12.大規模襲撃
二度目の戦場。前回は何だかんだ前線に出てしまったが、今回は前回のこともあって実力を認めてもらったことで最初から前線に出ることになった。
前回と変わらずクロヴィスは反対していたが
「止めてもこの間みたいに前線に出るだろう」
という父の鶴の一声で収まった。
前回同様私のお付きはドニである。この間はごめんなさい、と謝ったところじっとりと睨まれた。その後
「俺たちのお転婆お嬢様が帰ってきたって感じですね」
と呆れたように言われた。
そんな会話を挟みながらも、私たちは前線へ出た。王都の兵士たちが苦戦している。そこへうちの領地の兵士たちを支援に送る。
王都の兵士たちは連携自体は取れているが、いかんせん魔獣に慣れておらず下からの噛み付くような攻撃を躱しきれていない。
人間相手ならまだしも魔獣の想定外の動きに王都の騎士団は翻弄されているようだった。
「おいっ、そっちに行ったぞ!」
という声に反応する余裕もなく腕に食いつかれて動揺している兵士たち。血生臭い匂いが戦場に広がる。
以前より戦闘が大規模になったことで、戦場も随分埃にまみれてしまっている。
あちこちで火の魔法を使っているからか煙たい感じがするのに咳き込みかけたのをぐっと堪える。足を引っ張っていると思われたくなかった。
とにかく前線に向かうために道を開けるように魔法を撃つ。魔獣は核さえ突いてしまえば亡骸は残らないのが便利だった。
戦場を駆け抜ける。方々から戦いの音が聞こえてくるのが、私は戦場にいるのだという自覚を強くさせた。
おおよそ前線にあたるところまで来た。魔法が飛び交っている。
「王都の魔術師はお行儀が良いですね、一々的を絞ってるから逃げられるんだよな」
ドニが小声でぼやく。そう。それが問題なのだ。時間をかけた精度よりもいかに味方の射線を切らずに自分も魔法を撃ち続けるかが大事なのだ。
私は精度に自信があるので速度重視で矢継ぎ早に撃つ。近くに立つクロヴィスは大規模な魔法を装填しては塊に撃つを繰り返している。
領地から来た兵士は集団で討伐を繰り返している。一人目が囮として誘導、二人目が動きを止める、三人目が急所を打つ。
それで取り逃がした場合も必ず一人は常に手が空くようにしているので退路を塞げるというわけだ。
彼らの連携は素早く、手慣れていた。やはり魔獣討伐には知識よりも経験がものを言う。王都の貴族の方が魔法の腕は優れているかもしれないが実戦では敵わないだろう。
王都の騎士たちもそれに倣うように動いているがまだ適応できていない。一朝一夕で身につく動きでもないのだ。しかし明らかに私たちが来る前よりも動きが良くなった。
こんな中、私が戦えているのは領地で身につけてきた最新の研究の知識と王城で鍛え上げてきた魔法の精度によるものだ。
それから幼少期に多少は磨いた魔獣討伐の腕もある。王城で魔法を習うときはそれを意識して磨いてきた。王城で習っていたとはいえ実戦の心得を意識して私も魔法の腕を磨いてきたのだ。
とは言え、魔法の素質というものは貴族の方が優れているというのも否定できない。それを魔獣討伐に還元してみせる。それが私の決意だった。
どうしても魔法を使う手元が狙われやすい。私はクロヴィスの手元を狙って噛みつこうとしていた魔獣に水魔法で攻撃を加えた。
その間にクロヴィスは遠方から来る魔獣の群れに対処していた。高火力の炎が放たれる。熱気が私の方にも飛んできた。
あちらこちらで滅茶苦茶に魔法が飛び交うのを感じながら、私もまた魔法で攻撃を仕掛ける。
ただ無為に戦うのではなく、私たちは分析もしなければならない。この襲撃がどれほどの規模で、どのくらいの期間長引きそうか。
前回のようにある程度の規模感がわかっている場合は大抵倒して仕舞えば分がわるいと判断して引いてくれる。親玉がある場合は親玉を叩いて仕舞えば良い。
しかし今回の王都襲撃のような規模がわからないものはどちらかわからない。願わくば親玉が判明する方であれ、と私は思ってしまうが、クロヴィスや父は違う意見のようだった。
大規模で親玉のいる種類の襲撃は親玉を見つけるのに苦労するようだ。魔獣も愚かではない。
彼らも親玉がバレて仕舞えば叩きにくるということは認識している。そのため格上であることを見せつければ良い親玉なしの方が楽なようだ。
魔獣の様子を探る。目だけでなく魔力の流れも確認する。魔力の流れを拾うのは繊細な操作が必要だ。
そのため通常は経験則によって目で確認するものだが、私は繊細な魔力感知が得意だ。できる限り集中して魔力の流れを追う。
すると攻撃がおざなりになるので魔獣が襲いかかってくる。クロヴィスが倒してくれたがお礼をする余裕もない。
精一杯探知する。どこからきているのか、魔獣を統率しているものがいないか。若干の違和感を発見した。
「クロヴィス、お父様!ボスがいるタイプです!
