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7.優先順位

 領地へ帰還した私たちは盛大に迎え入れられた。特に市場では歓待を受け、兵士たちも皆笑顔だった。


 子供たちは兵士の足元にまとわりつくようにして武勇伝を聞きたがり、市場の店主たちは口々に商品を手渡しては兵士たちを恐縮させていた。


 私もまた、多くの人々からお嬢様!と声をかけられ武功を讃えられた。クロヴィスなんかは相変わらずの人気っぷりだった。


 皆顔に滲んだ疲労は隠し切れないが、喜色を浮かべていた。


 道端の子供からもらった花を手にしながらクロヴィスと話す。


「それにしても、戦に出てから兵士たちの見る目が変わった気がするのよね。気安かったのが、妙に距離があるというか」


それに当たり前のように


「それもまた義姉上のご功績ですよ。

 義姉上は守られる側から守る側になったということです」


と返してくるので、少し照れてしまった。


 幼い頃から領地の討伐隊には面倒を見てもらい兄のように慕っていたが、こうして仲間として認めてもらえたのを実感すると嬉しい。



「そういえば義姉上、疲れていませんか。

 水差しもありますからね」


この甲斐甲斐しさは以前からのものだが、戦を終えてから拍車がかかっている気がする。こうして声をかけてくるのも今日だけで三度目だ。


 さっきだって、馬車が少し段差に乗りあげて馬車全体が揺れただけで「大丈夫ですか!?」と心配されたり、街中で子供が飛びついてこようとするのを制止したり。


 つまり過保護なのだ。全体的に。内心で肩をすくめながらも本人に問いかけることもできない。


 そんなに心配しなくても良いのに、と感じている。けれども今の所指摘できるほど極端なことはされていないので何も言えずにいる。


 ただ、何というか。距離が近いのだ。私の一挙手一投足にいたるまで観察するような。そんなものを感じる。


 それについては気になっていたのでずばり尋ねてみる。


「なんだか近くないかしら。

 どうしてそんなに離れないの?」


それに少し考える様子を見せたクロヴィスは


「……離れる理由がありませんので」


と返してきた。なるほど。理由がないときた。近づく理由もないと思うのだが、何とも指摘できないままだった。




 妙に気まずいものを感じながら、私たちは屋敷へと辿り着いた。


 屋敷の皆も私たちの無事を喜んでくれた。特に母は初陣だった私が心配で堪らなかったようで、無事で良かった、と抱きしめてくださった。母の腕の中は、暖かかった。


 それから私たちの帰還を祝う小規模なお祝いの会が開かれた。あくまでも夕食が少し豪華になるとか、皆の好物を中心に提供される程度のものだが、幸せだった。


 しかし、そんな穏やかな日々も長くは続かなかった。


 慌ただしく来た王都からの使者はこう言った。


「エマニュエル侯の戦力は王都の魔獣討伐に不可欠です。

 そのため、王都への長期的な支援を求めます。

 国王陛下からの王命ですので、拒否権はありません」


きっぱりと、決まったことを報告するかのようにそう言い放った。


 我が家ではこういう展開もあり得るだろうと想定されていたことではあったが、ここまで強制的な流れだとは思わなかった。



 前回の緊急要請はその場限りのものだった。しかし王都の魔獣が減らないことから正式な要請をするに至ったということだろう。


「国王陛下は、特にアニエス様の魔術の腕を高く評価しておられました。

 緊急要請の際にもアニエス様は王都に残るように言ったはずですが…….」


そう父の方を見る使者。私とクロヴィスも揃って父を見る。


 父は私たちからの驚愕の目線を無視して、すんとした顔でお茶を飲んでいた。何を関係ないような顔をしているんだ。


 そんなことが言われていたとは露知らず、私は普通に領地に帰ってきてしまっていた。王命を無視するだなんて、我が父ながら呆れた人だ。


 クロヴィスはなんだかきらきらした目で父を見ていた。父は悪い見本なので真似しないで欲しい。


 そんな私たちの様子に自分が放置されたように感じたのか、使者は苛立った様子で念押しした。


「ですから、必ずアニエス様は王都に来てくださいね」


戦力としては父やクロヴィスの方が強力なはずだが、どうしてだろう。そもそも陛下の息子たる王太子殿下が私に婚約破棄と王都追放を言い渡したのに。


 腹立たしく思いながら口を開こうとすると、その前にクロヴィスが私に言った。


「どうされますか、義姉上」


動揺で小さく声が漏れる。王命なのに私の意思を聞いた?


