表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

4/17

4.辺境での日々

 報せは突然飛び込んできた。


 王都からの伝令が、汗だくになりながら我が家に飛び込んできた。かなりの距離を飛ばしてきたのだろう、靴は泥だらけになり、服は土埃に塗れていた。


 それを気にする様子もなく、息も絶え絶えになりながら伝令は言う。それは通常の儀礼からは外れており、通常なら挨拶からするように注意するところだがただならぬ様子に誰も注意はできなかった。


「王都で魔獣が爆発的に増えております。

 騎士団が出場しておりますが、手が間に合っておりません。そう遠くないうちに城壁内にも被害は及ぶかと」


 その瞬間、屋敷に緊張が走った。


 王都には基本的に魔獣が発生しない。元より魔獣が発生しにくいのに加えて、城壁を囲うように結界が張られているからだ。


 しかしその結界すら打ち破られようとしている。はっきり言って異常事態だ。


 家内の人間は明らかに警戒し始めた。


「領内の巡回を強化するように。

 現状、魔物の大規模な群れが形成されていないか警戒するように伝えろ」


と侍従長のファビアンに指示をすると、常ならぬ速度で指令の実行に移った。


 母も何やら考えるそぶりで、口元に手を当てて考えている。母の実家は王都にほど近い。被害がないか考えているのだろう。


 クロヴィスは伝令から詳細を聞き出している。どうやら特定の群れが力を得たというよりは、王都周辺の魔獣の総量がかなり増えているらしい。原因も不明だと。



 一方私は、王都という言葉を聞いて咄嗟に体が凍りついたまま動かなくなっていた。


 王都を守る城壁を思い出す。あの堅強な門が打ち破られるなんて。あそこだけは無事だという教育を受けてきた。


 この国が崩壊する時が来ても最後まで安全なのは王都である。そう習ってきた。刷り込まれてきた。それが、突破される?


 有り得ない。そう思いたかった。しかし伝令のただならない様子から嘘だとは思えない。本当にあの場所がもう安全でないのだとしたら。そうだとしたら、私はどうする?



 私はどうしてこんなに動揺しているのだろう。それに答えを見つけられないまま、ぼんやりと騒がしくなった周囲を眺めていた。


 私の様子とは裏腹に皆落ち着いていた。やるべきことを果たしている。私は?私はいったい何をやるべきなんだろう。


 何もない。何もないのだ。こんな時に私にできることはない。それがどうしようもなく苦しく、もどかしかった。


「義姉上?大丈夫ですか」


クロヴィスにそう問われてはっとする。知らず知らずの間に拳に力がこもっていたのを解く。


「問題ないわ。ありがとう」


努めて口角を上げて返す。しかし気遣わしげな視線は変わらなかった。


 いつもそうだ。クロヴィスは私よりも先に私のことに気がつく。よく見ているのだ。



 内側に閉じこもってしまっていた。私は私にできることをしなければ。


 父と侍従長のやりとりに耳を傾ける。領内は現状問題ないようだ。


「アニエス、王都の警備について何か知っているか?」


父と目が合い、そう問われる。


「王都の騎士団は練度も十分有りますし、警戒も怠っていないはずです。ですが──」


そこで言葉を切る。


「王都は長い間ほどんど魔獣が出ていません。

 小規模なものならまだしも、今回のような事態への対策は万全ではないかと」


さらに王都の地理的には外的の侵入には強い対策が為されているが、魔獣のような対人外相手では不十分かもしれない、と付け加えた。


「そうか。ありがとう。これは万が一のことも考えなければならないかもしれないな。

 我が領内では反対に魔獣は減少傾向にある。しかしそれが続くとも限らない──」


父たちが今後の方針を話し合うのに耳を傾けつつ、クロヴィスにそっと近づいて囁く。



「繰り返しになるけれどもありがとう。クロヴィスのおかげで冷静に考えることができたわ」


その言葉にクロヴィスはくしゃりと顔を歪めて、その後現場に漂う空気感に慌てて厳しい顔を作って見せた。


「構いませんよ。義姉上のことはいつも見ていますから」


小っ恥ずかしいことを言うものだ。あくまでも弟としての言葉だ。自分でそう言い聞かせる。そうでないと、勘違いしてしまいそうだったから。


 頬が赤くなりそうになったのを誤魔化して、こちらからも揶揄ってみる。


「そうなの。思ったより私のことが大好きなのねえ、クロヴィス?」


その言葉の意味を咀嚼したクロヴィスは恥いるように顔を赤くした。こちらまで心臓が跳ね上がってしまうくらいに。


 それから何やらうー、とかあー、とか唸った後にこう返してきた。


「俺は王都より義姉上の方が気になりますから」


さらに重ねてきた!これには私も赤面を隠せなかった。クロヴィスはこほん、と咳払いをして真っ直ぐ前を向いたが、その頬は誤魔化しようもないほど紅潮している。



 私も咄嗟に顔を逸らしたが、そこでふと壁際に控えていたメイドのレナと目が合う。彼女は私と隣に立つクロヴィスを見て何やら察したようで、含みのある笑みを返してきた。


 それに焦って違うから、とでも言うように首を振ると訳知り顔で頷かれた。それから頑張ってくださいね、とでも言うように握り拳をこちらに見せてきた。


 だから違う、違うと思いたかった。けれども確信は持てないまま、俯いてしまった。


 二人で真っ赤になっていると、父から


「二人とも、大丈夫か?