ここから三時の方向から強い魔力を感じます」
「本当か!それなら誘き出す策を考えなければ」
探知を続ける。どのくらいの距離にいるか、方向がわかったら次は距離だ。と、目の前に手が翳された。
「義姉上、そこまででおやめください。
方向さえわかって仕舞えば俺たちでも探知が可能です。
義姉上は体を休めてください」
そう言われて体の力を抜く。しかし休むわけにもいかない。前線に復帰する前にボスを誘き出す方法を考えなければ。
ふと、魔力感知で気づいたことがあった。
「今回の魔獣は魔法に誘き寄せられるように集まっている……?」
「何か気づかれたのですか、義姉上」
その言葉に自信のないまま頷く。
「ええ、恐らくだけれども今回の魔獣は魔力に惹かれるタイプね。
魔力濃度が高いところに集中していた。推測が外れている可能性もある。でも……」
「試す価値はありますね」
攻撃の手を休めないままクロヴィスが返してくる。
クロヴィスと父は手が塞がっている。今手が空いていて、魔力が強い私が囮として出るべき、という判断に至った。
「私が行くわ。それで親玉を誘き寄せる」
「義姉上自ら囮になるおつもりですか!?
俺は反対です、もっと他に手が」
クロヴィスがこちらを向いて反論しようとするが、その隙をついて魔獣が飛び掛かる。言葉は出てこなかった。私を止めることはできない。
父が一瞬前線から引いて戦いながらも私に叫ぶ。
「アニエス、本当に良いんだね」
「はい、覚悟は決まっています」
私は私の後悔しない道を選びたかった。私が囮になるのはこの場での最善手だった。
迷いなく答える。父の背後から襲い掛かろうとした魔獣に魔法を当てて倒しながら答える。
クロヴィスは尚も何かを言いたげだったが止めなかった。
魔力探知を続けてくれていた王都の魔術師が大体の距離を教えてくれた。問題ない。少し距離はあるが足で行ける距離だ。
私は三時の方向に走り出した。今度は私自信の迷いを振り払うように。王都を守るという高尚な精神ではない、ただ後悔しないために動き出した。
お付きのドニが露払いを引き受けてくれた。ドニにお任せしながら私は目の前の邪魔をしにくる魔獣を倒す。
ボスがどの方向にいるか気づかれないようにするためか、特別防御の膜が厚く貼られているわけではない。
一瞬腕に噛みつかれかけるが急所を攻撃することで回避する。
息が切れる。動きやすい服装だったからか楽だ。背筋を伸ばし、体から力が抜けそうなのを堪える。
今度は自分を守るためじゃない、誰かと戦うための矜持で走ることができた。
親玉の潜む洞窟が近づいてきた。私は魔力を体に集める。大規模な魔獣を撃つことにした。そうすることで洞窟の前を整理して親玉を誘き出す。
「ドニ!私は魔法陣を描くからその間は任せたわよ」
動揺を無視して地面に大きな円を書く。今回は魔獣を倒すことよりも誘き出すことが優先だ。できるだけ多くの魔獣を倒したいが規模が大切なのだ。
魔法陣に手を翳して呪文を唱える。傍から襲いかかってくる魔獣に軽く防御の魔法を張った。今回は完成度はどうでも良い。とにかく魔法が撃てれば良いのだ。
詠唱が完了した。魔法を発動しようとするも、一瞬魔力を通すのにもたついてしまう。
そうしている間に後ろから飛びついてきた魔獣に襲われる。慌ててドニが倒してくれたが、若干頭がくらくらする。しかしそうも言っていられない。
魔法陣にもう一度魔力を流し直し、魔法を放つ。水の柱が立ち上った。龍が天高く舞い上がる。そのイメージで放ったものだった。
強い反動が体に襲いかかる。興奮で何とか発動できたが、魔獣に襲われる傷口から血が流れているの感じた。
重力を感じる。体から力が抜けそうになるのを足に力を込めて耐える。
地響きのような音がした。洞窟から私たちの身の丈よりも大きい魔獣がのっそりと出てきた。
場に沈黙が流れる。間違いない。あれが親玉だ。来た道を戻る。クロヴィスと父を呼ばなければ。
しかし体は重く、思うように動けなかった。それでも鉛のような身体を何とか動かして救援を呼びに行く。
足元がふらつくのを堪えようとしたが、上手く力が入らなかった。大きな魔法を撃った後はこんなにも反動がきついものなのか。知識では知っていたがこんなにもきついとは。
体の辛さに意識が逸れていたからか、目の前から襲いかかる魔獣に反応が遅れた。コマ送りのようにゆっくりと飛びかかってくる様子が見える。
「アニエス!」
その言葉だけが鮮明に聞こえた。
喰われる。そう思った瞬間、目の前の化け物は燃えていた。頬に飛んでくる熱気に、どれほど近くまで迫られていたかを実感してぞっとする。
腰から力が抜けて崩れ落ちそうになったところで、クロヴィスに肩を支えられる。
「失礼しました、呼び捨てにしてしまって」
助けてくれたから良いのよ、とか今、名前を呼んだ? とか言いかけたがそれすら言う体力がなかった。
「後はこちらで何とかしますから」
と言う言葉に甘えてその場に座り込むことにした。クロヴィスはそれを確認してドニに頼んだぞ、と言って戦いに戻った。
ドニに肩を支えられながら、クロヴィスが大規模な魔法を構築してボスに撃つのを遠目で見ていた。
地を割るような大きな音がして、青い火が親玉を襲った。うめき声を上げるような時間さえ与えられず、魔獣の体がほろほろと崩れていく。
親玉が現れてから一層士気が上がっていた魔獣たちはクロヴィスにボスがやられてから不利を悟ったようで撤退していった。
今回の襲撃の親玉を倒したことで後は残党狩りになるだろう。
「今回も義姉上のお手柄ですね」
そうクロヴィスが微笑むのに、私も同じように返した。今回もクロヴィスの方が活躍していたけれども、と思いながら。




