第17話~異変~
「俺にも何か手伝わせろ」
『…………』
マドさんがそんなことを言い出したのはディネルースと行動を共にするようになってから四日目の朝のことだった。
僧侶であるディネルースは神殿に無償で寝泊まりしており、朝になると私たちが泊まっている宿にやってきて一緒に朝食をとり、打ち合わせや情報交換を行っている。今日も同じように各々の昨日の成果と今日の予定について話していたところだったのだが──
「突然どうしたんですか、マドさん?」
「突然じゃない。いいから何か手伝わせろ」
「……あのね、マドちゃん。人には向き不向きってものがあってね?」
「どういう意味だ!?」
ディネルースの発言は割とそのままの意味だったが、残念ながらマドさんには受け入れがたいものだったらしい。
『…………』
私とディネルースは暫し押し付け合うように視線を交わし、結局私が圧に押し負けて口を開く。
「えっと……じゃあ今日は本番に備えて剣の稽古を──」
「それはいつもやってることだろうが! 『良い子でお留守番しててね』みたいな子ども扱いは止めろ!」
だから割とその通りなのだが、それを口にすればマドさんの鉄拳が飛んでくることは想像に難くない。
「マドちゃん。私もお仕事終わったら相手してあげるから、それまでは一人で我慢してて……ね?」
「別に一人が寂しいわけじゃない!」
「えっと、お小遣いなら──」
「酒代をねだっているわけでもない!!」
『…………』
「その『どうしたものかな~』みたいな顔も止めろ!!」
マドさんの我儘は可愛くはあるのだが、私は今、来週のアンデッド討伐に向けた準備でてんてこ舞い。残念ながらマドさんの新しい一面を堪能する余裕はなかった。
討伐と言っても、ただ目撃情報があるエリアに赴いて現地をうろつきアンデッドを探せば済むという単純な話ではない。アンデッドの目撃情報があったエリア自体がかなり広範なため行けば必ず遭遇するというものではないし、現地に行って帰るだけでも三、四日はかかってしまう。持ち運べる物資や体力などを考慮すれば実際に捜索にあてれる時間は多くないため事前の入念な情報収集や計画策定は必要不可欠。またアンデッド対策用の装備や消耗品、食料などを買いそろえるために金策を行う必要もある。その為私は、昼間は情報収集と物資の手配、夜は酒場で歌って情報収集と金策と、忙しく動き回っていた。
見かねたディネルースが現地の情報収集を引き受けてくれたお陰で多少は楽になったが、しかしやることはまだまだ幾らでもある。
先の「俺にも何か手伝わせろ」というマドさんの発言は、そんな忙しい折に飛び出したものだ。
「いや、気持ちはありがたいんですけど……」
「けど、何だ!? 迷惑だって言うのか!?」
『…………』
「言いたいことがあるならハッキリ言え!!」
ハッキリ言ったらもっと怒るくせに。
そもそもマドさんは情報収集が出来るタイプじゃないし、一人でそんなことをさせたら高確率で人と揉めてトラブルを起こす。
だがだからと言って金を稼いでもらおうにも、平時の戦士ほど役に立たたないものはない。工事現場とかで力仕事をしてもらえば本人の宿代と食事代ぐらいはなんとか稼げるかもしれないが、ぶっちゃけそれぐらいなら私が酒場で三〇分も歌えば稼げるのだ。働くことによる前後の手間や、揉め事を起こして帰ってくるリスクを考えれば、大人しく宿で剣の素振りでもしてもらっていた方がありがたいというのが正直なところ。
しかしそれをストレートに告げればマドさんは確実に拗ねる。いや平時なら拗ねたマドさんも可愛いし思う存分に愛でたいところではあるのだが、今の私は慢性疲労でその気力すら残っていない。いったいどう伝えたらいいものか……
「マドちゃん」
「……何だ?」
お。ディネルースが何か言ってくれる感じか。年の功的なやつで上手いことマドさんを宥めてくれよ?
「毎日毎日ヨシュア君が稼いできたお金で食っちゃ寝してて居心地が悪い気持ちは分かるけど、でもだからって余計なことをしても結局周りが迷惑するだけなのよ?」
「おまっ!? それは──っ!!?」
ストレートに言いやがった! こいつ、私が思っていても言えなかったことを、ど真ん中に、ドストレートにぶち込みやがった!!