 これから私は自分でも領内の見回りに行ってくるから後のことは頼んだよ」


と言われたので二人で飛び上がり、声を揃えてはい!と答えた。


 それがなんだかおかしくて、二人で顔を見合わせて笑い合う。少しだけ、幼い頃に戻ったような気がした。



 ファビアンから声をかけられて背筋を伸ばす。現状の領内についての詳細な報告だった。


 やはり最近魔獣の群れが丸ごと消えているようだった。前例はないはずなのに、一体どうしてなのか。誰も答えは見つけられなかった。



 それから夕食の時間になって父は帰ってきた。皆で夕食を囲みながら父の話に耳を傾ける。


「全く報告の通りだった。どういうわけか報告されていた群れは綺麗さっぱり消えてしまっていてな。元から存在しなかったかのように。

 不思議な話だ。後から何か揺り戻しが起きないことを祈るしかない。

 それよりも王都だな。こちらでも状況が読めないが、いざという時には手を貸す必要が出て来るかもしれない。国内で最も魔獣対策のノウハウが発達しているのはうちだからな」


そう、うちの領地は国内で一ニを争うほど魔獣が多く発生する。数年に一度は大規模な魔獣の群れが自然発生し大きな被害をおよぼしている。


 だからこそ魔獣対策は整備されている。うちが最もサンプルが多いので魔獣研究の最先端だし、対魔獣の戦闘力も国内最高峰と言って良い。


 反対に王都は単純な武力ではもちろん国内最高戦力だが、対魔獣の戦い方は慣れていない。彼らの身のこなしの軽さや群れとしての習性を理解していないから、もし結界が打ち破られるようなことがあれば……というわけだ。



 目の前の皿が回収されてメインディッシュが来たことに気づきはっとする。思考に集中してぼんやりしてしまっていた。


「鶏の香草焼きはアニエスの好物だものね。よかったわね、アニエス」


母が私にそう微笑む。


 確かに鶏の香草焼きは私の幼少期からの好物だ。料理長が覚えてくれていたらしい。つい頬が緩む。


 一口一口味わうようにゆっくり食べ進む。心なしか使用人の視線も私に集中していた。


 美味しいわ、腕前を上げたわね、というと皆笑みを浮かべる。良かったですね、やら料理長に伝えてきます!という声がさざめきのように広がった。


 母もにこにこと嬉しそうに私を見つめていて、その視線になんだか気恥ずかしくなる。


 反面父はクロヴィスとずっと領内の魔獣の様子とその対策ついてを熱弁していた。折角の香草焼きが冷めていくのが残念で


「お父様、クロヴィス。お料理が冷めてしまいますわ。

 お話も大事ですけれどもきちんと温かいうちに味わって召し上がってくださいな」


そう言われてお父様とクロヴィスは目を合わせてそっくりな顔で笑い合った。


「おお、すまなかったな。

 うちのお姫様の言う通り、大事に食べるとするよ」


「義姉上の大好物ですからね。俺のを少し分けて差し上げましょうか?」


一瞬目をきらめかせて喜んでしまったが、母の目もあることだし淑女らしく我慢する。


「ありがたい申し出だけど、結構よ」


「そう言いながら物欲しそうですけどねえ」


見せつけるように一口一口含むので思わず睨んでしまう。


 その瞬間、父と母の笑い声が食卓に響いた。


「アニエスったら、本当にわかりやすい子ね」


「また作ってもらうことにしようか」


恥ずかしくなって顔を伏せる。皆が微笑んで私を見ているのがわかった。


 ひとしきり私を揶揄った後、父が思い出したようにクロヴィスに言う。


「結局論じても時が経つまでは何もわからない。

 まあ、要請が来たらどうするかだな」


その言葉が、不思議と耳に残った。



 翌日。燦々と光が降り注ぐ庭で、私と母は刺繍をしていた。


「アニエスと刺繍を一緒にできる日が来るなんて。夢にまで見たことが叶って嬉しいわ」


ちくちくと針を刺しながら母は言う。それに何も言わないでいると、こんなことを続けた。


「実はね、王命だったから断れなかったけれども、誰もエドモン殿下との婚約は賛成してなかったのよ」


その言葉に目を見開く。思ってもみなかった言葉だった。


「そうなのですか!?」


「ええ。

 でも、エマニュエルの娘は代々王家に嫁ぐという伝統を盾にされるとどうしてもねえ……。

 だからこうして帰ってきてくれて本当に嬉しいの」


そう言われて思わず視界が涙で滲む。


「私はてっきり家門を汚してしまったとばかり……」


「そんなことないわよ!

 あなたはどこに居たって、何をしたって私の大事な娘よ。

 帰ってきてくれただけで十分嬉しいの。だから好きにして良いわ」


「え?」


「婚約破棄されたばかりで先のことは考えられないでしょうけど、あなたは何だってできるのよ。そのことを覚えておいて。

 領地でお父様の手伝いをするのだって良いし、魔獣討伐に精を出すのもあり。誰かに嫁いだって。あなたの好きにしなさい、アニエス」


母の言葉に、目から鱗が落ちるような驚きを感じた。


 私は何もできない、無力だと感じていた。けれども好きにして良いのだ。それを実感すると、開放感に包まれて、とても嬉しくて、静かに泣いてしまった。母はそれを優しく抱きしめてくれた。


「まだ小さいあなたが私たちから引き離されて、連絡も取れないまま王宮で過ごすなんてどれほど心細かったでしょう。

 頑張ったわね」


その言葉に頷きながらさらに涙が出てきてしまって、しばらく止まらなかった。




 その日も、魔獣出現を知らせる角笛はならなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