 使者がさらに刺々しい声でクロヴィスに圧をかける。


「これは国王陛下からの直接の命令ですよ。

 それに逆らうおつもりで?」


壁際に立つ、王家から派遣された騎士が若干空気を尖らせる。そんなつもりはないのにそうと取られるような言動をする弟に胃がキリキリするのを感じる。


 危ない。このままだと反逆するつもりだと思われてしまう。撤回しなさい、とクロヴィスに目線を送るも、それを受けてなおクロヴィスは小さく首を振った。


「逆らうつもりはありません。ただ、義姉上のご意思も伺っておこうかと」


私が断ったらどうするつもりなんだ、と問い詰めかけたのを堪える。これで義姉上の言われた通りにします、と答えたら今度こそ確定で反逆に当たってしまう。


 客人に出した紅茶の湯気は立ち上らなくなり、口をつけられることもなくただその場に置かれていた。


 それを見て何だか空虚な気分になり、私だけでもと紅茶に口をつける。少し冷めていたが、うちの使用人の腕前は流石だ。王城でのものに勝るとも劣らない。


 何とも危ない橋を渡る義弟に対し注意をしなければ、と父に目線を送るも父はただ笑顔で私を見るだけだった。


 役に立たない。どころか王命をしれっと無視した父はどちらかというとクロヴィス寄りだ。何ということだ。


 壁際に立つ侍女のレナを縋るように見る。彼女もまた、平静を保とうとしながら微かに引き攣った顔をしていた。


 下手を打てば一家取り潰しだ。当然の反応である。うちの父と義弟の様子がやけにおかしいだけだ。


 部屋の隅に立つ護衛の呼吸さえ聞こえてきそうな沈黙の中、父は飄々と言った。


「何、ただ当事者である娘の意思を聞いているだけで罪になりますまい。

 アニエスの好きにしたら良いさ」


判断が私に託されてしまっている。動揺を誤魔化すように紅茶に再度口をつける。手が震えてしまい、あわやソーサーの音を立ててしまうところだった。


 クロヴィスもその後に続くように言う。


「その通りです。

 我が領は王家に忠誠を誓っております。そのことに間違いはありません。

 ただ、俺の優先順位は王命よりも義姉上ということも事実ですから」


断言してしまった。壁際に立っていたうちの護衛たちも、王家側の護衛もざわつく。


 何を言っているんだ。そう思いながらも、胸がじんわりと熱くなった。王命より私を優先するなんてあってはならないのに、彼はそうすると言ったのだ。


 幼い頃は私が何もかもから守っていた彼が、今は私の盾になっている。その事実が私の胸を刺した。


 使者が目を細めて、私の方を見る。ここまで言っているが、お前はどうするのだということだろう。


 ここで私が行かないと言えば、クロヴィスの立場はどうなってしまうのだろう。その恐怖が立ち上がってきた。


 断ってしまえばクロヴィスの王都、国内での扱いは悪くなってしまう。私はその命運を握っているのだ。


 責任を感じて、胃がずんと重たくなるのを感じる。彼が、私のために立場を失うことになるのだ。


 そこではたと気がついた。逆を言えば、私は彼の立場を守ることができる。


 けれどもそれは彼のためだけではない。彼の未来を守るために長期支援を受け入れるのではない。


 前にも決めただろう。私自身が後悔しないためにその選択をする。視界が開けた気がした。


 クロヴィスも父も、私の自由な選択を支持するためにああ行っているにすぎない。ならば私は自分が後悔しない道を選べば良いのだ。


 部屋中の視線が私に集まっているのを感じながら、言う。


「要請に応じます。

 エマニュエル家は王都の緊急事態に、出来うる限りの手を貸します。

 勿論、私も王都に向かいます。


 しかしそれは、王命だからではありません。私の意思です」


これでいいわね、と言うようにクロヴィスを見る。はい、と頷いたが、どこかその笑顔は不自然だった。


 使者はようやくか、と言うように頷き


「ではそのように報告しておきます。

 あなた方も準備を整え次第、王都に向かってください」


 私は決めた。クロヴィスの、エマニュエルの力が向く先を。その代償があったとしても、私はこの選択を後悔しないでいられるだろうか。


 その後部屋に残り、父や護衛たちが去るのを待つ。


 クロヴィスと私だけになったタイミングを見計らい、クロヴィスの隣に座り、膝の上に置かれた手に自分の手を重ねる。震えていた。


 しばらくの間、言葉を探る。クロヴィスはただ黙っていた。その間も小刻みな手の震えは止まらなかった。


 聞こうと思ったことも忘れて、ただ素直に問いかける。


「震えているわね。怖いの?」


クロヴィスはその言葉に息を詰まらせた。違います、と小さい声が掠れて出てきた。けれどもそれとは裏腹に手の震えは大きくなるばかりだった。


 諦めたように呟いた。

「…….怖いです。

 あなたを、失うことが」


咄嗟に口からこぼれ落ちてきたままに言葉を紡ぐ。


「私はそんなに弱くないわ。だから──」


クロヴィスは、それを遮るように強い口調で言った。


「違います!

 あなたは強い。けど、だからこそ不安なんです。

 俺は──」


続けようとしても言葉が見つからないようだった。音もなく動く唇を見つめる。


「今はまだ、言えません。

 でも、きっとすぐに言うから、それまで待っていてください。どうか」


祈りに近い言葉に、押されるように頷く。


 その弱々しい姿は、再開してから一度も見たことがなかった。まるで幼い頃に戻ったようだった。


 私は何も書ける言葉が見当たらなくて、ただ黙って背中を撫でていた。それはどんな言葉よりも、今のクロヴィスに届く気がした。

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