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6.初陣


 私たちは王都に向かって慌ただしく領地を去った。道中、私が戦場に立つと宣言するとクロヴィスが


「王都に行くのは賛成しましたが戦場に立つのは話が違います!」


と散々揉めたが、結局私は後方で撃ち漏らした敵を処理する役目ということで決着がついた。


 前線に出るつもりはないから、と何とか宥めすかしたが、クロヴィスはそれでも不満げだった。父はそれを微笑ましそうに見ているばかりで、こういう時は頼りにならなかった。




 到着した王都は、酷い有様だった。人はほとんどいない、廃墟と化した建物だらけだった。それもそうだろう、安全が担保されていた今までと違って、結界が緩んだ王都は最前線になった。


 魔獣災害への対策や避難訓練は為されてきたが、結界が崩れるとは誰も予想していなかったのだ。


 どことなく土埃が漂っている感じがする。クロヴィスは眉を寄せて


「義姉上、口元にこれを当てておいてください」


とハンカチを渡してきた。過保護ことだ。大人しく言葉通りにしておく。


 と、今までは襲撃の波が落ち着いていたようだが、そろそろ襲撃の時間だと騒がしくなる。領地から着いてきた兵士たちに再度喝を入れ直した父は


「それでは、行ってくる。

 アニエス、自分の安全を一番に考えなさい。お前を呼んだ陛下の意図は未だわからない。そのためにも自分の身は守りなさい。

 クロヴィス、計画通りお前は右翼の指揮をしろ。安心しなさい、報告では王都の魔獣の生態は領地とさして変わらない。存分に力を発揮できるはずだ」


と私たちに言った。私とクロヴィスは声を揃えて返事をし、各自の持ち場につくために動き出した。



 私につけられた護衛のドニが釘を刺す。


「お嬢様、くれぐれも黙って持ち場から離れないでくださいね」


私が持ち場から離れること前提で言ってくるのでむっとなって


「そんなことしないわよ、余程でない限りね」


と返す。本当に?と疑うような目線のドニを振り払うように、前線へと向かう父とクロヴィスたちを眺める。


 あっという間に消えていく後ろ姿に、どうか無事に戻ってきてと祈りを捧げる。それしか、私にできることはなかった。



 私の持ち場は結界のすぐ外、本当に破られたら結界にひびが生じてしまうくらいの後方だった。高所から射撃のように攻撃するという算段だ。


 そのためしばらくは暇、というわけでもなかった。魔獣の波が来た角笛が鳴ってから、ずっと結界の調子がおかしかったのだ。王宮から派遣された魔術師は狼狽している様子を隠しきれていない。


 私たちはそんな様子を尻目に、人と人の隙間を縫うように遠距離から攻撃魔法を放っていた。


 コントロールが難しいが、私は王妃教育でコントロールを厳しく躾けられていたのでそう苦労しない。


 動く的の急所を突くように水魔法を放つ。無事に当たった手応えを感じたら次に。最終防衛ラインなので平和なものだ。ドニも警戒は解いていないが、張り詰めているというほどではない。


 けれども戦況を一段上の目線から広く眺めていると、ふと違和感があった。


 その違和感を拭いきれないまま攻撃を続ける。魔獣は死骸が残らないので的が絞りやすい。とはいえ俊敏なので中々当てるのが難しいようで、そう簡単にやられてはくれない。



 父とクロヴィスたちも安全にやっているようで、伝令からは順調な報告が届く。


 一瞬皆の緊張が緩んだとき、結界の解析をしていた魔術師の悲鳴が響いた。


 一瞬驚きに肩を震わせた後、そちらを向く。


「結界の一部が、綻んでいます!」


衝撃が現場に走る。どういうことだ、と兵士の一人が詰め寄る。


「今エマニュエル侯やご子息が戦われている最前線のあたりではない、むしろこちらに近いところの結界に綻びがあるんです!そこを疲れたらまずい」


そう差し示した部分は、私が違和感を持った箇所と同じだった。


 魔獣がやけにいないのだ。魔獣がいないからこそ人の手が薄い。けれどもそれは魔獣が避けているということだ。知能が高い個体がその意味に気づけば、その綻びから王都に侵入されてしまう。



 今すぐ前線に伝令を!という声を聞きながら、私は位置と距離を計算する。駄目だ、前線に連絡が入ってからでは間に合わない。誰かがここから向かわなければ!