「普段変態扱いして下に見てるヨシュア君に養われて、まるでヒモ状態の自分を顧みて焦る気持ちも分かるわ。でもね、まずは自分の現実を直視しないと駄目よ?」
「~~~~っ!!?」
更に煽る!!? マドさんがもう名状しがたいちょっと人に見せてはいけない顔になってるじゃあないか!! しかもこのドグサレエルフ、ナチュラルに私のことまでディスりやがった!!
畜生が、こいつ実はこの状況を楽しんでやがるな!?
「■■■■■■ッ!!!」
ああっ!? マドさんが言語を喪失して暴走形態に──!?
「…………」
取り合えずマドさんは一頻り暴れてから落ち着きを取り戻し、壊してしまった宿の備品を私が女将さんに弁償しているのを見てシュンとしている。
というか、悪びれることなくニマニマすんなクソエルフ。マジで一回ぶん殴ってやろうか? 女将さんが私のファンだから追い出されずに済んでるけど、そうじゃなけりゃ普通に追い出されているところだぞ。
ああいや、取り合えずこの性悪エルフの処分は後だ。今はとりあえず落ち込んだマドさんをどうするか──
「──あ」
『?』
「そう言えばマドさんに一つお願いしたいことがあったんですけど──」
「何だっ!!?」
マドさんは食い気味に反応するが、正直期待しているような内容ではないので少し心苦しい。
「マドさんの武器を何日かお預かりしたいんです」
「……俺の剣を?」
予想外の申し出にマドさんはキョトンと目を瞬かせる。
「ええ、アンデッド対策に銀メッキ加工をさせてもらえないかと思って──マドさんがおいやなら無理にとは言いません。勿論、加工にあたっては細心の注意を払っていただくつもりですけど、刀身へのダメージが絶対にないとは言えませんし」
「構わんぞ」
正直、嫌がられはしないまでも躊躇ぐらいはされると思っていたのだが、私の申し出にマドさんは至極あっさりと応諾した。
「…………」
「何だその鳩が豆鉄砲を食らったような顔は」
「大事な武器の話なのでこんなにあっさりOKを貰えるとは思ってなくて」
「メッキ加工は俺も選択肢の一つとして考えてはいた。加工のダメージ云々は……そもそもそんな細かい気遣いが要るようなやわな作りはしとらんだろ」
確かに。あの鉄塊のような大剣だ。表面が多少傷んだところで大した影響はないだろう。父親の形見だという話を聞いて少し気にし過ぎていたのかもしれない。
「で、どこで加工してもらうんだ?」
「ドヴァリンの親方に頼もうと思ってて、一応先方には先に話は通してあります」
ドヴァリンとはこの町で刀鍛冶を営むドワーフで、私やマドさんも武器の整備のためにこの町に到着して直ぐのタイミングで一度お世話になっている。
「分かった。なら俺が後で持ち込んでおく」
「え? 預けてもらえば私が──」
「お前の細腕で持てるのか?」
そう言われて私はマドさんの巨大な大剣をチラリと見やり、頷きを一つ。
「無理ですね。じゃ、すいませんけどよろしくお願いします。私の名前を出せば話は通じると思うので」
「うむ」
よしよし。とりあえず今日のところは誤魔化せたな。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
その夜。
ヨシュアたちが滞在する“三の町”から東に一〇キロほど離れた荒野に、無数の人影が集まっていた。
夜の郊外は人を拒む魔の領域。その人影が真っ当なものであろう筈もない。
月夜に照らされ浮かぶ彼らの顔は青白く、まるで生気が感じられない。それは屍人の群れだった。
数は既に一〇〇ではきかない。今なお少しずつ増え続けている。もはや自然発生したものなどではあり得ない。何者かの作為なしには成立しない事象だった。
そして数以外で着目すべき点があるとすれば、それは屍人たちの肉体がまだ真新しく、腐敗が進み切っていないことだろう。
これが意味することはつまり、この屍人たちは死体として埋められていた者がアンデッド化したわけではなく、ごく最近殺されてアンデッドになった可能性が高いということ。
となるとまだ周辺に伝わっていないだけで、東部地域の集落がいくつか犠牲になっている可能性も……
このまま放置すれば屍人の軍勢は更に数と勢いを増し、周辺地域に大きな被害をもたらすであろうことは明らか。
早急に騎士団が動かなければならない状況であった。
その光景を高台から見つめる人影が一つ。
暗がりで姿は判然としないが、このような場所には似つかわしくない若い女だ。
女は増え続ける屍人の軍勢を焦るでも怯えるでもなく、ただ冷やかに見下ろす。
その口からは月明かりを反射して鋭い牙が伸びていた。




