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2.辺境への移動


 クロヴィスに腰を抱かれた私は、混乱してすっかり凍りついてしまった。


 それでもなんとか口を動かし、無難なことを言う。


「久しぶりね、クロヴィス。元気だったかしら?」


それにクロヴィスは嬉しげに笑みを浮かべる。腰を抱いたまま。


「はい、健康にやっていましたよ。

 義姉上は少し寒そうですね。俺の上着を使ってください」


そう言って肩にコートをかけられる。確かに王城に篭りきりの生活をしていたから、久しぶりに外に肌寒さを感じていた。


 しかし言われてから気がついたくらいで、自覚はしていなかった。どうしてクロヴィスは気づいたのだろう。


 コートをかけたまま、クロヴィスは耳元で呟く。


「義姉上はすっかりお綺麗になられた。

 ここまで美しくなられるまでの過程を見られなかったことが、口惜しいです」


少し低い声が、耳をくすぐった。言葉の内容よりも、何故この距離で話すのかという動揺が勝った。


「それでは義姉上、行きましょうか」


流れるようにエスコートされて馬車まで案内される。


 いつの間にこんなに女性相手の対応が完璧になっていたのだろうか。少しの寂しさを感じながら馬車へ向かうが、少し足場が悪い。


 舗装されきっていない地面を見て、少し大股気味に歩く。



 するとそれに気づいたのか、クロヴィスが気遣わしげに聞いてくる。


「大丈夫ですか、義姉上。俺の腕に体重をかけていただいて構いませんからね」


その距離の近さにまた心臓を跳ね上がらせる。


 少し焦って歩みを早めすぎたせいか、足をもつれさせて転びかける。


「全く義姉上はおっちょこちょいですね」


仕方ないなあ、と言いながら笑顔でクロヴィスは私を横抱きにした。


 視界が突然高くなったことに動揺して必死に肩に捕まる。


「ちょっと!突然何するの」


「いえ、足場が悪かったので」


だからと言って断りもなく抱き上げるのはどうなのか、と流石に苦言を呈すると、でもこちらの方が安全でしょう?と当然のように返されて閉口する。


 それにしても本当に高い。昔は私とそう背が変わらなかったクロヴィスが私より随分と大きくなってしまったことを体感した。


 抱えられて連れてこられた私を見て私たちを待っていた御者や護衛は咄嗟に目を逸らした。そんなに見てはいけないもの扱いされるとより気恥ずかしくなってくる。


「さあ、義姉上、向かいましょうか。

 俺たちの家へ」


そう言いながら馬車へ運ばれる。自分で乗れると主張したが無視され、そのまま隣の席へ座らされた。何故?向こう側に座るのが定説なのに。


 目でそう訴えるとしれっと


「だって向いだと遠いでしょう?せっかくの姉弟の再会だと言うのに」


と返される。随分口が上手くなったものだ。


 昔はもじもじして自分のやりたいことが言えないから代わりに私が言ってやっていたのに。


 馬車が動き出す。馬車の中には何となく沈黙が降りる。何から話そうか。私たちはあまりにも長い間離れすぎた。


 自然な再会を演じるには、時間が経ちすぎた。何となく指を絡めて落ち着かない様子になってしまう。するとクロヴィスに揶揄われるように


「緊張しているんですか?確かにそうですよね、密室に二人きり、こんな近い距離なんですから」


隣から囁くように言われる。そのなんだか怪しげな温度が思わず怖くなって


「そうじゃない!大体私たちは姉弟でしょう!」


と言う。するとこれまで上機嫌だったのに突然不満げになって


「確かにそうです。

 今は、それ以上でもそれ以下でもありません」


と返してきた。クロヴィスは少し目を伏せた。何やら思うところがあるみたいだ。何なのだろう。さっぱりわからない。


 久々に会えたというのに、昔とはすっかり変わっているせいでなんだか違う人みたいだった。会うのを楽しみにしていたのに、と小さくため息を吐く。


 そしてそれはすぐにクロヴィスに伝わったのか、焦ったように喋り出す。


「お互いに近況報告でもしましょうか」


その提案に、あちらからの歩み寄りを感じて、嬉しくなって頷く。するとクロヴィスは柔らかな笑みを浮かべて語り出す。


「うちの領地では変わらずに魔獣討伐をやっています。

 俺は最近昇格して、一人でも小規模な群れなら対処していいようになりました。最近は大規模な魔法も使えるようになって……義姉上は水魔法が得意でしたよね」


「ええ。クロヴィスは火の魔法が上手だったわね。それは変わらない?」


ちょっと笑って頷く。その顔が幼くて、すっかり顔立ちも変わったと思っていたけれど懐かしい感じがした。


「はい。練習していたら高温も扱えるようになりました。ただコントロールが難しくて。

 俺は当てられたらいいだろうと思って適当にやってしまうけど、義父上からは怒られるんです。周りに火の粉が飛び散って危ないからって」


前なんか広範囲にやりすぎて燃えちゃって、と語るその顔はなんだか生き生きしていた。



 私がいない間もみんなが楽しくやっていたようで良かった。安心してそう呟くと、頬を膨らませてこう言った。


「そんなことありませんよ、ずっと義姉上が帰ってこないか心待ちにしていたんですから!