 隣に立つドニを見る。


「行くわよドニ、私たちが行かなければ間に合わない」


きょとん、としてから嫌なことを聞いた、というように顔を歪めるドニ。それを無視して報告はしたわよ、と走り出す。


 全速力で現場へ向かっていると、こんなに急いだのはいつぶりだろうと思考がよぎる。


 婚約破棄されて会場から必死で逃げ出したとき以来だった。あの時は惨めな気持ちでいっぱいだった。今は違う。


 私が動かなければ。私でなければ、この問題は解決できない。それが私を突き動かしていた。


 持ち場から見た時の位置的にここだろう、というところに辿り着いた。兵士たちのぎょっとした様子は無視して、丁度綻びに近づいていた魔獣に正確に攻撃を当てる。


 キャイン!と悲鳴をあげて姿を消したそれを見て、ようやく安心して一呼吸つく。


 それからもたまに賢い個体が近寄ってくるのを制する。賢いだけあってこちらの射撃を避けたり、仲間同士でかち合うように誘導する姿も見られたが何とか無事に対処できた。



 ただ一つ問題が起きた。前線からこちらに逆走してくる部隊がある。それも、かなりの勢いで。その先頭には、今まで見たことがないほど険しい顔をしたクロヴィスがいた。


 逃げたい気持ちを抑え込みながら淡々と交戦を続ける。


 やがて私のところに辿り着いたクロヴィスは、鼓膜が破れそうな勢いで言った。


「下がっていろと言っただろう!」


今まで見たことがない剣幕、口調で言われた私は呆然としてしまった。


 思わず立ち尽くしてしまった私に、クロヴィスは慌てて謝罪する。


「失礼しました。しかし、義姉上が心配で……」


怒鳴ったのはあちらなのに、まるで怒られたみたいに萎れて言うので面白くて


「別に良いわよ。大人しく後衛に徹しなかった私が悪いんだし。

 でもね、私がここに向かわなければ間に合わなかったのよ」


と言うと、クロヴィスは感情的になったのを恥いるように俯いたが、


「色々と言いたいことはありますが、全て後でじっくり言わせてもらいます。

 前線は義父上にお任せしてきました。ここまで下がってくる魔獣の数も増加するかと。義姉上、後方は任せましたからね」


そう言われたのが嬉しくて、笑顔で頷く。



 クロヴィスの言った通り、それからこちら側に来る魔獣が増えた。


 前線よりも状況が混雑していて大きな魔法が発動しにくい。そのためクロヴィスが若干やりにくそうにしているのが気がかりだった。


 人と人、魔獣と人の隙間から魔法を的に当てる。その繰り返しは私にはどこか心地よかったが、これではキリがないという感覚もあった。


 この地点は何があっても守らなければならない。だからこそ、この状況を一変させる手を打つべきだ。


 僅かに押され気味な現状を切り抜ける。そのために打てる手は。思考を巡らせる。


 やはり味方が近すぎる。もう少しすっきりさせるべきか。一点に魔獣を集めるか?現在は防戦一方であちらの誘導ができていない。

 一旦この波を退けるためにも一掃する必要があるだろう。


 魔獣は概ね犬科の動物が凶暴化したものに似ていると解析されている。何か惹きつけるものを用意したら群れで動く彼らは一点に集まるだろう。



 方針は決定した。微妙に離れたところにいるクロヴィスに声をかける。人混みに紛れてかき消されないように声を張り上げて。


「クロヴィス!私が誘導するから五時の方向へ用意を!」


頷いたのを確認してから周囲に声をかけて視界を整理させる。


 我が領の研究成果では魔獣は特定の匂いに引き寄せられると言われている。そのため前線を囲うように匂いを放つお香が用意されているが、私たちの手元にはそれはない。


 幼い頃に領地でで見聞きした情報が頭をよぎる。特定の木の枝を燻すと同じような匂いを発すると言われている。


