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17.距離感

義弟に17話



 それから私たちの関係は変化した。とは言えまだ仕事はしなければいけない。今日は魔獣の討伐に出ていた。


 クロヴィスが前線で火の魔法を放つのをぼんやりと眺める。私も後方から魔法を撃つ手を止めることはないが、つい視線がクロヴィスに動いてしまう。


 そんな様子を横目で見たドニはため息を吐く。


「お嬢様がこんなにわかりやすいタイプだとは思いませんでした」


動きを止める。そんなつもりはなかった。周囲に気づかれないように振る舞っていたはずだ。


 お互いに言葉にはしなくても公にするのは領地についてからにしよう、という空気があった。そのため普段と変わらない会話をしていたはずだ。


 動揺を悟られないように細く息を吸う。そして言う。


「な、何のことかしら?」


駄目だ。自白しているようなものだ。そのくらい声が震えていたし、目が泳いでいた。ドニは再びため息を吐く。


「何も聞かないでおきますけど、せめてもう少し隠す努力をしてくださいね」


大人の対応をされたことがあまりにも恥ずかしくて、顔を伏せて小さい声ではい……と返事をする。


 情けなかった。お転婆ながらもしっかりしたお嬢様、と思わせていたのに恋愛で浮かれたところを見抜かれてしまった。


 これではいけない、と再度前を向いて攻撃を放つ。的確に急所に当たる感覚がした。隣から忍び笑いが聞こえてくる。顔がまた熱くなるのを感じた。


 クロヴィスがこちらを振り返る。


「右から一体、そちらに!」


言い切る前に刺すところを察して倒す。小さく展開された魔法が対象を貫いたところを確認する。


 あちらが目礼してくるのに合わせてこちらも頷く。


「戦場で見つめあわないでくださいよ」


揶揄うようなドニの声に思わずやり返したくなるのを我慢して


「今は戦闘中よ、集中して」


と返す。どの口が……と半笑いで返してくるのを睨む。


 こちらをじっと見ていたクロヴィスが私たちの様子に微かに微笑んでいるのを見て、私も口角が上がるのを感じた。何度目かの忍び笑いは無視した。


 その日の戦闘も無事に終わった。今回も大きな問題も怪我人も出なかった。いよいよ私たちが王都を離れる日も近いということだろうか。



 夕暮れの中、馬車に乗る。今日戦闘に出た面子から、私とクロヴィスの二人きりで乗ることになった。二人、きりで。


 その状況を想像して思わず赤面する。再会してから二人だけで馬車に乗ることなど何度もあったが、告白があってからは初めてのことだ。


 心臓が高鳴るのを感じる。思わず居住まいを正す。大丈夫、大したことではないはず、何度もやったことがあるのだから。


 そのまま馬車に乗ろうとすると、クロヴィスに声をかけられる。


「アニエス!」


アニエス。その音を脳内で繰り返す。名前で呼ばれたことにじわじわと実感する前に差し出された手に思考が停止する。


 いつもしてもらっていたことだ。しかし、いざ改めてエスコートされるとなると……と、手を出せないままでいると何を思ったのかクロヴィスは私を前抱きに抱え上げた。いつかのように。


