13.誤った判断
魔獣の群れも無事落ち着いて去り、私たちは束の間の休息を味わった。
歓待されるということもなく、人の少ない王都を密やかに祝われながらのものだったが、私たちは皆爽やかな顔をしていた。
無事に王都の大規模襲撃を切り抜けたことで皆の空気はどこか緩んでいた。それは私も例外ではない。
疲労の滲む顔でお互いを称え合う王都の兵士たちと領地から連れてきた兵士たちを見つめる。私と殿下もこのようであらばよかったのに。
しかし現実はそうではない。殿下は私を軽々しく扱い、感情を無視して帰ってくるように言った。それは残酷なことだ。反発もやむなしと言える。
戦いに勝利した後だと言うのに私の中にはどこか違和感があった。何か見逃しているような、そんな予感がした。
眉を寄せて窓の外を見る。私たちが乗っている馬車は王城に向かっている。領地に戻りたいところだが加護のこともある。
判断を急ぐ必要もないということで王都に残っているのだがそれが正しいのか私には分からなかった。
王都に入る時の扉が閉まる音が、今度は何かを隔てるもののように感じられて胃の底が震えるような心地がした。
隣に座るクロヴィスが問いかける。
「義姉上、どうかされましたか?」
その言葉に何でもないと返すには、今の私は平静ではいられなかった。
「何か引っ掛かるの。ただそれが何かはわからなくて……」
私のその曖昧な言葉を馬鹿にするでもなく、クロヴィスも考え込み始めた。
「意外ね。クロヴィスはこういう直感を信じない方だと思っていたわ」
「そうでもないですよ、こういう直感は無意識の判断によるものも大きいです。
そういうのは無視できない。魔獣討伐の鉄則です」
そうなのね、と独りごちながら思考に耽る。
何も判明しないまま王城に通される。しかしそこで私の違和感の正体が解明された。
領地から伝令が来たのだ。伝令は領地で大規模な魔獣災害が発生したと言った。
私はその言葉に思考の穴を突かれたような気分になった。エマニュエルの娘に加護の力が与えられているのはそもそも領地に魔獣が出やすいから。
そのために与えられた加護なのに私が領地から離れて仕舞えば大規模な魔獣災害が起きても仕方がない。
その上最近は魔獣の数も私の加護の影響で減っていた。対策を怠ることはきっとなかっただろうがそれでも通常の大規模襲撃程度の被害は避けられないだろう。
手を握りしめる。指先が白くなるのが見えた。そのまま指先を温めるように無言で握り込む。けれども少しだって良くならなかった。
お母様は大丈夫だろうか。領主どころか後継まで不在の中できちんと対処ができているだろうか。
万一の場合に備えて常に領地では訓練が行われているがこのような事態は想定されていなかった。
領地以外で大規模な魔獣災害が起きて両親も後継も不在の時に、領地でまで災害が起きるだなんて。
少しだって安心できる要素がなかった。その上に私が原因の一つとかもしれないと考えるだけで体が震えて仕方がなかった。
そっと顔を上げる。同じ空間にいる父もクロヴィスも皆厳しい顔をしていた。しかし私たちにできることはない。
片道一週間はかかる領地だ、現在はどうなっているかわかったものではない。
ただ私たちは無事を祈ることしかできなかった。祈るように胸の前で手を組み合わせる。
胸の中では自分を責める言葉しか思い浮かばなかった。私が領地を離れる決断をしたからこんなことになったのだろうか。
私が領地に残っていればこんなことにはならなかったかもしれない。そんな思いが胸を締め付ける。
私が領地を離れたからこんなことになったのならば、今回の災害は私のせいということになる。
後悔しない選択をしたいと思っていた。けれども実際こうして被害が出てみると震えが止まらない。怖かった。自分の決断が誰かの人生を壊してしまったのかもしれない。
その恐れに体が支配されて、体が震えるのが止められなかった。自分の体を抱きしめる。それでも震えが止められなかった。
大きな被害が出たらどうしよう。私は責任を取れるのだろうか。領地が滅茶苦茶になっていたら、私はどうしたら良いのか。
王城に長年閉じ込められていたからと言って領地に愛着がないわけではない。むしろ強い方だろう。
幼い頃に離れた領地に私は強い執着を持っている。それが私自身の決断によって大きく傷ついたのだとしたら。
私は領民から責められないだろうか。それがひどく怖くなった。領地よりも王都を選んだとして非難の目に晒されることが怖かった。
私が王都を離れたからこんなことになったのだと、そんな目を向けられたら、私はどうしたら良いのか。わからなかった。
答えが見つけられないままぐるぐると思い悩んでいると、クロヴィスと目があった。
途方に暮れるような気分でじっと見つめていると、クロヴィスは何を言うでもなく頷いた。
クロヴィスはいつもそうだ。私が迷っている時、答えを知っているような顔をしてこちらを見ている。
それがとても心強くて、私は少し微笑むことができた。体の震えは止まらないままだが。
「お父様は、どう思われますか」
その問いかけはあまりに漠然としていたが、父は落ち着いて答えた。
「そうだな、今俺たちに選べることは少ない。
今すぐ領地に戻るか、王都に残るかだ」
その言葉に周囲が反応する。
「迷われることがあるのですか!」
「我々はまだ戦えます、すぐに領地に向かうべきです」
