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14.加護の真実


 加護は人との関わりによって強化される。


 この文面は私たちに大きな衝撃を与えた。エドモン殿下は「エマニュエルの娘がいる土地に加護が与えられる」と言っていた。


 しかしどうやら加護というのはそんなに単純ではないようだ。離れたら魔獣が増えるというのはあくまでも統計的な揺れに過ぎない。



 一ヶ所しか加護が効かないということはないのだ。人と関わっていれば王都と領地、どちらかを見捨てるということにはならないかもしれない。


 それは私たちの間に差し込む一筋の光だった。人と関わることによって加護が強化されるのであれば、王都の民と関われば良い。そう言った人々との結びつきが加護を強めるのだ。


 それがわかった私たちは王都におりて人々と交流することにした。しかし王都は人がすっかりいなくなり、荒れ果てていた。


 多少の人は残っているが酷い有様だった。私たちは補給用に持ってきていた物資を残っていた民に配ることにした。



 王城から程近い城下町は結界が壊れるかもしれないという連絡を受けてから蜘蛛の子を散らすように人が逃げてしまったらしい。


 残っているのは本当に逃げる余裕もないほど生活に困窮しているものばかりだった。そこで私たちは炊き出しを行うことにした。


 大きな釜を用意してそこにスープを作る。具材は手っ取り早く栄養を取れるように細かく刻んだ野菜をたくさん入れ込んだ。


 王都の民たちは私たちに感謝するようなそぶりを見せた。しかし、私に向けられた目線は意外なものだった。



 私に向けられたのは「殿下に婚約破棄をされた令嬢」というものと「王都を救いにきたエマニュマエルのお嬢様」という相反する二つの目だった。


 最初にスープを配った民衆から


「エドモン様に振られたからって今度はようやく民衆に媚売りか?」


と言う声が囁くように聞こえてきた時はクロヴィスが飛び出しそうな勢いだったが皆で咄嗟に封じ込めた。


 それからクロヴィスの殺気だった様子に王都の民は皆遠慮がちにスープをもらいにきてはそそくさと帰って行った。



 しかしある時、私たちは王都の結界を魔獣から守るために来たと知ると民の見る目が変わった。


 炊き出しに来る時に感謝をする人が出てくるようになったのだ。


「辺境から王都を守るために来てくれたんだろ?ありがとう」


という言葉や


「王都を守ってくださったんですよね!」


と声をかけられるようになった。その度クロヴィスは「どの口が……」という顔で黙ってしまうので私が応対していた。


 すると私ばかりが喋ってしまうようになり、子供からも良く声をかけられるようになった。それを見てクロヴィスは満足げな顔をしていた。そうでない時もあったけれども。



 例えばある一幕。まだ小さい、けれども不釣り合いなくらい顔に肉のない子供が炊き出しの鍋を覗き込む。


「お姉ちゃん、これお母さんの分も持ってって良い?」


その健気な言葉に私はもちろんと頷く。けれどもまだ熱いスープの器を素手で受け取ろうとするから慌てて手を引こうとするも、間に合わない、となったところで。


 クロヴィスが私と子供の間にそっと手を差し入れて止めてくれたのだ。何だか嬉しくなって微笑みかけると、居心地の悪そうな感じで顔を逸らした。


 昔から心優しい子なのに、それを指摘されると恥ずかしがってしまう可愛い子なのだ。それを思い出して少し揶揄う調子で突くと、むっと睨まれた。


 冷めるまで時間を空けてから渡すと、子供は嬉しそうにはにかんだ。それが可愛く見えて頭を撫でるとさらに顔をくしゃくしゃにして笑った。


 去っていく背中を眺めながらクロヴィスと話す。


「義姉上は皆から好かれていますね」


それは当たり前の事実を言うような、何の含みもない言葉だった。


「俺はそれが誇らしいです。ようやく義姉上が正当な評価を受けるのかと思うと」


意外な言葉に、隣に立つクロヴィスの顔を見上げる。目が合うと彼はにっと笑った。誇らしげに。


 器を返しに来た子供が


「お姉ちゃんありがとう、お母さんもお礼言ってた」


と屈託のない笑みで微笑みかけてくる。撫でてくれ、とでも言うように頭を差し出してくるのが可愛くてまた撫でようと手を伸ばす。


 すると今度はクロヴィスが横から入ってきて、子供の頭をぐしゃぐしゃ、と不器用に混ぜた。子供はその乱暴さにはしゃぐようにきゃあ、と声をあげたがどこか嬉しそうだった。


「──義姉上、何をにやにやしているんですか」


私の目線に気づいたのがクロヴィスがこちらを窺い見るように言う。何でもない、と誤魔化した。



 そんな生活を繰り返していると、最初の方に私のことを「振られた女」と囁いていた人々も配給を貰いにくるようになり、私とコミュニケーションを取り打ち解けるようになった。