 急に近くなる顔に適応できないでいると、あれ、違いましたか?と首を傾げられる。そういうことじゃない、と言おうとしたがうまく舌が回らなくて言えなかった。


 そうしていつものように隣に下されるのかと思えば、何と前抱きの状態から膝に乗せられたまま馬車が出発してしまった。


 どういうつもり、と聞こうとしてクロヴィスを見るが、クロヴィスも澄ました顔で首まで赤くなっていたので、まあ良いかと大人しく膝の上に収まることにした。


 馬車の微かな揺れを感じながら二人で黙っている。何となく首に回していた手を解き、ただ黙っている。


 窓から差し込む夕陽が眩しかった。何度も同じように馬車に乗ったのに、こうして関係性が変わっただけでまた変わった心持ちになるのだということを実感した。


 こうして好きな人と二人きりでそっと寄り添っていられることがどんなに幸福か。


 それを実感して嬉しくなってクロヴィスの胸元に頭を擦り付ける。動揺したように身じろぎをしたのを感じて笑う。


「クロヴィス?」


戯れのように名前を呼んでみる。


「何ですか、アニエス」


柔らかに名前を呼ばれる。それだけが大きく感じられて、胸がいっぱいになった。自分でも不思議なくらいころころと笑い声が溢れてくるのを感じる。


 視線を感じてそちらを見ると、焦ったように目を逸らされる。それが気に食わなくて追いかけるようにするとクロヴィスは顔を赤らめながらさらに逃げるのだった。


「今日は何だか様子が違うのね」


少し覆い被さるような状態で囁くと、クロヴィスは低い声で唸るように言った。


「いつも通りではいられないでしょう」


その言葉にさらに胸がときめいてしまって上から抱きつく。腕の中でクロヴィスが動揺するのを感じた。


 そのまま腕の行き場を無くしたように彷徨わせているのを目の端で確認する。これまで自然に行われていた呼吸が止まっていたので大丈夫?と顔を覗き込むと停止していた。


 大丈夫?と目の前で手を振って見せても動かなくなってしまった。それでも接触面積は大きいままなので彼の体温を感じる。


 それから少し待つと、ようやくこちらに意識が戻ってきた。そして自分がいかに距離が近い体勢をとっているか自覚したのか、私をひょいと抱えて隣の席に降ろしてしまった。


 離れていく体温に少し寂しい気持ちになる。どうして、とでも言うように見つめるとぐっ、と息を呑んだクロヴィスが言う。


「離れましょう、アニエス。俺は今冷静ではありません」


自己申告にくすりと笑う。冷静でなくて良いのに。


 以前ならばこんな感情にはならなかった。義姉と義弟、隣に座っていてもそれ以上の関係ではなくて。


 こうして近くにいても関係の名前はもう違うのだと思うと嬉しくなって笑みが溢れる。


 そんな私の百面相にクロヴィスは不思議そうな顔をしていた。と言ってもあちらも大概顔を白黒させていたのだが。


 鼻歌でも歌い出しそうな私の様子に訝しんだクロヴィスが優しい口調で問う。


「どうしてそんなにご機嫌なんですか、アニエス?」



 その問いに対して隣に座る彼の顔を覗き込むようにして答える。


「義姉のままだったらこんなに緊張することもなかったと思うと、嬉しくて」


その言葉の意味を咀嚼する前に、馬車ががたん、と揺れて不安定な体勢だった私がバランスを崩す。


「危ないだろ」


とどこかに体をぶつける前にクロヴィスが体を支えてくれた。


 その少し荒っぽい口調に目を丸くしていると慌てて


「気をつけてくださいね」


と訂正される。少し内側に入れてもらえたような気がして嬉しかったのだが。


 支えてもらったのでありがとう、と離れようとすると止められた。とうしたの、と問おうとしても黙ったまま離れることができない。


 動揺して目を見る。目があった瞬間、何かがいつもと違うと感じた。何かはわからない。


 そのまま吸い込まれるように距離が近づく。お互いの息が感じられる距離まで近づいた。


 どうしたら良いかわからないまま、ただその場に留まっていると、止まった。


「駄目です。こんなところで」


そう自戒するように言う。私は別に構わないのに、と思ったが何も言わなかった。


 それからお互い黙ったまま馬車に乗っていた。揺れを感じる。どこか少し気まずい空気が流れていた。



 それから私たちは宿に着いた。何事もなかったかのように夕食を取り、就寝しようと解散したところ。


 廊下でクロヴィスに手を取られた。その意味がわからないわけではない。


「アニエス」


そう名前を呼ばれると、逆らうことはできなかった。逆らうつもりもなかった。


 そのままクロヴィスの部屋に連れて行かれた。廊下の光がちろちろと私の目を焼いた。足音がやけに私の耳に残り、自分がいかに緊張しているかがわかった。


 一歩一歩、怖いことではないはずなのにまるで断罪の場へ進んでいるような気持ちになった。


 クロヴィスの部屋の前につき、ドアノブに手をかける。心臓が跳ねるのを感じながらそれを見つめる。


 何でもないような顔をして室内にエスコートされる。これからどうなってしまうのだろうか、とどぎまぎしているのを見抜くかのように顔を覗き込まれる。


 クロヴィスは緊張していないのかしら、と目を見つめるといたずらっぽい顔をしていた。何?と疑問に思う前に腰を抱え上げられてくるくると回された。


 劇の登場人物のような仕草に驚きながらも、浮き上がった視界に、回される感覚に笑いが漏れる。戸惑いの方が勝っていたのに次第に肩の力が抜けて回されるままになる。



 そのままベッドに降ろされた。まだ回された余韻が残っていて視界が安定しない。くふくふと笑いが溢れた。


 クロヴィスはどう思っているのかしら、と見ると温かい目でこちらを見ていた。自分が幼い子供のように見られていたことが恥ずかしくなって目線を逸らすように顔を動かす。


 するとそれを阻まれてクロヴィスの方を向かされる。しかしそこから何をするでもなくただ見つめあった。


 何だかおかしくなってしまってまだころころ笑っていると、隣に座っていたクロヴィスは私の肩に手を回して穏やかに見守っていた。


 乱れた髪を耳にかけるようにして整えられる。その距離の近さに心臓が跳ね上がる。


 今まで少し抱き寄せられることや距離が近くなることはあっても、こうして髪を触られることはなかった。


 それが嬉しくて、もっとと強請るように顔を寄せる。息を呑む音が聞こえた。反応を見ることなくぐいぐいと押し付ける。


 するとふっと笑う音だけが聞こえて、また頭を撫でられた。その暖かさにまだ少し残っていた警戒心が緩むのを感じる。



 ひとしきり撫でてもう良いだろう、とでも言うようにぽん、と頭に手を置かれる。


 クロヴィスのその手の大きさ、温もりを感じて心地よかった。そのまま目を閉じて彼の手に委ねていると、クロヴィスが小さくため息をついた。


 目を開けて何?とでも言うように小首を傾げると、


「無防備すぎます、気をつけてください」


と真面目な顔で注意されるので吹き出してしまった。口元を手で押さえて笑い転げるのを、むっとした顔で手を取られる。


「俺は真面目に注意しているんです」


少し低い声になった。その重さに慌てて


「大丈夫よ。クロヴィスだけだもの」


と目を細めて答える。虚を突かれたような顔をするクロヴィスを見て更に笑みが溢れる。


 私が笑い転げている様子を見て、また少し不満げになったかと思えばこちらを見て微笑んだ。


 そのまま唇が近づいてくるのを、目を閉じて受け入れる。かさついたそれが一度ちょんと触れて、離れる。


 それがもどかしくて、違うでしょう、と言うふうにまた彼の後頭部を押さえて近づけさせる。


 彼の動揺する吐息を感じたが、私は黙って唇を再度重ねた。そうして何度か重ねた後、静かに離れていった。


「やってくれたな」


と不機嫌に眉を寄せるクロヴィスを見て、私はまた笑い転げてしまうのを止められなかった。

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