領地から選りすぐりの兵士たちを連れてきたので、彼らも自分たちが不在の中の災害に動揺しているのだろう。
しかし一方で
「まずは王都防衛が先決でしょう」
「領地は領地で対処ができる」
と言った声も上がっている。ドニ、と救いを求める目で見たところ、領地に家族を残してきているドニは帰りたげだった。
確かにその通りだ。ここにいる兵士の多くは領地に家族を残している。王都に残る派閥の人間だってきっと家族がいるのだろう。
なのに王都に残るようになど言えるわけがない。しかし私はどうするべきなのか全くわからなくなってしまった。
相反する意見が存在する。そのどちらも否定することができない。その上、魔獣災害は私が領地を離れたから起きたものかもしれないのだ。
まるで私にはその責任があるとでも言われているような気持ちになる。胸元を握りしめる。息苦しかった。
何も正しい判断がわからない。どちらも部分的には正しく、従うべきことを言っている。だからこそ私はどうしたら良いのかわからなかった。
私の判断が誰かを傷つける。領地を離れたことによってそれが立証されたような感覚に陥った。
私が領地を離れる決断をしたことによってこんな結果になってしまったのだと思うと、どうしたら良いのかわからなかった。
私が判断を誤ったからこんなことになってしまった。領地に戻るべきか王都に残るべきかもわからない。私の責任なのだろうかこれは。
クロヴィスの方を再度見る。私と目があったクロヴィスは僅かに眉を上げた。何が言いたいのだろう。
私はそんなに酷い顔をしていただろうか、と思い口角を上げてみる。引き攣っていてあまり綺麗に持ち上がらなかった。
クロヴィスがこちらに手を伸ばす。私はそれが私を裁くためのものに感じられて身を縮こませる。
それは私の頬に伸びて、そっと撫でた。目をぱちくりと瞬かせると、クロヴィスはそっと笑った。こんな状況で何を悠長な、と思ってしまうような笑みだった。
「義姉上。悩んでおられるのですね」
疑問のような断定だった。私は堪らない気持ちになった。私はいつも彼に頼ってばかりだ。きっと今回もそうなる。
「クロヴィス」
その声は少し掠れていた。自分でもこんなに頼りないのだと言っていて思ったほどに。
「私は、判断を誤ってしまったのかしら」
そしてこれからも、と内心続ける。
その言葉を受けて、クロヴィスは俯く。
何と返ってくるのだろう、とどぎまぎした。それは良い胸の高鳴りなんかでは決してなく、ただの緊張だった。私はどんなふうに裁かれてしまうのだろう、という。
「俺が決めました。義姉上はただ迷われただけです」
その言葉に足元が崩れるような感覚がした。彼に背負わせてしまった。けれどもそれは私にとっての福音でもあった。
責任の押し付けではない。ただ、共に彼がその責任を背負ってくれると言う宣言だった。
私の判断で誰かを傷つけたかもしれない。それがとてつもなく怖かった。彼が共に背負ってくれると言うのならば、それは。
「クロヴィス、そんなことはないわ。
私の判断が誰かの人生を壊してしまったかもしれない。それは私の責任で、これから領地に戻るかどうかも私の責任にすべきだわ」
言葉を選びながらのものだった。それでもクロヴィスは静かに首を横に振った。
「義姉上。大丈夫です。義姉上は間違ってなんかない。誰も傷つけていません。傷つけたのは俺です」
全ての責任を引き受けようとするその姿はどこか薄ら寒く、それでも私にとっての救いだった。
全て委ねてしまいたい思いに駆られながら私も首を横に振る。
「それは違うわ。全部を引き受けてもらう必要なんてない。クロヴィスが傷つかなくて良いのよ」
クロヴィスはその言葉に嬉しそうに微笑む。なぜ?私の訝しげな視線も無視してクロヴィスは言う。
「良いんです。義姉上が気にされることはありません。俺は傷ついたって良い。
義姉上は背負いすぎるところがあるから、少しくらい俺が負った方がちょうど良いんです。自分が傷つくことは顧みないし。
俺が一緒に傷ついた方が義姉上も止まってくださいますからね」
その笑みに何だか危ういものを感じたが、彼の気持ちが嬉しくて受け止めることにした。
もちろん全て彼に背負わせるつもりはないが、一緒に彼も背負ってくれるのだと思うと心強かった。クロヴィスにありがとうと微笑むと、同じように返してくれた。
クロヴィスのその様子に背中を押されて、私は父に進言した。
「王都に残るべきかと思います。
我々は王都の救援に来た身。その役目を最後まで果たして帰りましょう」
父はそれに頷いた。加護の問題もあること、意見はほとんど半々であることから私の言葉が最後の一押しになったのだろう。
とりあえず決まった、これでまた何か被害が起きたとしても、私は後悔しないようにしなければ、と胸に誓っていたところでクロヴィスと目があった。
「クロヴィスとよく目が合うわね、なんでかしら」
とぽろっとこぼすと、
「いつも義姉上を見ているからですよ」
とにこやかに返されて照れてしまった。
王都に残ることを決意したため、王城の図書館で加護について調べてみることにした。
加護について新しい情報がわかれば、何か助けになるかもしれない。王都を見捨てて加護がなくなるというのも、心中が良くないので。
そこで私は重要な記述を目にした。王妃教育でも聞いたことのある言葉だった。
それは「加護は人との関わりによって強化される」という一文だった。




