って効果範囲は二〇~三〇メートルぐらいが限界じゃありませんでしたっけ?」
「ええ、そうね。本来は今ヨシュア君が言ったように、【不死感知】の奇跡はごく近い距離で視界内の死者のオーラを視認するのが限界。ただ、一般にはあまり知られていないことなんだけど、この手の奇跡は習熟すれば視界内に漂うオーラの痕跡からより広範囲の情報を推測することも可能なの」
呪文そのものの効果ではなく、その情報を基にした分析。それなら理解できないこともない。漁師が波や風から天候を予測するようなものだろう。
「かなり濃度が高い、質の似通った不死のオーラが東から漂っていたわ。具体的な数は見える距離まで近づかないとどうしようもないけど、少なくとも一〇や二〇じゃきかないことは確かね」
「……自然発生ではあり得ない、ということか?」
「断言はできないわ」
マドさんの確認にディネルースはかぶりを横に振る。
「例えば……アンデッド化した死者にそっち方面の才能があったとしたら、周囲の死霊もそれに引きずられて大量のアンデッドが発生することだってあり得ない話じゃないの。他にも私たちが把握していないだけで、山賊とかが大規模な殺し合いをしてその死体がアンデッド化した可能性だってゼロじゃない。一つ言えることは、自然現象であれ作為的なものであれ、まとまって行動してるってことは群れを統率する高位のアンデッドが存在している可能性が高い、ってことね」
「…………」
「…………」
ディネルースの説明にグッと肩に力を籠めるマドさんを、私は複雑な想いで見つめる。
マドさんにすれば、裏に父親の仇が関わっている可能性が高まったわけだからディネルースの報告は望むところ。だがそれは同時に、敵が私たちの手に余る存在である可能性がより高くなったということでもある。
一応、今回は手に余るようであれば情報収集のみに留めるという話はしてあるが、いざ敵を前にしてマドさんが素直に退いてくれるかは怪しい。そもそも相手次第では撤退することさえできるかどうか。
マドさんの気持ちと安全、果たしてどちらを優先すべきか──
「ディネルース。今の情報を踏まえて、対アンデッド戦の専門家としての貴女の意見は?」
「!?」
マドさんが私に非難めいた視線を向けてきたのが気配で分かったが、私はそれを無視した。
「単純に私たちの手に余るかどうかだけの話じゃない。周辺の村や町へ被害が出るリスクやらを考慮して、どう動くのが最善だと思いますか?」
「!」
周辺への被害という言葉を聞きマドさんは私に言いかけた何かを飲み込む。
かたき討ちと言う個人的な目的を優先し無辜の人々に被害が出すことはマドさんにとっても本意ではあるまい。彼女がそこまで復讐に盲目になっていなかったことに内心でそっと胸を撫で下ろした。
「そうねぇ……個人的には今すぐ騎士団や神殿に報告して動いてもらうのがベストだと思うけど──」
「!」
「ただ現実問題、今ある情報だけじゃ部隊を動かすのは難しいでしょうね」
ディネルースの言葉に私は首を傾げる。
「何故? 具体的な数までは分からないまでも、相当数のアンデッドが、こんな王都の目と鼻の先に集まってるんです。騎士団が動く理由としては十分だと思いますけど?」
「今私が言った情報のほとんどは確定情報じゃなく経験則から来る私の“推測”だもの。普通の僧侶は何キロも離れた場所にいるアンデッドの気配を察知するなんてことできないから騎士団を動かす根拠としては少し弱いわね」
「そうなのか?」
マドさんの純粋な疑問に、ディネルースは豊かな胸を張って答えた。
「ええ。普通、神殿の僧侶が出動するのはアンデッドがいることが確定した後だもの。探知なんて最終的な討ち漏らしの確認に使うぐらいで、広範囲の索敵をする機会自体がないのよ。こういう技術を持ってるのは私たち放浪神の信徒か、後は同じく旅慣れた伝達神……死体の気配に敏感な腐敗神の関係者ぐらいね」
なるほど。放浪神も伝達神も小神であまりメジャーな存在ではないし、腐敗の女神に至っては邪神だ。その技術となると騎士団や神殿を動かす根拠としては確かに少し弱いかもしれない。
「一応、今の話は太陽神神殿を通じて憲兵隊にも伝えてもらうつもりではいるけど、どこまで本気で取り合ってくれるかは怪しいものね。全く無視されることはないとしても、いきなり大部隊を動かすことは難しいでしょう。まずは少人数の部隊で現地調査を行って事実確認。今回のケースはアンデッド絡みで神殿への協力要請、組織間の調整も必要になるでしょうから、実際に調査部隊を編制して動き出すだけでも最低半月ぐらいはかかるんじゃないかしら?」
「そんなに?」
「人間の組織って大きくなればなるほど動きが鈍くなるものよ。それをどうにかしようと思えば彼らの尻を叩くためのより正確な情報が必要だわ。つまり──」
「俺たちが実際に現地に行って相手を探るのが一番早くて確実だってことだな?」
マドさんが我が意を得たりとばかり、ニヤリと笑ってディネルースに確認する。
「そうなるわね」
「分かったな、ヨシュア!? となれば一刻も早く──」
「はいはい、分かりました。止めようなんて言いませんから準備はしっかりさせてください」
今すぐにでも飛び出していきそうなマドさんを宥め、私は頭の中で段取りを組みながら予定を告げる。
「……マドさんの剣も明日には仕上がる予定だし、予算もある程度目途がつきました。今日明日で消耗品の準備と馬のレンタルを済ませて、墓地に仕込んだマントを回収して、明後日は連携と現地での動き方の最終確認──出発は三日後ってとこですね」
「消耗品や馬の段取りは今日中にどうにかなるだろ? 連携もディーの癖は大体分かってるし、明日剣を受け取ったらすぐに出発──」
「焦ってもいいことにはならないわ。敵は数が多い分動きが遅いから一日二日で状況が大きく動く可能性は低い。私も神殿や憲兵隊に事情を説明する時間が欲しいし、出発は三日後でいいと思うわ」
「……むぅ」
私だけでなくディネルースにも窘められ、マドさんは渋々納得する。
さて、そうと決まったら出来る限りの準備をするだけだ。私が頭の中で処理すべきタスクに漏れがないかを確認していると、ディネルースがふと思い出したように懐から何かを取り出した。
「──あ。そう言えば確認というか、伝えるのを忘れていたんだけど、二人ともこれに見覚えがあったりしない?」
そう言って彼女が見せてきたのは、何か模様のようなものが刻まれた掌大の木の板だ。素人が彫刻刀で削ったような雑な作りで、このデザインは……扉と月、か?
「これは?」
「倒したアンデッドが持っていたものよ。全員が同じデザインの印を持っていたから、何か調査のとっかかりになればと思ったんだけど……」
「う~ん。どこかの神の聖印か家紋みたいですけど、私はちょっと心当たりがないですね」
「……そう。まぁ偶々同じ家に仕えてた人間とかが一緒にアンデッドになっただけってこともあり得るし、気にし過ぎてもよくないわね」
「ですね。一応、頭の片隅には入れておきます」
話はそれで終わり。準備のことで頭がいっぱいだったこともあり、私は──私だけが、その木の板を凝視する視線があることに気づけなかった。
「…………」




