15.公衆謝罪
炊き出しと出陣を繰り返す毎日の中。ある日、正式に陛下に謁見する機会を得られた。と言ってもあちらから声をかけられただけだが。
私たちはまた先日のように会談の間に向かっていた。あちらはどう出てくるだろうか。いずれにせよ私が彼らの思い通りに動くことはないだろう。
「義姉上、無理をなさる必要はありません。
お嫌でしたら断っても良いかと」
そうだなあ、とのんびり同意する父、そしてクロヴィスにこう返す。
「大丈夫です、私も覚悟ができているので」
それは良かった、とでも言うように眉尻を下げるクロヴィス。その後ろで父もほけほけと笑っていた。
もう一度自分の中で繰り返す。大丈夫、私は例えどんなことを言われても揺らがない。自信をもって言えた。そのことが嬉しくて足取りも軽くなった。
会談の間はどんよりとした空気が漂っていた。どう言った建前で集めたのかは知らないが前回と違って重臣たちが両脇に控えていた。
クロヴィスは異様な雰囲気に警戒の態勢を取り始めた。とりあえず宥めておくことにした。あちらも手荒に出るつもりはないだろうからと。
奥から出てきた陛下と殿下は正装をしていた。前回とは違って。豪奢で重たそうな衣服に身を包んだその顔は、晴れやかではなかった。
と言うよりも必死であるようにも見えた。今回の件で王家が無力だと囁かれていることは把握しているのだろう。
加護のことを公表して仕舞えば独占していた王家が責められることは間違いない。しかし加護の説明なしでは今回の王家の体たらくは説明できないのだ。
陛下が目配せをするとエドモン殿下が前に出てきた。芝居がかった仕草で私に言う。
「アニエス、婚約破棄を撤回しよう。
君を王都から離すことが安全だと思っていた。けれども結果としてこうして君には帰ってきてもらうことになった。
やはり君は王都に戻ってくる宿命にあったんだ。もう一度婚約をしよう。
一度君を傷つけてしまって、申し訳なかった」
謝罪は確かなものだった。しかし彼にとって都合の良いように書き換えられている。
頭を下げている。けれどもこの、彼らに有利な筋書きを通すつもりなのだ。下に見られている。
場の空気が揺れるのを感じた。王家が正式な謝罪をするのは滅多なことではない。それを盾に自分の主張を押し通そうとしているのだろう。
そうさせてたまるものか。私は内心ふつふつと怒りが湧き上がってくるのを感じた。彼らにこのまま下に見られたまま、思惑通りに動いてなるものか。
私がそう決意しているとも知らずに、エドモン殿下が頭を上げる。そうして私の目を見つめてくる。こうしたら満足だろう、というように憎々しげに。
反発が強くなる。頭を下げさせたのだからそれで良いだろうと言うつもりか?それで自分の良いように押し通せると思っているのが腹立たしい。
私は忘れない。婚約破棄された時の屈辱を。警備兵に捕まらないように必死に逃げたあの時の苦しみを。決して。この言葉に屈してはなるものかと思った。
唇を開く。声が震えそうになるのを耐えて。何とか凛として見せる。
「お断りいたします」
なっ、と重臣たちが揺れるのを感じた。それにできるだけ揺らされないようにする。私を睨む目線も感じた。体の力が抜けそうになるのを、背が丸まりそうになるのを耐える。
できるだけ余裕を持っているように見せる。早口にならないように。声に艶を持たせて。王妃教育で習ったように。
「そちらの都合の良いように事実を捻じ曲げられて婚約破棄を撤回すると言われてこちらが承認すると思いましたか?
私を傷つけなくなかった?婚約破棄を公衆の面前でいきなり宣言するよりもよほど有効な手は思い浮かびますけれども」
嘲るような物言いに周りがざわつく。無礼だとでも言いたいのだろうか。けれども殿下から受けた侮辱の方がよほど大きい。
精一杯口角を上げて、虚勢を張って見せる。ドレスに隠れた足元は今にも震えそうだった。真っ直ぐ立っていられる自信がない。
背中に手が触れるのを感じる。クロヴィスだ、と確認する前に思った。
隣を見上げるとクロヴィスがこちらを力強い目で見ていた。暖かい目だった。私は一人ではないと感じさせてくれるような。
クロヴィスはいつもそうだ。私が心細い時、支えてくれる。勇気づけてくれる。判断に迷った時は導いてくれる。昔はあんなに頼りなかったのに今ではすっかり変わってしまった。
それに背中を押されて、私はこうして立っていられるのだ。
「せめて、王都に戻ってこないか」
それからエドモンは言葉に詰まり、視線を彷徨わせた。迷っているのだろう。
加護の事実を公表するか。しかし婚約を再度結ぶことを断られた以上打てる手はない。彼もそれに気づいたのか、眉を寄せる。
苦悩していることがありありとわかった。陛下とエドモン殿下と我々親子しかいなかった前回と違って、重臣たちが控えている中で加護という言葉を口にする。
察しの良い重臣はそれが意味するところを、そして私が帰ってこなかった場合、王都がどうなるかを理解して腹を立てるだろう。
なぜ王都だけで加護を独占していたのか。その事実を伏せていたのか。
「君が戻ってきてくれたら国は安定する。
今回のような魔獣災害が起きるのは君もごめんだろう」
脅すような言い回しに眉を顰める。クロヴィスも拳を握りしめるのが見えた。
「また義姉上を国益で見ている」
小さく呻くように溢された言葉に、はっと目を見開く。確かにそうだ。個としての私をまるで考えていない。
ただ国の利益のことしか考えていないのだ。そのことに気づいた瞬間、腹の底から更に怒りが湧き出す。
私は戻るつもりがないと、私が尊重されないところに帰るつもりはないと表明したにも関わらずこの扱い。どこまでも下に見られているのだ。私は。
彼らは私の気持ちを考えたことなど一度もないのだろう。自分たちの利益になるかでしか見ていない。
私たちには切り札がある。それをきらせてもらう。そう決意して再度気合いを入れ直すように短く息を吐く。迷いがないように見せなければ。
「加護はエマニュエルの娘がいるところに宿るのではないとご存知ですか?
