18.未来
義弟に18話
重たい扉が開く音がする。
私たちは領地に帰ってきた。窓から覗く景色は大規模な魔獣災害があったとは思えないほど長閑だった。
帰りということもあり私たちは領民と交流しつつ帰った。時に馬車から降りて子供に花輪を被せてもらったり、畑の様子を見せてもらったりした。
人々との交流を楽しみながら、私たちはゆっくりと旅路を歩んだ。皆私たちの無事を祝い、帰還を喜んでくれた。
やはり私たちの拠点は領地なのだと感じることができた。
屋敷に着くと使用人が並んで私たちの帰還を待ち構えていた。
「お帰りなさいませ」
という綺麗的な挨拶の後に、私たちは盛大な歓待を受けた。
母は父が無事に帰ってきたことに目を潤ませ、父は無事を守っていた母に感謝の気持ちを伝えた。
クロヴィスは領地に残っていた討伐部隊の人々に囲まれていた。
私は侍女のレナとイネスの二人に挟まれて旅の様子を根掘り葉掘り聞き出されていた。
屋敷中の人間が幸福を体現したかのような笑顔を浮かべていた。
夕食の時間になると、家族皆の好物が食卓に出た。
提供する使用人たちも皆一様に笑顔を浮かべていた。
私が帰ってくる場所はここなのだと感じることができた。食卓を包みながらそう振り返る。
王都では私たちの旅立ちを名残り惜しんでくれる人もいたけれども、やはり私がいるべき場所はここではないという感覚があった。
領地に戻ると感覚でわかる。私はこの土地の人間なのだと、肌で感じている。そう断言することができた。
「アニエス、これからどうするつもりだ?」
そう問われて考える。
「少しゆっくりするつもりです。今後のことはそれから考えようかと」
返事をしながら夕食に舌鼓を打つ。
ふとクロヴィスと目が合う。私はこの人と共に生きていくのだということを実感すると胸がいっぱいになる。
そのまま目を見て、頷く。このことを父と母にも伝えなければ。私たちの今後のことも、そこで決めなくてはならない。
そんな私たちの気持ちなど知る由もなく、父は機嫌良くワイングラスを傾けていた。
私たちは少し緊張しながらも、提供される各々の好物を喜んで食べた。
その翌日、私は父に
「お父様、お話があります」
と声をかけた。そのただならぬ様子に父も表情を固くして了承の意を返した。
私は父と母、そしてクロヴィスを一部屋に集めた。いつものようにクロヴィスの隣に座る。母は何かを察したのかまさか、というような顔をした。
「まずは、無事の帰還を改めて祝おう。
王都では様々なことがあったが、こうして無事に皆で帰ることができた。
アニエス、クロヴィス。二人の力は間違いなくある。本当に、良くやった」
緊張した空気を和らげるためか父はそう言った。ありがとうございます、と頭を下げながら私はどう切り出したものかと考えていた。
「義姉上、ここは俺から」
そう言われて頷く。
「義父上、義母上。
俺は義姉上をお慕いしています。そして義姉上は、それを受け入れてくださっています」
その言葉の真っ直ぐさに頬が赤らみかけたが、そんな場ではないと顔をきりっと引き締める。
父と母が動揺するのを感じる。クロヴィスは何か言われる前に、というような勢いで言葉を重ねる。
「義理とはいえ姉に対してそのような邪な気持ちを抱くことなど許されないかもしれません。しかし、義姉上を、アニエスを愛してしまいました。
どのような罰を受ける覚悟もあります。どうか一緒になる許可をいただけないでしょうか」
選ばれたその言葉の強さに息を呑む。確かに反対されるかもしれないが、そこまで想定していたとは。私も覚悟の大きさを示すように言葉を重ねる。
「私も処罰を受けるつもりでいます。どうかクロヴィスのことは許してください」
自分からこんなヒロイックな言葉が出るなど思ってもみなかった。しかしその決意はある。二人で頭を下げる。
その場に沈黙が流れた。父は口を開こうとして何かを思案しているようだった。
どうか良いものであってくれ、と祈っていたが、放たれた言葉は意外なものだった。
「わかった。でも、後継はどうするかな」
一言であっさり認められてしまった。呆然とする二人を前に父と母は呑気な会話をする。
「あら、後継はクロヴィスなのでは?そこにアニエスが嫁ぐという形はどうかしら」
「しかしなあ。アニエスの方が領地経営は向いていると思うんだ。
クロヴィスは討伐馬鹿だからなあ」
思考が追いつかなかった。しかし何やら決着がついたようで
「後継はアニエス、クロヴィスを婿に迎えることにしよう。
反対意見があっても私がなんとかする」
という心強い言葉が出てきた。
「よ、良いのですか?」
震える言葉で問う。
父と母は顔を見合わせて頷く。
「良いんじゃないかしら。むしろ二人とも領地に残ってくれるなんて嬉しいわ」
そう言われて肩を撫で下ろす。クロヴィスは感極まった様子で言葉を詰まらせていた。
そっと背中を撫でる。目を潤ませたクロヴィスは宣言した。
「俺は、この土地でアニエスを支えます」
「そうしなさい」
場には和やかな空気が流れていた。無事に私たちの関係は認めてもらえることになったのだ。私は涙するクロヴィスの横で微笑んでいた。
その様子を父と母は寄り添いながら見つめていた。
それから私たちを取り巻く環境は少し変わった。と言っても大した変化ではないが、私たちにとっては大きなものだった。
最大の変化と言えば、使用人たちからクロヴィスとの関係を揶揄われるようになったことだろうか。
それ以外は私のことをお嬢様から次期領主様、と呼ぶ人が増えたことも挙げられる。認められたような気がしてなんとなく嬉しい。
ある日の夕食後、私とクロヴィスは庭を歩いていた。
「ねえ、クロヴィス?」
「なんですか、アニエス」
なんの躊躇いもなく名前を呼ばれたことに笑みを深める。
「お父様に最近仕事を任せてもらえるようになったの、私が継ぐ日も近いかもしれないわ。
クロヴィスは?」
その言葉にクロヴィスは眉尻を下げる。いつかと同じように仄暗い中で彼は私の手を取った。
「俺もこちらに戻ってきてから討伐部隊で問題なくやれていますよ。
アニエスに教えてもらうようになってからコントロールが上手くなった気がします」
そう?なら良かった、と私たちは密やかに笑い合った。
私たちを見るものは誰もいない、薄暗がりの中で互いの顔しか見えないくらいに私たちは顔を寄せ合った。
「こちらが落ち着いてきたらそろそろ王都にも行かないとね」
「その時は俺も一緒ですよ」
吐息が混じり合うように笑い合う。
月明かりだけが恋人たちを柔らかく照らしていた。