 王都から連絡が来た時はみんなお祭り騒ぎでしたよ。帰ってきたら皆から構われる覚悟をしておいてくださいね」


良かった。少し不安だったのだ。婚約破棄されて帰ってくる私が邪険にされないか。楽しみにしてもらえているなら嬉しい。



 そう笑みを溢したのを、クロヴィスが嬉しそうに見ている。


「さあ、今度は義姉上の番です。

 義姉上は俺がいない間どうれていたんですか?」


そう問われて、咄嗟に表情が凍る。


 クロヴィスが成長して魔獣討伐もするようになっている間、私はただ自室に篭っていただけだ。何も成長していない。それが恥ずかしくて、悔しかった。


 その上に婚約破棄までされてこうして領地に帰っている。何と言えば良いのか、わからなかった。


 私の顔色が変わったのを察したクロヴィスが気遣わしげに言う。


「無理して話さなくても良いです。

 俺たちは義姉上が帰ってきてくださっただけで嬉しいんですから、それ以外は何もいらないんです」


その言葉に少し救われた気がして、黙って頷く。


クロヴィスは続けてこう語った。


「義姉上がいない間、家が空っぽに感じられたんです。義姉上はエマニュエルの子なんだから、やっぱりいないとどこか寂しい感じがするんですよ。

 義父上も義母上もおっしゃられなかったけれど、きっと皆そう感じていました。

 義姉上が帰ってくるのをすごく楽しみにしておられますよ。安心してください」


さらに頬が緩む。


「何だかだらしない顔をしている気がするわ」


「そんなことはありません」


馬車の中に穏やかな雰囲気が漂う。



 そこでふと思いつく。


「魔法を見せ合うのはどう?

 私、魔法の練習はたくさんしたのよ」


クロヴィスはそれに目をきらめかせて答える。


「良いですね。お互いの成果を見せ合いましょう」


まずは私から、と水の魔法を披露する。


 まずはある程度の大きさの水球を出す。光に照らされてきらきらと輝くそれはやがて形を変えて龍の形になる。


 そのまま馬車の中を悠々と泳いで見せた後、龍は空気に溶け込むようにして消えた。


「流石です!義姉上は昔からコントロールがお上手でしたが、さらに磨きがかかっていますね。

 それにしても龍とは…….繊細ながらも迫力がある。細かいところまで意識されている証拠ですね。どうにも俺は細かいところの爪が甘くて」



 そう言ったクロヴィスが手のひらを私に差し出してよく見ていてくださいね、と言うと変化が起きた。


 やがて手のひらから炎が現れ、私たちを温めたのだ。その炎は徐々に強くなり、やがて真っ青な炎になった。


「まあ!すごいわ!炎が青くなるまで高温にできるなんて!火力を上げたのね」


私がそう褒めるとクロヴィスは嬉しそうに相好を緩める。


「義姉上は俺よりもずっと魔法の扱いが達者で…...俺も少しでも追いつけるようになりたくて、練習したんです。

 義姉上は昔、上手く魔法を発動できない俺に、手から火を出すイメージをすると良いと言ってくださいましたよね。

 それをずっと意識し続けて、ここまで上手く使えるようになれたんです。義姉上のおかげです」


「まあ……そんな、褒めすぎよ」



私のその言葉に、クロヴィスは真剣な目で言う。


「そんなことありません。義姉上は自分がいかに俺に影響を与えたかわかっていない。

 俺は本当にあなたに感謝しているんです」


クロヴィスの言葉にはそれは良かった、と軽々しく言えないような、そんな力が込められていた。



 そんなふうに談笑を続けていると、段々日が傾いて空気が冷たくなってきていた。


「義姉上、寒くありませんか?」


「乗る前にかけてもらったコートがあるから大丈夫よ」


「膝掛けもありますからね。

 それから喋り通しだったから喉が渇いたなら水もありますよ」


甲斐甲斐しいクロヴィスの様子に思わず笑みがこぼれる。


「クロヴィス、なんだかお母さんみたいね」


私は幼い頃に母と別れたが、なんとなくまめまめしく私の面倒を見るクロヴィスの様子がそんなふうに感じられて思わず漏らした。


 するとクロヴィスは衝撃を受けた顔をした。俺が、お母さん……?と呟いた後、少し俯く。


 何やらぶつぶつと呟いた後、急にがばっと私の方を向いて宣言する。


「俺は母親役でいるつもりはありませんからね」


何やら決意を秘めた目を前に、気圧されて思わずわかった、と頷く。


 それからはどこか据わった目のクロヴィスと、会えなかった時間を埋めるように会話した。しばらく会わなかった分テンポはどこか噛み合わなかったけれども、それもまた心地よかった。

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