加護は人と関わることによって強化されるのです」
何、と殿下が息を呑むのを顎を引いて見守る。動揺するが良い。それがあなたの理屈の浅さを証明する。
「私を以前のように王都に閉じ込めても意味がありません。
一度緩んだ加護はどうなるかわからない。あなたが考えなしに婚約破棄した以上、王都の加護は元のように戻らない」
裁定のように言ってみせると、殿下がわなわなと震え出す。
「それじゃあ、私がしたことは、一体……」
「殿下がしたことばかりか、歴代の王家のようにエマニュエルの娘を王都に閉じ込めるのは間違っていたんです」
その言葉の強さに脇に控えていた重臣たちがどよめく。
「王家自体を非難するなど」
「無礼であるぞ」
私の言いようと周囲の重臣の態度に気を良くしたのか、国王陛下も言葉を重ねる。
「アニエス嬢。そなたが何と言おうとも、歴史は変わらない。小娘が覆して良い話ではないのだよ」
その威厳に思わず気押される。何を今更、加護を独占していただけの癖に、と言いたくなるがその覇気に思わず頭が下がりそうなるのを堪える。
「けれども」
自分でも面白くなるほどに震えた声が出る。会話の主導権を握らなければ。何とか言葉を紡ぐ。
「けれども、事実としてエマニュエルの領地に戻った際は大規模な群れが消失しました。
対して、近年の王都の結界は歴代の中でも揺らぎやすいと言われていましたよね?
それは王都の魔術師の責任だと言われていましたが、加護の存在が明らかになった今ではどうなのでしょうか?」
責任という単語を出すと陛下は明らかに態度を変えた。魔術師連合と王家は昔から対立している。
近年の結界の揺らぎを魔術師の責任とすることで王家が優位を取っていたが、加護の影響を、独占を知ればどうなるだろうか。
この場には魔術師連合のトップもいる。王家が優位を覆されるのもそう遠くはない話だろう。
そう考えて視線をやると、感謝するように目礼を贈られた。その後陛下に言う。
「陛下、このことについてお話があります」
どうやら私の発言の信憑性は認められたようだった。
重臣たちが状況を飲み込むのを眺める。時間を与えることで加護の独占のことを、結界の真実を深く認識すれば良い。
そして目の前に立つ殿下に目をやる。自分たちがしてきたことが白日の下に晒された。
王家の独占に反対していたとはいえ、婚約破棄という悪手を独断で行い王都に魔獣災害を引き起こした諸悪の根源は殿下と言える。
「どうしたらいいんだ……」
と呆然と呟く殿下を静かに見つめる。
私に婚約破棄を宣告した時はあんなに堂々としていたのに変わったものだな、と内心冷静に考える。
しかし殿下の動揺は私にはもはや関係ない。撤回されたとはいえ一度は王都追放を言い渡された身。彼らの立ち回りなど知ったことではないのだ。
私は私の都合で喋らせてもらおう。そう決意して、弁舌を振るうことにした。
「加護の真実が判明したことで、私を王都に留める必要もなくなったことでしょう」
私は王都に愛着がないわけではない。見捨てるつもりもない。ただ後悔しないための選択をするのみだ。
「私が王都に残ることはありません。
私はエマニュエルの領地を愛しているから」
そこで反応を確認するようにゆっくりと周囲を見渡す。エドモン殿下は最早仕方あるまい、とでも言うように俯いていた。
重臣たちは飲み込めていない者と、これからの王都のことを考えて暗い表情になる者がいる。
「しかし、完全に王都を見捨てるわけでもありません」
見捨てると言うのは少し言葉が強いな、などと思いながら堂々と発言する。自分の立場を示すように笑みを浮かべる。
「私は領地を拠点として、時折王都の民と交流をしに参ります。
それが皆様にも宜しいかと」
重臣たちに目をやる。安心したようにため息をつく者、私に感謝する素振りを見せる者、様々いたがいずれも私に対して好意的な反応だった。
無力だった私に婚約破棄を宣告した殿下が、今こうして私に場の主導権を握られて呆然としている。その姿は少し、ほんの少しだけ痛快な思いがした。
あとのことは任せた、とでも言うように魔術師連合のトップに目をやると頷かれた。こちらの良いように取り計らってくれることだろう。
「それでは失礼致します」
と辞する挨拶をして会談の間を出た。陛下は最後まで悔しげに歯噛みをしていた。
部屋を出て少ししたところまで何とかまっすぐ歩く。そして人気のないところまでたどり着いた瞬間、崩れ落ちかけたのをクロヴィスに支えられる。
脱力した体をクロヴィスに委ねる。もう彼の前では流石に虚勢を張れなかった。
「私、ちゃんとできていたかしら?」
そう問いかけるとクロヴィスはもちろん、と頷く。彼の腕の中で嘆息する。良かった、と。
「今回もあなたに助けられてしまったわね、ありがとう」
と言うとクロヴィスはきょとんとした顔をした。
「そんなことありませんよ、義姉上のお力によるものです。
それでも支えられていたなら良かった」
その謙遜に思わず微笑む。彼は自分がどれだけ私の力になっているかわかっていないのだ。
こうして、エドモン殿下からの謝罪は無事に終わりを迎えた。
3/17 加筆