 周囲が陣形を変化させている間に集めたそれを、クロヴィスに指示した方向に置く。それをただ燃やすだけでは誘導できない。


 魔法で内部から発火させてその匂いを発生させるのだ。魔法を発動してしばらく待つ。


 魔獣が鼻を上げて、匂いを確認するような仕草をした。さらに火力を上げる。ドニたちに指示して風の魔法で匂いを中心地に集め、誘導する。


 粗方集まったか、というところで逃がさないために小規模な結界を張らせる。


 ところが一頭だけ何か気づいたように結界から出ようとする。まずい。一頭の動揺が伝播して結界を打ち破ろうしたら結界が維持できるかわからない。


「クロヴィス!」


早く、という祈りを込めて名前を呼ぶ。


 魔法陣を描いて詠唱していたクロヴィスが即座に私の言葉を理解し動き、魔法を発動させた。


 一瞬の沈黙。私とクロヴィスの目が合う。きっと同じ気持ちだった。通じ合った気がした。


 青い炎が結界内に広がる。結界内とはいえ熱気が私たちのところにまで届く。骨を焼くような匂いが鼻をついた。


「なんて恐ろしい」


「残酷な……」


王都の兵士の言葉だろうか。耳に入った瞬間その方向を睨む。


 クロヴィスが俯くのが見えた。私は咄嗟にクロヴィスの近くに駆け寄り


「ありがとう、クロヴィス!お陰でかなり楽になったわ」


と背中を叩く。はっと目を身開いたクロヴィスが、頭を下げる。


「勿体無いお言葉です」


仰々しい仕草だった。


「じゃあ、残りも片付けてしまいましょうか」


「はい、義姉上」


そう言って戦場に目を向けたが、多勢に無勢という感じだった。


 青炎で仲間が一斉にやられたのを悟った魔獣が退却を始めたのだ。


 号令をかけるように一際体格のしっかりした魔獣が遠吠えを上げる。


 すると波のように魔獣が去っていくのだ。遠くからいくつも遠吠えが共鳴して共有されていくのが聞こえる。


 この調子だと前線まで引き上げた個体を見て全体も退却するだろう。


 私たちはそれでも残る個体に集中砲火を浴びせるだけで良かった。



 元々の持ち場に引き上げると、先ほど動揺の声を上げていた王宮の魔術師に酷く感謝された。


「もっと早く気づいていれば良かったのですが……アニエス嬢に動いていただけて本当に助かりました!」


私の手を握りしめてそういう魔術師を、クロヴィスが引き剥がす。


「流石、俺たちの義姉上です」


そう言いながらこちらに近づいてきたクロヴィスはしかし、と続ける。


「持ち場を勝手に離れましたよね?

 そのことについてじっくり話し合いましょうか」


怖い笑顔でそう言ってくるクロヴィスにたじたじになる。いや、ドニには許可を取ったから、などともごもご言い訳をしようとした。


 けれども肩に置かれた手が少し震えているから、無事で良かった、と低い声で小さく呟くから。私は何も言い訳ができなくなってしまった。


 前線から無事に退却してきた父にもたくさん怒られて、それから優しく抱きしめられた。


 胸いっぱいに幸せが広がって思わず笑ってしまうと、こんなに心配をかけておいて何事だ!と怒りに拍車をかけてしまった。



 こうして私の初陣は無事に終わった。けれどもこれでもう安心、というわけにはいかない。


 一時の波を凌ぎ切ったからと、この王都の異変が解決するまではどうなるか分からないからだ。


 けれもも、無事に戦いを終えた私たちエマニュエルの討伐部隊は一旦領地に帰ることにした。


 緊急の出動に簡易な装備しかしていないのを整え直すためでもあったし、今回の王都での異変を領地の研究者に伝えるためでもあった。


 こうして私たちは王都からの緊急要請に見事応えて見せたのだった。


 王都で魔獣が増加した理由は、分からないままだが。

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