 元より王都の民に対して私が何かしたということはないため嫌われる理由も特別なかった。ただ普通に過ごしているだけで仲良くなることは可能だったのだ。



 そのうちに魔獣が出現する量も減ってきた。


 私たちは毎日少しずつ出陣しては結界を守るように戦っていたが、定時の襲撃の規模がだんだん小さくなってきていたのだ。


 つい先日に至っては日中一度も出現しなくなった。いよいよ加護のことが真実だと信じられるようになってきた。


 今日も私たちは出陣していた。


 全方位に警戒を怠らないようにしながらも、あまりに少ない魔獣の数に皆手応えを感じていないようだった。本来領地の最前線で戦う兵士なのだから当たり前とも言えるだろう。


 以前のように後衛を任された私は射的のように前線が倒す前に隙間から魔獣を撃つを繰り返していた。


 やはり数が減っているのを体感する。毎日戦場に出てくると体感でもわかってくるものだ。


 近くにいた王都の魔術師に問いかける。


「結界の様子はどうですか?」


「一時期綻びが出来かけていたのが修復されてきました。また以前のように盤石な結界に戻るかは分かりませんが、早々にやられてしまうことはないかと」


と返ってきて、その心強さに微笑む。


 私が王都に残れば以前のように全くと言って良いほど魔獣が出ない王都になるだろう。けれどもそれで良いのだろうか。わからない。


 今はとにかく、王都の人々と交流をして加護を強めることしかできなかった。それしか考えたくなかった。



 それからもとにかく炊き出しと出陣を繰り返す日々だった。


 時に子供から囲まれて揉みくちゃにされてクロヴィスに救出されたり、おばさま方に絡まれて困惑していたのにクロヴィスも絡まれて二人でどうしようもなくなったりした。


 またある時は酔っ払いのようなノリのおじさまに絡まれることもあった。


「お嬢様、ありがとうございます!


 もう本当に王都はどうにかなっちまうと思ってたけどこうして普通の生活が送ることができて感謝しております」


若干ふわふわした口調だが機嫌良く話すので私も大人しく聞いていた。


「それにしたって今回の件、本当に王家は役立たずでしたなあ。


 こうして辺境から人を派遣するだけで少しだって策をうとうとしなかった。嫌なものですねえ」


その言葉に含まれる熱量がだんだん高くなっていき、顔が近づいてきた。気づかれない程度にそっと距離を取る。


「こうしてエマニュエルから来た方々が炊き出しをしてくださらなければ我々はどうなっていたことか!感謝の念が絶えませんな」


と、ここで肩を抱かれた。見上げるとそれはクロヴィスだった。クロヴィスは表情が薄かったがそれに気づかず相手は話し続ける。


 体を回転させて私だけ距離を取らせたことでようやく安心したのかクロヴィスはおじさまと会話をはじめた、と思いきや。


「この方は俺の義姉上です。くれぐれも距離感には気をつけてくださいね」


言葉に含まれた険とは裏腹に私の肩を抱く手は優しかった。


 おじさまはその言葉の意味をあまり理解していないのか機嫌良く去っていった。



 クロヴィスはそんな調子で?たとえ子供であっても私に接触する男性には厳しかった。


 商人がちょっとしたリップサービスで


「美しいお嬢様に」


と手の甲に口付けを送ろうとするのを払いのける。


 子供が私に抱きつこうとすると女の子でも嫌そうな顔をするし男の子だと代わりに自分が抱きつかれに行く。


ある時


「クロヴィス、流石に私に対して過保護すぎないかしら?」


と言うと


「そんなことはありません。当然の対応です」


と白々しく言うものだから呆れてしまった。


「ただお礼を言われただけなのに?子供でもよ?」


と重ねて問いかけると黙った。


 そのまま少し放っておくとこう言われた。


「義姉上は俺の……ですから」


その言葉が鮮やかに聞こえた。少し口角を上げて揶揄う。


「俺の何なの?」


ぐっと言葉に詰まるクロヴィス。もごもごと何やら言ったけれども出てこない。


「護衛対象ですから!」


と大きな声で言った。残念。そう思って見上げる。けれどもそれ以上のことは言ってくれなかったので黙っておくことにした。

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